33話
それから10分ほど。用意をするからエントランスで待っていてくれと言われたからその通りにしていたが………一番最初に来たのはルーナだった。が、服装が違う。今まで来ていた黒いドレスではなく、白いワンピース。平民が着るような………とは流石に言えないが、庶子だとしても王の血を引く者だとは想像しがたい服装だった。
「その………公務などで出向く際以外は、街に行くときは私服を着るようにしてるんです。街の人たちに緊張をさせてしまいますから………」
「あー………………こういうの聞くのはどうかと思うんですが、ルーナ様もそういう仕事があったりするんですか?」
「いえ、殆ど………たまに遣いとして出ることはありますけど、殆どはウェイン様が」
「なるほど」
つまり、ウェイン達も今回は私服で来るのか。さっきまでの王家に相応しい服を思い出しつつ、意外とそう言うのを考えてるんだなぁと考える。俺も父さんも、そういうの関係なく普段から服装はコートだったし。まぁ、あんな極寒の地で服装に気を遣っていられなかったと言うのもあったんだけどさ。
俺の場合、そもそも寒いとは感じないから殆ど着慣れているという理由だけど。
「………もうちょっと私も服を考えればよかったでしょうか」
「え、い、いえ!………そのままでも、とても似合っていると思います」
そう言ったルーナの言葉が本心なのか気遣いなのかは分からないが。相手がずっと緊張しっぱなしなせいで、全然判断できない。とはいっても、流石に客人として城で暮らすんだったら、相応の身なりはした方がいいよな。
勿論、ちゃんと洗ってるし清潔にはしてるけど、ここで着る物じゃないと思う。このあったかコート。
「でも………その、暑くないんですか?もう春も終わり始めて、少しずつ暑くなってきてますけど………」
「暑さや寒さには強いんです。体質なもので」
「すごいですね………」
ほう。今の季節は春の終わりだったのか。万年体感温度が変わらないから、そういうところが全く感じれないのはちょっと残念だ。まぁ、俺の記憶の中にある夏の暑苦しさをまた体験したいかと言われたら、そうじゃないけど。あ、でも今の俺なら案外大丈夫かもな。それより熱い経験してるし。
「………あの人達、遅いですね」
「で、ですね………」
およそ20分くらいが経ったが、未だにウェイン達が来る様子はない。王子とは言え男の支度だ。私服と言う事を考えれば流石に不自然なほどに時間がかかっている。なんとなく、その理由が分かってきた気もするけど。
さっきのルーナを見ていた温かい視線を思い出し、余計なお世話だなぁと考えるも、実際に彼女と落ち着いて話したかったのは事実でもある。
「今後のために聞いておきたいんですけど、封印されてる【命煌】を感じることは無いんですか?」
「………時々、胸の奥で微かな力を感じます。………封印される以前に感じていた、とても輝かしいのに………とても、恐ろしく感じる力を」
「………なるほど。封印されてても完全には気配を消しきれないんですね」
エリーが殆ど感知できないほどと言っていたくらいには強力な封印だ。それでもなお感じることが出来るのなら、間違いなく普通の魔力じゃない………俺と同じ力なんだろう。
ルーナはそう言って不安そうに自身の胸を抑える。事故が起きた当時、どれだけの被害が出たのかは詳しく知らないが………その表情を見ると、聞かずとも察することが出来た。
「………」
「大丈夫ですよ。不安になるような未来は、絶対に訪れさせませんから」
「っ………あ、ありがとう、ございます」
あ、まただ。少しはマシになっていたのに、また顔を赤くして目を逸らした。こういう経験がないから、好意を向けてくる女の子の扱いが全く分からない。なんか話題ないかなぁ………あ、そうだ。気になったことがあったな。
「この城には他の方は住んでないんですか?一応、今後ここで暮らすので挨拶はいるかと思ってたんですけど」
「あっ………え、えっと、普段この城で暮らしているのは王妃様とウェイン様達だけなんです」
「え、じゃあルーナ様は?」
城で過ごすように言われたから、てっきりルーナもこの城に住んでいるんだと思っていたが。すると、ルーナは困ったような笑みを浮かべつつ答えた。
「今までも短い期間、この城で過ごす事はありましたが………あの日の出来事があって、暮らしていた屋敷の警備が信用できないと言って、私はこの城で暮らすようにとお父様が」
「なるほど………ミレイユさんはまだそっちの屋敷に?」
「はい。なので、今日は久しぶりに会いました」
それは寂しいだろうな………いや、今の俺の状況も割と人のこと言えないんだよな。正直、ウェイン達が良い意味で予想を裏切って来たから少しは良かったけど、未だに寂しいという気持ちは強い。父さんやエリーに今すぐにでも会いに行きたいと思いはするが………いや、頑張らなきゃな。
っていうか、連れ去られた経緯はそういうことだったか。まさか城にいたルーナが連れ去られたのかと思ったが、流石にそこまで酷くはなかったらしい。
心配してたことが起こることは無さそうだなと少しだけホッとした時、2階に続く階段から数人の足音が聞こえてくる。
「すまん。待たせたな」
「………いえ、そんなことは」
謝罪の言葉を口にしつつ、薄らと浮かんだ笑みがどういう事か理解できないはずもなかった。ルーナもその表情を見てやっとその意図に気が付いたのだろう。目を見開いて顔を赤くする。
それに気が付きつつ、特に反応もしないままスレイが口を開いた。
「既にルノジスには連絡して外で待って貰っています。行きましょうか」
そう言ったスレイと、他の二人もルーナが言っていた通り私服だった。質の良い上等なものだと言うのはすぐに分かるが、彼らを知らない人が見ても王族だとは思わないだろう。まぁ、少なくともこの街の住民で王子の顔を知らないと言うことは無いだろうけど。
俺達は城を出て正門の方に向かう。すると、巨大な城門の近くには見知った騎士の姿があった。
「お待ちしておりました」
「えぇ、すみませんね。支度に予想以上に時間がかかってしまいました」
「………なるほど」
俺の隣にいるルーナを見て、何かを察したように頷くルノジス。多分、普段からそういうことを考えそうな人たちだと言う印象があるんだろう。まぁ、満足そうな笑みを浮かべたままのウェインとラルクを見て気が付いたのかもしれないが。
「行くとするか。ノイン、どこを見て見たいなど要望はあるか?」
「え、あー………その、何があるか知らないので………」
「ふむ。では、まずは大通りに向かうとしよう。大体の物はあそこで揃うしな」
ウェインの言葉に全員が頷き、俺達は城を出た。街に出ると、初めて来たときにも感じたが、やはり活気に溢れている。そして、少し驚いたのは街の人々は街を歩くウェイン達に気が付きつつも、たまに会釈をする人がいるくらいで特に大きな反応が無い事だった。
「………良く城下町に出るんですか?」
「我はそうでもないが、スレイとラルクはよく出かけているな」
「珍しい本を取り扱っている遠方から来た商人の所へ本を購入しに行くんですよ」
「俺はそもそも魔法学校に通ってるしな。今はちょっと行けないんだけど」
「………トラブルでも起こしたのか?」
「なわけないだろっ!………ほら、ちょっと前に色々あっただろ?」
「あー………」
色々、と言われてすぐに察する。確かに、王の庶子であるルーナが狙われたんだ。なら、王妃の子であるラルクが狙われる可能性は十分あるか………
納得したような声を上げると、ラルクは心底心外と言ったようにため息をつく。
「俺、そんな悪いことするように見えるか?」
「いや、悪い事はしなさそうだけど………意図せずやらかすとかはありそうだなって」
「………」
俺の言葉に一瞬だけ目を逸らすラルク。いや、こいつ絶対やったことあるな?すると、そんな弟の様子を見てスレイが笑みを浮かべる。そして、ウェインも何かを思い出すように話し始めた。
「あぁ、調子に乗って魔法を使い教室を水浸しにしたと学校より連絡があったことはあるな」
「ちょ、兄さん!」
「事実だろう」
教室を水浸しかぁ………。結構なやらかしだなぁ。ラルクも自らの失態を広められて恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして声を上げる。一蹴されているが。
すると、それで何かを思い出したかのようにルノジスさんが俺に話しかけて来た。
「………そういえば、ノイン様は学校には通わないのですか?」
「あー………どうなんだろうな。父さんとそういう話はしたことないからな」
「なるほど………事情を考えれば致し方ありませんね」
「まぁな。父さんも通ってなかったらしいし」
だから、貴族社会に関わることになった今の状況は余計に疲れると言っていた。まぁ、俺が直接聞いたことは無いけど、フロスディア家は凍土の田舎貴族と一部には蔑まれていたらしいし。
辺境伯だから、それなりに地位は高いはずなんだけどなぁ………まぁ、しょうがないところもあるが。
「ですが、今後を考えれば通うことも考えた方が良いのでは?」
「………それはそうだけど」
「お、じゃあうちの学校に通うか?」
「いやぁ………」
魔法学校かぁ………正直、俺が通ってもあまり得にはならないだろうなという確信があった。俺の特異な魔力のせいだけど。戦闘試験とかあるならまず負けなしだと自信をもって言えるけど、それ以外の点で絶望的な点数を叩きだす予感しかない。
俺が渋ってるのを見て、ラルクは何かを思い出したかのように声を上げた。
「あ………そうか。ノインは【天――」
「ラルク」
その瞬間、鋭く彼の名を呼ぶウェイン。その一言は彼を黙らせるのに十分で、びくりと肩を振るわせた後で、口をつぐんだ。
まぁ、うん。人が沢山いる中で言っていい事ではないけど。彼を窘める一言で、ウェインと国王が重なって見えた。愉快な人だとは思っていたが、次期国王と言うだけあってそれだけではないようだ。
「………まぁ、うん。俺が今更魔法を習ってもなぁって感じはするんだよな。魔龍を倒した生徒とか、教師も扱いに困るだろうし」
「でしょうね。寧ろ、教師が教えて貰う立場といってもいいかもしれないでしょう」
「私は人に教えるのは向いてないんですよね………」
まぁ、もし通うことになったら父さんから連絡はあるだろう。………っていうか、学校って普通何歳から通う物なんだ?調べたこともないんだよな。
まぁ、ウェインとスレイはさっきの話的に既に卒業してるみたいだが。
「ラルクは何年生なんだ?」
「………1年だよ」
「なるほど」
となったら12~3歳くらいか。………後々の年齢を考えると12歳が妥当だな。あれ、でもルーナは多分普通に学校に通うよな。そうなったら、共に行動する時間は減るが………まぁ、そういう時間も必要な気はするな。互いの為に。
「よし、付いたぞ。ここが大通りだ」
そんなことを考えていると、ウェインがそう告げる。そこにはその名の通りとても大きく、今まで以上に人通りの多い、賑やかな通りが広がっていた。




