第26話 今の相棒に昔の幼馴染の話をするんですか?
王都セレブレートの中央水路。
西の端から続く石畳の道を、チョコレートとキャンディは並んで歩いていた。
水路には小さな荷舟が浮かび、積まれた木箱がゆっくりと橋の下を通り抜けていく。
「王都って、やっぱり広いなあ」
チョコレートが呟いた。
「そうですね。私たち、まだ行ったことのない場所も多いですし」
「うん。もう結構歩いてるのに、全然端まで着かないじゃん」
「今日はどこまで行くんですか?」
「決めてない。疲れるまで?」
チョコレートは笑った。
橋を一つ通り過ぎる。
水路沿いには店や住宅が並び、建物の隙間から細い路地がいくつも伸びていた。
「私の出身の村は、もっと小さかったよ」
「ノワゼット村でしたっけ?」
「そう。王都から南東に、菓車で二、三日くらいのところにあるんだけど」
「結構遠いですね」
「うん。丘と森ばっかりのところだよ」
チョコレートは水路の向こうを見た。
「ご両親は、王都に来ることを反対されませんでしたか?」
「心配はしてたよ。でも、最終的には好きにしなさいって」
チョコレートは続ける。
「村の近くには守護龍もいるんだよ」
「前に聞いた、村の竜ですか?」
「うん。山の方に住んでるんだけど、昔から村を守ってくれてるんだって」
「……怖くなかったんですか?」
「全然。おとなしいよ」
「そうなんですね……。あの竜を見たあとだと、ちょっと想像できません」
チョコレートは首を傾げた。
「でも、ずっと住んでると普通になっちゃうんだよね」
「そういうものなんでしょうか……」
次の橋の下を、荷舟が一艘通り過ぎていった。
チョコレートは流れていく荷舟を眺めた。
「……私が王都に来たのって、カラースプレーの影響もあるんだよね」
「カラースプレーさん?」
「うん。幼馴染なんだ」
「かわいらしいお名前ですね」
「本人もかわいいよ。今は歌手やってて、いろんな国を回ってるんだ」
「へえ……!」
キャンディが目を丸くした。
「昔は一緒に勉強してたのにね」
「学校が同じだったんですか?」
「学校っていうか、小さな塾みたいなところがあって。村の子が何人か集まって、読み書きとか、算術とか、地理とか習ってたんだよね」
「私のところとは、ずいぶん違うんですね」
「そう? まあ、勉強はつまんなかったよ」
チョコレートは苦笑した。
「カラースプレーもいたし、ほかにも何人か友達がいたから、通うのは嫌じゃなかったけど」
「そうなんですね」
「そのあと私は配達の仕事を始めて、カラースプレーは村の外で仕事するようになったんだ」
チョコレートは指を折りながら続けた。
「最初は近くの町だったのに、だんだん遠くまで行くようになってさ。そのうち、別の国とか、海の向こうの話まで聞くようになって」
「すごいですね」
「ね。好きなことやって、いろんな場所に行って、楽しそうだったんだよね」
チョコレートは笑った。
「それで、私も憧れて、いろんなところに行きたいなーって」
「前に話していたのは、そういうことだったんですね」
「うん。カラースプレーの影響は大きかったかも」
チョコレートは両手を後ろで組んだ。
「まあ、請負人になるところまでは考えてなかったんだけどね」
「ふふ。チョコレートさんらしいですね」
チョコレートは水路を見下ろした。
「最近は勉強も楽しいよ。図鑑を読んだり。請負人になってからかな」
「……なんとなく分かります。実際に見たものだったり、仕事で役に立つ知識だったり」
「そうそう! それ!」
チョコレートが頷いた。
「あと、古代文明も気になるんだよね」
チョコレートは水路の先へ目を向けた。
「結局、これから何がしたいのかは、まだよく分かんないんだけど」
「はい」
「知りたいことは、前よりずっと増えた気がする」
キャンディは、隣を歩くチョコレートを見た。
「いいですね。そういうの」
「そう?」
「はい。楽しそうです」
「……キャンディは? なんで請負人になったの?」
「私は、師匠が請負人をやっていたので、一緒に仕事したいなって」
「あー。なんか結構普通な理由だね」
キャンディは笑った。
「今は、新しいことができるようになるのが楽しいです。もっといろんな仕事をしてみたいですね」
「いいじゃん。私もまだまだやりたいことあるし」
「そうですね」
チョコレートが楽しそうに先を歩く。
キャンディはその背中を見て、少しだけ歩調を速めた。
橋をもう一つ越える頃には、日がずいぶん傾いていた。
「キャンディって、師匠のことすごい好きなんだね」
「はい。尊敬していますから」
「ふうん」
「……なんですか、その反応」
「別に? 私の知らないキャンディもいるんだなって」
キャンディが瞬きをした。
「……それを言うなら、私だってそうですよ」
「何が?」
「カラースプレーさんのこと、初めて聞きましたし」
キャンディは前を向いた。
「……昔からチョコレートさんのことを知ってるんですね」
「まあ、幼馴染だからね」
「そうですか……」
「……もしかして、気になってる?」
「えっ?」
キャンディが顔を上げた。
「カラースプレーのこと」
「いえ、ただ、私の知らないチョコレートさんがいるんだなって思っただけです」
「それ、さっき私が言ったやつじゃん」
チョコレートは笑った。
キャンディも、つられて小さく笑った。
しばらく、二人は黙って歩いた。
水路には夕日が細長く伸び、橋の影がゆっくりと水面を横切っていく。
「ところで、チョコレートさん」
「なに?」
「そろそろ帰りませんか? だいぶ歩きましたよ」
「えー。もうちょっとだけ」
「帰りも同じ距離を歩くんですよ?」
キャンディがくすっと笑った。
チョコレートは少し考え、それから水路の先を指さした。
「じゃあ、次の橋まで!」
「もう。それで最後ですよ?」
「分かってるって!」
二人はまた、並んで歩き始めた。
水路の先には、まだいくつもの橋が続いていた。




