第4話 チョコレートさんはずるいです。ご飯は美味しいです。
「チョコレートさん、キャンディさん。ちょっといいですか」
請負人協会の裏口から、小柄な男性が顔を出していた。
細身で、目元のやわらかい中性的な顔立ちをしている。肩につくかつかないくらいの髪を後ろで一つに括り、職員服の袖を肘までまくっていた。覗いた手首も細く、倉庫仕事をしていたらしいのに、どこか妙に整った印象がある。
職員の《メレンゲ》だった。
「今からご飯なんだけど」
「五分で終わるので……! これだけ倉庫に戻すの、手伝ってもらえませんか」
メレンゲが困ったように笑って、両手を合わせた。
裏口の脇に、手押し車が一台停まっていた。
返却された縄と、つるはしが二本。空の木箱がいくつか積まれている。
キャンディはもう木箱を一つ抱えていた。
チョコレートは縄を見下ろした。
「お金出る?」
「出ません」
「だよねえ」
言いながら、縄を肩に担いだ。
倉庫は薄暗く、棚に番号の札が下がっている。
「メレンゲ、これどこ?」
「縄は奥です。そこじゃないです、その隣。乾いてたら左で濡れてたら右です」
「乾いてるよ、これ」
チョコレートはそう言いながら縄を左の棚に入れる。
一往復して戻ると、裏口の横に女性が一人しゃがんでいた。
壁際に置かれていた火ばさみを拾い、三本まとめている。
「プリンさん、それは明日で大丈夫ですよ」
「もう持ったので、ついでです」
女性はそう言って立ち上がり倉庫へ入っていく。
チョコレートはその背中を見送った。
「プリン?」
「請負人の方です」
メレンゲが短く答えて、つるはしを一本持ち上げた。
「街での仕事をよく受けてますよ」
「へえ」
それだけ聞いて、チョコレートも残った縄を持った。
手押し車が空になるまで、たいしてかからなかった。
「本当に五分で終わったんだけど」
「言ったじゃないですか」
メレンゲが手を払った。
「手伝っていただきありがとうございました。よければ休憩室に、さっき焼いたクッキーがありますけど、食べていきますか?」
「ありがと。でも今日はいいや」
メレンゲが少し意外そうに目を瞬いた。
「これからご飯行くから」
「ああ、なるほど」
倉庫から戻ってきたプリンが、その会話を聞いて足を止めた。
メレンゲがそちらを見る。
「プリンさんは食べます?」
「……余っているなら」
「余ってますよ」
プリンは少しだけ嬉しそうに頷いた。
チョコレートはそれを横目に、キャンディと裏口を出た。
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協会から二本裏の通りを歩いていると、チョコレートが足を止めた。
皿の絵が描かれた看板が、店先に出ている。
「この店、ちょっと気になってたんだよね」
「入ったことないんですか?」
「うん。何回か前を通っててさ」
店先の壁に掛けられた品書きを、チョコレートは端から読んだ。
「あ、厚焼きパンケーキだって。クリームと木苺も乗ってる!」
「おいしそうですね」
「よし、今日はちょっと贅沢しちゃおうかな」
二人が店に入ると、長机が四つ並んでいた。席は半分ほど埋まっている。仕事帰りらしい人たちが、黙ってフォークを動かしていた。奥の窯から、焦げたバターの匂いがする。
キャンディは焼きタルトとミルクプリンを頼んだ。
パンケーキは指三本分の厚さで来た。上で溶けかけたクリームが、横へゆっくり垂れていく。
チョコレートはパンケーキを一口食べた。
「パンケーキ、どうですか?」
「……とってもおいしい」
「よかったです」
それからしばらくは二人とももくもくと食べ続けた。
「そういえばさ」
パンケーキの縁を切り分けながら、チョコレートが聞いた。
「キャンディ、今日ちょっと楽しそうだったよね」
「……どこでですか?」
「大きいのとやってる時。壁割られたあと」
「怖かったですよ」
「でも楽しそうだった」
キャンディはフォークを止めた。
「二枚目でちゃんと受け流せた時は、ちょっと嬉しかったです。ああ、効くんだ、って」
チョコレートは木苺を口に入れて、キャンディの顔を見た。怖かった、と言った時と、あまり変わらない顔だった。
「最初のは、正面で受けちゃいました。あれは駄目です。師匠がいたら、絶対言われてました。『川を堰くより、流れを変えろ』って」
「川?」
「はい。師匠、そういう言い方しかしないんです」
キャンディは少し呆れた顔をした。
「壁で全部受け止めるより、攻撃の向きとか、相手の位置を変えろって意味です。たぶん」
「たぶんなんだ」
「説明してくれないので。言うだけ言って、どこか行っちゃうんです」
チョコレートはクリームをパンケーキの切れ端で拭った。
「その後の足払ったやつもすごかったよね。片足が上がったまま、背中から倒れたし」
キャンディは一拍遅れて、タルトの皿に目を落とした。
「……ありがとうございます」
「ねえ、師匠って何ていうの?」
「《クラッカー》です」
「どんな人?」
「ひびを入れる能力を使う方です。壁でも鎧でも。でも、どこに入れても同じじゃないって。師匠は、壊す場所をずっと見てました。私の飴の壁も、何回割られたか分かりません」
「割られてたんだ」
「はい、毎日です」
「やだなあ、その修行」
「楽しかったですよ。割られない壁ができた日は」
キャンディはタルトを一口食べた。
「そういえば、チョコレートさんは誰かに戦い方を教わったんですか?」
「私?」
チョコレートはフォークを止めて、天井を見た。
「ちゃんと教わったことは、あんまりないかも」
「そうなんですね」
「なんか、やってたらこうなった。相手がこっち来たら、こっちはこうする、みたいな」
「こっち来たらこう」
「うん」
キャンディはしばらくチョコレートを見ていた。
「大型が出てきた時、ハンマーを捨てましたよね」
「うん。他のやつは継ぎ目なら剣が通ったから」
「大型にも効くって、分かったんですか?」
「いや、分かんないけど。あんなに硬そうだったから、殴るよりはよさそうかなって」
キャンディは小さく息を吐いた。
「ずるいです」
「え、なんで?」
「私だったら、もう少し迷っちゃいます」
「そう? キャンディだって、あの壁すぐ斜めにしてたじゃん」
「あれは、師匠に何度も言われてたので」
「じゃあ、今度は私がキャンディに教えてもらおっかな」
キャンディは何か言いかけて、やめて、タルトの最後のひと切れを口に入れた。
皿が空に近づくころ、隣の机の客たちが帰っていった。
「ここ、また来たいな」
「タルトもおいしかったです。底が香ばしくて」
「ひと口ちょうだい」
「もうないです」
「えー」
「言うのが遅いです」
チョコレートは最後のパンケーキの一切れを口に運ぶ。よく噛んで味わって、飲み込む。
「じゃあそろそろ帰りましょうか」
「うん」
「明日は疲れたので、軽いのがいいです。採取とか」
「採取かあ」
「チョコレートさんが苦手なやつです」
「苦手じゃないよ。少しめんどくさいだけ」
「同じです」
「違うよ」
「師匠なら、『急ぐ足ほど、石を見る』って言いますね」
「またそれ?」
キャンディが笑った。




