3話
件の次の日。父の言った通り、朝はまだ少しだけ吹雪いていたが、午後になる頃にはただの雪くらいにはなっていた。相変わらず青空を拝むことは叶わなそうだけど。
「ノイン、準備はちゃんとしたかい?」
「はい、父さん」
そして、約束通り俺は外に向かう準備をしていた。びっくりするほど厚手の上着を着こまされ、正直暑いくらいだ。つい最近まで病に侵されていたんだから、当たり前なのかもしれないけどな。
父はもう一度俺の服を確認した後で、メイドと執事に妹の世話を頼んでから外に向かう。そう言えば、俺はまだ妹の顔を見ていないんだよな。3歳って事だから、多分あんまりコミュニケーションは取れなさそうだけど。
「いこう」
「はい」
そうして、俺は初めて外の世界に足を踏み出した。外は思っていた通り一面の銀世界で、俺は初めて見る光景に少しだけ目を奪われた。ただ、あれだけ長期間雪が降っていた割には、思ったより雪が積もっていないな。そんな疑問が顔に浮かんでいたんだろうか。父が俺を見て声を掛けてくる。
「………何か気になるかい?」
「雪があんまり積もってないんですね。俺………あっいや!僕の体が埋まるくらいのを想像していたんですけど………」
「はは、親に気を使う必要はない。多くの本を読んだようで感心したよ………そうだね。確かに、普通の雪ならそれだけ積もっていたかもしれない」
「………普通の雪?」
「向こうの大きな山が見えるかい?」
そう言って、父が指を差したのは街からは少し離れた場所にある大きな山。遠くからでも何となく分かる程度には、あの周辺だけは未だに強烈な吹雪が巻き起こっているようで、その輪郭はおぼろげだ。
「この土地は………呪われているんだ」
「呪い?」
突然放たれた不穏な言葉に、俺は同じ言葉を返すしかなかった。まさか、ずっと続いてた吹雪の正体は………
「あの山の頂上には、吹雪の魔龍が住んでいるんだ。もう150年も続く呪いだ。突然この地に舞い降りた龍は、この土地を止まない寒波に閉ざした。何故そんなことをするかは分からないけど………それと同時に、この土地は不治の病が起こるようになったんだ」
「もしかして………氷身病ですか?」
俺がそう尋ねると、父は神妙な表情を浮かべて頷く。俺はここで初めて合点がいった。皆が外を見て、ため息を付いたり睨んだりと、ただの吹雪に対しての反応にしてはやけに妙な物だったことが。
「その………土地を移ることは出来ないんですか?」
「はは、先祖代々守って来た土地だからね。それに、領地を捨てると言うのは、国の領土が減るという事でもある。けど………そうなる時は、そう遠くないのかもしれない」
「どうしてですか?」
「6年」
「え?」
「6年後に………ここ、ここは永久凍土に包まれる。それが、150年前に魔龍が宣告した、この領地の終わりだ」
父はそう言って向こうに見える山を見つめていた。6年、というのはとても短い期間で。先祖代々守って来たという割には、その終わりはあまりに呆気ない気がした。
「その………どうするんですか?もしかして………」
「いや、まさか。この土地と運命を共にするつもりは無いよ。けれど、その寸前までは………最後まで、見届けたいんだ」
「………何故?」
「私達はここで生まれ、ここで育った。辛い環境だったけれど、それは私達を強くし、絆を育んだ。勿論、君が氷身病に侵された時はこの吹雪を憎んだけれど………それでも、いや。だからこそ、簡単に負けを認めることは出来ない」
「………プライドですか?」
「そうかもしれない………そうだなぁ。なんというか………」
父は優しい目で俺を見る。その目は、諦めという感情は全く感じられなかった。
「皆、ここで今を強く生きている。今までを生きて来た。ならば、私はこの地を守るフロスディア家として、最後までこの地の結末を見届けなければならない」
「………そうなんですね」
強い覚悟を持った、父の言葉。俺としては、そんなに厳しいならさっさと諦めて移住すればいいのに、という考えを捨てきれたわけではない。ただ、ここまで強い覚悟を持って今まで生きて来たこの土地で生きて来た人々の人生を、簡単に否定してしまうのは違うと思う。
「とにかく、聖女の所に行こう。寒くはないかい?」
「大丈夫です」
俺達はそう言って街に出た。雪の中、着込んだ人たちが忙しそうに色んな作業をしている。そんな中でも、父の姿を見た人々は笑顔を浮かべて声を掛けてくる。
「領主様!もしかして、そちらの子は………」
「あぁ。私の息子のノインだ。少し前に、氷身病が完治してね」
「まぁ………!ご子息の病が治られたというのは本当だったんですね………!本当に良かった………!」
「ありがとう。これから外を見る機会も増えると思う。その時は良くしてやってくれ」
「勿論です。ノイン様も、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
そう言ってぺこりと頭を下げると、女性は驚いた表情を浮かべる。
「この年齢で………流石領主様のご子息です」
「いや、私自身も驚いているよ。どうやら、この子は稀に見る才能を持っているようだからね」
「えっ」
「領主様がそうおっしゃるならそうなんでしょうね………どうかこれからは無事に育ってくれることを願うばかりです」
「私もだ。それじゃあ、私達は教会に行くよ。君達も頑張ってくれ。何かあったら、遠慮なく私に」
「はい、領主様も頑張ってください」
女性と別れ、俺達は再び歩き出す。領主と領民、という関係にしてはとても距離が近い。いや、その立場からくる礼儀とかはあるんだけど………何と表現すればいいか分からないな。
「仲が良いんですね」
「この街で暮らす者は、皆仲間だからね。それぞれが必死に生き、助け合うことで何とか生活を繋いでいる。目覚めたばかりだろうけど、君も皆と仲良くしてほしい」
「はい、分かりました」
まぁ、6年後には領土を捨てるらしいが。ただ、そんなことは俺以上にここに住む人々、そして父自身が分かっているはずなのに、忙しなく仕事をしている人たちは全く無気力なようには見えない。
終わりが来ると分かっていて、何故諦めないのだろう。その疑問は強くなるばかりだった。まぁ、考えても分からない事は一旦置いておこう。
初めて見る景色にキョロキョロと周りを見ながら歩く俺を、父は微笑ましそうに見ていた。そうこうしているうちに、目的地に着く。ここが教会か。
父が戸を開くと、中にはやはりあの聖女がいた。聖女は俺達を見て、そっと微笑む。
「ライツ様。今日はいかがいたしました?」
「やぁ、ソフィア。いつも世話になっているね。今日は、この子の魔力を見てほしいんだ」
「あら、ノイン君の?ですが、この子はまだ………」
「あぁ。けど、昨日この子が小さな火を起こしていてね。もしかしたら、既に魔力が目覚めているのかもしれない」
「そんなことが………確かに、稀に6歳に満たないうちに魔力が目覚める人はいますが………もしかすれば、エリシアと同じく魔法の才に恵まれているのかもしれませんね」
「あぁ、頼めるかい?」
「お任せください。ノイン君、こっちに来てくれる?」
聖女………初めて名前を知ったが、ソフィアに頷いて俺は彼女の下へ向かう。どうせ使えるんなら、さっさと練習したい。俺だって男の子なのだから、魔法とかそういうのには少し憧れもあったし。ガキだと?はっはっは。今の俺は4歳の子供だ。全くもってその通りだからダメージなどない。
「目を閉じていて。出来るだけ何も考えないで、ただじっとしているだけで良いから」
「分かりました」
何も考えるな、と言われると逆に難しいが。まぁ、それっぽい感じでやってみよう。目を閉じてなるべく思考を止める。
ただ、ここ最近ずっとだったんだが………こうして目を閉じて視界が暗闇になると、あの日と同じような、胸の奥底から湧き出る熱を感じる時がある。
それだけ、あの熱がトラウマになっているのかと思っていたが。今感じる熱はあの日のように俺を焼くような膨大な熱ではなく、真冬の中にある炎のように熱を伝える優しい熱だった。
その熱を感じていると、頭にそっと手を添えられる。ようやく始まるのだろう。そう思った時、頭に添えられた手から何かが流れ込んでくる感じがした。もしかして、これが魔力なのだろうか。
「………」
「………」
教会には静寂が流れていた。ただ静かに、流れ込んでくるそれに意識を向ける。俺が感じていた熱に似たような………でも、温かいとは感じない、寧ろ冷たさを感じるそれが徐々に広がって、俺が熱を感じていたそれに触れた時だ。何かが、弾けた感覚が広がった。
「っ!?」
ソフィアが添えていた手を慌てたように離す。俺も驚いて目を開いてソフィアの方を見る。すると、彼女は何かに驚いた………もっと言えば、怯えたように後退り、目を見開いて俺を見ていた。
「………えっ?」
「ソフィア?一体何が………」
「あっ………ご、ごめんなさい。その………驚いてしまって」
「驚いた?もしかして、何か問題が………」
「いえ、そうではないんです。でも、これは………」
ソフィアは信じられないと言うように何やら呟いている。そして、俺も先ほど何かが弾けた感覚と同時に、体中に滾る熱が身を包んでいった。それは、俺を焼く炎のようでもあり、俺を包み込み、守ろうとする温かさのようでもあった。
そして、確信した。これが………この熱が、炎が。俺の魔力なのだと。
「………これは」
「部屋の温度が………?」
父さんとソフィアが驚いたようにあたりを見渡す。俺には分からないが、部屋の温度に何かしら変化があったらしい。
「ソフィア、一体何があったんだ」
「ノイン君の魔力は………例えるならまるで炎………いえ、それよりももっと熱く、激しい………触れるものを全てが燃え尽きてしまうような、激しい炎、です」
「炎………」
「これは………才能に恵まれているとか、そんなものじゃありません。正しい力の制御を身に付けなければ………この子は、自身の熱でその身を滅ぼしてしまうかもしれません」
そう言ったソフィアは、とても真剣な表情だった。そして、その言葉は何よりも実感を持って俺に突き刺さった。火事で身を焼いたあの日の記憶。朧げながらも、内側から広がる膨大な熱を感じたあの日の記憶。
そんな想像に少しだけ冷や汗を流した時だ。教会の戸が開かれた。そちらを見ると、俺とそう変わらない程度の、長い金髪の小さな少女が。
「ソフィア、お邪魔す………なんだい、この魔力は!?」




