第十一話「異変」
俺たちは完全に森で迷ったようだった…
「えっと、どうしよっか?」
「適当に歩くってのもあれだから……なぁ」
いや、待てよ。俺たちは東から西へ移動してきた。
それなら、東の方角を正確に知る方法が一つだけある。
「今、何時くらいだ?」
「えっと、十一時くらいかな……」
俺は上を仰ぎ、太陽の位置を確認する。
太陽は東から昇り、西へ沈む。ということは、今はまだ空を昇っている最中だ。太陽の方向へ進めば、それがおおむね東の方角になる。
「よし、こっちだ」
「う、うん……!」
俺はリリィの手をしっかりと引き、太陽を背にしないよう方向を定めて歩き出す。
しばらく獣道を歩き続け、やがてなんとなく見覚えのある開けた道へと出た。
「ここまで来たら、なんとか帰れそうだね……!」
「あぁ、どうにかこうにか、な」
「にしても、よくこっちの方角がわかったね?」
「まぁ、簡単な天文学ってか……理科の知識だな。今度ゆっくり教えてあげるよ」
「うんっ!」
そう言いながら、俺たちは急ぎ足で村の方へと向かう。
だが、村の近くまで差し掛かったとき、目に飛び込んできた光景に俺の足がピタリと止まった。
「む、村……なんだか、燃えてない……?」
どう見たって、村のあちこちから黒煙が立ち上り、赤い炎が揺らめいている。
何が起きたのか、頭の理解が追いつかない。
その時、目の前の木立の隙間を、青黒い肌をした醜い生き物が3匹、通り過ぎていった。
ゴブリンだ。
俺たちは咄嗟に身をかがめ、近くの濃い草むらの中へと身を隠す。
「どうしようアレス君……村が燃えてるみたいだし、あんな化け物がいるよ……っ!」
リリィは恐怖で体を震わせ、すっかり怯えきっている。
どうすればいい。
村が燃えている。俺の家は大丈夫だろうか? 母さんは無事か?
リリィの家は? 家族たちはどうしているんだ?
こんなところに魔物がうろついているということは、東で食い止めようとしていた親父たちは負けてしまったのか……?
思考が悪い方向へと引っ張られそうになる。
だが、今はパニックになっている暇はない。魔物となんてまともに戦ったことがないし、あいつらがどれほど危険な相手なのかも分からない。
だけど——リリィだけは、絶対に守り抜かなくてはならない。
「ねぇ……お父さんやお母さんたち、無事かな……。それに、私たちの家も燃えちゃってないよね……?」
「大丈夫……大丈夫だから、よく聞いてくれ。俺があいつらの気を引くから、リリィは一直線に『冒険者ギルド』へ走ってくれ。あそこなら冒険者たちが大勢いるし、村の中では一番安全だ」
「わかった、でも……アレス君は大丈夫なの!?」
「俺なら絶対大丈夫だ。心配するな」
「うん……わかった、アレス君を信じる。絶対に死なないでよ……!」
そう言い残すと、リリィは意を決したように草むらから飛び出し、ギルドの方角へ向かって必死に走り出した。
彼女の後ろ姿を見送ると、俺は魔物の方へと向き直り、ゆっくりと両手をかざした。
「——『ファイヤーボール』」
魔法の訓練を重ねてきたおかげで、無駄な詠唱はここまで短縮できるようになっていた。
掌から放たれた熱い火の玉が一直線に飛び、先頭を歩いていたゴブリンの胴体を直撃する。
「ぎゃああああああっ!!」
凄まじい断末魔の叫び声を上げながら、ゴブリンは激しい炎に包まれてもがき苦しむ。
だが、まだ2体残っている。
「ぶ、ぶぎゃるる……!」
「何を言っているのか全く分からんが……『ストーム』!」
俺は風魔法を応用し、炎に巻かれたゴブリンが持っていた武器をこちらへと引き寄せた。
手元に転がり込んできたのは、剣というには少し短い、錆びたナイフのような短剣だ。
それを素早く拾い上げ、両手でしっかりと構える。
「来いよ!」
「う、うがあああああっ!!」
残りのゴブリンたちが、奇声を発しながら一斉に突っ込んできた。
先頭の1体が、手にした粗末な棍棒を思い切り頭上へと振り上げ、俺めがけて叩きつけてくる。
だが、その一撃が振り下ろされるよりコンマ数秒早く、俺は踏み込んでゴブリンの喉元へと短剣を突き立てた。
「ごぶっ……!?」
生温かい感触と共に、ゴブリンは泡を吹いてその場に崩れ落ちる。
よし、あと1匹だ。
俺は手に持った短剣を、残った最後のゴブリンめがけて全力で投げつけた。
しかし、ゴブリンは体をひねってそれを軽々と避け、ニヤリと下劣な笑みを浮かべる。
「もう勝った気でいるのか? ゴブリンさん……『ストーム』!」
俺はもう一度風魔法を発動し、宙を舞っていた短剣の軌道を強引に捻じ曲げた。
背後から突然襲いかかってきた急な突風に、ゴブリンは反応しきれない。
次の瞬間、旋回した短剣がゴブリンのこめかみを正確に貫き、そいつもそのままピクリとも動かなくなった。
「ふう……終わった……」
緊張の糸が切れ、その場に膝をつきそうになる。
案外、場数を踏めば戦えるものだ——なんて、今の戦闘の勝利に浸っている暇はどこにもない。
走らせたとはいえ、リリィが一人で危険な村を駆け抜けていると思うと気が気じゃなかった。
俺は荒い息を整えると、再び全速力で村の中心部へ向かって走り出すのだった。




