第20話 ちょこちゃんってあったかいねぇ
二日後。
プラリネは朝から、竜の件で関係者との話し合いに出ていた。
チョコレートとキャンディが壁の依頼票を見ていると、フィナンシェが声をかけてきた。
「お二人とも、本日もしよろしければ東支部のお手伝いに行っていただけませんか?」
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東支部に着くと、ワッフルが手を振って迎えてくれた。
「おはようございます。待ってましたよお」
今日は受付の内側ではなく、外側にいる。袖をまくって、髪も後ろでひとつに結んでいた。
「ワッフルさん、受付は?」
「今日は人手が足りないから、私も行きますよお」
ワッフルが一枚の依頼票を指さした。
――東通り商店街 臨時市の準備手伝い。
「明日から三日間、商店街で臨時市があるんです。屋台を運んで、組み立てて、品物を並べるのをお手伝いする依頼ですね」
「東通りって、どの辺?」
「南市場の東側から、住宅地へ抜ける通りですよお」
「ああ、あのお店がずらっと並んでるところ?」
「そうですそうです。明日から三日間、そこに屋台も並ぶんです」
チョコレートは依頼票を読んだ。報酬は日当。昼食付き。
「昼食付き」
「大事ですね」
キャンディが言うと、チョコレートは真顔で頷いた。
「お、この前の」
後ろから、聞き覚えのある声がした。
「カステラさんも?」
「はい。臨時市は毎回手伝ってるんですよ」
チョコレートの上着の裾が、くい、と引かれた。
見下ろすと、小さな女の子がいた。
チョコレートの腰くらいの背丈。あずき色の髪が、肩のあたりでもったりと重たく揺れている。大きすぎる前掛けをつけていて、裾が膝の下まで垂れていた。
女の子は、チョコレートの裾をつかんだまま見上げた。
「おしるこ、っていうの。きょう、いっしょ」
声はゆっくりで、言葉と言葉の間が少しだけ長い。
チョコレートはワッフルを見た。
ワッフルはにこにこしている。
「オシルコちゃんも、請負人です」
「この子が?」
「荷運び、すごく上手なんですよ」
カステラも当然のように頷いた。
「俺より上手いです」
チョコレートはもう一度、足元を見た。
オシルコは裾を離さないまま、チョコレートの手の甲に頬をくっつけていた。
「……キャンディ、これどうしたらいい?」
「かわいいですね」
「そうじゃなくて」
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担当は、搬入と設営の二つのグループに分けることになった。
「くじで決めましょうか」
ワッフルが紙を一枚出して、縦線を五本引いた。下の端に「搬入」と「設営」を書いて、紙を折って隠す。
「搬入が三人、設営が二人です。横線、一人一本ずつ足してくださいね」
キャンディは少し考えてから、真ん中あたりに短い線を一本引いた。
チョコレートは、端から端まで斜めに近い線を引いた。
「それ、ありなんですか?」
「線一本でしょ」
カステラはしばらく紙を眺めていた。
「……今の線だと、ここが交差してますね。ちゃんと隣にしか繋がらないように、引き直してもいいですか?」
カステラは定規代わりに手帳の背を当てて、チョコレートの線を二本の短い線に直した。
最後にオシルコが筆を握った。
紙の上で、筆がゆっくり、ぐるぐる回る。
「オシルコちゃん、横線ですよお」
「うん。よこ」
線は、最後にちゃんと横へ一本伸びた。その手前に、意味のない渦巻きが三つ残った。
紙を開く。
搬入は、チョコレートとカステラとオシルコ。設営は、キャンディとワッフル。
チョコレートの裾が、また引かれた。
「いっしょだねえ」
「うん、一緒だね」
キャンディが小さく手を振った。
「頑張ってくださいね、チョコレートさん」
「なんで今ちょっと笑ったの」
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東通りの裏手には、荷車が三台並んでいた。
屋台の骨組み、天幕の布、樽、木箱。木箱の隙間から、甘い匂いがしている。
カステラは手帳を開いた。
「屋台は全部で二十四軒です。荷車ごとに運ぶ場所は分かれてるんで、店の名前を確認して降ろしてください」
「慣れてるの?」
「はい。去年も手伝いましたので」
「ふーん」
「去年は荷物を取り違えてしまったので……今年は間違えないようにしたいですね」
話している間に、オシルコが荷車の端へよじ登っていた。
「オシルコ、それ重い――」
言い終わる前に、オシルコは自分の胴より大きな木箱を、両腕でぺたりと抱えた。
そのまま、すっと持ち上げた。
「……え」
「これ、あめやさん」
カステラが箱の札を見て言った。
「飴屋は北側です」
オシルコはとことこ歩いて、通りの北側へ箱を置いた。降ろすときも、音がしなかった。
チョコレートは、自分の抱えた箱を見た。オシルコのより小さい。
「ええ……」
「先ほども言いましたが、オシルコさんは荷運びが上手いんです」
オシルコは戻ってくるたびに、チョコレートの横を通った。通るたびに、肘のあたりにぺたっとくっついて、それから次の箱へ行く。
「なんで毎回くっつくの」
「あったかいから」
「うーん……」
「ちょこちゃん、ずっとあったかいねえ」
「……チョコちゃん」
いつの間にか、呼び方が縮んでいた。
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荷車が空になったのは、お昼すぎだった。
三人で倉庫の前の段差に座って、昼食の包みを開ける。クリーム入りのフルーツサンドとプリンだった。
チョコレートはフルーツサンドに口をつけながら聞いた。
「カステラさん、休みの日って何してるの?」
「休みの日ですか」
カステラは少し考えた。
「特に何も。俺、趣味がないんですよ」
「へえ。じゃあ、ずっと寝てるとか?」
「いや、起きてますよ。家の本を読み返してます」
「読書が趣味なんだ」
「いえ、読むっていうか、誤字を探してるんです」
「……誤字?」
「誤字と脱字です。見つけたら、題名と頁と行を書いて、一覧にしておくんです。この前、料理の本で十一個見つけました」
「それ、誰かに頼まれたの?」
「いえ、別に」
「出版したところに送るとか」
「送ってないです」
「じゃあ、何のために……」
カステラはプリンを食べながら、首を傾げた。
「気になるじゃないですか」
チョコレートは何か言おうとして、やめた。
「……それ、趣味だと思うよ」
「そうですかね。確認してるだけなんですけど」
オシルコが、チョコレートの膝にもたれながら言った。
「かすてらくん、おしるこのえほんも、なおしてくれたよお」
「三か所ありました」
カステラは少し嬉しそうだった。
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キャンディとワッフルが張った白と桃色の天幕が、通りの両側に並んでいた。
軒先には、明日のための看板がもう掛かっている。焼き菓子、砂糖漬け、飴細工、蜜菓子。まだ火の入っていない竈の前に、品物の箱が積まれていた。
商店街の会長が、屋台を端から端まで歩いて、満足そうに頷いた。
「今年は早いなあ。箱も一つも間違ってない」
カステラが、手帳を閉じた。
蜜菓子屋の店主が、礼だと言って小さな包みを五つくれた。中には、蜜をからめた揚げ菓子が入っていた。
五人で、組み上がったばかりの屋台の前に並んで座る。
チョコレートは揚げ菓子を一つ口に入れた。外が固くて、噛むと中から蜜があふれてくる。
「……これ、おいしい」
「明日、買いに来ましょうか」
キャンディが言った。
「来る。絶対来る」
「ちょこちゃん、くる?」
オシルコが膝に乗ってきた。手が蜜でべたべたしている。
「来るけど、その手で触らないで」
「えへえ」
触られた。
キャンディが手拭きを取り出して、オシルコの手を拭いてやる。オシルコはおとなしく拭かれながら、キャンディの顔をじっと見た。
「きゃんでぃちゃんも、あったかいねえ」
「そうですか?」
「ちょこちゃんとおんなじくらい」
キャンディは一拍遅れて、少しだけ笑った。
「ふふ。オシルコちゃん、今日はずいぶん楽しそうですねえ」
ワッフルが言った。
「うん。あしたも、ちょこちゃんとおしごとしたい」
「明日は仕事じゃないよ。お菓子買いに来るの」
「じゃあ、おしるこもいく」
「ふふ。みんなで行きましょうか」




