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第一話 その令嬢を追放してはいけない

今日中に完結予定です。

良ければ感想や誤字報告などいただけると助かります。

「このままでは、王国は三年で破綻します」


王宮の財務会議室に、少女の声が響いた。


まだ十七歳。


貴族令嬢が政務の席に座ることすら珍しい年齢だった。


ましてや、王国の財政について口を出すなど。


「また始まったぞ」


「ヴァルクレア公爵令嬢の説教だ」


「今年も黒字なのだから問題ないだろう」


重臣たちが苦笑する。


だが、少女――アリシア・フォン・ヴァルクレアは気にしなかった。


机の上に、一枚の書類を置く。


「今年度の王国予算です」


「見れば分かる」


財務大臣が答えた。


「税収は過去最高。国庫にも十分な余裕がある。問題など――」


「あります」


アリシアは即答した。


「この黒字は、本当の黒字ではありません」


「何?」


アリシアは三つの数字を指で叩いた。


「小麦税」


「魔石輸出税」


「そして隣国への関税収入」


「この三つが、来年度には同時に落ちます」


「根拠は?」


「すでに兆候が出ています」


アリシアは別の書類を取り出した。


「北部の小麦生産量が、今年の夏から八パーセント落ちています」


「天候のせいだろう」


「違います」


次の紙。


「魔石鉱山の採掘量は前年比十二パーセント減少」


「一時的なものだ」


「そして最後に――」


アリシアは一枚の手紙を掲げた。


「アストリア王国が、来年度から我が国への関税を引き上げる予定です」


部屋が静まり返った。


財務大臣が顔をしかめる。


「……なぜ、それを君が知っている?」


「昨日、先方から届きました」


「外交文書が、なぜ君の手元に?」


「私が交渉したからです」


「…………」


アリシアは淡々と続けた。


「ただし、関税引き上げは避けられません」


「ならばどうする!」


財務大臣が声を荒らげた。


アリシアは待っていたように答えた。


「こちらも税率を上げます」


「何?」


「ただし、輸入品ではありません」


彼女は地図を広げた。


「アストリアが欲しがっているのは、この地域の魔石です」


「それを値上げするのか?」


「逆です」


アリシアは微笑んだ。


「価格を下げます」


重臣たちがざわめく。


「馬鹿な!」


「それでは利益が減る!」


「いいえ」


アリシアは首を横に振った。


「魔石の販売価格を二割下げる代わりに、加工済み魔道具の輸出税を引き上げます」


「!」


「原石を売るのではなく、こちらで加工して売るのです」


アリシアは地図上の王都を指した。


「魔石を輸出するだけなら、利益は隣国の商人に流れます。しかし魔道具に加工すれば、利益の大半は我が国に残る」


「だが、そんな簡単に魔道具工場など――」


「もう作りました」


「…………は?」


「北部に三つ」


アリシアは何でもないことのように答えた。


「職人の募集も終わっています。工場長も決めました。来月から稼働します」


誰も言葉を失った。


「君が……そこまで?」


「はい」


「いつの間に……」


「半年ほど前からです」


財務大臣が震える手で計算書をめくる。


「これが成功すれば……」


「来年度の税収は今年より十八パーセント増えます」


「十八……」


「さらに五年以内に、魔道具輸出を現在の四倍まで増やせます」


「四倍……?」


アリシアは頷いた。


「ただし、一つ条件があります」


「なんだ?」


「王都の古い魔道具工房への補助金を増やしてください」


「なぜだ?」


「技術者が足りません」


アリシアは即答した。


「優秀な職人を育てなければ、計画は三年で止まります」


誰も反論できなかった。


やがて国王が口を開く。


「……アリシア」


「はい」


「君は、本当に十七歳なのか?」


アリシアは少しだけ笑った。


「十七歳です、陛下」


「ならば、なぜそこまで国のことを考えている?」


「簡単なことです」


彼女は書類をまとめながら答えた。


「私の家も、この国にありますから」


その一言で、会議は終わった。


その日の夕方。


アリシアは王宮を出た。


侍女が隣を歩きながら尋ねる。


「お嬢様、本日の会議も大変でしたね」


「そう?」


「財務大臣様など、完全にお嬢様に負けておりました」


「私は議論をしただけよ」


「その結果、王国の来年度予算が全部変わったのですが……」


アリシアは首を傾げた。


「そうだったかしら?」


侍女は苦笑した。


この少女には、自分がどれほど国を動かしているのかという自覚が薄い。


◇◇◇


そして――次の日の夜。


アリシアは、卒業パーティーのため王立学院へ向かった。


彼女を待っているのは、婚約者である第一王子レオニード。


そして、彼の隣に立つ一人の少女だった。


「アリシア・フォン・ヴァルクレア!」


会場中に、レオニードの声が響く。


「お前との婚約を破棄する!」


ざわっ――。


会場が揺れた。


アリシアは静かに瞬きをした。


「……婚約破棄、ですか?」


「そうだ!」


レオニードは堂々と宣言する。


「お前はミレイユを虐めた!」


隣の伯爵令嬢が涙を浮かべる。


「私は……アリシア様に何度も嫌がらせをされました……」


会場の視線がアリシアに集まった。


だが、アリシアは泣きも、怒りもしなかった。


ただ一つだけ確認する。


「殿下」


「なんだ!」


「婚約破棄の理由は、それだけですか?」


「そうだ!」


「なるほど」


アリシアは少し考えた。


そして。


「では、仕方ありませんね」


「……は?」


「婚約破棄をお受けします」


会場が静まり返る。


レオニードの顔が歪んだ。


「……お前、本当にそれでいいのか?」


「はい」


「ならば――」


レオニードは勢いに任せて叫んだ。


「国外追放を命じる!」


一瞬、アリシアは黙った。


そして。


「国外追放……」


小さく呟く。


次の瞬間、彼女は微笑んだ。


「では、国を出ます」


「…………は?」


「ちょうど良かったです」


「何がだ!」


「アストリアから、昨日手紙が届きまして」


アリシアは懐から一枚の封書を取り出した。


金色の王冠。


隣国アストリア王国の国璽。


「そろそろ戻ってきてほしい、と」


誰も意味が分からなかった。


アリシアは封書をしまう。


「それでは皆様、ごきげんよう」


そして彼女は、何事もなかったかのように会場を出ていった。


誰も知らない。


この直後、


王国の財務省が彼女の不在に気づき――


魔道具工房が彼女の指示を待ち――


外交官たちが彼女の作った交渉案を探し――


そして隣国アストリアでは


「アリシア様が来るぞ!」


王宮中が大騒ぎになることを。


そして翌朝、王都の門前に、百騎を超える騎士団と豪華な王家の馬車が現れる。


先頭から降りてきたのは、アストリア王国の宰相だった。


「アリシア・フォン・ヴァルクレア様をお迎えに参りました!」


門番が震える。


「ア、アリシア様は……昨夜、国外追放になりました」


「存じております」


宰相は笑った。


「だからこそ、迎えに来たのです」


「……彼女は、いったい、何者なんですか?」


宰相は答えた。


「何者?」


隣国の宰相は、信じられないほど当然の顔で言った。


「我が国の最高顧問です」


その頃の王宮では


「……アリシアを追放した?」


国王が絶句していた。


「はい」


「誰が?」


「第一王子殿下が……」


国王は頭を抱えた。


「…………」


そして小さく呟く。


「馬鹿者め」


その一言と同時に。


王国の歴史が、大きく動き始めた。

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