第23話 竜の前にお茶をどうぞ
翌朝、協会の扉を開けると、甘い匂いがした。
焼き菓子の匂いだ。休憩室の方から流れてくる。
「メレンゲ、なんか焼いてる?」
チョコレートが休憩室を覗くと、メレンゲが顔を上げた。髪を後ろで括って、袖を肘までまくっている。
「おはようございます。焼いてます。まだ熱いので、触らないでくださいね」
「まだ何も言ってないじゃん」
「言う前に手が出る顔してましたけど」
キャンディが横で小さく笑った。
二人が休憩室に入ると、パイが茶杯を片手に新聞をめくっていた。
「お、来た来た。座りな」
パイは新聞を畳み、向かいの椅子を引いた。
「明日、竜を討ちに行くんだって?」
「うん。プラリネさんから聞いたの?」
「昨日ね。騎士団長と殿下も一緒なんでしょ」
「そう。昨日は手合わせもしたんだ」
「へえ、どうだった?」
チョコレートは少し考えた。
「私、結構強くなったと思ってたんだけどさ。まだまだだった」
「そうかい」
「でも、あの人たちと戦って、何が違うのかちょっと分かった気がする。もっと強くなる道筋が見えたっていうか」
「そりゃいい経験だったね」
パイは二人を見た。
「そういえば、折り紙は続けてる?」
「やってるよ」
「私も続けています」
キャンディが手をかざすと、空中に薄い飴色の板が生まれた。
板が半分に折れ、開く。角が重なり、次々に折り目がついていく。
最後に左右の翼が開き、小さな鶴が卓に降りた。
「おお、鶴までできるようになったんだ」
「はい。結構練習しました」
「私もできるよ」
チョコレートも黒い板を作った。
板が折り重なり、黒い鶴になった。
続いて、白い板を作る。
今度は折り目が何度か戻りかけた。角を重ね直し、翼を開く。
黒い鶴の隣に、白い鶴が並んだ。
「白い方は、まだちょっと難しいんだよね」
「でも、両方できるようになったんだ」
パイは三羽の鶴を見比べた。
「本当は、もう少し基礎を固めてから教えたいことがあったんだけどね」
「え、まだあるの?」
「そりゃあるよ」
「教えてよ!」
「今教えたら、せっかく身についた動きが崩れるかもしれないからね。明日、竜と戦うんでしょ」
パイは茶杯を持ち上げた。
「プラリネは仕事を組むのがうまいからね。私なら、もう少し段階を踏ませるところだけど」
「じゃあ、帰ってきたら教えて」
「ああ。そうしよう」
休憩室の扉が開いて、プリンが入ってきた。
「お疲れさま。あ、いい匂い」
「焼き菓子です。ちょうどできたところですよ」
「やった」
メレンゲが皿を持ってきた。小さな丸い焼き菓子が並んでいる。
プリンは焼き菓子を一つ取った。
「そういえば、東通りの臨時市、午後の仕事が終わったら行ってみようかな」
「昨日行ったよ。すごい人だった」
「へえ。あれ、毎年やってるんだよね?」
「ええ。東通りの商店街が毎年開いているんですよ」
メレンゲが答えた。
「へえ。私たち、屋台の準備まで手伝ったのに知らなかった」
プリンが笑った。それからメレンゲの方を向く。
「メレンゲは行かないの?」
「行きたいんですけど、今日は午後も仕事なので」
「じゃあ、何か買ってこようか?」
「本当ですか? じゃあ、飴細工をお願いしてもいいですか?」
「いいよ。かわいいの探してくるね」
チョコレートとキャンディは、その日は依頼を受けず、明日の準備だけ済ませて早めに休んだ。
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翌朝、東門はまだ薄暗かった。
門の上の灯が消えかけていた。朝の空気はまだ涼しい。
カステラとスアマが先に来ていた。
カステラは手帳を開いている。スアマは小さな鞄を肩に掛けていた。
「おはようございます」
「おはようございます。スアマさん、今日は荷物少ないですね」
「今日は観察だけですもの。必要なものだけにしましたわ」
「遠眼鏡とか?」
「ええ。カステラさんの分も持ってきましたの」
「俺の分もですか?」
「道中で使い方をお教えしますわ」
そこへ、キャンディがやってきた。
「おはようございます。皆さん、お早いですね」
「おはよ、キャンディ」
キャンディはチョコレートの隣に並んだ。
「あとは団長と殿下ですね」
「うん。そろそろ来るんじゃない?」
城の方向から、二人の足音が近づいてきた。
キャラメルは飾り気のない上着のまま、腰に片手剣を下げていた。その隣で、ホールケーキが背中に大きな剣を負っている。鞘に入ったまま、柄が肩の上に出ていた。裾の長い服は、手合わせのときと同じだった。
「待たせたな」
キャラメルは五人の顔を見渡した。
「では、出発しよう」
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斜面林に入ると、カステラが先頭に立った。
「昨日の夕方、林縁から竜を見ました。窪地の北を通って、奥へ戻っていきました」
カステラは歩きながら、ときどき地面にしゃがんだ。折れた枝を指でつまんで、断面を見る。
「これは三日前。こっちは鹿です」
スアマは後ろで、カステラの言葉をそのまま帳面に写していた。
林の中の傾きが、少しずつ緩くなってきた。
カステラが足を止めた。左手、北東へ上がっていく細い尾根を指す。
「ここから、俺とスアマさんは、向こうへ上がります」
スアマが鞄の紐を握り直した。
「窪地は、尾根の上からよく見えますわ。……団長、戦いが始まったら、わたくしたちのことは気になさらないでくださいね」
「ああ、最初からそのつもりだ」
「竜が尾根の方へ向かったら、すぐ下ります」
カステラが言った。
二人の背中が、木々の間を尾根の方へ上がっていった。カステラの鉈が一度だけ枝を払う音がして、それも聞こえなくなった。
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窪地は、前に来たときと同じように開けていた。
倒木がない。草が低い。端に、白くなった骨がいくつか残っていた。
キャラメルは窪地の南西にある木立を指した。
「あそこで待つ。風下だ」
四人は木立の陰に入った。
ホールケーキは背中の剣を外し、倒木に立てかけて腰を下ろした。
日が、少しずつ高くなる。
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最初に気づいたのは、音がなくなったことだった。
さっきまで頭の上でさえずっていた小鳥が、鳴きやんでいた。一羽、また一羽と、枝を離れて西へ飛んでいく。
風が、向こうの斜面から下りてきた。湿った土の匂い。その奥に、鉄に近い匂いが混じっている。
キャラメルはもう窪地の向こうを見ていた。ホールケーキが剣を取って立ち上がる。キャンディがロッドを握った。
斜面の上で、木が揺れた。
一本。少し横で、もう一本。揺れはまっすぐこちらへではなく、窪地の縁を回るように動いている。北の岩場の側を、なぞるように。
右に、壁を置いている。
みしり、と幹の割れる音がした。
木立が割れた。
土色の頭が出てきた。
大きい。
頭だけで、チョコレートの背丈ほどある。その後ろに、太い首。肩。木々を押し退けながら、背中がいつまでも途切れずに続いてくる。脚が窪地の縁を踏むと、重い振動が足元に伝わってきた。
最後に、尾が林から抜けた。
竜は窪地の真ん中まで出てきて、止まった。
鱗の一枚一枚が、朝の光で鈍く光っている。
右の眼は、閉じたままだった。
竜は鼻先を上げて、空気を嗅いだ。
それから、ゆっくりと首を巡らせた。
右ではなく、左へ。残った眼のある方へ、身体ごと回るように。
その眼が、木立の陰で止まった。
チョコレートは、目を逸らさなかった。
竜が、喉の奥で低く鳴った。地面がわずかに震えた。
「――始めよう」
キャラメルが、腰の剣に手を掛けて、一歩前へ出た。
お久しぶりです!
更新を楽しみにしてくださっている方、お待たせしてしまい申し訳ありません。
小説は更新できず、本業ではPHPばかり更新する日々です……。




