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第二話 いなくなって初めて気づく

「……アリシアを追放した?」


王宮の執務室。


国王グレゴールは、信じられないという顔で第一王子レオニードを見つめていた。


「はい」


「国外追放まで?」


「はい」


「お前は……何を考えている?」


「何を、と言われましても」


レオニードは困惑したように眉を寄せた。


「アリシアは私を支配しようとしていたのです。政務にまで口を出して、私の行動を細かく制限して――」


「政務に口を出していた?」


国王の声が低くなる。


「はい」


「それで?」


「ですから、婚約者として相応しくないと判断しました」


「……そうか」


国王は深く息を吐いた。


「では聞こう」


机の上に、一枚の書類を置く。


「この予算案を作ったのは誰だ?」


「……アリシアです」


「北部の水路整備計画は?」


「アリシアです」


「魔道具工房への投資計画は?」


「……アリシアです」


「アストリアとの関税交渉案は?」


レオニードが黙った。


「アリシアです」


国王は目を閉じた。


「お前は、その全てを知った上で彼女を追放したのか?」


「……」


「それとも何も知らなかったのか?」


「…………」


答えは、沈黙だった。


国王は頭を抱えた。


「最悪だ」


その時。


「陛下!」


財務大臣が駆け込んできた。


「緊急事態です!」


「今度は何だ」


「北部の水路整備について、アリシア様に確認しなければならない事項が……」


「アリシアはもういない」


「……はい?」


「昨夜、国外追放にした」


財務大臣の顔から血の気が引いた。


「…………」


「どうした?」


「陛下」


財務大臣が震える声で言う。


「それは……非常にまずいです」


「だから何がまずい!」


「水路整備計画の最終工程を知っているのは、アリシア様だけです」


「……」


「予算を組んだのも、工事業者を選んだのも、現場責任者を決めたのも、全てアリシア様です」


国王の顔が引きつる。


「では、計画は止まるのか?」


「このままでは」


「……呼び戻せ」


「すでに使者を出しました」


「よし」


しかし財務大臣は首を横に振った。


「ただし」


「なんだ?」


「アリシア様が戻ってくるかは……分かりません」


国王の顔が固まった。


その頃、魔道具研究所でも、同じような騒ぎが起きていた。


「この術式の最後の調整は?」


「アリシア様に確認する予定でした」


「だから、そのアリシア様がいないんだ!」


「では、どうすれば……」


「分からん!」


研究員たちは頭を抱えていた。


アリシアは、研究者たちに細かい指示を出していたわけではない。


ただ、彼女が作った基本設計を元に、研究を進めていただけだった。


そして、その基本設計には――。


「この式、意味が分からない」


若い研究員が呟く。


「アリシア様なら分かるんだが……」


彼らは初めて気づいた。


自分たちが、彼女の頭脳にどれほど依存していたのかを。


◇◇◇


一方、国境を越えたアリシアは、馬車の中でゆっくりと紅茶を飲んでいた。


「お嬢様」


侍女のマリアが声をかける。


「そろそろアストリア王国の国境です」


「そう」


アリシアは窓の外を眺めた。


「久しぶりね」


「七年ぶりですね」


「そんなになるのね」


アリシアが微笑む。


七年前。


まだ十二歳だったアリシアは、父親の外交視察に同行してアストリアを訪れた。


そこで出会ったのが、当時まだ王太子だったレオナルトだった。


「この国は面白いわ」


十二歳の少女は、そう言った。


「どうして?」


レオナルトが尋ねた。


「魔石は豊富なのに、魔道具が少ないもの」


「……そこに気づいたのか?」


「ええ」


アリシアは街を見渡した。


「素材があるなら、加工すればいいでしょう?」


それが始まりだった。


魔道具工房を作り。


職人を育て。


輸出品を改良し。


農業用魔道具を普及させ。


外交交渉にも関わった。


最初は子供の戯言だと思われていた。


しかし。


一年後。


二年後。


三年後。


アリシアの提案した政策は、次々と結果を出した。


いつしか彼女は――アストリア王国の「最高顧問」と呼ばれるようになっていた。


「お嬢様」


マリアが微笑む。


「皆様、きっと大喜びされますよ」


「そうかしら」


「ええ」


「私、少し離れていただけなのだけれど」


「七年間です」


「……長いわね」


馬車の速度が落ちた。


「お嬢様」


御者の声が聞こえる。


「国境を越えます」


アリシアは窓を開けた。


そこには――。


無数の旗が並んでいた。


「…………」


アリシアが目を丸くする。


「何かしら、あれ」


マリアも窓の外を見る。


「……お迎えでしょうか」


「多すぎない?」


百人。


二百人。


いや。


見える範囲だけでも、数百人の騎士が整列している。


そして中央には、豪華な馬車。


その前に立っている人物を見た瞬間、アリシアはさらに驚いた。


「……レオナルト様?」


アストリア王国国王、レオナルト本人だった。


馬車が止まる。


レオナルトはゆっくりと歩いてくる。


「アリシア」


「陛下」


アリシアが礼をしようとすると。


「やめてくれ」


レオナルトが手を上げた。


「今日は国王としてではなく、昔の友人として迎えに来た」


「ですが――」


「それに」


レオナルトは笑った。


「君を迎えに行かなければ、臣下たちに殺されそうだった」


「まあ」


アリシアが小さく笑う。


その瞬間、後ろから宰相が駆けてきた。


「アリシア様!」


「お久しぶりです、宰相閣下」


「お久しぶりです!」


宰相は目に涙を浮かべていた。


「本当に……本当に戻ってきてくださった!」


「そんなに喜ばなくても」


「喜びますとも!」


宰相は周囲を指差した。


「魔道具局!」


「アリシア様、お帰りなさい!」


「財務局!」


「アリシア様、どうか今年度予算を!」


「農務局!」


「新しい灌漑計画についてご相談が!」


「外交局!」


「隣国との条約案を確認してください!」


次々と声が飛んでくる。


アリシアは目を丸くした。


「……皆さん」


「私、一応国外追放されたばかりなのですけれど」


「知っています!」


全員が即答した。


「だから迎えに来ました!」


「……なるほど」


アリシアは苦笑した。


その時、レオナルトが一歩前へ出た。


「アリシア」


「はい」


「君に頼みたいことがある」


レオナルトは土に頭がつきそうな程に頭を下げ、土下座した。


それを見た他の者達も、一斉に土下座をした。


「辞めてください、陛下!」


「それでも、君に誠意を伝えなければ」


レオナルトは真剣な顔をした。


「我が国の最高顧問に戻ってほしい」


アリシアは少し考えた。


「以前と同じ仕事ですか?」


「いや」


「では?」


「君の好きなようにやってくれ」


「……」


「財務でも、外交でも、魔道具でも、農業でも構わない」


レオナルトは笑った。


「君が必要だと思ったことを、好きなだけやってほしい」


アリシアは少しだけ驚いた。


そして。


「それなら」


柔らかく笑った。


「お引き受けします」


「本当か!」


そこでやっとレオナルト達は土下座をやめ、かわりに歓声が上がった。


「ただし」


アリシアは指を一本立てた。


「条件があります」


「何でも言ってくれ」


「私を働かせすぎないこと」


「…………」


レオナルトが固まる。


宰相も固まる。


周囲の官僚たちも固まった。


「アリシア様」


宰相が恐る恐る尋ねる。


「以前も、かなり仕事をされていましたよね?」


「そうね」


「それで『働かせすぎない』とは?」


「簡単です」


アリシアは笑った。


「一日八時間まで」


「…………」


宰相は天を仰いだ。


「以前は十二時間働いていたではありませんか!」


「だから減らすのです」


「仕事量は?」


「減らしません」


「…………」


宰相は理解した。


この人は帰ってきた。


いつものアリシアだ。


◇◇◇


そして、アリシアがアストリア王宮へ到着した翌日。


王宮の大広間には、国王、宰相、各大臣が集まっていた。


アリシアの前に、山のような書類が積まれている。


「……多いですね」


「申し訳ありません」


「まあ、いいでしょう」


アリシアは一番上の書類を手に取った。


数秒。


「この計画、やめましょう」


「え?」


「採算が合いません」


次。


「これも却下」


「なぜです?」


「費用が三割高いです」


次。


「これはやりましょう」


「理由は?」


「五年後に利益が十倍になるからです」


次。


「これは明日から始めてください」


「そんなに急ぐ必要が?」


「あります。隣国が半年後に同じ事業を始めます」


一枚。


また一枚。


アリシアは次々と書類を処理していく。


わずか二時間。


「終わりました」


全員が絶句した。


山のようだった書類が、三分の一になっている。


レオナルトは笑った。


「やはり、君はすごいな」


「そうですか?」


「ああ」


「では、ご褒美に今日はもう帰ってもいいでしょうか?」


「……もちろん」


アリシアは嬉しそうに立ち上がった。


「では失礼します」


そして扉へ向かう。


「アリシア」


「はい?」


「明日は?」


「十時からお願いします」


「分かった」


アリシアが出ていく。


扉が閉まる。


しばらく沈黙が続いた。


宰相がぽつりと言う。


「……我々は今まで、何をしていたのでしょう」


レオナルトは苦笑した。


「さあな」


その頃、アリシアを追放した王国では――


財務省が予算案を作れず。


魔道具研究所が開発を止め。


北部の水路工事が停止し。


外交官たちは隣国との交渉材料を失っていた。


そしてついに、王宮へ一通の報告書が届く。


『アストリア王国、アリシア・フォン・ヴァルクレア嬢を正式に最高顧問へ再任』


その一文を見たレオニードは、拳を握りしめた。


「……アリシアを返してもらう」


だが、彼はまだ知らない。


アリシアがアストリア王国で、すでに新しい改革を始めていることを。


そして、アリシア本人には――


元婚約者を取り戻す気など、一切ないことを。

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