第十話「初クエスト」
「た、大変だぁぁぁぁッ!!」
泥と血に塗れた一人の冒険者が、悲鳴のような大声を上げながら息も絶え絶えに飛び込んできた。
その瞬間、ギルド内にいた全員の視線が一斉にその冒険者へと向けられる。
「ま、魔物が……大量の魔物が東の方から迫ってきてる……っ!!」
「な、なんだと!?」
ざわめき立つ場内で、受付の女性が咄嗟にこちらを振り返った。
「ロランさん……」
「あぁ……わかったよ」
親父は深いため息をつきながら、肩をすくめた。
「結局一緒に戦うことになりそうだな、ロラン!」
「はぁ……急な出費になりそうだ。仕方ないな」
受付の女性が意を決したように声を張り上げる。
「ここにいて戦える冒険者の方は、至急東の街道へ向かってください! 魔物の討伐対応をお願いします! 報酬は後ほどギルドから正式に出します!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、腕に自信のある猛者たちが我先にとゾロゾロと扉の外へ駆け出していく。
「俺も行ってくる。お前らのクエスト捜索地域は西の方だから大丈夫だとは思うが、念のため気を付けていけよ。……万が一のことがあればアレス、お前が何があってもリリィちゃんを守るんだぞ」
「おう、わかってる。父さんこそ調子に乗ってケガすんなよ」
「ははっ! 俺を誰だと思ってる、最強のSランク冒険者だぞ?」
不敵に笑うと、親父は風のようにギルドの外へと駆け出していった。
まあ、あの親父なら心配いらないだろう。口だけじゃなく本当に強いしな。
「……お二人のお手続きも完了いたしました。どうかお気を付けて行ってきてくださいね」
「ありがとうございます。行こう、リリィ」
「う、うん……!」
俺たちは冒険者カードを受け取り、目的地である西の山へと足を進めた。
「おじさんたち……本当に大丈夫かなぁ……?」
道中、不安そうに眉をひそめるリリィ。彼女を安心させるために、俺は軽く肩をすくめて見せた。
「まあ、あの親父が遅れをとるなんて想像もつかんし、大丈夫だろ。それより俺たちは自分たちの依頼をサクッと終わらせようぜ」
「そ、そうだよね! 私たちはお花を探すことに集中しよっか!」
「おう、そうしよう」
俺たちは西の山の木々を分け入り、奥へと進んでいく。
木漏れ日が落ちる静かな山道。……静かな、山道。
「ねぇ、アレス君……なんか、静かすぎない……?」
「ん? リリィの耳が遠いんじゃないか?」
「そ、そんなことないよぉ! 鳥の声もしないし……」
リリィを怖がらせないために適当な冗談で流してみたが、俺の背筋にも冷や汗が伝っていた。
確かに異様なほど静まり返っている。東の魔物の影響で、山の動物たちが身を潜めているのかもしれない。
「さっさと花を見つけて、急いで帰ろう」
「そうだね……それが賢明かも!」
俺たちは警戒を強めながら、視線を足元に落として全力で青紫色の花を探し始めた。
すると——
「あっ!!」
静まり返っていた森の中に、リリィの明るい歓声が響き渡った。
「どうかしたか!?」
「あったよアレス君! お花!」
「おぉ……!」
木根の陰に、目当ての青紫色の可憐な花がひっそりと咲いていた。
案外早く見つかって運がいい。今日はこの花を速攻でギルドに持ち帰って依頼を達成し、おとなしく家に引きこもるとしよう。なんだか胸騒ぎが消えないしな。
俺たちは花びらを傷つけないよう、細心の注意を払いながら根元から丁寧に花を掘り起こした。
「よぉーし、これで完璧! 早く帰ろ? なんか、いやぁな予感がするし……」
「いや……そうしたいのは山々なんだけどさ」
「え? どうしたのアレス君、何か問題でも……?」
花探しに集中するあまり、俺は冒険者として……いや、一人の人間としてあまりにも初歩的で決定的な失態を冒していたことに気づいてしまったのだ。
「リリィ……」
「な、なに……? 急に真面目な顔して……」
「……俺たち、どこから歩いてきたか覚えてるか?」
「あ、」
察したリリィの顔から、スーッと血の気が引いていく。
どうやら俺たちは——数年前に遭難しかけたこの同じ山で、成長した今まったく同じように迷子になったらしい。




