第9話 デートみたいだね。……えっ?
午後は、仕事を入れなかった。
キャンディの上着も、チョコレートの裾も、竜との戦いで傷んでいる。今日はそれを直しに行く。
「せっかくだし、買い物しようよ」
「買い物ですか?」
「うん。今までは要るものしか見てなかったから」
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大通りから一本入った商店街は、昼過ぎの人出で賑わっていた。飴ガラスの窓越しに、焼き菓子の棚や、色とりどりの糸や、刃物の並んだ店が見える。
チョコレートは仕立て屋で裾の直しを頼んだ。
裾のほつれを直してもらうついでに、吊るされた上着を何着か眺めた。
「これ、動きにくそう」
「袖、長いですもんね」
「うん。戦うとき邪魔そう」
でも、黒地に白い縁取りの短い上着には少しだけ目が止まった。
値札を見て、すぐ戻した。
キャンディは受け取った上着の肩の縫い目を指でなぞって満足そうに頷いた。
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そのあと、キャンディが紙の店の前で足を止めて、便箋を三種類見比べていた。
花の縁取りがあるもの。薄い青の罫線が入ったもの。生成りの紙に小さな飴玉が散っているもの。
「そんなに違う?」
「違いますよ。書く相手にもよりますし」
「へえ」
しばらく迷って、キャンディは生成りの一冊を選んだ。
「それ、何に使うの?」
「手紙です」
「誰に?」
「師匠とか、家の人とか」
「ふうん。ちゃんと書くんだ」
「書きますよ」
キャンディは便箋を大事そうに紙袋へしまった。
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二軒先に、本屋があった。
入口の平台に、薄い冊子が何種類も積まれている。表紙には、刃物を構えた人物や、跳躍する人影が大きく描かれていた。
チョコレートは、なんとなく一冊を手に取った。
ページをめくると、黒い制服の少年が、夜の街で誰かを護衛していた。
ある場面で、手が止まった。
狭い路地を、主人公が壁を蹴って駆け上がる。背後から追ってきた敵の刃が、一瞬前まで主人公がいた場所を斬る。次のコマで、主人公は相手の頭上にいて、逆手に持った短剣が月明かりで光っていた。
線が速い。コマの端から端まで、風が抜けていくみたいだった。
「……かっこよ」
声に出ていた。
隣から、キャンディが覗き込んだ。
「チョコレートさん、漫画も読むんですか?」
「ううん、初めて。これ、ちょっと面白そうじゃない?」
チョコレートは表紙を見た。一巻と書いてある。値段もそこまで高くない。
「よし、買ってみようかな」
「それ、五巻まで出てるみたいですね」
「え、そうなの?」
隣には、同じシリーズの漫画が並んでいた。
「……とりあえず一巻だけにしとこ」
「続きも買わないんですか?」
「面白かったらまた来るよ」
チョコレートは漫画を一冊購入し、紙袋に入れた。
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通りの角の店で冷たいミルクティーを二つ買った。店先の長椅子に並んで座る。
「なんか今日、デートみたいだね」
「え、え」
キャンディがミルクティーを持ったまま固まった。
「チョコレートさんは、私のことどう思ってるんですか?」
「仕事仲間?」
「……勘違いさせるようなこと、言っちゃ駄目ですよ」
キャンディは少しだけむっとした顔をした。
「私、こう見えて重たいですからね」
「なにが……?」
「チョコレートさんには呆れちゃいました」
「そういえばさ」
チョコレートはミルクティーをひと口飲んでから、言った。
「本登録したら、どうする?」
キャンディは、すぐには答えなかった。ただ、迷っている感じでもなかった。
「私は、しばらくチョコレートさんと組みたいです」
言ってから、キャンディは自分のカップに目を落とした。
「最初は、いろんな現場を経験したくて、組める人を探していたんですけど。一週間やってみて、チョコレートさんともっといろいろやってみたいと思いました」
チョコレートは、長椅子の背にもたれた。
「私もそのつもりだった」
「そうなんですか?」
「うん。竜のときも、キャンディいなかったら帰ってこられてないし。それ抜きでも、一緒にやるの楽しいし」
キャンディは、一拍遅れて笑った。
チョコレートも笑った。
「じゃあ、三十日だけって決めた意味、なくなったね」
「最初は必要だったんですよ」
「そう?」
「知らない人と、いきなりずっとは組めません」
「それはそう」
チョコレートは、ミルクティーの残りを飲んだ。
通りの向こう、建物の隙間から、西の方角の空が少しだけ見えた。あっちの方に、あの丘がある。
「ねえ、あの丘さ」
「丘?」
「荷箱拾いに行ったときの。夏の終わりになると、もっと色が変わるって言ってたじゃん」
キャンディが、カップを持ったまま止まった。
「……覚えてたんですか?」
「覚えてるよ」
チョコレートは空を見たまま言った。
「夏になったら、またあの丘行こうよ」
キャンディは、少しの間黙っていた。それから、カップを両手で包み直した。
「行きたいです。夕方の光が長く残るのを、ちゃんと見てみたかったので」
「じゃあ決まり」
チョコレートは笑った。




