第1話 初仕事です。……速っ!
「請負人になりたいんですけど!」
王都セレブレートの請負人協会、西支部。
チョコレートは受付のカウンターに身を乗り出した。
焦げ茶色とミルク色の長い髪を、大きなリボンで結い上げた若い女性だった。髪と同じ色合いの軽装に、溶けたチョコレートを思わせる模様のケープを羽織っている。
「新規登録ですね。では、こちらへどうぞ」
カウンターの向こうで、受付の女性が微笑んだ。
淡い金茶の髪をまとめ、細い眼鏡をかけている。胸元の名札には《フィナンシェ》とあった。
フィナンシェは台帳を開き、ペンを手に取った。
「まず、菓名をお願いします」
「チョコレートです」
「ご年齢は?」
「二十歳です」
「戦闘経験はありますか?」
「あります。でも、請負人の仕事は初めてです」
「承知しました。では、仮登録からですね」
フィナンシェは台帳に何かを書き込み、引き出しから小さな札を取り出した。
「最初の三十日間は仮登録です。依頼をこなしながら、本登録を目指していただきます」
札には《チョコレート》という菓名と、今日の日付が書かれていた。
「これが仮登録証です。なくさないようにしてくださいね」
「はい!」
チョコレートは薄いケースに入った登録証を受け取り、腰のポーチへしまった。
「それで、もう仕事って受けられますか?」
「はい」
フィナンシェが、壁一面に貼られた依頼票へ視線を向ける。
「ただし、仮登録中は、王都の外の依頼を受ける場合は二人以上でお願いします」
「二人?」
「以前、仮登録中にお一人で意気揚々と討伐に出かけて、担架で帰ってきた方がいまして」
「……えぇ。それは」
「はい。ですので、組むお相手に心当たりがなければ――」
フィナンシェは受付の横へ視線を向けた。
「ちょうど、同じく相棒をお探しの方がいらっしゃいますよ」
壁際の椅子に、一人の女性が座っている。
長いピンク色の髪。白を基調に、赤い縞模様をあしらった軽い装甲。足元には、彼女の背丈にも迫りそうな大きなロッドが立てかけられていた。
「《キャンディ》さんです。あの方も本日、仮登録を済ませたところでして。王都の外のお仕事をご希望されています」
チョコレートはさっそく彼女のもとへ向かった。
「ねえ、一緒に仕事しない?」
キャンディが顔を上げた。
「……えっ?」
突然声をかけられた彼女は、ぱちぱちと瞬きをした。
「ええと、私にですか?」
「うん。二人なら王都の外の仕事もできるんでしょ? 私もやってみたいんだよね」
キャンディは膝の書類をたたみ、立ち上がった。チョコレートより少し背が低い。
「私も、組める方を探していたところなんです」
「じゃあ、ちょうどいいじゃん!」
「でも、まだお互いのことを何も知りませんよね?」
「たしかに」
チョコレートは一度うなずいた。
「私はチョコレート。能力もチョコレート。武器を作って戦うのが得意かな」
「私はキャンディです。飴を作って、壁にしたり、相手の動きを止めたりできます」
キャンディは傍らのロッドに手を添えた。
「こちらも使います。攻撃するより、味方を守る方が得意ですね」
「へえ! じゃあ相性よさそう」
「そうでしょうか?」
「キャンディが止めて、私が倒す。ほら、ぴったりじゃん」
キャンディは少し考えてから、笑った。
「ふふ。確かに、役割は分けやすそうですね」
「でしょ? じゃあ、三十日だけ組まない?」
「三十日?」
「仮登録が終わるまで。その先は、そのとき考えようよ」
キャンディはしばらくチョコレートを見ていた。
「……そうですね」
彼女は、右手を差し出した。
「よろしくお願いします、チョコレートさん」
「うん! よろしく、キャンディ!」
手を握る。
装甲に覆われていない指先は、思ったより温かかった。
二人で受付へ戻ると、フィナンシェが顔を上げた。
「お話はまとまりましたか?」
「はい、キャンディと組みます!」
「承知しました。では、初めてのお二人にはこちらがおすすめですよ」
フィナンシェは依頼票を一枚取り出した。
「《排水路・ゼリースライム掃討》。管理局からの定期依頼です」
「討伐の依頼ですね」
「比較的危険度も低いので、初仕事にはちょうどよいかと」
キャンディが依頼票を覗き込む。
「私も、これならよさそうだと思います」
フィナンシェは依頼票に受領印を押した。
「次回からは、あちらの壁の青印がついた依頼からお選びください」
「分かりました!」
「それから、三十日後の本登録は、それまでのお仕事ぶりで判断します。依頼の達成だけでなく、安全への配慮や協力も大切ですよ」
「なるほど。ちゃんと見られてるんですね」
「はい。ですので、まずはお二人とも無事に帰ってきてくださいね」
チョコレートは依頼票を受け取り、キャンディの方を振り返った。
「よし、行こ!」
「はい!」
二人は並んで協会を出た。
大通りへ出ると、荷物を積んだ菓車が二人の前を横切った。
琥珀色の車輪が石畳を転がり、道沿いの店には色とりどりの看板が並んでいる。窓にはめ込まれた飴ガラスが陽を透かし、店先の石畳を淡い橙色に染めていた。
「王都って、やっぱり賑やかだね」
チョコレートは行き交う人々を見回した。
「チョコレートさんは、王都に来られたばかりなんですか?」
「うん。そうだよ。まだ数日しか経ってない。ノワゼット村ってところから来たんだ」
「私もつい先日王都へ来たばかりです」
「へえ、じゃあ一緒だね」
「ふふ。そうですね」
しばらくして大きな西門が見えてきた。門をくぐる荷車の列に交じり、二人も王都の外へ出る。
石畳が途切れると、街道は緩やかな下り坂になった。両脇には草地が広がり、王都の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
「そうだ。お互いの能力、実際に見せ合わない?」
「そうですね。戦う前に確認しておきたいです」
二人は街道から少し離れた草地で立ち止まった。
「じゃあ、私から見せるね」
チョコレートの前、何もない空中に茶色い液体が現れた。
どろりと伸びた塊は、細長い刃へと形を変えていく。表面が艶を帯び、一本の剣になったところで、チョコレートが柄を握った。
「こんな感じ。こっちは硬くて、切るのに向いてるんだ」
剣が形を崩して消える。
今度は右手に白いチョコレートが現れ、丸みのある大きなハンマーになった。
チョコレートが軽く振ると、柄がしなって元に戻る。
「こっちはちょっと柔らかい。殴るならこっちかな」
「なるほど。柄がしなるんですね」
「そうそう」
チョコレートはハンマーを消し、キャンディに向き直った。
「キャンディは?」
「では、私も」
キャンディの前に、赤と白の縞模様の飴が浮かび上がった。
飴は細い帯になって何本も伸び、空中で縦横に交差する。重なった部分が固まり、透き通った格子状の壁が出来上がった。
「わ、綺麗!」
陽光が飴を透かし、草の上に赤い縞の影を落とす。
キャンディが指先を少し動かすと、格子の一部だけがするりと形を変え、小さな輪になった。輪は縮んで、きゅっと閉じる。
「こうやって、相手の足を止めることもできます」
「へえ! 細かいところまで動かせるんだ」
「そういうのは得意なんです」
格子がほどけ、飴の粒になって消えた。
二人は街道へ戻った。
ほどなく、街道沿いに排水路が見えてきた。
石組みの隙間から、半透明の塊がぷるぷると顔を出している。
「あ、いた!」
チョコレートは目を輝かせた。
「じゃあ、行ってくる!」
「えっ、もうですか?」
キャンディがロッドを構えるより先に、チョコレートは駆け出していた。
右手に黒いチョコレートが生まれ、一瞬で剣の形に固まる。
一閃。
ゼリースライムが、ぱしゃりと弾けた。
二体、三体。剣が振るわれるたびに、半透明の身体が次々と飛び散っていく。
奥から飛び出した数体も、あっという間に斬り伏せた。
「よし、終わり!」
チョコレートは剣を消し、くるりと振り返った。
排水路には、もう動くものが見当たらない。
キャンディはロッドを構えたまま、ぽかんとしていた。
「…………速っ!」
第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
この先、チョコレートとキャンディはさまざまなお仕事に挑戦しながら、少しずつ成長していきます。
個性豊かな少女たちとの出会いや、二人の関係の変化。そして、一万年前の古代文明にまつわる謎も、物語が進むにつれて少しずつ明らかになっていきます。
二人のこれからを、楽しみにしていただけたら嬉しいです。
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