32話
国王の案内で向かった先は三階の大きな部屋だった。まるで会議室のように長いテーブルと、その周りに椅子が並んでいる。三階ってことは仕事に使うための部屋ではなく、今のように城で暮らす人が一度に集まって話すときに使うんだろうけど。
そこには既に6人程が集まっていたが………三人は成人を迎えているか分からない若い男性と、二人は国王と同じ程の年齢に見える女性………そして、残りの一人はルーナだった。何故か俯いている彼女の隣にいる女性は髪色や雰囲気的に恐らく彼女の母親なのだろう。………つまり、王の側室であるはずだ。
他にも妾を娶っていると言っていたが、挨拶が無いと言うことは、俺と関わることは無いと言う事なんだろうか。まぁ、ルーナは今回の役目があるから、その母親がいるのも納得なんだけどさ。
「ここにいる者は、そなたをここに呼んだ理由を知る者達だ」
「………なるほど」
後は騎士団長や、一部の重役も知ってそうだけど。思っていたよりは多いんだな。正直、国王とルーナ、その母親くらいしか知らされてないと思ってたんだが。
となれば………こっちの3人の若い男性達は国王の正妻の子か。三人に並ぶように座る金髪の女性は王妃だろうな。流石と言うべきなのかは分からないが、全員がかなりの美形。
取り敢えず、こういう時は俺から自己紹介をするべきだろう。
「これからお世話になります。ノイン・フロスディアです。よろしくお願いします」
俺はそう名乗って頭を下げる。俺が頭を上げると、笑みを浮かべて三人の中でも最も大人びた外見の赤髪の青年が立ち上がる。多分この人が長男だろうな。
「お初にお目にかかる。お前の話はよく聞いていた。我はウェイン・クリフォト。第一王子、次期国王だ。我よりも幼い齢で偉業を成し遂げたお前には、一度でいいから会ってみたいと思っていた。ルーナの件で忙しいかもしれないが、我とも懇意にしてもらえると嬉しい。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って会釈するウェイン。彼の名前は聞いたことがある。………まぁ、あまり良くない知り方ではあったけど。挨拶を聞く限りはかなり爽やかな青年と言った感じだった。一人称がそうさせるのか、確かに王族なんだなと言う雰囲気はあったが。
そして、彼が自己紹介をした時に思わず彼の左手を確認してしまったのは反射だった。すぐに目を逸らしたが、確かに彼の左手にもあの時見せてもらった痣と同じものが刻まれている。本当に子に受け継がれるんだな。
そして、ウェインが座ったのを確認するとその隣に座っていた青年が立ち上がる。年齢はウェインとそう変わらないように見えるが、雰囲気は真逆のようにも見えた。
「次は私が。スレイ・クリフォトと申します。この度は熾炎の貴公子と知り合えたことを光栄に思います。ノイン様は読書も好むとお聞きしておりますので、これから会う機会も多いかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します」
「よろしくお願いします。………読書をされるんですか?」
「えぇ。この城で書斎を使う者は私以外には殆どいませんので、気が向いた時は遠慮なく足を運んでいただければ。貴重な本なども多く揃っていますよ」
滅茶苦茶丁寧。本当に王族なのか疑わしい程に丁寧だった。いや、王族だからこそ礼儀作法は叩き込まれてるのかもしれないけど、ここまで丁寧にあいさつされると逆に恐縮してしまう。
少なくとも、ウェインとスレイは18歳前後に見えるから、俺より年上なのは明らかだし。まぁ、好意的にされる分には困らないんだけどさ。………というか、俺が読書も好きな事を知ってる奴はあんまりいないと思ってたんだけどな。少し意外だ。
スレイが席に着くとその隣で、興味深そうな様子を隠そうともせず俺を見ていた金髪の少年が立ち上がった。俺より少し年上くらいに見えるが、三人の中で末っ子だと言うのはすぐに分かった。髪色は………母に似たのか。
「俺はラルク!俺もあんたの話を聞いた時からすっげー気になってんだ!良ければ今度、魔龍を倒した時の話を聞かせてくれないか!?」
「え、おっ………」
「ラルク。落ち着きなさい」
興奮を抑えきれないと言った様子のラルクを窘めたのは、彼らに並んで座る女性。その言葉にすぐにハッとしたのか、取り繕うように頭を掻いた。
「あ、悪い………えっと、この中では末っ子だ。殆ど年齢も変わんないし、気さくに接してくれると嬉しい。よろしく」
「あー………はい。よろしくお願いします」
「いやいや、気さくに接してくれってば」
「………よろしく?」
「あぁ、よろしく!」
にかっと笑みを浮かべて返すラルク。末っ子らしいと言えば末っ子らしい性格なのかなぁ………ただ、堅苦しい人ばっかりだと息が詰まるし、ある意味では助かったかもしれない。この中では一番話しやすそうだな。ちょっとほっとした。
「フィリアと申します。この度は、ノイン様に来ていただき感謝いたします。王妃としても………私個人としても、ルーナの件は解決していただきたいと思っております。どうか、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
気品に溢れた所作で礼をする女性。やはり王妃だと言うのは間違ってなかったが………個人としてもと言うのはどういう事だろう。正妻と妾って、そんなに良い関係とは思えないんだけどな。ただの偏見だけど。
そして、次に挨拶をしたのはルーナの母親と思わしき女性だった。
「ミレイユ・リーフェルです。娘の事、どうかよろしくお願いします」
手短に………だが、深く頭を下げる女性。その声は、確かに娘の事を思う母親のものだった。短いながらに、その重みを感じさせてくるミレイユさんに、俺は大きく頷く。
「よろしくお願いします。私も全力でルーナ様の件に臨ませて頂きます」
「はい………ありがとうございます」
ミレイユさんは安堵したように笑みを浮かべて頷く。ここまで言ってしまったんだから、出来ませんでしたは許されないけどな。俺自身、そんなことになったら自分が許せないけど。そして、最後に残ったのは………
「あ、えと………」
自分の番が来たと理解し、声を上げるルーナ。だが、俯いていた顔を上げて俺の顔を見ると、顔を赤くして言葉を詰まらせ、再び俯く。
あの、やめてくれませんかね。すっごい気まずい。国王以外の人たちが、そんなルーナを温かい目で見つめ始めた。やめて。そんな目で彼女を見ないであげて。俺まで一緒に気恥ずかしくなってくるから。
黙っていても進まなそうだし、この空気を断ち切りたくて俺から声を掛けることにした。どちらにせよ、一番関わりが深くなるであろうルーナに挨拶をしないと言う選択肢はないだろうし。
「………話は聞いてます。私も頑張りますから、どうかよろしくお願いしますね」
「あっ、は、はい!よろしくお願いしますっ!」
やばい。大丈夫かなこれ。これから話すたびにこういう態度になられたら、かなり気まずいんですけど。あのやんちゃっぽかったラルクですら、今は黙って優しい笑みを浮かべてルーナを見ているのだから相当だ。
ただ、ちょっと疑問でもある。一応、俺は婚約の話は断ったと言うことになっている。直接という訳ではないが、振ったと言ってもいい。それでもなお、こんな様子なのは………国王、どういう風に伝えたんだろう。
「………挨拶は済んだな。我は公務があるが故に行くが、後は好きにするといい。そなたの部屋はウェインに聞け。それではな。改めてよろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って国王は部屋を出ていく。あとはまぁ………好きにしろってことは、ここに馴染めってことなんだろうな。すると、フィリアさんも立ち上がって礼をする。そうして部屋を出て行き、残されたのは3人の王子とリーフェル親子。当然、一番に動いたのはラルクだった。
席を立ち、俺の隣の席に移動する。その様子を2人の兄は苦笑しつつ、優しく見守っていた。兄弟関係は良好みたいだな。この中の誰か………というか、スレイかラルクが王位を狙って刺客を放ったことを疑ったこともあるが、その線はないといってよさそうだ。
「じゃあ挨拶も終わったし、ノインの話を聞かせてくれよ!噂はよく聞くけど、本人から聞けるほうが楽しみだ!」
「あー………うん。そうだな。どこから話すか………」
俺としても、上手くやって行けるか不安だっただけに少しホッとした。これで全員国王みたいに堅苦しい人だったら………この場の空気、さっきの6倍は重くなってたのか。もしそうだったら泣いてたかもしれない。
取り敢えず、仲良くやっていけるならそれに越したことは無い。ギスギスするよりはずっと良いからな。
「じゃあ、まずは魔龍の戦いの話を聞きたい!最後に雲が吹き飛ぶくらいの大火を起こしたのは知ってるけど、それ以外は全く分からないし!」
「分かった。じゃあ………」
俺はラルクの要望に応えて、魔龍を討ったときの話や今までの生活の事を話し始めた。ラルクだけでなく、二人の兄も話の途中で色々と質問をして来たりと、かなり和やかな雰囲気ではあった。………無言のままだが、ちらちらとこちらを見るルーナがめっちゃ気になるけど。
流石にこれには他の皆も微笑ましいを通り越して苦笑が浮かんでいた。分かりやすいってレベルじゃないもん。
「へー………話には聞いてたけど、エリシアって子もやっぱり強いんだなぁ………」
「ま、この前魔龍がいた山の山頂を一緒に吹き飛ばしちゃったし」
「え、マジで何してんの?」
信じられないと言うようにポカンとした表情を浮かべるラルク。何をしてると言われたら、その通りとしか言えないけど。
「いやぁ………めっちゃ父さんに怒られたからな。もうしないよ」
「普通は怒られたで済まないって………」
「ははっ。話には聞いていたが、我が想像していた以上に面白い事をしていたんだな。それでこそ、【天焔】を継いだ英雄と言うべきかもしれないが」
「山を吹き飛ばすのは英雄と言うのですかね………」
「うむ、知らぬ!」
スレイの呆れたようなツッコミに対してそう返して豪快に笑うウェイン。仲いいなこいつら。スレイもそんな兄の爆笑に呆れつつ、笑みが浮かんでいた。
ラルクもそんな兄たちのやり取りを見て笑いつつ、俺の方に向き直る。
「それで?」
「ん?何が?」
「いや、あんたは………あー、いや。やっぱり何でもない。今度訊くよ」
「?そうか」
何かを思い出したかのように気まずそうな顔をして首を横に振ったラルク。何かは分からないが、都合が悪いのであればわざわざ聞く必要もないだろう。そう思ってそれ以上追及はしなかった。
すると、そんなラルクをフォローするかのようにスレイが口を開いた。
「そうでした。ノイン様はこの街をまだよくご存じではないのでは?」
「あー………そうですね。前も謁見と式典に出席しただけでしたし」
「でしたら、皆で街を見に行きましょうか。まだ時間もありますし、これから暮らす街を早めに知っておくのは大切な事だと思いますよ」
「………いいんですか?」
俺の為に、王子が街まで同行するとか。すると、スレイはすぐに頷く。
「えぇ、勿論です。皆さんも構いませんか?」
「うむ、我は構わん」
「俺も勿論」
「あ、わ、私も………行きたいです」
「すみませんが、私はこの後少し所用が………」
ミレイユさんは申し訳なさそうに頭を下げる。流石に年上だとしても、王子には立場的に勝てないんだな。まぁ、仕方ないことかもしれないが。スレイはそれに頷くと、言葉を続けた。
「ふむ………では、5人で行きましょうか。最近は物騒なので、ルノジスを同行させればいいでしょう」
「………あの人、一応騎士団長ですよね?」
「ですね。まぁ、ノイン様の護衛に勝る任務は今は無いでしょう」
「熾炎の貴公子がいれば、騎士団長などおらずとも危機など無いようにも思えるがな」
「そうですね。まぁ、流石にそれは体裁が悪いので」
扱い雑過ぎるだろ。ルーナの事を聞いていると言うことは、それなりに実力もあって信用もされているんだろうが………多分、多忙な人なんだろうな。心中察する。けど、ああいう人材が今はうちの故郷にもほしいんだよなぁ。
そう思いつつ、全員が席を立つ。取り敢えず、俺は最初にここに来た時よりはずっと心持ちが軽くなっていた。唯一、懸念点を挙げるとしたら………
「………」
未だに俺をちらちらと見ては頬を染める彼女の事だったが。