第3話 街灯四基、クッキー四体
請負人協会へ戻ったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
「《西街道・落下荷箱回収》、完了ですね。お疲れさまでした」
フィナンシェが依頼票に印を押す。
「それと、もう一つ報告があるんですけど」
「何でしょう?」
「西街道の近くの丘で、竜っぽい足跡を見つけました」
フィナンシェのペンが止まった。
「……竜、ですか?」
「はい。爪痕もあったし、匂いもそれっぽかったので」
隣でキャンディがうなずく。
「私も足跡は確認しました。かなり大きなものです」
フィナンシェは別の帳面を取り出した。
「場所を詳しく教えていただけますか?」
二人が説明すると、フィナンシェは丘の位置と時刻を書き留めた。
「近づいてはいませんね?」
「すぐ帰ってきました」
「それで正解です。こちらで確認を手配します」
フィナンシェは近くにいた小柄な男性職員を呼び、短く伝えた。
壁から依頼票が何枚か外されていった。
「安全が確認できるまで、周辺の依頼は一時的に停止します」
チョコレートはうなずいた。
「じゃあ、午後はどうしようかな」
「王都内のお仕事でしたら、一件ご紹介できますよ」
フィナンシェは別の依頼票を取り出した。
《街灯・灯芯交換 四基》
管理局からの依頼だった。
「南市場に一基、中央水路沿いに一基、東側の住宅区に二基です。古い灯芯を交換して、試験点灯までお願いします」
キャンディが依頼票を確認する。
「これなら大丈夫そうですね」
「じゃあ、やろっか」
フィナンシェが台帳に記入しながら話す。
「側面を開けて、古い灯芯を抜いて、新しいものへ交換してください。交換後に試験点灯。内部の機構には危ないので触れないでください」
協会の裏口には、小さな手押し車が用意されていた。
交換用の灯芯が四本。折り畳み式の脚立。工具箱。それから、赤い印が四つ付いた王都の地図。
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最初の街灯は、南市場の端にあった。
露店には果物や焼き菓子が並び、昼過ぎでも多くの人で賑わっている。
「……あれ、美味しそう」
「チョコレートさん、先にお仕事ですよ」
「見てるだけだよ」
チョコレートは脚立を広げ、街灯の側面にある小さな蓋を開けた。
中には白っぽい筒が一本収まっている。
「これが灯芯かな」
「依頼書の図と同じですね」
古い灯芯を引き抜き、下で待つキャンディから新しいものを受け取る。
蓋を閉じ、試験板を押した。
ぱっ、と頭上に白い光が灯る。
「お、点いた」
「一基目、完了ですね」
キャンディが依頼票に印をつけた。
チョコレートは街灯を見上げる。
「これって、どういう仕組みなんだろ」
「さあ……。私も詳しくは知りません」
「古代の技術だったりする?」
「どうでしょう。でも、内部には触れないようにって書いてありますよ」
「分かってるって」
チョコレートは工具を片付け、次の場所へ向かった。
二基目は、中央水路に架かる橋のそば。
今度はキャンディが脚立へ登り、チョコレートが下から工具を渡した。
交換はすぐに終わった。
橋の北側は、南市場より石造りの大きな建物が多い。その向こうに、王城が見えた。
水路には、小さな荷舟が一艘通っていた。積まれているのは木箱ばかりだ。
チョコレートは橋の欄干から水面を覗いた。
「これ、どこから来てる水?」
「上流は北西の山ですね。ずっと辿っていくと、私の故郷の近くまで行きます」
「キャンディの?」
「ドラジェっていう町です」
「へえ。川で帰れる?」
「無理ですよ」
「なんだ」
「ドラジェの川も水源は北西の山です。ただ、こことは同じ川じゃないんですよね」
「ふうん」
そんな話をしながら、二人は東側の住宅区へ向かった。
三基目の街灯も無事に交換できた。
四基目に着く頃には、建物の影が長くなっていた。
小さな広場の角で、キャンディが最後の灯芯を取り替える。
「では、押しますね」
「うん」
試験板を押すと、白い光が灯った。
「四基目。これで全部だね」
「お疲れさまでした」
キャンディが脚立から降りる。
そのとき、遠くで鐘が鳴った。
一度。
二度。
夕方を告げる鐘の音が、王都に響いていく。
広場の向こうに立つ街灯が、ふっと光った。
続いて、その隣。
さらに、通りの奥。
一つ、また一つと、白い灯りが増えていく。
チョコレートは振り返った。
さっき交換した街灯も、夕暮れの中で柔らかく光っている。
「……綺麗だね」
キャンディが隣に並んだ。
「そうですね」
街灯の光が、二人の足元を照らしていた。
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それから二日。
二人は小さな調査や回収の依頼をいくつかこなした。
そして仮登録五日目。
チョコレートは掲示板の前で、一枚の依頼票を手に取った。
「キャンディ、これ見て」
《資材置場・クッキーゴーレム討伐》
「クッキーゴーレムですか」
「通常個体が三体、大型が一体。報酬も結構いいね」
キャンディが依頼票を覗き込む。
「作業員は退避済み。討伐対象は四体ですね」
「どう?」
「少し難しそうですけど……受けてみたいです」
受付に持っていくと、フィナンシェが依頼票を確認した。
「こちらは、仮登録向けの中では難しい依頼ですよ」
「はい」
「無理だと思ったら、必ず撤退してくださいね」
「分かりました。気をつけます」
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資材置場には、積み上げられた木材や石材が並んでいた。
作業員の姿はない。
崩れた木材の向こうから、硬いものが擦れる音がする。
「来たね」
積み石の陰から、クッキーゴーレムが姿を現した。
人より頭一つ大きい。褐色の身体には焼き目のような筋が走り、手足の継ぎ目が黒く落ち込んでいる。
「思ったより大きいね」
「気をつけてください。力も強いはずです」
「じゃあ、行くよ」
チョコレートは歩いてクッキーゴーレムの方へ近づいていく。
右手の前に黒い塊が伸び、刃の形に固まる。チョコレートは柄を掴むと、そのまま踏み込んで肩口へ振り下ろした。
乾いた音がして、刃が止まる。
食い込んだのは、指二本分ほど。
「硬いじゃん」
ゴーレムが腕を振り上げる。鈍重な見た目だが、踏み込みが速い。
チョコレートはゴーレムに刺さったままの剣から手を離し防御姿勢を取る。
キャンディが間に割りこむ。
ゴーレムの拳を受け、キャンディの靴底が土を掻いて後ろへ滑った。
「今です!」
チョコレートは左手に白いチョコレートのハンマーを作った。
「こっちなら!」
振り抜いたハンマーが、ゴーレムの頭を捉える。
頭を打ちぬかれたゴーレムが勢いよく地面へ沈む。
倒れているゴーレムの胴体へキャンディがロッドを叩きつけた。
頭や胴体を砕かれたゴーレムはもう動かなかった。
「よし、一体!」
「効きましたね!」
奥から、乾いた足音が重なった。
今度は二体。
一体が正面から迫り、もう一体が木材の山を回り込んでくる。
「右の方、お願い!」
「はい!」
キャンディがロッドを地面へ向けた。
回り込んできたゴーレムの足元に、薄い飴が広がる。
踏み込んだ片足が、ぴたりと止まった。
ゴーレムは足を引き抜こうとするが、飴が地面へ貼りついて離れない。
その隙に、キャンディがロッドを横から叩きつけた。
ゴーレムの体が横へずれる。
そのずれた先へ、キャンディがもう一度斜めから殴りつけた。
硬い胴体が砕け、ゴーレムは崩れ落ちた。
チョコレートは右手に黒い剣を生成し、正面のゴーレムへ踏み込む。
振り下ろされた拳をかわし、脇の継ぎ目へ黒い剣を突き刺した。
今度は、刃が深く入る。
「お、ここなら!」
そのまま剣を振り上げる。
片腕が肩から外れ、地面に落ちた。
ゴーレムが残った腕を振り上げるより早く、チョコレートは左手に持っていた白いハンマーを胴体へ振り抜く。
大きな亀裂が走る。
チョコレートはゴーレムの首の継ぎ目を黒い剣で刎ねた。
二体のゴーレムは動かなくなっていた。
「これで三体倒しましたね」
そのとき、積み石の奥から重い足音が響いた。
姿を現したのは、ひときわ大きなゴーレムだった。
先ほどの三体よりさらに大きく、焼き目の濃い外皮が分厚く盛り上がっている。
「あれが大型の個体か。継ぎ目を狙おう」
チョコレートはそう言うと左手に持っていたハンマーをぽいっと捨てた。
キャンディは、ロッドを持ち替えた。
「私が隙を作ります」
大型が踏み込んだ。さっきの三体より、速い。
キャンディが正面に壁を張る。
拳が入った瞬間、壁の中央が白く走って、砕けた。
キャンディは砕けた壁の残りを蹴って後ろへ下がる。
同時に、大型の拳の前へ二枚目の壁を斜めに立てた。
二撃目がその表面を滑り、外へ流れる。
チョコレートはゴーレムの後ろから入って、体勢が崩れたゴーレムの肩の継ぎ目をめがけて剣を振り下ろした。右腕が肩から落ちる。
ゴーレムが振り向き右足でチョコレートを蹴り払う。
チョコレートはそれをしゃがんで躱す。
キャンディがゴーレムの蹴りの軸足をロッドで薙ぎ払う。
ゴーレムは片脚を跳ね上げたまま、背中から地面へ倒れ込んだ。
赤い飴が倒れたゴーレムの胴と脚を覆い、そのまま地面へ貼りつける。
「動き、止めました!」
「よし! 首を落とす!」
チョコレートは剣を両手で持ち直す。
踏み込みは一歩だけ。
首の継ぎ目に、剣が根元まで入り、切り落とす。
少しの間をおいて大型のゴーレムは動かなくなった。
「これで四体、倒しましたね」
チョコレートは大きく息を吐いた。
「ちょっと強かったね」
「はい。最初の壁、割られてしまいました」
「でも、その次はちゃんと受け流してたじゃん」
「正面から受けるより、ずっと楽でした」
キャンディは砕けた飴の破片を見た。
「次は、最初からそうしたいですね」
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協会へ戻った頃には、夕方になっていた。
フィナンシェは二人の報告を聞き、台帳へ記入した。
「通常個体三体、大型一体。討伐完了ですね。お疲れさまでした」
報酬がカウンターに並べられる。
「お、多い」
チョコレートは硬貨を数えた。
「これ、今までの仕事よりずっといいじゃん」
「その分、危険なお仕事でしたからね」
フィナンシェが微笑む。
「お二人とも、お怪我がなくて何よりです」
チョコレートは報酬をポーチへしまった。
キャンディは隣で、小さく肩を回している。
「疲れた?」
「ちょっとだけ。あの大きいの、重かったので」
「そうだよね。今日はもう終わりにしよっか」
「はい。賛成です」
二人は協会を出た。
西の空には、まだ夕焼けが残っている。
「ねえ、キャンディ」
「はい?」
「今日、夕飯一緒に食べない?」
キャンディは少し考えてから、微笑んだ。
「いいですね。私もちょうど、お腹が空いていました」
「じゃあ、ちょっといいお店にしようよ。今日は稼いだし」
「そうしましょう!」
チョコレートは嬉しそうに笑った。




