第七話「銀髪の姉妹」
姉さんが家を離れてから、すでに数ヶ月という月日が流れていた。
——気づけば、俺も無事に四歳を迎えていた。
この世界には、日本のような「誕生日を盛大に祝う」という習慣はないらしい。
ただ、年の節目として年齢の数字だけはしっかりと数えていく。
……いや、生まれた日をちゃんと覚えているのなら、ささやかなプレゼントやご馳走くらいあってもいいと思うんだがなぁ。
ともかく、四歳を迎えた俺の日常にはこれといったイベントもなく、相変わらず平穏な日々が過ぎていっていた。
にしても——暇だ。
魔術関連の練習も自主的に続けてはいるが、あのときの「自分の生命力をごっそり持ってかれる恐怖」がトラウマになっていて、今はごく小規模なものしか試す勇気がない。
外に遊びに行くと言っても、この田舎村には姉さん以外に同年代の友達のような存在なんていなかった。
……待てよ?
そういやこの世界に来てから、家族以外の人間とまともに会話すらしていないぞ?
(……これって、めちゃくちゃ陰キャすぎないか? いや、この年齢なら普通なのか……?)
くだらない自問自答をしていても仕方がない。
よし、友達を作ろう。そうだ、自分から動き出せばいいのだ。
思い立ったが吉日、俺はおふくろに声をかけて外へ出掛けることにした。
「ちょっと、外へ遊びに行ってくるよ」
「あら、お友達と?」
うっ……その質問は、友達ゼロのぼっち少年にとってはなかなかにクリティカルヒットだぞ、おふくろ。
「いや、今から友達を作りに行くんだよ……」
「そう。気をつけて行ってくるのよ。大丈夫、アレスは優しい子だから、きっとすぐにお友達ができるわよ」
「お、おう……行ってきます……」
その温かい励ましの言葉がかえって胸に突き刺さる……!
ともかく、俺は家を出て村の中をトコトコと歩き回る。
とは言っても、同年代の子供たちがどこで屯して遊んでいるかなんて、これまで気にしたこともなかった。
あてもなく周辺を見渡す。
青々と生い茂る木々と、どこまでも澄んだ空気。これだけでも十分に心が落ち着くが……。
歩き疲れた俺は、村のはずれにあった一本の大きな木の下に寝転がった。
頭上に広がる濃い緑の陰。その隙間から、優しい午後の木漏れ日がちらちらと降り注いでくる。
(……ここ、最高の昼寝スポットじゃないか……)
心地よい風に吹かれ、俺はそのまま意識を手放してしまった。
——「おい! このっ、このっ!」
——「おら、どうだ! 参ったか!」
——「ちょっと、やめなさいよ……っ!」
「んん……なんだ、やけにうるさいなぁ……って、うわっ!?」
あまりの心地よさに熟睡してしまっていたらしい。
慌てて上半身を起こし、ぶるぶると軽い伸びをする。
「はぁ〜あ……まだ眠いな。いま何時くらいだろ」
空を見上げると、太陽はすでに傾きかけている。おそらく夕方の四時くらいだろうか。
「結構しっかり寝ちまったな……ん?」
ぼんやりと横に視線をやった瞬間、俺の飛び起きかけた体がピタリと静止した。
そこでは——
「この村から出ていけよ、化け物が!」
「ちょっと、やめなさいって言ってるでしょ……!」
「うぅ……っ」
地面に押し倒され、泥や小石を投げつけられている二人の少女の姿があった。
それを嘲笑うように取り囲んでいるのは、柄の悪そうな地元のガキ大将とその取り巻き計三人。
……おいおい、見過ごすわけにはいかない光景だな。
いや、待てよ? 転生者としての視点から言えば、ここで助けに入れば定番の「少女を救うヒーローイベント」だが、俺としてはそろそろ男友達も欲しい頃だし、いじめっ子グループに混ざるという選択肢も……いや、人道的にそれはダメだろ。
「そこまでだ、お前ら!」
思わず口をついて出た声を合図に、俺は五人の方へ向かって走り出した。
走って……走って……
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
——思ったより遠い!
そして、四歳児の肉体は想像以上に体力がなかった!
「……なんだよお前、もしかして一緒にいじめられたいのか?」
「ちょっ、待て……はぁっ、はぁっ……」
「お、おう?」
「はぁっ……し、よし、もういいぞ」
「なんだこいつ、いじめられにわざわざ来たのか?」
「それとも、俺たちと一緒にこいつらをいじめるか?」
息を切らせて膝をつく俺に、ガキ大将たちが怪訝な顔を向けてくる。
その時、地面にうずくまっていた銀髪の少女の一人が、震える手で俺の袖をそっと引っ張った。
「……す、助けて……」
「ぶははっ! 助けてだってよ! なぁ、お前も一緒にこいつらを泥まみれにして遊ぼうぜ!」
「それは……お断りだな」
「は? なんでだ? まさか正義のヒーロー気取りかよ」
「いや」
俺は肩で息をしながら、いじめっ子三人の背後を指差した。
「——後ろに、大人の人がめっちゃこっち見てるぞ」
「「「え……?」」」
ぎょっとして一斉に振り返る三人のガキ大将たち。
「って、誰もいねぇじゃねぇ……って、うわっ!?」
隙だらけになったその瞬間、俺は振り向いたうちの二人の背中を、持てる限りの全力を込めて前方の田んぼへ向かって思いっきり突き飛ばした。
「うわっ、ちょっ……!?」
「ぶくっ……げほっ!?」
見事に、道路脇の泥だらけの田んぼへとダイブする二人。
いやぁ、さっきまで少女たちに泥を投げつけていた奴らが、自分自身でそれを体現することになるとは因果応報とはよく言ったものだ。
「てめぇ……! 何すんだよクソガキ!!」
残された最後のワンマンが、真っ赤な顔をして怒り狂い、思いっきり拳を振りかぶって殴りかかってきた。
——ガツンッ!!
俺は一瞬の迷いもなく、的確に相手の急所(金的)へと足を突き上げた。
「っっっっぶぅううう!!?」
卑怯だって?
何を言う、そもそも「3対2」で女の子をいじめていた奴らに正々堂々もクソもないまい。
うずくまり、白目を剥いて崩れ落ちるガキ大将の顔面に、とどめとばかりに思いっきり膝蹴りを叩き込む。
「ぐぇっ……!」
そのまま勢いを利用して、そいつも田んぼの中へ放り投げる。
……が、最初に落とした二人のうちの一人が、すでに泥だらけの顔で這い上がってこようとしていた。
「お、おい二人とも! 逃げるぞ!」
「「う、うん……っ!」」
俺は銀髪の少女たちの手を取り、その場から全速力で駆け出したのだった。
「はぁっ……はぁっ……もう大丈夫か?」
「う、うん……ありがとう……」
「助かったわ……」
村の安全圏まで走り抜け、荒い息を整えながら俺は二人に向き直る。
いろいろと聞いてきたいことは山ほどあるが、まずは基本の挨拶からだ。
「俺の名前はアレス……君たちは?」
「私はリリィ……で、こっちはお姉ちゃんのフィオラ。さっきは本当にありがとう、アレス君」
「……ふんだ、やり方はだいぶ汚かったけど、助けてくれたことには感謝してあげるわ」
ふんだ?何それ可愛い
おずおずと礼を言うおとなしそうな方が『リリィ』。
少しツンとした口調で強がる方が、姉の『フィオラ』らしい。
二人とも、腰まで届くような美しい銀色の長髪に、どこか人形のように可愛らしい顔立ちをしていた。
「でさ、なんであのガキどもに絡まれてたんだ?」
「それは……その……髪の色が、こうだから……」
リリィが申し訳なさそうに自分の銀色の髪をそっと指差す。
「?」
「私たちの両親は二人とも普通の茶髪なのに、私たち姉妹は突然変異でこんな真っ白な銀髪で生まれてきたのよ。だから村の大人たちや子供たちに『悪魔の子供だ』とか『不吉だ』って言われて……いじめられてたってわけ」
フィオラが自嘲気味にそう吐き捨てる。
(なるほどな……異世界によくある「珍しい髪色=忌み子」的なやつか)
自分の髪色が、父譲りの茶髪と母譲りの金髪を綺麗に混ぜ合わせたような「一般的な色」だったことに、心から安堵を覚える。
「なぁ……アレス君、私たちのこの髪色……怖くない……?」
リリィが不安そうに上目遣いで聞いてくる。
「うん、めちゃくちゃ綺麗だと思うけどな」
「えっ……あ、ううん……ありがと……///」
リリィの頬が一気に真っ赤に染まる。
(……おいおい、この妹ちゃんちょっろ……可愛いな!)
「ちょっと、うちの妹を口説いてる場合じゃないわよ! この髪のせいで今まで友達なんて一人もいなかったんだから……ねぇ、アンタ、私たちの友達になってくれる?」
「もちろん大歓迎だよ。俺もずっと友達欲しかったから助かるわ」
「やったわね、リリィ!」
「うんっ!」
こうして、ぼっち生活を謳歌していた俺に、人生初の友達ができたのだった。
「ねぇ、アレスは何歳なの? 私は五歳で、妹のリリィは一つ下の四歳よ」
「俺も四歳だから、リリィとは同い年だな」
「えへへ……同い年なんだ。よろしくね、アレス君!」
満面の笑みを浮かべるリリィ。
——ま、眩しいっ……! 破壊力抜群の笑顔だぞ!
その後、俺たちは他愛のないおしゃべりをしながら、並んで家路につくことになった。
「へぇ、アレスってこの辺りに住んでるんだ」
「そうそう、案外すぐ近くだったな」
「ふーん……。じゃあさ、明日も迎えに来るから、一緒に遊ぼうね!」
「もちろん!」
「楽しみ……!」
「約束だよ? それじゃ、またね!」
手を振り合い、それぞれの家へと別れる。
銀髪の美少女姉妹と友達になれるなんて……今日の昼寝は大正解だったな!
ウキウキとした足取りで我が家の敷居を跨ぐ俺。
だが、その楽しかった気分は、玄関先から聞こえてきた甲高い怒声によって一瞬で粉々に砕け散ることになる。
「ちょっと、聞いてるのよお父様!? あんたの息子が、うちの息子を泥まみれにして泣かせたのよ!!」
「うわぁ……」
さっき田んぼへ綺麗にダイブさせたガキ大将の母親が、真っ赤な顔をして怒鳴り込んできていた。
俺の姿を見つけると、ガキ大将は母親の背後からチラッとこちらを覗き見し、わずかにニヤリと笑ってから、急に大げさな泣き真似を始めた。
「ママぁ……! ひどいんだよ、あいつにいきなりいじめられて、泥の中に突き落としたんだよぉ……っ!」
「ほら、本人が帰ってきたじゃないですか! 一体どういう教育をしてるんですか、きつく叱ってくださいよっ!」
ヒステリックにまくし立てる母親の横で、我が家の頑強な大黒柱——親父のロランが、腕を組んでこちらに歩み寄ってきた。
「おい、アレス。……お前、あのガキを田んぼへ突き飛ばしたのか?」
「うん、やったよ」
「なっ……! 聞きました!? 今、あっさり認めましたよこのガキ……! 最っっっ高に最低なガキですね!」
「ママぁ、怖いよぉ……」
(名演技だな……)
「で、アレス。なんでそんな真似をしたんだ?」
「だってさ、三人で女の子二人のことをいじめてたからさ。なら、こっちも人数合わせて『三対三の喧嘩』にしてやろうと思って」
「はぁっ!? なによそれ、それでうちの息子を泥まみれにしたっていうの!? ありえないわっ!」
ピシャリと言い放つ母親に対し、親父は顎に手を当て、ふむ、と何かを考え込む素振りを見せた。
「……そうか! いじめを喧嘩に仕立て直したってか! ははっ、お前もなかなか面白い男に育ちやがるな!」
——って、おい親父!? そこで褒めるなよ!!
「はぁぁぁっ!? 何をバカなこと言ってるんですかっ!? お父様がそんなんだから、あんな変な子供に育つんですよ! あんな図々しい奴らに関わってたらこっちの品性が落ちるわ! 行くわよ、息子ちゃん!」
「う、うん……」
貴族でもないのに、一体どこから湧いて出たんだその謎のプライドは……と思いながら、捨て台詞を残して去っていく二人を見送る。
「まぁ、腹も減ったしうちに上がれ! 今日は豪華にご馳走にするぞー!」
色々と面倒なトラブルはあったものの、親父の豪快なおかげですべてが丸く収まった……のか?
こうして、無事?友達作りに成功するのだった…




