第21話 午前はお買い物、午後は王女殿下!?
「竜の討伐が決まりました」
翌朝、西支部でプラリネが告げた。
「昨日の話し合いで、騎士団も商会も合意しました。討伐の費用や、その後の仕事を再開する段取りもまとまっています」
「追い払うだけじゃ駄目だったの?」
「その案も出ました。ただ、別の場所へ移れば、そこでまた被害が出るかもしれません。それに、戻ってこない保証もありませんから」
「まあ、そうか。……スアマさんは?」
「竜がいなくなっても、森がすぐ元どおりになるとは限らないそうです。討伐後も調査を続けることになりました」
「ふうん。じゃあ、誰が戦うの?」
「午後に王国側の担当の方と顔合わせがあります。私も同席しますので、お二人にも出ていただきたいんです」
「私たちも?」
「ええ。実際にあの竜と戦ったお二人の経験が必要ですから」
「……なんか、うまく使われてる気がするんだけど」
「午後二時、王城の東側にある騎士団の詰所です」
「分かった。それまでは出かけててもいい?」
「はい。では、午後にまたお願いします」
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東支部に入ると、受付の前には列ができていた。
ワッフルが列の向こうから手を振ってくれた。
そのとき、服の裾がくいっと引かれた。
「ちょこちゃん」
見下ろすと、オシルコがいた。
「あ、オシルコ。待っててくれたの?」
「うん。あのねえ、わっふるちゃんと、かすてらくん、こられないんだってえ」
「あれ、そうなの?」
「わっふるちゃんは、おしごと。かすてらくんは、すあまさんによばれたんだって」
「そっか。じゃあ、三人だね」
「うん。さんにん」
オシルコはチョコレートの手を取った。
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東通りは、昨日とは別の場所みたいだった。
自分たちで張った白と桃色の天幕の下で、竈に火が入っている。焼き菓子の匂いと、飴を煮る匂いが混ざって、通りの端まで流れてきていた。
「うわ、人多っ。まっすぐ歩けないじゃん」
「こっちだよお」
オシルコは人混みの間をすいすい抜けていく。
「蜜菓子屋、分かるの?」
「わかるよお。はこ、おいたもん」
着いた先は、ちゃんと蜜菓子屋だった。
チョコレートは三つ頼んだ。店主が昨日の顔を覚えていて、一つずつおまけを付けてくれた。
道の端の段差に、三人で並んで座る。
オシルコは自分の分を受け取ると、布袋を開け、揚げ菓子をそっとしまった。
「食べないんですか?」
キャンディが聞くと、オシルコは首を振った。
「あとで。おしごとのあと」
「午後も仕事?」
「うん。けんきゅういんに、はこ、はこぶの」
チョコレートは揚げ菓子をかじる手を止めた。
「研究院? 私もこの前行ったよ」
「さいきんねえ、あそこ、にもつがいっぱいなの。まいにち、はこ」
「へえ。何かあるの?」
オシルコは少し考えて、上を向いた。
「ふるいきかい、うごかすんだってえ」
「古い機械?」
「はこのひとが、いってた。よくわかんない」
オシルコの手が、膝の上のおまけの揚げ菓子に伸びた。チョコレートの分だった。
「それ、私の」
「ひとくち」
「一口ならいいけど」
オシルコは小さくかじって、残りをきちんとチョコレートの手に戻した。かじった跡は、チョコレートの一口より大きかった。
「……一口?」
「ひとくち」
キャンディが横を向いて、肩を震わせた。
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午後二時。王城の東側にある、騎士団の詰所。
通された部屋には大きな卓があり、東の斜面林の地図や竜の記録の写しが広げられていた。
プラリネは先に来ていて、地図を眺めていた。
チョコレートとキャンディが席についたところで、扉が開いた。
先に入ってきたのは、背の高い男性だった。短く刈り揃えた髪は、濃い茶色をしている。飾り気のない上着を羽織っていた。
その後ろから、淡い色の長い髪の女性が入ってくる。
「ホールケーキ殿下……」
キャンディが小さく呟いて、頭を下げた。チョコレートも倣う。
「また会いましたね、チョコレートさん。キャンディさんは、はじめまして」
ホールケーキは卓の向こうに座った。男性はその隣に立った。
「騎士団長のキャラメルだ。今回の討伐は私が指揮する」
「あの、担当の方って、殿下が……?」
「はい。私も討伐に参加します」
ホールケーキは当たり前のように頷いた。
「討伐に出るのは、私と団長、それからお二人の四人です」
「四人? 騎士団の方はほかに来ないんですか?」
「ああ。竜を相手に、経験の浅い兵を増やしても危険なだけだ」
「でも、殿下も戦うんですよね。危なくないんですか?」
「殿下は私より強い」
「……え?」
チョコレートは思わずホールケーキを見た。
ホールケーキは少し困ったように笑った。
プラリネが口を開いた。
「それでは、討伐隊は四名で進めるということで。団長、こちらから推薦したお二人についてですが」
「ああ」
キャラメルはチョコレートとキャンディを順番に見た。
「報告は読んだ。二人で竜と交戦し、右眼を潰して逃げたそうだな」
「はい」
「だが、逃げるための戦いと、倒すための戦いでは勝手が違うだろう」
「それは承知しています」
プラリネが答えた。
「ただ、あの竜と直接戦った経験は貴重です。それに、お二人の実力も私は評価しています」
「プラリネさん」
チョコレートが口を挟んだ。
「私たちが竜から逃げたのは、もう三十日以上前の話です。あの時より、私たちは強いです」
キャラメルは頷いた。
「そうか。では、何が変わった?」
「能力を前より細かく扱えるようになりました。それに、あの竜の動きは覚えています。次に戦うなら、最初から分かってることがいくつもあります」
「私も、以前より短い時間で壁を作れるようになりました。前回は一瞬だけでしたけど、竜の足を止めることもできました。今なら、もう少しうまくやれると思います」
キャラメルは二人を見てから、地図へ目を落とした。
「私は昔、仲間と一頭討ったことがある。ただし、竜は個体差が大きい。前に通じた方法が、今回も通じるとは限らない」
キャラメルが顔を上げる。
「だからこそ、君たちの記録が役に立つ。二人とも、よろしく頼む」
キャラメルは地図の上に駒を置いた。
「まず、戦う場所だ。スアマの報告によれば、この竜は右眼を失ってから、岩や崖で右側を塞ぐように動いているらしい。こちらから仕掛けるなら、岩場は避けたい。右側から近づけなくなる」
チョコレートは地図の窪地を指した。
「じゃあ、ここはどうですか。竜が鹿を食べてた場所です。開けてるから、左右どっちからでも動けると思います」
「見通しがいい分、向こうにもこちらが見えるな」
「でも、私たちも竜を見失わずに済みます」
キャラメルは窪地の周りを指でなぞった。
「悪くない。第一候補にしよう。ただし、竜がここに来るとは限らない。無理に追い込もうとはするな」
「はい」
「それから、役割を決めておこう」
キャラメルは駒を四つ並べた。
「私が前に出る。竜の攻撃を引き受け、動きを抑える」
キャンディの方を向く。
「君は防御と拘束だ。仲間への攻撃を防ぎ、止められるときに止める。巨体を丸ごと押さえる必要はない」
「分かりました」
「チョコレート。君は、位置を変えながら攻撃してくれ」
「はい」
ホールケーキが最後の駒に手を伸ばした。
「私は全体を見ます。必要なところへ動きますので、皆さんは自分の役割に集中してください」
「殿下」
キャラメルが口を開いた。
「無理はなさらないでください」
「それは皆さんも同じですよ、団長」
ホールケーキは微笑んだ。
キャラメルはそれ以上言わなかった。
プラリネが地図を覗き込む。
「討伐当日は、斜面林につながる道に人が入らないよう、協会からも連絡しておきます。商会の方にも、採取や運搬を控えていただくようお願いしています」
「助かる」
キャラメルが答えた。
「竜が窪地を離れた場合は、無理に追わない。撤退も含めて、その場で判断する」
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作戦がまとまりかけたところで、扉が叩かれた。
「失礼いたしますわ」
スアマだった。後ろに、縄と鉈を下げたカステラがいる。
スアマは卓の前まで来ると、両手を揃えた。
「団長。わたくしも、連れて行っていただきたいんですの」
キャラメルの眉が、わずかに動いた。
「戦えない者は連れて行けない」
「戦いませんわ。見るだけです」
スアマの声は弾んでいた。
「生きた竜が、本気で戦うところですのよ。怪我をした個体が、どう身体をかばうのか。誰も記録していませんの。これを逃したら、次はいつになるか分かりませんわ」
「危険は」
「分かっております。ですから、カステラさんに護衛をお願いしましたの」
「……戦う場所は、もう決まっているんですか?」
カステラが尋ねた。
「東の窪地だ」
キャラメルが地図を指した。
カステラはしばらく地図を眺めてから、窪地の北東を指さした。
「それなら、ここですね。少し高くなった尾根があります。窪地全体が見えますし、帰り道も二本あります」
「竜がそっちへ行った場合は?」
「すぐ下ります。スアマさんが嫌がっても、です」
「まあ」
スアマは少し唇を尖らせて、それから頷いた。
「……ええ。そのときは、カステラさんに従いますわ」
キャラメルはしばらく地図を見ていた。
「戦闘が始まったら、こちらは君たちを守れない」
「承知しておりますわ」
「なら、いい」
ホールケーキが小さく笑った。
「よかったですね、スアマ」
「はい、殿下。キャラメルさん、無茶を聞いてくださりありがとうございます」
「二日後の早朝、東門に集合だ。竜が狩りに出る前に窪地へ入る」
チョコレートは頷いた。
「その前に、一つ確認しておきたい」
キャラメルが続けた。
「この詰所には訓練場がある。少し手合わせをしないか」




