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神をも喰らうヴァイセント  作者: 文悟
第二章・百夜の大神
30/73

魔物誅す

今回はスマホの方は横向きで大きな画面で読むことをオススメします。ガラケー画面の方は一部読み難い部分があります。

「はぁっ、はぁっ…」


映画の主人公よろしく、俺は全速力で森の小道を駆け抜けていた。

別荘から白砂の大街道までは俺の全速力なら一分もかからないはずったが、足が竦んでしまっているせいか上手く走れず、何度も転んではおたおた走り出し、余計な時間を食ってしまう。


しかし、その速度はそれでも一般的なものではない。

体感の長さの割にはすぐに森の切れ目が見え、街道の白砂が飛び込んできた。


「ぃやった!!」


まさにホラー映画の脱出とかエンディングのシーンだ。

薄暗いところから太陽の光が一心に降り注ぐ場所に出た瞬間のカタルシス。

開放感はんぱない。


「「「「「うぉおああああっ」」」」」


そんなところに後方から百を超える亡者のような雄叫びが響いてくる。


マジで空気読んでほしい。


だが、ああそうだ。

俺の物語はまだ始まったばかりなんてのは分かっている。


俺は短く息を吐くとより広いところに移動し、刀を構えた。



これで囲まれても俺の火力なら突破の糸口はいくらでも作れる。

それにあの臭い対策だ。

密室なら効果も高いだろうがここまで広いと効果は薄いのではないかと考えられる。


そう、実は俺は怖かったから逃げ出したわけじゃない。ここで迎え撃つためにわざとああやって逃げ出したように見せかけてここに誘い出そうとしたのだ。


きっと。

たぶん。

おそらく。


「ハッ!!」


自分に発破をかける。大声を出すことで気が体を巡り、力が漲(みなぎ)ってくる。


恐怖に打ち勝とうとするときにはまず自分に”喝”を入れ、己に”勝つ”ことだと祖父(じい)ちゃんが言っていた。


「いや、別に恐怖に負けたりしてなかったんだからな」


誰に言うでもなく言い訳すると、俺は小道の入り口を睨んだ。


「「「「「「おおぉぉぉぉぉぉっぁあああっ!!!」」」」」」


すると、奥の方から大量の人影が手に手に凶器を振り上げて飛び出し、次いで周囲の林からも草木を蹴破るようにして百人をゆうに超えるゾンビもどきが現れて紫の目が俺を睨む。


別荘でちらと確認したときよりも多い。

ざっと三百人位か。


それが全部ゾンビもどきだ。


「最悪の光景だチクショウ」


思わず身が竦む。

だがもう一度気合を入れて力を取り戻し、右足を引いて半身に構えを作った。


そしてゾンビもどきはそれを正しく戦闘態勢と受け取って地鳴りのような咆哮を上げる。


「「「「「があぁぁぁぉおおおっ!!!」」」」」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


もうこうなりゃヤケだ。

大声で張り合って萎縮する筋肉を奮い立たせ、ゾンビもどきの群れを迎え撃った。


「すぁぁぁぁっ!!」


一体目、先頭を行っていた大柄な旅人風の男が血塗れた剣を振り上げて襲いかかってくる。


「セイァッ!!」


俺はその懐に一息で飛び込んで体をぶつけ、その衝撃で旅人ゾンビが離れる瞬間に一太刀浴びせて後方の村人ゾンビにぶつけてやる。


「ぐおぁぁああっ!!」

「がぁぁあおおっ!!」


その前面にできた隙を活かし、右手から斧を振り上げてきた木こりゾンビの胴を薙いで、その勢いのまま体を捻り左手側から飛び掛ってくる村人女ゾンビの脇から頭部を切り上げた。


三つの血しぶきが舞う。


コレは平気だ。だが、


「だぁぁぁぁぁぁっ!!クソ!!震えるな俺っ!!」


いくら気合を入れようと、大声で張り合おうと、実際に土気色の顔をした血みどろの人間に対峙してみれば、体は小刻みに震え食いしばった歯の根は力を抜くだけでカチカチと音を立てた。

随分幼少期のトラウマは根が深くなるらしい。


「こんなときにこそ発動しろよ呪い!!」


憤怒。

感情の高ぶりで簡単に発動してしまう厄介な呪い。

それさえ発動すれば暴走状態に入れるのだが戦闘中という感情の高ぶるこの場面で発動しないという最悪の状況だ。


サイドステップやバックステップでゾンビもどきたちの攻撃をかわし、時折切り伏せながら、俺は一度胸を強く叩いた。


「っ!」


震えが痛みのおかげで気持ち鈍ったように思う。


「ごあぁぁっ!!」

「きぃやぁぁぁぁぁっ!!」

「うおぉぉぉぉああああっ!!」


前方から長髪短髪の村人ゾンビ二体、右手から成金ゾンビ一体。

俺は短く気合を入れ、右に飛び込む。


構えていない成金ゾンビの先手を取り、小手の要領で刺突剣を持った右手を手首から半ば切り落とし、その流れで面を打つ。

頭の右上部を切り飛ばされた成金ゾンビがどうっと巨体を倒すのを横目で見届け、迫る二体に突撃した。


すると長髪の村人ゾンビが手斧を振り上げ、短髪の村人ゾンビが大口を広げて俺を迎え撃つ。


「くっ!!」


ここで横薙ぎに一閃、長髪の腕ごと短髪の頭もまとめて切り飛ばそうとしていたが、緊張した体が踏み込みを浅くし、短髪が止められなかった。


「がぁああおう!!」


短髪は俺の右腕に食いつき、ジャケット越しに俺の前腕に歯を立てる。


「いったっ!?」


人間の力とは思えない顎の力で俺の手を噛み砕かんとする短髪。ジャケット越しにもかかわらず歯の突起が肉はおろか骨も押し潰さんと食い込んでくる。


すると硬直した俺に対して、倒れ伏していたはずの成金ゾンビが襲いかかってきた。


「クソッ!マジでゾンビかっ!!」


その体を蹴り飛ばして離すと刀を左手に持ち、短髪の肩口から切りつけ噛むのが弱まったところをこちらも蹴りで引き剥がす。


たたらを踏む二体をすぐさま切り伏せると、俺はバックステップですぐさま距離を作ろうと跳んだ。


だが、このとき、すでに後方にもゾンビもどきが回り込み、俺は二百を超えるであろうゾンビもどきに囲まれてしまっていた。


見境なく襲っていたゾンビもどきが唸り声を上げながら俺を遠巻きに囲い込む。



これは想定内の展開。



「けど、予想外の苦戦だ」



囲まれてもばったばったと薙ぎ倒してどうにかできると思っていたがそうも行きそうにない。

その原因は主に俺だが、まさかあんな力を持っていて復活までするとは。

もうもどきじゃなく本当にゾンビだ。


胴を切り落としたり頭を切り飛ばしたヤツは動いていないがさっきの成金ゾンビのように頭に打ち込んで一部を削ったくらいじゃ動き出してしまうらしい。


越えるは百の肉の壁。どうあっても突っ込んで乱戦は危険だ。


「どうしようかね…」


じりじり詰められている現状に歯噛みしていると、風に乗ってまたあの甘ったるい臭いが漂ってくる。


「っく!」


慌ててシャツの襟で鼻から隠すが、臭いは薄まった気がしない。

息を吸う度に頭の中に甘い蕩けるような何かが溶け出していくようだ。


俺はシャツから手を離し息を止め、刀を正眼に構える。


臭いの元は真正面の壁を割って現れた。


「追イ詰めたゾ、魔人」


俺は油断なく相手を見据えながら、じわじわと後方に後退(あとずさ)る。


後ろにもゾンビもどきはいるがまだ距離に余裕はあった。



「ハハッ。息ヲ止めてイるのか。一体どれくラい持つか、ナッ!!」



およそ七メートル。

日本の高校生の持つ日本最高記録より少し短いくらいの距離をひと蹴りでビュンと越えたガーラは、その紫色の右の腕を振り上げ飛び掛ってくる。


俺は少し遅れて反応しながらもどうにかその手を刃で受け、受け流すようにしながら横に回り込むと、少し後ろに倒れながらつま先を腹に打ち込んだ。


ガッ


しかしガーラもコレに反応し、左手でつま先を受け止める。


「ククッ」


掴まれる。

そう感じるが早いか俺はもう片方の足で地面を蹴って体を浮かし、ガーラの脇腹に蹴りを入れてその場を脱出する。


しかしそこに着地したガーラが再度飛び掛って追撃をかけてきた。


「ガガッ!!


俺は必死に転がりながらガーラが繰り出す突きを二転三転避け続け、再度浮かんだところを刀ではじき飛ばす。


刀の強度も切れ味も充分なはずだが、ガーラは腕一本でそれを受け止め、傷ひとつついていないと余裕の表情だ。


息がもたない。


切羽詰った俺は張り裂けそうなほどに早鐘を打つ心臓を押さえ込み、口の中の空気をまた飲み下してガーラに突撃する。


高速の右上段からの袈裟切り、左下段からの切り上げを連続で繰り出す。



「ギャハハァ!!」



裂けた口で愉快そうに笑うガーラが下段からの切り上げを手で受け止めるのを視認した刹那、俺は右手を離し、その顔面に拳を叩き込む。


よしっ当たった!


捻りは小さいが充分な威力のパンチがガーラの顔面にめり込む。


しかし、ガーラも同時に俺の腹に蹴りを入れていた。


「ぐっぷっ!?」


パンチとキックのクロスカウンター。


俺もガーラも衝撃に吹き飛ばされる。


がぁぁっ!痛(いて)ぇ!!


肩から地に打ちつけられながらその勢いで後方に回転し、片膝をついて止まる。


瞬間、後方から複数の影が俺を襲った。


「「「ごああああっ!!」」」


斧で、ナイフで、素手で覆いかぶさるように飛び掛ってくる。


「くっ!!」


俺は立ち上がる勢いで素手のゾンビに跳んで体をぶつけ、反発し体が離れたところを斬りつける。

上から撫で下ろすようにしかできないが、今度はその勢いのまま下から掬い上げるように斧のゾンビに切り上げ、腹から胸を裂くと同時に突き出されるナイフを左手で掴んでそのまま自分の前に引きずり出した。


「ぐがぁっ!」

「げあぁっ!?」


前のめりに体勢を崩したナイフゾンビの背中に斧が振り下ろされ、それと同時に俺はナイフゾンビの腹を蹴りつける。



そこで、止められた呼吸は、完全に限界を迎えた。


「っはぁあっ!っはぁはぁ!…っぅく!?」


思い切り吸い込んでしまった空気に強く甘い臭いが乗って一気に入り込んでくる。

すぐさま酩酊感ともいうような感覚が俺を襲い、くらりと視界が揺れた。


「ガガ…なんだ、やっパリこれは効いテいるナ。アのときの噛み付きハ最後の足掻きだったカ」


ガーラは紫の血がべっとり付いた首筋を撫で、耳まで裂けた口でニヤニヤと笑った。その口からは次々に甘い臭いが垂れ流されていく。


また蕩けそうな甘い痺れが俺の体の力を奪う。


ヤバイ…ヤバイぞ…。


ぼやける始める思考に微弱な危険信号が走る。


外でなら効果は弱まると思ったが、特に関係ないらしい。この臭い指向性でもあるのだろうか。へばり付くように臭いが体の周りを覆っている気がする。


俺は頭を振って抵抗しようとするが、ガーラはそれを見て両手広げて愉快そうに笑った。


「『ほら、もう抵抗しないで。何も考えないで良いんですよカラクラさん』」


ガーラの言葉が妙に心地よく頭の中を反響する。

カラオケボックスでハウリングしたときのような芯に響く音。


抵抗しようと試みたが何に抵抗するべきかが思い浮かばない。


「『わたしに従えばいいの。何も考えなくていいの』」


そうか、何も考えなくていいのか。


ガーラはゆっくり俺に近づきながら、大きく裂けていた口を小さくしてニッコリと優しく微笑んだ。


甘い臭いが一層濃くなる。


体から力が抜ける。

刀を取り落として、ついには両膝を突いてうな垂れる。


「『今夜は宴(パーティー)。あなたはその前菜に』」

「パーティー?」


パーティーか。楽しそうだ。


「そう。今夜の宴はスノクを舞台にした大宴会。阿鼻叫喚の渦の中、わたしとわたしの子供たちが人間どもを食い殺して廻る、最っ高の夜!肉を食いちぎり、血をすすり、骨まで噛み砕いて廻ろう!そして今日という日が、わたしの名がこの国に恐怖をもたらし、世界の生き物の頂点に咲くことの記念日となるのだ!!」

「…そうか…それは良かった」


周りのゾンビたちもそれに呼応するように雄叫びを上げる。


あれ?でも…。


ガーラの右手が俺の肩に触れ、左手が顎をつぃと持ち上げる。


「魔人を駒にできないのは残念だけど、あなたを食べればどれほどの力が得られるのか分からない。まあそれで充分ね」



ガーラの口が再び大きく開き、すぐに牙が生え揃う。

その口からはポタポタと甘い臭いと共に涎が滴り落ちていた。


「なあ…ガーラ?」

「あン?」


あの子はどうするんだろう?ふと疑問に思った。


「メイプルは、どうするんだ?」

「ハぁ?何ダそれハ?アルものは全部食う。オマエもナ」

「そうか。そうだよな」


ガーラは変なものを見るように眉根を寄せた後、がぱっと大きく裂けた口をさらに四方に開く。

額や顎まで割れて花のように綻び、歯がびっしりと揃っていた。


それが、俺の頭に被さるように覆う。



しかし、そうか…メイプル食べられるんだな。


最後の光景を前にそんなことを考えていた。

脳裏に浮かんだのはメイプルの怒っている顔。そしてその顔は泣き顔となり、苦しそうになり、すぐに笑って、頬を染めたりコロコロ変わる。


じわじわと声が、感触が、匂いが、俺の中に甦ってくる。





『あるものは全部食う』





あの腕を、足を、腹を、胸を、尻を、愛らしい顔を、ガーラは全部食うと言う。


肉を裂き、血をすすり、骨まで噛み砕くという。



脳裏に浮かぶ。

牙が、ガーラの牙がメイプルに触れる。



「 ジ ュ ウ ゴ ッ ! ! ! 」



メイプルが叫んだ。






          【         憤        怒         】






「 ガ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ッ ッ ! ! ! ! ! 」



「ナ、がっ!?」




まさにガーラの牙が俺の頭を噛み砕かんと閉じかけたその瞬間、俺の右拳がガーラの鳩尾を穿つ。


【剛腕】


魔神の力で強化された竜の全開のショートアッパーが捻りを加えて放たれた。



鈍い、鈍い鉄を打つような感触。しかし、繊維が引き千切れる音と共にガーラは宙空へと浮き上がり、紫の血を撒き散らしてゾンビの群れにぶち当たる。



「ゴァアアアアアッ!!」


俺はすぐさま雄叫びを上げて跳ねるように立ち上がり、近くにいた旅人風のゾンビの頭を鷲掴みにして振り回し、周りのゾンビを蹴散らすと、背後から飛びかかってきた女のゾンビに振り向きざまに投げつけ跳んで、旅人ゾンビの体ごと手刀の切っ先で二体を刺し貫いた。


「がぁぁぁっ!!」

「きぃやあああっ!!」


そこに別の女ゾンビと成金ゾンビが挟むように飛び掛ってくる。


「ゴァガァアアッ!!」


俺はより近い場所にいた女ゾンビを蹴りで吹き飛ばし、抜いた手で成金ゾンビの首を逆手に掴むとそのまま”首だけで”背負い投げを実行。

白砂に向けて強かに打ちつける。


そして、



「 ガ  ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ァ ッ ッ ! ! ! ! ! 」



天を仰ぎ、神さえ射落とさんばかりの咆哮。

大気が揺らぐ。

それは最早、ヒトならざる咆哮(こえ)。


次々襲いかかってきていたゾンビもその声に足を止め、一歩退いた。


「アレハ、オレノモノダ。オマエラゴトキニクレテヤルモノカッ!」



【憤怒】


この身は怒りで滾(たぎ)っていた。

何よりも強い業火が体の芯から燃え上がっていた。

メイプルを食うなどとのたまう何よりも度し難い阿呆に、俺の怒りの熱量は沸点を超えていた。



足元の刀を拾い、右手に持つ。


構えはない。


だがそれにはゾンビどももびくりと体を震わせた。



そのとき、ゾンビたちの群れの外側から、雄叫びと火の手が上がる。


「あがあぁぁおおおっ!?」

「げぁぁぁっ!!」

「しぃあぁああっ!?」


どうやらゾンビが燃えている。

ウィスクムは火に弱い。体は人間だがやはり火は苦手なのだろう。だがどうして火が?


燃えているゾンビを避けるように他のゾンビが距離を取る。


すると薄くなったその地点を蹴破るようにして大小の人影が二つ飛び出してきた。


小さい影は月色の金髪をポニーテールでまとめた隻眼の少女。

大きい影は青白い剣を抱く赤毛の少女。



「ジュウゴッ!!!」

「ジュウゴさんっ!!!」

「っ!?メイプル!それにピエタも!?」


二人は飛び込むように俺の元へ駆けてくる。


いや、メイプルは両手を広げて俺の胸に飛び込んだ。


「ジュウゴ!!ジュウゴ!!あぁっジュウゴ!!良かった!!間に合った!!」


その目には涙が浮かんでいる。

精一杯の力で俺の体にしがみつくメイプルの髪を優しく梳いた。


「こんなところになんで二人が?」

「私たちこの場所にウィスクムが居ると気づいてすぐにここに向かったんです」


その質問に答えたのはピエタだ。


「メイプルさんは画家さんのところで、私は軍の資料を見て。私が走ってここに向かっていたところにメイプルさんが馬で合流してそれで」

「っ!そうだ、ジュウゴ!ウィスクムは!?」


三人で周囲を見回す。

遠巻きにこちらの様子を窺っていたゾンビの群れの中の一角に、今まさによろよろと立ち上がったガーラの姿があった。


「”彼女(アレ)”がそうだ」


俺が顎をしゃくって示すとピエタとメイプルは顔をしかめる。


それはそうだろう。少女のような格好をしているものの、頭部は四方に裂け、そこは涎をたらす口になっている。両の手足は紫色に変色し、血管のように脈打つ根か蔦かがへばりついているのだ。

リアルなエイリアン。気持ちが悪いことこの上ない。


だが、俺としては戦いやすくていいのだが。


「だいぶ弱っているがアイツの出す甘い臭いとこれは恐らくだが声には気をつけろ。意識が乗っ取られる」


胸には大穴が開き、ボタボタと紫の血を垂れ流すガーラ。

その口からは未だに甘い臭いが僅かに漏れている。


「暗示みたいなのかしら?それは危険ね。私たちでかからないのはピエタだけだもの」

「え?なんでピエタはかからないんだ?」

「それはピエタがしょ―――」

「わー!!わーっ!!ダメです!ダメですよメイプルさん!!」


なんだか分からないがまあ、かからないのは助かる。

とりあえず、今は目の前に集中しなければ。


ガーラが復帰したからか、ゾンビどもが息を吹き返したように俺たちとの距離をじりじりと詰め始めた。


「メイプル、俺に魔神の呪いをかけてくれ」

「え?魔神のって…こ、ここで?」

「ま、まじん?」


メイプルは頬を赤らめ、ピエタはきょとんとする。それはそうだろう。

でも、


「人前ではちょっと、って――ンムゥッ!?」

「わ、わ、わ!?」


俺は無理やりメイプルの体を抱き寄せこちらを向かせるとその唇を塞ぐ。


少しばたばたと暴れたがぎゅっと抱く手に力を入れるとその抵抗も弱まる。


「ぷはっ…すまん。こうするしか防ぐ方法がなくて。俺に【惑わされるな】って命令してくれ」

「…っくぅ…それを…さきに…先に説明してからしなさいよ…」

「???」


メイプルは耳まで真っ赤になりながら俺の胸を叩き、完全に状況の飲み込めないピエタを置いたまま《お願い》を口にする。



「”あの惑わす魔物たちを倒して”」



>[命令受理]



「ガガ…二度も…わたしヲ謀っテ…」


甘い臭いが周囲に漂い始める。

大きく開け放たれた口から血と霧のようなものも噴き出す。


>[妨害検出]>>>[隔離]>[消去]


「『お前ラ、食い殺してやる』」


>[対象検知]>>[危険度・大の目標を確認]


「この臭いか…。ピエタ、アタシたちは離れてジュウゴが取りこぼした奴らの相手よ。もう松明も油も無いからアタシはこのナイフ。アンタはその剣でぶっ叩いて燃やしなさい」

「は、はいっ!」


>【殲滅実行】



プツン―――



と俺の意識は途切れ、闇に吸い込まれた。

















それかどれくらい経ったのか分からないが、意識が戻ってきたときには死体の山の上、それを燃やす青い炎が大気を揺らす中、俺は何かの塊を持って立ち尽くしていた。



俺の手にあるのは紫色の大きな実だ。心臓のように脈打ち、淡く光っている。



俺はその実を透かすかのように一度天に向けてかざし、逃げ出そうとするように激しく脈打ち始めた実をぐっと握って押さえ込む。


そして、にやりと笑い、大きく口を開けると俺は、





がぶり





石を砕くような外皮の僅かな抵抗。

だがそれもむなしく、実は紫の果汁を噴き上げて俺の顔を、喉を濡らし、果肉は瞬く間に咀嚼(そしゃく)されて消えていく。




ごくり




最後の一口を指に付いた果汁まで舐め取って、俺は誰に聴こえるような声でもなく小さな音で、


ごちそうさま


と呟いた。





>[殲滅完了]





そんな言葉が頭に浮かんだと思う。





その瞬間、俺の意識は再び闇に沈み、体は糸が切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。








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