第18話 仕事の話は禁止です。漫画の話ならいいですよね?
東支部へ戻ると、卓の端にキャンディが座っていた。手帳に何か書き込んでいる。
「キャンディ」
キャンディが顔を上げて微笑む。
「おかえりなさい。研究院、どうでした?」
「生態図鑑の著者に会えちゃった」
「ええ! 有名人じゃないですか!」
「スアマさんって人。竜のこと、めちゃくちゃ詳しかった」
「いいなあ……」
「キャンディは?」
「東支部で教えてもらって、依頼人の方や商人の方にも話を聞いてきました」
キャンディは手帳を閉じた。
「じゃあ、先にこれ返してくる」
チョコレートは受付へ向かった。
「ワッフルさん、ありがとうございました」
「はーい」
ワッフルは受け取った書類を確認する。
「役に立ちました?」
「すごく。研究院の人が、いい資料だって」
「あら。それ、調べた人に伝えておきますね」
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東支部を出て、中央水路の方へ歩く。
橋のたもとで、見覚えのある書類鞄が立ち止まった。
「おや。お二人とも」
プラリネだった。
「……また会った」
「東支部の帰りですか?」
「はい。これからお昼です」
「私もまだなんです。ご一緒しても?」
プラリネは少し笑った。
「この先に、ケーキのおいしい店があるので」
案内されたのは、水路沿いの白い店だった。
窓が大きく、卓には布がかかっている。給仕の人が椅子を引いてくれた。
キャンディが小声で言った。
「あの、ここ、少し高いのでは……」
「私が誘ったので、私が払います」
「でも」
「ありがとうございます」
チョコレートはもう品書きを開いていた。
キャンディは少し迷ってから、小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
料理を頼んで、チョコレートは身を乗り出した。
「それでさ、研究院で竜の――」
「チョコレートさん」
プラリネが、水の入った杯を置いた。
「こういうレストランでは、依頼の話はしないものですよ」
チョコレートは周りを見た。隣の卓も、その向こうの卓も、近い。
「誰が聞いているか分かりませんから。もし、食べながら仕事の話をしたい時は、個室のある店か、宿の部屋を借りると良いですよ」
プラリネはそれだけ言って、品書きを閉じた。
「今日はおいしいものを食べましょう」
そのあとは、食事が終わるまで仕事の話には戻らなかった。
「そういえば、前に買った漫画、五巻まで揃えたんだ」
「この前のですか?」
キャンディが聞く。
「そう。魔法使いのお母さんと忍者のお父さんを持つ男の子が、令嬢の護衛やってる話」
「すごい組み合わせですね」
プラリネが言った。
「しかも、その令嬢がいろんな組織から狙われてるの」
キャンディが焼きたてのアップルパイを切って小皿に取り分ける。
「でも五巻まで読んでも、なんで狙われてるのかまだ分かんないんだよね」
プラリネが水の入った杯を持ち上げる。
「作者さんは?」
「もちもちみたらし」
「……かわいい名前ですね」
漫画の話が終わると、アップルパイの味や、最近見つけた店の話になった。
空になった皿が下げられると、今度はケーキが運ばれてきた。
艶のある木苺のタルトと、薄い層を何枚も重ねたチョコレートのケーキ。
チョコレートは一口食べて、もう一口食べた。
「……これ、おいしい」
「よかったです」
向かいでは、キャンディが最後の一口を名残惜しそうに眺めている。
プラリネは二人を見て、何も言わずに紅茶を飲んだ。
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西支部の二階、来賓室。
扉を閉めると、プラリネは地図を卓に広げた。
「では、仕事の話をしましょうか」
チョコレートが口を開きかける。
「先に、私が何をしたいか話しておきますね」
プラリネは地図の東側に手を置いた。
「この竜の件を、ちゃんと一つの仕事にしたいんです」
「竜を倒す仕事?」
「いいえ」
プラリネは首を振った。
「東の斜面林の周りで、止まっている仕事がたくさんあります。それをまた動かせるようにしたい。竜の件は、その中心にあるだけです」
キャンディが瞬きする。
「今、みんな少しずつ困っているんです。でも、一人で大金を払って竜をどうにかしてほしいほどではない。だから誰も頼みに来ない」
プラリネは指で、地図の上に小さな点をいくつも打つように叩いた。
「一つずつは小さいので、誰も動かない。でも重なると、この辺りの仕事がかなり止まっている。……それで、お二人の話を聞かせてください」
チョコレートが先に話した。
「東支部、竜の場所をかなり正確に追えてた。数日前にも新しい痕跡が出てて、遠くから竜そのものも見てる。場所は、私たちが会ったところより少し東。林と丘の境目あたり」
地図の上を指で示す。
「研究院でスアマさんに見てもらったんだけど、あの種類の竜は、本来もっと広い範囲を移動するみたい。西から東に来たこと自体は、別におかしくない。でも、一か月近く同じ辺りに留まってるのは珍しいって」
「理由は?」
「そこまではまだ。私が眼を潰してから、動く範囲が狭くなってるようには見えるらしい。でも、それが眼のせいなのか、別の理由なのかは分からないって」
チョコレートは少し笑った。
「それで、現地も見たいって。足跡とか、食べた跡とか、歩き方とか。かなり行く気だったよ」
プラリネが頷く。
「キャンディさんは?」
キャンディは手帳を開いた。
「東支部で、竜が出てから止まった依頼を教えてもらいました。ワッフルさんが、依頼人の方を何人か紹介してくださって」
ページをめくる。
「斜面林の木の実採りの依頼は、取り下げられていました。依頼人の方は、竜がいる間は無理だと」
「はい」
「東の畑の見回りは、依頼は出ているんですが、誰も受けたがらないそうです。畑の方は、竜が林の奥から出てこないと分かれば、自分たちでも見回れると言っていました」
キャンディは指で行を追った。
「丘の向こうへ荷を運んでいる商人の方は、林沿いの道を使わなくなって、遠回りしているそうです。一日余計にかかると。この道だけ安全だと分かれば戻したい、と言っていました」
「ほかには?」
「薪を集めていた方は、護衛が付くなら行く、と。それから、討伐されないと再開しないという方もいました」
キャンディは手帳から顔を上げた。
「みんなに、何が分かればまた仕事を頼めますか、って聞いたんです。……答えが、全部違いました」
プラリネは少し目を細めた。
「いい質問ですね、それ」
プラリネが地図を見下ろした。
「倒してほしい人もいれば、道一本の安全が分かればいい人もいる」
「じゃあ、竜を倒す?」
「それは手段です。まだ決めません」
プラリネはあっさり言った。
「倒すにしても、追い払うにしても、様子を見るにしても。何が分かっていて、誰が何を待っているのかが揃ってからです」
プラリネは新しい紙を一枚取り出した。
「チョコレートさんは、スアマさんと現地へ。それから東支部で、これまで竜を追っていた請負人を一人付けてもらいます」
「護衛?」
「案内です。記録に書いてないことも知っているはずです」
プラリネは紙にやることを書きながら続ける。
「それから、キャンディさんは、聞き込みの続きを。今日と同じでいいです。できるだけたくさんの人に話を聞いてリストにしてください」
キャンディは手帳に書きつけた。
チョコレートがプラリネを見る。
「プラリネさんは?」
「私は、東支部と研究院と、商人の方々のところへ」
プラリネは紙の一番下に、小さな丸をいくつも描いた。
「最後に、誰を同じ卓に座らせればいいのか。誰がお金を出せるのか。誰の許可がいるのか。どこまでを一つの仕事にするのか」
丸と丸の間に、線を引いていく。
「今まで、みんな別々に困っていましたから。そろそろ、同じところで困ってもらおうと思います」
チョコレートは少し笑った。
「……なんか、すごい大きい話になってない?」
「最初から大きかったんですよ」
プラリネは書類鞄を閉じた。
「誰も、大きいと言わなかっただけです」




