第八話「フィオラも学校へ」
それからというもの、彼女たちふたりは毎朝のようにうちの前へ迎えに来て、一緒に遊ぶようになった。
いつもいつも、三人で大はしゃぎしながら過ごす日々。
ある日は大きな木に登ってどっちが高くまで行けるか競い合ったり。
またある日は、山の奥深くまで綺麗な花を探しに行って、危うく遭難しかけて両親から大目玉を喰らったり。
本当に楽しくて、楽しくて。
こんな穏やかで賑やかな毎日が、ずっと続いてくれればいいと心から願っていた。
……だが、俺が六歳になり、二人と出会ってから二年が経った頃。
フィオラが、あの姉を呼び起こす言葉を口にした。
「私、学校に行くことにしたわ!」
「……えぇぇ」
デジャブだ。強烈なデジャブが俺の脳裏を駆け抜ける。
「行かないで……寂しいよお姉ちゃん……!」
「ちなみに……いつ行くんだ?」
「明日よ!」
……あぁ、本当にあの時の姉さんと一緒だ。
いや、前々からなんとなく行動パターンが姉さんに似ているなぁとは思っていたが、まさかここまで全く同じ展開をぶちかましてくるとは思わなかったぞ。
「そんなぁ……」
「俺はともかく、リリィにも話してなかったのか?」
「うん……だって、絶対に反対されると思ったから伝えられなかったのよ。ごめんなさい……」
「ううん、いいの。直前まで黙ってたことには怒ってるけど……私、お姉ちゃんの味方だから!」
「リリィ……ありがとうっ! というわけで、私、荷造りをしなきゃいけないから今日は遊べないの」
「そっか」
……ふむ。前日にちゃんと余裕を持って自力で荷造りを始めようとしているあたり、えらいじゃないか。
どっかの我が家の天才少女は、出発前夜の真夜中になってから青ざめた顔で助けを求めてきたからな……。
「手伝うよ、お姉ちゃん!」
「ありがとう、リリィ」
「俺も手伝おうか?」
「あー、じゃあお願いしようかしら——」
「え、でも下着とかも詰めるんじゃ……」
「……っ!? やっぱ絶対ダメよ! 入っちゃダメ!」
「はいはい。じゃあ明日出発するときは、ちゃんと声かけろよな」
「当たり前でしょ! アレスこそ遅刻しないでちゃんと見送りに来なさいよ!」
「もちろん」
「それじゃあねアレス君、また明日」
「またね!」
「おう、またな」
そう言って、二人は自宅へと戻っていった。
(……まあ、姉さんの時と同じように、お守りでも作ってやるか)
俺は自室に戻ると、早速作業に取り掛かった。
この世界では、学校への通学は義務ではない。学びたい者だけがしかるべき機関へ赴くスタイルだ。
フィオラは以前から剣術に並々ならぬ興味を持っていたらしく、本格的に剣を学ぶために旅立つのだという。
そういえば、エリカ姉さんも魔術ではなく剣術を学びに行ったはずだ。もしかすると同じ学校だったりするのだろうか。
ちなみに、この世界の学校制度は七歳から十三歳までが初等〜中等課程、それ以降の十三歳から二十歳までが高等教育(大学)というシステムになっている。
俺自身も学校に通って剣や魔法を学んでみたい気持ちはあるが……今俺がいなくなったら、きっとリリィが一人ぼっちになって寂しい思いをするだろう。だから、今はまだここでいい。
魔法に関しては、おふくろがたまに「プレゼント」と言って買ってきてくれる魔導書を読み込むことで、最近ではかなり形になってきている。
剣術も、たまに親父が本格的な稽古をつけてくれるおかげで、一人前とはいかないまでもそこそこ様になる程度には振れるようになってきた。
なぜ俺がここまで必死に魔法と剣術の双方を鍛えているのかといえば——理由は単純。
やっぱり男なら一回は「冒険者」というものになってみたいからだ。
どうやら俺には魔法と剣の両方に相当な才能があるらしい。
親父曰く、「両方の才能を高い水準で持ち合わせている奴なんて初めて見た。お前はきっと立派な冒険者になれるぞ」とのことだ。
……まあ、うちの姉さんも両方こなすチートスペックなのだが。
そんなことを考えながら、俺は手元の木切れを削り、丁寧に木製のお守りを完成させた。
夕食の時間を告げる鐘が鳴り、俺はリビングへと向かう。
食卓につき、フィオラが明日旅立つという話を両親に打ち明けた。
「そう、フィオラちゃんも学校へ行ってしまうのねぇ……」
「そうなんだ。それでさ、もしかしたらエリカ姉さんと同じ学校なのかなって思って」
「なら明日、どこに行くのか聞いてみなさい。王都の『剣技学校』だったら同じところだぞ」
言われてみれば、俺は姉さんが通っている学校の正式名称すら知らなかった。
いいなぁ、姉さんは今、華やかな王都にいるのか。俺も一度は行ってみたいものだ。
まあ、将来冒険者として名を上げれば、嫌でも行く機会はあるだろう。
「そうだね、明日どこに行くのか聞いてみるよ」
「でも、やっぱり少し寂しくなるわねぇ。お友達が遠くへ行っちゃうなんて」
「そうだね……」
「……で、アレス。お前はどっちが本命なんだ? フィオラちゃんか? それともリリィちゃんか?」
ニヤニヤと下種な笑みを浮かべながら、親父が唐突にデリカシーのない質問をぶちこんできた。
「……父さん、酔ってる?」
「えぇ、かなりね」
おふくろが呆れたように補足する。
「まさか! 俺は至ってシラフだぞ!」
そう言いながら、酒杯をぐびぐびと煽り、顔を真っ赤にしている親父。
よくもまあ、その状態で「シラフだ」なんて平気な顔で言えたものだ。
「だってそうだろ! こんだけ毎日仲良く遊んでるんだ、どっちかの女の子を好きになっても無理はない! ……それともあれか!? 両方総取りか!? お前もなかなかの罪な男だなぁ……! だが親父は応援するぞ! 俺も若い頃はよく浮気したもんだからなぁ!」
(……おっとー??)
爆弾発言が飛び出した。
おいおい親父、目の前におふくろがいる前でその過去の栄光(?)を語るのはマズいんじゃないか……?
恐る恐るおふくろの方へ視線を向ける。
おふくろはニコニコと穏やかな笑みを浮かべて親父の話を聞いているが……目が一切笑っていなかった。背後に恐ろしいオーラが見えるのは気のせいだろうか。
「いやぁ、昔はよく浮気してさぁ! その時思ったんだよ。『そうだ、冒険者を辞めてどこかの王になって一夫多妻制を導入しよう!』ってな! ……ガハハ! でもなぁ、そんなバカな野望も、エリアナっていう世界一の美女に出会って吹き飛んじまったんだよなぁ〜!」
「あにゃた……そうりゃったのぉ〜〜♡」
……なんと、一番酔っ払っていたのはおふくろの方だった。
真っ赤な顔で抱き合い、息子(六歳)の目の前で盛大にイチャつき始める酔っ払い夫婦。
これ以上この場にいたら毒されると察した俺は、そそくさと自分の夕食を平らげ、逃げるように自室へと避難するのだった。
翌朝。
昨日と変わらず、我が家の前にはフィオラとリリィが迎えにやってきた。
「アレスー! お友達が迎えに来てるわよー!」
「はーい!」
おふくろの声に応え、俺は急いで玄関を出て二人のもとへ駆け寄る。
「待たせたか?」
「全然! 文字通り、いま来たところよ!」
振り返ったフィオラの背中には、パンパンに膨らんだ大きなリュックが背負われていた。
「……もう行くのか?」
「そうね! このまま隣町まで歩いていって、そこから『汽車』に乗って行こうと思うわ!」
(おぉ……この世界にも汽車なんて概念が存在するのか。意外と文明が進んでいるんだな)
「そうだ、ひとつ聞こうと思ってたんだけど……フィオラはどこの学校に行くんだ?」
「えぇっと、王都にある『剣技学校』よ!」
ビンゴだ。やはりエリカ姉さんと同じ学校だった。
「なら、向こうにはフィオラの三歳上になる『エリカ』っていう俺の姉さんがいるから、困ったことがあったら頼るといいよ。仲良くしてやってくれ」
「へぇ! あなた、お姉さんがいたのね!?」
(……え? 俺、この二年間で姉さんの話一度もしてなかったっけ……?)
困惑する俺の横で、リリィが静かに口を開いた。
「フィオラ、前にもアレス君はお姉ちゃんがいるって話をしてたよ……?」
「あ、良かった。俺の記憶違いじゃなかったか」
「あれぇ? そうだっけ……?」
てへっ、と頭をかくフィオラ。相変わらずのうっかり屋さんだ。
「あぁ、それと……これ」
俺はポケットから、昨日の夜に作り上げた木彫りのお守りを取り出した。
「これ、手作りのお守り。よかったら持っていってくれ」
渡されたお守りを見た瞬間、フィオラの目がパッと輝いた。
彼女は嬉しそうにその場でピョンピョンと跳ねながら、お守りをギュッと握りしめる。
「ありがとう……っ! 肌身離さず、絶対にずっと持っておくね!」
満開のひまわりのような笑顔を覗かせるフィオラ。
だが次の瞬間、彼女は少し表情を引き締め、気を引き直すように口を開いた。
「それじゃあ……そろそろ行くね。暗くなる前に隣町に着きたいからさ。道中で魔物に襲われたりしたら笑えないしね!」
「うぅ……っ、お姉ちゃん……っ!」
寂しさに耐えかねたリリィが、フィオラの服の裾を掴んで泣き出した。
フィオラは優しくリリィを抱きしめる。
「大丈夫よ、リリィ。また卒業したら絶対に帰ってくるから……そしたら、また三人で思いっきり遊びましょう?」
「……うんっ!」
「それじゃあ、アレス! 元気でね! あと……リリィのことをよろしくね!?」
「おう、任せろ。道中、気をつけてな」
「えぇ! 気をつけるわ! それじゃあ……またね!」
意を決して背を向け、フィオラは隣町へと続く街道を歩き始めた。
歩みを進める間、彼女は何度も、何度も振り返りながら、名残惜しそうに俺たちへ手を振り続けた。
やがて、その小さな背中は街道の曲がり角の向こうへと消えていった。
「うぅぅぅぅ……お姉ちゃん、寂しいよぉぉぉ……っ!」
小さくなっていく姉の影を見送りながら、リリィはその場にしゃがみ込み、声を上げて泣き出してしまった。
俺はそっと隣にしゃがみ込み、彼女の柔らかい銀髪を優しく撫でた。
「……リリィ。今から、二人で遊びに行こうか?」
そっと手を差し伸べながら、俺は優しく微笑みかけるのだった。




