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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第二章・百夜の大神
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百夜の大神・前編1/2

暗闇の中に何かが蠢いている。

俺はそれを手に取り、手に取り、次々に口にして咀嚼していく。



その味はとてもとても甘美なものだった。

歯ごたえも、香りも、至上のものだった。


嗚呼ああ、なんて美味しいんだ。


もっともっと欲しくなって手近なものからどんどん口にしていく。



がぶり



今度のものはとびきり美味い。

俺はその味に感動すら覚え、よだれを垂らしてむしゃむしゃと噛り付く。



「痛いよ…兄さん…」



え?



何かが喋った。




「痛いわ…重悟ジュウゴ…」



聞き覚えのある声だ。



手に掴んでいたそれを見る。



「か、母さん!?千智チサト!?」



母さんと千智が俺の手の中で血まみれになって横たわっていた。


その体には噛み千切られたような痕がいくつもある。



「あ・・・ああぁ…どうして?何でこんな…こんなむごいことに…」



手が震える。怒りと共に強い悲しみが湧き上がって来る。


二人の目にはもう光は無く、悲しげに涙が頬を伝うだけだ。



「キミがやったんじゃないか」


「ッ!?誰だッ!?」



突然背後から声が降ってくる。


身を硬くして振り向けばそこには見知った顔がいた。



「お、俺っ!?」



黒髪に黒の瞳の少年。


今より少し幼いようには見えるが間違いなく、鏡の前でよく見かける俺自身の姿だった。



「そう、オレはキミだ。そしてそれはオレ…つまりキミがやったことだよ」


「そんな馬鹿なっ!?」



再び手元を見る。

手の中にはもう二人だとは分からないくらいに白骨化した”何か”があった。



「うわぁっ!?」


思わず手を離してしまい、二人だった”何か”は闇の中に消えていった。



「ハハハ。ヒドイな。ふたりをそんなふうにしたらカワイソウだろ?」


「…くっ…うるさい!!コレはお前がやったことなんだろう!?お前は何だ!?ここはどこだ!?何故こんなことをするっ!!」



「ハアァ…わかってないな。だからいってるじゃないか。オレはキミで、”コレ”はキミがやったことだって」



目の前の俺はやれやれと肩をすくめると、ため息をひとつつき、ほらっと手を広げてみせた。



「っ!!?」



赤い光が闇を焼き尽くすかのように視界を覆った次の瞬間、俺の周囲に無数の人間らしきものが折り重なった光景が現れた。


その体は皆一様に血塗れて、穴が開いたものや、首の無いもの、胴の切れたものや潰れてしまったものがいる。生きているものなどいるようには見えないが、どこからか憎憎しげな、苦しげな、懇願こんがんするような声が聴こえてくる。



「ホラ、みみをすませてみろよ。きこえるだろう?イタイヨ、クルシイヨって」



歪んだ音が、澱んだ音が、耳に頭に体に入り込んでくる。

それはすべて、恨みを吐いているように思える。



「キミが、やったんだよ。キミが。オレたちが。カラクラジュウゴが」


「う、嘘だ…俺は…」


「やっていないか?オマエ、イママデいくつのイノチをうばったよ。ワスレタなんていわせないよ?きょうだってたくさんのイノチをうばった」



違う。

魔物を退治するために。

それは、みんなを助けるために。




「おいおい。じゃあ、コレなんだい?」



そう言って失笑する”俺”の手には、いつの間にか月色の金髪の少女が血だらけで抱きかかえられていた。その目は虚ろで、光はすでに消えている。



「メイプルッ!!?お前ぇっ!なんてことをっ!!」


「わかってねぇなカラクラジュウゴ!!”コレ”が、このすがたが、オマエのたどるミライで!!このシタイは、オマエのたどってきたカコだろうがよっ!!」


「っ!!?」



言葉が出ない。返す言葉が。



「キモチよかったろう?オモイキリあばれて。コロシテ。くいちらかして」


「そんなことはないっ!!」


「ウソをつくなよオレ。オレがいちばんわかってる」


「っく………そんなことは…」


「じゃあ、ソレなんだ?」



オレが俺を指差す。



「っ!?ピエタ!!!」



俺はいつの間にか腕の中にピエタを抱いていた。

ピエタのその首筋から鮮血が滴り落ちて鎖骨を伝い、服を赤く染めている。


そして、俺の口にはねっとりとした液体の感触と舌には甘く蕩けるような血の味がした。



「オマエはうばうことしかできない。ヒーローをきどるなよ。ニンゲンをまねするなよ。オレたちは、サツリクをよぶただのバケモノだ」


「ち、が…ちがぅ…ちが…ああ…あああ…ああああああああああああああああっ!!!!!」




どす黒い感情が胸を焦がす。

悲しみも憎しみも苦しみも怒りも、全部が全部まぜこぜになって、体中を巡る。

澱んだ何かが濁流となり、黒い涙が流れていく。


音なのか言葉なのか、激しい懺悔ざんげ後悔こうかいが喉の奥から次々と溢れ出てきた。




「ジュウゴ…さん…」




そのとき、ピエタの手が動いた。



虚ろな目に僅かな光を宿し、俺を見つめていた。




「ジュウゴさん」




ピエタの手が俺の頬に触れ、



そして、頬を伝った両の手が、



優しく俺を抱きしめた。






―――大丈夫。私があなたを許します。






俺の意識はそこで何かに引き上げられた。


より強い光が完全に闇を拭い去り、どこからかオレの舌打ちが聴こえた気がした。











……ジュ……ジュウ…ゴ……ジュウゴさん……









「ジュウゴさん。大丈夫。大丈夫…」




優しいその声色に、ぼんやりとした意識の中で母さんを思い出した。


いつの頃だったか、俺が小さい頃に俺のせいで母さんが怪我をしてしまったときに、なんだか凄く怖くなって泣きながら謝り続けたことがある。


そんなときに母さんは、痛いだろうに平気な顔で『大丈夫』、そう笑って抱きしめて許してくれた。


何が原因でそうなったのかも覚えていないが、声が、感触が、匂いが、とても優しくて、懐かしい記憶が甦る。



「か…かあ…さん…」



俺は泣いているのか、震える喉であの優しい母を呼ぶ。


すると俺の頭を誰かが撫でた。


いや、俺は誰かに抱きしめられているようだった。



「っ!?だ、誰だ…?」



慌てて力の入らない両腕でその誰かを引き剥がす。


開けた視界には赤毛の短髪ショートヘアーの少女がベッドに腰掛けてふわり微笑んでいた。



「ぴ、ピエタ?い、いったい…」



何があった?


ここは?


意識が一気に覚醒する。



ああ、見知らぬ天井…ではなくここはどうやら俺が[胸元ルス・ダス・エストレラり]に間借りしている部屋のようだった。


俺はここ数日使わせてもらっているちょっと硬めのベッドに寝て、今は上半身だけ起こしている状態だ。



「ジュウゴさん…良かった気がつかれて。ウィスクムと寄生されていた人たちを倒したあと、ジュウゴさんは突然倒れられて、私とメイプルさんでは運ぶことができなかったので駆けつけた軍や衛士の方々にここまで運んでもらったんです」



体に付いた血や汚れはその際にキャナスさんと一緒に洗ってくれたそうだ。いつもの服ではなく藍色で染められた布の服の上下に変わっている。


そうか…また気を失ってしまったのか。


魔神の服従の呪いはどうやら内容によっては俺の体に強い負荷をかけるのかもしれない。体に力が入らなくなっているのも恐らくそのせいだ。


だがなんて仕打ちを…恥ずかしくてあとで顔が合わせられないじゃないか。

いや、有り難いけども。



「そういえばメイプルは?」

「先ほど軍の偉い方や衛士隊の隊長さんなど魔物討伐や警備に関する方々に呼ばれて下に。今回の件について色々聞かれているところだと思います。私は先にお話しましたのでメイプルさんがお話されている間の代わりでここに。”何か異変が起こったら”知らせるように頼まれています」



”異変”か。

思い当たる節は…ある。



「そう…か。ところで俺はどれくらい意識が無かった?今は、何時くらいだい?」

「たぶん、もうすぐ九時になるといったところかと。意識が無くなってからは…五時間は経っているんじゃないでしょうか。まるで死んだように眠っていたので私心配しました」

「そんなにか。…ありがとう。心配かけてごめんな。世話もしてもらって、助かった」



いえ、とピエタは優しい微笑を浮かべる。

しかしそれもすぐに心配そうな顔に変わった。



「ジュウゴさん、もう平気ですか?」

「ん、何が?」

「私がここでジュウゴさんの様子を見ながらお掃除やお片づけをしていましたら、急にうなされだしたんです。苦しそうに胸を押さえて、『ごめん』、『許してくれ』って涙まで流されて」

「ああ…それは…」



なんとなく覚えてる。詳細はもうぼんやりしているが本当に嫌な夢を見ていた。最悪の悪夢だったのはまだ胸の内に残留する気持ちの悪さが教えてくれていた。



「それで、メイプルさんの言う異変かって思って知らせに行こうかとも思ったんですが、あまりに辛そうにされていたので私、思わず…その…」



ピエタは耳まで真っ赤にしながらうつむいてしまう。

その反応に、俺もさっきの状況を理解して、急に体温が上がるのを感じた。



「あ、ああっ、いや、その、ありがとう。い、今はちょっと体がだるくて力が入らないけど、平気だから。とても…とても嫌な夢を見ていて…うん、多分ピエタの声だったと思う。夢の中で聴こえた気がするんだ。あれには救われた。そう思う」



ああ、最後に感じたあの包み込まれるような感覚は多分そうなのだろう。



「助けになったなら、良かったです」



ピエタははにかみながらまた微笑を浮かべ、両手を祈るように胸に抱いた。


俺はその笑顔に笑顔で頷いて返し、まだ虚脱感のある体を揉み解していく。



「ジュウゴさんは、あんな呪いをいつも受けているのですね…」

「えっ?なんで…って、そうか、そりゃ分かるよな。…俺が見た悪夢ってのは呪いとは多分関係ないよ。俺のはもっとこう即物的な欲求に近いものなんだ。

 …というか、ごめん、ピエタ。君は話してくれたのに、俺は秘密にしていた」



魔人であることを明かすというのはそれなりにリスクを伴う。

俺はガーラに対して人間を辞めてないなんていったが、それは俺個人の主張で、他の人から見れば俺やピエタのような存在はガーラと同じ化け物に変わりはないだろう。


確実に恐怖の対象だ。


知られれば命を狙われたり、その力を利用しようとする者は必ず現れる。

だからこそ、秘密を明かしてくれたピエタが俺たちをどれくらい信頼してくれているのかが分かった。


けれど俺は、俺の秘密をピエタに明かしはしなかった。


それが信頼していないということではないとはいえ、ピエタにとって気分のいい話ではないだろう。



だけど、ピエタは首を横に振った。



「私はモルガン様からこのことはみだりに話すなときつく言いつけられていました。それでも私が秘密を明かしたのは、あの場でにおいてそうすることが最善だと思ったからにすぎません。話さないで済むならば極力話さないほうがいいのです。たとえ相手をどれだけ信じていたとしても。だから、ジュウゴさんは気に病む必要なんてないのです」



そう言って変わらず微笑むピエタは、真実そう思って言ってくれているのだろう。

ならば俺は、きちんとその気持ちに応えなければと思う。



「そう言ってくれると、救われるよ。…だけど、ピエタ、バレたからって訳じゃないけど俺の秘密も君に伝えておきたいと思う。こんな体になった苦しみや恐怖を同じく感じているのは、君一人じゃないということを知っておいてほしいんだ。

 いまさらだけど、聞いてくれるかい?」

「…はいっ」



ピエタは俺をしっかりと見つめ、姿勢を正して確かに頷く。



「どこから話そうか…」




俺はゆっくりと、ページをめくるように、俺自身を語り始めた。





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