第十二話「崩れる日常」
村へと通じる街道を駆け抜ける視界の先——そこに広がる景色は、地獄そのものだった。
黒煙が天を覆い、見慣れた家々が赤々と燃え上がっている。
風に乗って運ばれてくるのは、木々の焦げる臭いと、肉が焼けるような不快な異臭。そして、耳を刺すような住民たちの狂気じみた悲鳴と大混乱。
(嘘だろ……なんでこんなことに……ッ!?)
道中、逃げ惑う人々を追い回す大量の魔物の姿が目に入った。
助けに入りたい衝動が喉まで出かかったが、今の俺にはそんな余裕すら残されていない。
家は大丈夫なのか、おふくろは無事なのか——胸を掻きむしられるような不安が脳裏をよぎる。けれど、今なによりも最優先すべきは、先に一人で走らせたリリィの安否だ。
「グガァッ!」「ギギッ!」
角を曲がった瞬間、逃げ道を塞ぐように三匹の魔物が立ちはだかった。
ギラついた眼光でこちらを睨みつける害獣ども。
付き合っている暇なんて、一秒たりともありはしない。
俺は速度を落とすことなく、足の裏を地に着けたまま限界まで魔力を練り上げる。
……危険な領域だ。あのアホみたいな暴走事故以来、トラウマになっていた魔力の限界値。過剰に使えば再び生命力を削り、意識を失う。
だけど、今はそんな恐怖に怯えている場合じゃない。
「——『ファイヤーボール』ッ!!」
喉がちぎれるほどの叫びと共に放たれた爆炎が、立ちふさがる魔物たちを飲み込んだ。
絶叫すら残さず、一瞬で蒸発するように跡形もなく吹き飛ぶ影。
俺はその爆風の開けた穴を、突き抜けるように走り抜けた。
(この直線……! この角を曲がれば、冒険者ギルドだ……ッ!)
心臓が肋骨を内側から叩き割らんばかりに脈打ち、酸素を求める肺が焼き切れるように熱い。
大丈夫だ、きっともうすぐ着く。
村の異変をいち早く察知した親父たちがとっくに駆け戻っていて、ギルドの中に避難所を作っているはずだ。
そこにリリィも安全に匿われている。親父の背中の後ろで、怖がりながら俺の帰りを待っているはずなんだ——。
必死に希望に縋りつきながら角を曲がり、勢いよくギルドの前へと躍り出た。
しかし。
眼前に突きつけられた現実は、俺の都合の良い妄想をあまりにも残虐に打ち砕いた。
「……な……っ……」
冒険者ギルドの重厚な建物は、半分崩れ落ち、盛大に炎を吐き出していた。
安全地帯なんて、最初からどこにも存在していなかったのだ。
「リリィーーーッ!!」
祈るような叫び声を上げながら、俺は半ば焼け落ちかけていたギルドのドアを力任せに蹴り飛ばし、崩壊しかけた店内へと飛び込んだ。
だが。
足を踏み入れたその場所に、俺の探す少女の姿はなかった。
受付でいつも優しく接してくれたあの女性の姿も、頼もしい先輩冒険者たちの姿も——何一つとして残されてはいなかった。
そこにあったのは、無残に散らかった瓦礫と、惨状を嘲笑うかのように低俗な濁り声を上げて群がるゴブリンや、見知らぬ異形たちの姿だけ。
今すぐ手持ちの全魔力をぶちまけて、この空間ごとこいつらを灰に分解してやりたかった。
けれど——さっきの無茶な魔法で、俺の魔力残量はすでに底をつきかけている。
ここで倒れれば終わりだ。死ぬ。リリィを助けることも、おふくろの元へ帰ることもできなくなる。
絶望と死の恐怖が、じわじわと喉元を絞め上げてくる。
俺は震える声で、どうにか自分を繋ぎ止めるための軽口——くだらない虚勢を絞り出した。
「……あー、すまん……頼まれてたクエスト、終わったんだが……あんたらが報酬をくれるのか……?」
乾いた冗談が、静まり返った瓦礫の中に虚しく響く。
——次の瞬間。
「——ガッ!?」
後頭部に、鈍く壊滅的な衝撃が走った。
首の骨が鳴り、視界が強烈な白光で塗りつぶされる。
思考の糸がぷつりと切れ、世界が急激に遠ざかっていく。
(あ…………しまっ……)
地面に倒れ伏す感覚すら伝わらないまま、俺の意識は深い深い暗闇の底へと脱落していった。
……どれくらいの時間が経ったのだろうか。
朦朧とする意識の狭間で、ガタガタと不規則に揺れる不快な振動を感じていた。
どこかへ運ばれている……?
自分の身体に意識を向けようとするが、手足の感覚が一切戻ってこない。
麻痺しているのか、それとも頑丈なロープか何かで固く拘束されているのか。
(……クソッ……ここどこだ……手足が……動かねぇ……)
何が起きているのかを考えることすら、今の俺には耐えがたい疲労と苦痛だった。
焦燥感だけが胸の奥で重く冷たく渦巻いているけれど、抗う術がない。
抗えない微熱と暗闇に呑み込まれながら——俺は再び、深い意識の混濁の中へと沈んでいくのだった。
次回、第二章『深淵大陸』




