第2話 帰ろう。多分、竜がいる
「私、ドーナツにする」
「じゃあ、私はパフェにします」
「いいなぁ。それも美味しそう」
初仕事の報告を済ませた二人は、請負人協会から歩いて数分の食堂にいた。
黒板には、ドーナツやパフェ、クッキーサンドなどのメニューが並んでいる。昼時の店内は賑やかで、空いている席を探すのにも少し苦労した。
やがて、大きなドーナツと、色とりどりの果物が盛られたパフェが運ばれてきた。
「いただきます」
チョコレートはドーナツをひと口かじった。
ふんわりした生地に、甘い砂糖衣。歩き回ったあとの身体には、ちょうどいい。
「そういえば、チョコレートさん」
キャンディがパフェのスプーンを置いた。
「さっきの討伐、すごく速かったですね」
「そう?」
「はい。私、ほとんど何もできませんでした」
「ゼリースライムが弱かったからね」
チョコレートはもうひと口、ドーナツをかじった。
「チョコレートさんはどうして王都に来たんですか?」
キャンディがパフェを掬いながら尋ねた。
「んー、いろんなところに行ってみたかったからかな」
「旅行ですか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。村も好きだけど、ずっと同じところにいるのもつまんないなって」
チョコレートはドーナツを一口かじった。
「それで、とりあえず王都に来てみた。何か面白いことがあるかなーって」
「それで請負人になろうと思ったんですか?」
「ううん。最初は仕事も決めてなかったよ。請負人ならいろんな場所に行けそうだし、戦うのは得意だから、ちょうどいいかなって」
「なるほど。じゃあ、これからはどうするんですか?」
「まずは本登録かな」
「そうですね」
「そのあとは、まだ決めてないや」
キャンディが少し笑った。
「ずいぶん自由なんですね」
「まあね。キャンディは? ずっと請負人を続けるつもり?」
「私は、まず一人前になることが目標です。まだまだ覚えることも多いですから」
キャンディは少し嬉しそうに笑った。
「午後はどうしましょうか?」
「もう一件くらいできそうだよね。今度は違う仕事がいいな」
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協会の壁には、青印の依頼票がいくつも並んでいた。
チョコレートがその中から一枚を見つける。
「これ、どう?」
《アイシングリーフ採取》
「葉っぱ?」
「糖衣で覆われた植物ですね。お菓子の飾りなどに使われるそうです」
依頼票には、五十枚の採取と書かれていた。
白い糖衣を傷つけないこと。溶けたり、大きく欠けたりした葉は納品できない。
「へえ、面白そう」
「でも、かなり繊細みたいですね」
「そういうの、キャンディ得意そうじゃん」
「どうでしょう。実物を見てみないと」
二人は依頼票を受付へ持っていった。
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採取場所は、王都の外にある浅い窪地だった。
薄緑色の葉が地面を覆い、その表側には真っ白な糖衣が広がっている。日の光を浴びた葉は、砂糖をまぶしたようにきらきらと輝いていた。
「うわ、綺麗」
チョコレートは一枚の前にしゃがみ込んだ。
葉の縁へ、そっと指を伸ばす。
「あっ」
触れたところから、白い膜がじわりと透けた。
慌てて指を離したが、指先の形に沿って糖衣が溶けている。
「……触っただけなのに」
「手の熱で溶けるみたいですね」
キャンディは別の葉の前にしゃがんだ。表へ触れないよう、下からそっと持ち上げる。もう片方の指で細い茎を辿った。
「ここに節があります」
指先で軽くひねる。
ぷつり、と茎が外れた。
「取れました」
「すごい。傷ひとつないじゃん」
キャンディは摘み取った葉を、持参した籠へそっと移した。
「じゃあ、次は私がやる」
チョコレートも次の葉を下から持ち、キャンディが外した茎の節を探す。
「ここかな?」
「もう少し下ですね」
「あ、これか」
指先で茎を挟み、軽くひねる。
ぷつり。
「取れた」
「綺麗に取れましたね」
チョコレートは葉を光に透かした。
真っ白な糖衣が、薄いガラスのように輝いている。
二人は採取を続けた。
「キャンディ、こういうの慣れてるの?」
「似たような採取なら、師匠とやったことがあります」
「師匠?」
「はい。地元で請負人をしている方です」
「へえ。だから上手なんだ」
「そのときは、何枚も失敗しましたよ」
キャンディは少し笑った。
「でも、繊細なものは、力を入れるより触れ方が大切だって教わりました」
「なるほど」
チョコレートは手元の葉を見た。
さっき指で触れた葉は、もう白い糖衣が戻らない。
一方、籠の中には、傷のない葉が少しずつ増えている。
「チョコレートさんも、茎を外すのが速くなってますね」
「ありがと。ちょっと慣れてきたかも」
チョコレートは嬉しそうに口元を緩めた。
最後の一枚を籠に収め、キャンディが中を確かめる。
「五十枚。これで完了ですね」
「よし、帰ろっか!」
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翌朝。
請負人協会の前では、キャンディが先に待っていた。
「おはようございます、チョコレートさん」
「おはよう。早いね」
「少し早く着いちゃいました」
二人は並んで協会へ入った。
掲示板の青印を眺めていると、キャンディが一枚の依頼票を指さした。
「これ、どうでしょう?」
《西街道・落下荷箱回収》
前日、菓車の荷台から落ちた荷箱を、三箱回収してほしいという依頼だった。
「箱を拾うだけ?」
「急な斜面に落ちているみたいです。持ち主の方では取りに行けなくて」
「なるほど。じゃあ、私たちの出番か」
二人は受付で依頼を受け、西門へ向かった。
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街道を一時間ほど歩くと、道の脇に急な斜面が現れた。
街道脇で待っていたのは、商会印の入った上着を着た若い女性だった。
栗色の髪を後ろで束ね、斜面の下を何度も気にしている。脇には荷箱を固定するための太い縄が置かれている。
「請負人の方ですか?」
「はい。荷箱の回収で来ました」
キャンディが答える。女性は安堵したように息を吐く。
「よかったぁ……。昨日ここで三箱落としちゃって。私じゃ降りられなくて」
チョコレートは斜面を覗き込んだ。
箱はどれも、茂みや石の間に引っかかっている。
「これなら取れそうだね」
「足元が滑りやすそうです。足場を作りますね」
キャンディが斜面へ向けて手を伸ばした。
赤と白の飴が岩肌に沿って現れ、階段のように固まっていく。
チョコレートは飴の足場を軽く踏んで確かめると、斜面を下りていった。
最初の箱を持ち上げる。
二段、三段と足場を上がり、あっという間に街道へ戻ってきた。
「はい、一個目!」
キャンディは箱を受け取って地面へ置いた。
「次は私も行きますね」
「うん。じゃあ、そっちの箱お願い」
二人で残りの箱を運び上げる。
最後の一箱は石の隙間に挟まっていたが、チョコレートが角度を変えて引き抜いた。
「よし、三つ!」
商会の女性が箱を一つずつ確かめる。
「全部無事です! 本当にありがとうございます!」
依頼票に完了の署名をもらい、二人は荷箱のそばを離れた。
「思ったより早く終わったね」
「そうですね。……あの、チョコレートさん」
キャンディが街道の向こうを指さした。
「この近くに、景色のいい丘があるんです。少し寄っていきませんか?」
「景色?」
「王都がよく見えるんですよ」
「え、それなら行ってみたい!」
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丘を登りきると、視界が一気に開けた。
白い街並みが、遠くまで広がっている。
街の中央を水路が横切り、その北側には大きな王城がそびえていた。街道を走る菓車が小さく見える。
その向こうには農地と森が広がり、北の山々が春霞にかすんでいた。
「……広いね」
チョコレートは思わず足を止めた。
「ここ、好きなんです」
キャンディが隣に並んだ。
風が吹き、長いピンク色の髪がふわりと揺れる。
「よく来るの?」
「王都に来た日に、一度だけ。偶然見つけたんです」
「ふーん」
チョコレートは丘の端へ歩き、もう一度街並みを見渡した。
春の風が、焦げ茶色とミルク色の髪を揺らす。
「夏の終わりになると、この丘は、もうちょっと色が変わるらしいですよ」
「夏?」
「草が濃くなって、夕方の光が長く残る、って感じです。……たぶん」
チョコレートは景色を見続けた。
やがて、風向きが変わった。
チョコレートが、ふと顔を上げる。
草の匂いに混じって、別の匂いがした。
湿った土と、鉄に似た匂い。
村の裏山で、何度も嗅いだことがある。
視線を落とす。
斜面の草が、不自然に倒れていた。
近づいてみると、柔らかい土に深い跡が残っている。
大きな爪痕。
「帰ろう」
「えっ、もうですか?」
キャンディが不思議そうにこちらを見る。
「どうしたんです?」
「多分、竜がいる」
風が、もう一度同じ匂いを運んでくる。
「……分かるんですか?」
「うちの村にも竜がいるから。足跡とか、匂いとか、似てる」
もう一度、風が吹いた。
チョコレートは倒れた草の先を見た。
「確認しますか?」
キャンディが尋ねる。
「しない。帰る」
チョコレートは踵を返した。
それから、振り返らずに丘を降りた。




