第二話「ここは異世界確定」
異世界転生——。
この単語を聞いて、皆さんはどんな情景を思い浮かべるだろうか。
どこからともなく慈愛に満ちた神様が現れて、規格外のチート能力を授けられ。
「……どうか、我が世界を救ってくれ」なんて請われ、勇者として第二の人生をスタートさせる。
けれど、そんな王道展開は少し古いらしく、今の読者にはウケないらしい。
だからって——いきなり「赤ん坊からスタート」だなんて、そりゃないぜ神様……。
まあ、ともかく俺は転生してしまったわけだが。
実のところ、ここが本当に「異世界」だと決まったわけではない。
輪廻転生——そう、地球上のどこかの国に生まれ変わっただけという可能性も、まだ十分に考えられる。
今すぐにでも外へ飛び出して確認したいところだが、生憎と今の俺は自由に動くことすら叶わない赤ん坊だ。
それでも、この狭い部屋から分かったこともある。
どうやら、ここが「ど田舎」だということだ。
木枠の窓から外を覗くと、のどか——という単語以外の表現が見つからない景色が広がっている。
点在する数軒の家、一面に広がる田んぼと畑。
高層ビル群に囲まれて生きてきた現代っ子からすれば、あまりにも見慣れない光景。
だが——決して悪くはない。
前世の俺は十六歳。今世の俺はまだ一歳未満。
この年齢で言うのもどうかと思うが、俺は老後に農業をして暮らすのが夢だった。
心豊かな環境で、体を動かしながら、ゆっくりと年金ライフを過ごす。
だから、親父から「家業の農業を継げ!」と言われたとしても、案外悪くないのかもしれない。
あの面倒くさい受験勉強をしなくて済むなら、それだけでも御の字だ。……まあ、済むならの話だが。
(でも……もしここが異世界なら、冒険に出てみたいよな)
魔法や剣を駆使して無双する——ってのも、男のロマンだ。
神様が現れてチート能力を与えられ、魔王討伐を命じられる。
旅立った先で出会う美少女に「勇者様……っ!」なんて呼ばれたりする、ザ・異世界転生!!
……まあ、そんな取らぬ狸の皮算用は、ここが異世界だと確定してからにしよう。
とにかく、今の優先事項は「言語の習得」だ。
一度も生まれ変わったことがない皆さんには伝わらないかもしれないが——
赤ん坊の言語学習というのは、想像を絶するほどハードルが高い。
子どもの頃、「なんで教わってもいないのに自然と日本語が喋れるようになるんだ?」と疑問に思ったことはないだろうか。
実際に体験してみると痛感する。今の俺にとっては、周囲の会話が完全に『謎の呪文』レベルなのだ。
筋肉質で男前な親父は、昼間になるとどこかへ出かけていく。
十中八九仕事だろう。昼間から家でダラダラしている無職の父親じゃなくて本当に良かった。
ただ……親父が背中に『剣』を背負って出かけていくのを見るに、どうやらただの農家ではないらしい。
……え?
剣を背負ってる??
(これ……異世界の可能性、一気にリーチきたんじゃないか!?)
いや、待て。まだ早合点するのは危険だ。
昼間から剣を振り回して歩く、狂気的な通り魔の可能性も……いや、流言飛語がすぎるか。
とにかく、これだけで異世界と決めつけるのはまだ早い。焦るな、俺。
……そう自分に言い聞かせながらも、「異世界かもしれない」と期待するたびに、胸の鼓動が高鳴り、顔のニヤけが止まらなくなる。
どうやら俺の深層心理は、心底この状況をワクワクして受け入れようとしているらしい。
綺麗でサラサラな髪をした美女——おふくろは、専業主婦といった立ち回りだ。
料理に洗濯、俺の世話。さらには時折どこか抜けている情けない親父のケアまでこなす完璧超人。
そしてもう一人。俺には『姉』がいるらしい。
年齢は……よく分からない。
物語の主人公なら見た目で一発判別できるのだろうが、俺には「一歳以上、小学生以下」という大雑把な分類しかできない。
だが、顔立ちは驚くほどの美少女だ。キューティクルツヤツヤのロリ——まあ、実の姉なのだが。
とにかく可愛い。この家族の顔面偏差値を見る限り、俺自身の将来の姿にもかなり期待が持てる。突然変異でも起きない限り、ブサイクに育つリスクは低いはずだ。
姉の髪色は、おふくろ譲りの綺麗な金髪。
俺の髪は何色だろうか。少しずつ生えてきてはいるが、まだ鏡を見ていないから分からない。
おっと、そんな考察を深めていたら、件の姉がトコトコと近づいてきた。
「————————、————————!」
何かを話しかけてくるが、案の定さっぱり理解できない。
とりあえず、赤ん坊なりの愛想で返してみることにする。
「あー……うー、おー……しあ?」
(お姉ちゃん、どうしたのー? と聞いたつもりなんだが……舌が追いつかん)
俺の返答を聞いた姉は、ニッと口元を歪めて笑った。
うう、めちゃくちゃ可愛い。
すると姉は、俺に向かって小さな手のひらを差し出し、何かを言葉を紡ぎ始めた。
「——————————————」
喋っているというよりは、何かを『詠唱』しているような、独特の響き。
じっとその手元を見つめていると、彼女の指先に微かな光が宿り始める。
赤色で、円形で、幾何学的な模様を描く——
(まさか……これって……ッ!?)
その、まさかだった。
手のひらの前に、鮮やかな赤色の『魔法陣』が構築される。
そして完成した瞬間——
ぼっ、とそこから本物の『火』が噴き出したのだ!
爆発的な火炎ではない。燃え盛っているわけでもない。
けれど間違いなく、彼女の小さな手から自然科学を無視した炎が生み出されている。
(——確定だ)
ここは……紛れもなく、異世界だ!!
……って、いや熱い熱い熱い!?
せっかく綺麗にオチがついたのに、姉さんが放った魔法の火が普通に熱い!!
あの、もう十分わかりましたから! お姉様、火を消してください!?
ぽす、と嫌な音を立てて、俺が寝かされていた毛布に火が燃え移る。
あつあつあつあつ!? 何やってんすかお姉様!?
「————————っ!?」
悲鳴のような叫び声を上げると、姉はパニックになってどこかへ走り去っていった。
その後、焦げ臭さに気づいたおふくろが飛んできて消火してくれたおかげで、間一髪でやけどは免れたのだが……。
異世界転生の実感を噛み締める前に、実の姉の魔法で黒焦げにされるのだけは、本気で勘弁してほしい……。




