第25話 一件落着。でも皆さんお忙しいようで
王城の小さな食事室で、プラリネとホールケーキが向かい合っていた。
卓には二人分の料理が並んでいる。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ。急にお呼びしてしまって、すみません」
ホールケーキはナイフを置いた。
「竜の討伐について、お聞きしたいことがありまして」
「ええ。何でしょう?」
「あの二人を討伐隊に参加させたのは、成長させるためですか?」
プラリネが顔を上げた。
「竜討伐を成長の機会にして、しかも王女である私まで利用するなんて」
「さすが殿下。勘が鋭いですね」
プラリネは小さく笑った。
「おっしゃる通りです」
「……ずいぶん簡単に認めるんですね」
「隠すようなことでもありませんから。討伐が必要だったのは事実ですし、お二人にも十分な参加理由がありました」
プラリネはグラスを手に取った。
「私は戦闘の専門家ではありませんからね。実のところ、戦いに関しては何もわかりません」
「そうでしたか」
「はい。私はただ、すべての事件をチャンスに変えたいのです」
プラリネは水を一口飲んだ。
「それで、お二人はどうでしたか?」
ホールケーキは少し考えた。
「キャンディさんは、とても頼りになる方でした。防御が得意と聞いていましたが、最後にはご自身で攻撃方法まで考えていました」
「ほう。それは頼もしい」
「チョコレートさんには、もっと驚かされました」
「と、言いますと?」
「最初は、私も何度も能力を使っていたんです。でも、戦いが進むにつれて、その必要がなくなっていきました」
「……殿下の手助けが、ですか?」
「ええ。最後の方は、ほとんど使わずに済みました」
ホールケーキは微笑んだ。
「あれほど短い時間で、動きが変わるとは思いませんでした」
「なるほど……」
プラリネはしばらくグラスを眺めていた。
「そうでしたか。二人を推薦してよかったです」
「ええ。私もずいぶん助けられました」
「それは何よりです」
プラリネが頷いた。
「プラリネさんは、普段はどのようなお仕事をされているんですか?」
「主に渉外と案件開拓ですね。実は今回も、ベルガモの支部との調整で王都に来ていたんです」
「ベルガモですか?」
「はい。王都の商会と、向こうの運送業者を結ぶ案件です」
プラリネは皿の料理を一口食べた。
「四国協定のおかげで、請負人協会は四国にまたがる一つの組織になりました」
「国境を越えて同じ仕事ができるのは、便利ですね」
「資格や契約を共通にできたのは大きいですね。もちろん、各国の法律には従いますが」
「王国同士は、なかなかそう簡単にはいきません」
ホールケーキが笑った。
「ええ。だからこそ、協会にできる仕事があるのでしょう」
プラリネはグラスを置いた。
「殿下も、いずれは歳冠の儀を迎えられますね」
「……ええ。まだ先の話ですけれど」
「そのときは、他国も大いに関心を持つでしょう」
「そうでしょうね。特にシュトレンは、王家同士の結びつきを大切にする国ですから」
ホールケーキは少し笑った。
「儀式そのものより、私の婚姻の方が気になるかもしれません」
「それも外交ですからね」
「……私個人のことでもあるんですけれど」
「失礼いたしました」
プラリネは頭を下げた。
ホールケーキは首を振り、紅茶を口にした。
「でも、そうですね。私が王位を継ぐということは、私だけの問題ではありませんから」
窓の外で、王城の旗が揺れていた。
---
王立研究院の一室。
卓の上には、小さな瓶がいくつも並んでいた。
赤黒い液体の入った瓶。鱗の破片。細い骨の欠片。
スアマはその一つを持ち上げ、窓から差し込む光にかざした。
「まあ……やっぱり変わりませんわねえ」
「何がですか?」
向かいに座るジャムが尋ねた。
「この血液ですの。普通のモンスターでしたら、菓名判定に使う試薬で色が変わるものも多いのですけれど」
スアマは小瓶を振った。
液体の色は変わらなかった。
「この竜は、今のところどの試薬にも反応しませんの」
「試薬の方が、竜に対応していない可能性もありますね」
「そうですわね。まだ何とも言えませんわ」
スアマは楽しそうに頷いた。
「ただ、調べたいことがまた一つ増えましたの」
ジャムが瓶を覗き込んだ。
「そういえば、古代文明の記録にも、竜についての記述があるんです」
「まあ。どんなことが書かれていますの?」
「それが、欠けている部分が多くて。詳しいことは分かっていないんです」
「その記録をぜひ読みたいですわ」
「ええ。写しをお持ちします」
スアマは帳面を開いた。
「それにしても、今回は本当に貴重な機会でしたわ。眼を失ってからの行動も、戦っているときの動きも、これほど詳しく記録できたのは初めてですもの」
「標本だけでは分からないこともありますからね」
スアマは帳面をめくった。
「あの竜がいたことで鹿の行動も変わっていたようですわ。討伐後も林の調査を続けなければいけませんわね」
そのとき、扉が開いた。
「二人とも、少しいいか」
書類を抱えた男性が入ってきた。整えた髪に、飾り気のない服装。
「まあ、タルトさん!」
スアマが顔を上げた。
「ちょうどよかったですわ!」
「そうか。俺も聞きたいことがあって来たんだ」
タルトは卓の端に書類を置いた。
「例の竜なんだが、どの部位を保存する予定なんだ?」
「全部ですわ!」
「全部か……」
タルトは書類を見下ろした。
「……まず保管場所から考え直すか」
「ありがとうございます」
「まだ何も決まってないからな」
タルトは椅子を引いた。
「全部を一度に運ぶのは難しい。まず優先順位を決めてくれ。必要な部分を先に回収して、残りをどうするか考える」
「でしたら、頭部と前脚は必ず残したいですわね。それから、内臓もできるだけ」
「分かった。大きさを見て、設備を押さえる」
「あと、尾もですわ」
スアマは嬉しそうに竜の図を広げた。
タルトはそれを覗き込み、書類に何かを書き足した。
「ジャム、お前の方は?」
「何がですか?」
「饗宴の実験計画。エクレアに提出したんだろ?」
ジャムの手が止まった。
「……提出しました」
「それで?」
「許可は下りていません」
「そうか」
タルトが頷いた。
「まだ、危険性の評価が足りないと」
「理論上の問題は、すべて解決しています」
ジャムは静かに答えた。
「残っているのは、実際に動かして確かめることだけです」
「エクレアは、そこを心配してるんだろうな」
「……分かっています」
ジャムは手元の資料を閉じた。
タルトはそれ以上何も言わなかった。
ジャムは閉じた資料を持ち直し、席を立った。
「私はそろそろ戻ります」
「もう戻られるんですの?」
「ええ。まだ確認したい資料があるので」
ジャムは瓶の並んだ卓を一度振り返った。
---
協会の休憩室。
チョコレートとキャンディは、パイの前に並んで座っていた。
「それじゃ、約束してた続きをやろうか」
「待ってました!」
チョコレートが身を乗り出した。
パイが右手をかざした。
手のひらの上に、薄い板状のパイ生地が現れる。
「これ、押してみな」
チョコレートが指を伸ばした。
ぱきり、と板が割れた。
「硬いね」
「ああ。じゃあ、こっちは?」
もう一枚、同じ形の板が現れた。
チョコレートが指で押す。
板がゆっくり曲がった。
「柔らかい」
「そうだね」
パイは板の端をつまんだ。
「よく見てな」
曲がっていた板が、次第にまっすぐになっていく。
パイが反対側から指で押した。
今度は曲がらず、硬いままだった。
「あ、途中で変えた!」
「そう。形を作ったあとでも、性質は変えられる」
パイは板を消した。
「今までは形を作る練習をしてもらったけど、今度は性質の方だね」
「硬さとか?」
「そう。硬さも、粘りも、弾力も。自分の能力で扱える性質は全て使いこなせるようになって欲しい」
パイが頷いた。
「それから、もう一つ」
今度は少し厚い板を作った。
「一つの形に、違う性質を持たせることもできる」
パイが板の両端を持った。
ぐっと曲げる。
板は大きくしなったが、割れなかった。
「硬さだけなら、さっきの板と同じくらい。でも、これは粘りも持たせてる」
「……硬くて、しなる?」
「そういうこと」
チョコレートが板を受け取った。
何度か指で押し、それから曲げてみる。
「え、すごい。これ、武器にも使えるじゃん!」
「武器だけじゃないよ。道具にも、壁にも使える」
パイは二人を見た。
「じゃあ、やってみようか」
キャンディは小さな飴の板を作った。
最初は硬い。
指で曲げようとすると、ぱきりと割れた。
「あ……」
「今度は割れないようにしてみな」
「はい」
キャンディはもう一枚作った。
今度はゆっくり曲がった。
「できた!」
「じゃあ、そのまま硬く戻してみようか」
「はい!」
板が少し震えた。
曲がった形のまま、動かなくなる。
「……あれ?」
「形まで固まっちゃったね」
「難しいですね……」
パイが笑った。
「最初はそんなもんだよ」
隣では、チョコレートが黒い板を作っていた。
その上に、白いものが広がっていく。
「……こう?」
黒い部分と白い部分の境目に、ひびが入った。
ぱきり、と二つに割れる。
「ええ……」
「無理にくっつけようとしなくていいよ」
パイが言った。
「まずは黒だけ、白だけで、それぞれ性質を変える練習をしてみな」
「そっか」
チョコレートは割れた板を消した。
「でも、これができたらさ」
「うん?」
「黒と白を混ぜて、一つのものを作ることもできるのかな?」
パイは少し考えた。
「さあね。そこは自分で試してみるといい」
パイは卓の上を片づけた。
「じゃあ、今日からこれも日課にしようか」
「これも、ですか?」
キャンディが尋ねた。
「ああ。折り紙はそのまま続けてね」
パイは笑った。




