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チョコレートはお菓子な世界の仕様を知りたい ~一万年前の文明が残したのは、便利なインフラと厄介な災害でした~  作者: 木陰よもぎ
新人請負人編

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17/27

第17話 私が図鑑の著者ですわ

三日後。


朝、協会へ入ると、チョコレートはロビーの奥の本棚から、分厚いモンスター図鑑を一冊抜いた。


窓際の卓へ持っていき、表紙をめくる。


最初に、短い前書きがあった。


――本書は、アマンド大陸で確認されたモンスターについて、各地の調査記録と請負人からの報告をもとにまとめたものである。大陸外の生物については、本書では扱わない。


その下に、編者の菓名が小さく載っていた。


チョコレートはそのままページをめくった。


――ゼリースライム。大陸各地で広く確認される小型モンスター。湿った場所を好み、刺激を受けると身体を縮める。


図鑑の絵を指でなぞる。実物の方がもう少し潰れている気がする。


次のページには、飴色の霧をまとった細長い生き物が描かれていた。


――キャンディミスト。飴色の霧をまとって移動する小型モンスター。霧の濃い地域で確認される。


「……こんなのいるんだ」


協会の扉が開いた。


「おはようございます。お待たせしました」


キャンディだった。


「私も今来たところだよ」


チョコレートは図鑑を本棚に戻す。


二階で、扉の開く音がした。


チョコレートが階段の方を見ると、支部長室からプラリネが出てきた。


扉を閉めて、階段を下りてくる。


「……また来てる」

「おはようございます。お二人とも、ちょうどよかった」


プラリネは階段を降りると卓の方へやってきた。書類鞄から地図を一枚出して、卓に広げる。


王都の東側だった。東門から畑が続き、その先に斜面林が描かれている。


「お二人が竜に会ったのは、この辺りですよね」

「はい」

「あれから、東の斜面林の依頼はほとんど止まったままです。林の中だけならまだいいんですが、その周りでも、少しずつ困る人が出てきているようでして」


プラリネは地図の上で、指をゆっくり一周させた。


「それで、少し調べてみてほしいんです」


キャンディが、膝の上で手を握った。


「竜を、ですか」

「今回は、その周りをです。何が分かっていて、東で何が起きているのか」

「何を調べるかは?」

「そこから決めてもらいます。報酬は日当で。フィナンシェさんにはもう話を通してありますので」


受付の方で、フィナンシェが小さく息をついた。


---


請負人協会の東支部は、中央水路から東へしばらく歩いたところにあった。住宅区へ入る少し手前だ。


西支部より建物が大きく、さらに裏手が広く、荷車が何台も停まっていた。


中に入ると、受付には若い女性がいた。


「こんにちはー。今日はどうされました?」


声がやわらかい。


「西支部のチョコレートです」

「キャンディです」

「ワッフルです。よろしくお願いしますね」


ワッフルはにこっと笑った。


チョコレートは受付に少し身を寄せた。


「東の斜面林について、調べたいことがあるんですが。こっちで調べた時の記録って見られますか?」

「ああ、竜の件ですね」


ワッフルは少し考えるように首を傾けた。


「残ってますよ。ちょっと待っててくださいね」


受付の奥へ引っ込み、しばらくして何冊かの綴じた書類を抱えて戻ってきた。


「たぶん、この辺です。現地へ行った人に聞きたいなら、お昼くらいの方が会いやすいと思いますよ」


礼を言うと、ワッフルが持ってきてくれた記録を卓へ運んだ。


「私、現地へ行った人に話を聞いてきますね」

「じゃあ私、こっち見る」

「お昼くらいに戻ります」

「うん。なんか食べよ」


キャンディを見送って、チョコレートは記録を開いた。


調査は細かかった。


足跡の大きさと向き。爪痕の高さ。倒木。拾われた鱗。糞らしきもの。見つけた場所まで、地図に印がついている。


地図帳を開き、位置を追う。地理図鑑で斜面や水場を確かめ、生態図鑑も横に置いた。


東支部にも、朝読んだのと同じ図鑑があった。


卓の上に四冊を広げて、記録と地図を行ったり来たりする。


最初は、西街道近くの丘。


四日後、東の斜面林で自分たちが遭遇した。


その三日後、東支部の調査でも痕跡が見つかっている。


そこから先も、記録は続いていた。


東支部は何度か斜面林へ入り、足跡や食痕を追っている。


数日前にも、新しい痕跡が見つかっていた。


場所は、最初に遭遇したところより少し東。


さらに奥へ入った、林と丘の境目あたり。


竜そのものを遠くから確認した記録もある。


チョコレートは地図を見る。


「……まだいるんだ」


西で痕跡を見つけてから、一か月近い。


それなのに、この竜はまだ王都の東側にいる。


チョコレートは生態図鑑へ目を移した。


「……こういうの、これ書いた人ならもっと分かるかな」


最初のページへ戻る。


《スアマ》


シフォン王国 王立研究院 生態研究部。


「……研究院じゃん」


チョコレートは記録を抱えて受付へ戻った。


「ワッフルさん。これ、ちょっと借りてもいいですか?」

「外に持っていきます?」

「研究院。知ってる人に見せたいです」


ワッフルは記録を見て、少し首を傾けた。


「その資料であれば、見せても大丈夫ですよお。今日中に戻せます?」

「はい」

「じゃあ大丈夫ですよ。なくさないでくださいねえ」

「ありがとうございます。あと、キャンディが戻ってきたら、研究院に行ったって伝えてもらっていいですか?」

「はい。伝えておきますね」


---


王立研究院の受付で、ジャムに会えるか尋ねた。


しばらく待つと、廊下の奥からジャムが出てきた。


「チョコレートさん。今日はお一人ですか?」

「はい。忙しいところ急にすみません」

「いえ。どうしました?」


チョコレートは生態図鑑を開いた。


「《スアマ》さんって、ご存じですか?」

「ああ。知ってますよ」

「竜のことで聞きたいことがあって」


チョコレートはジャムに東支部の記録を見せる。


「これ、スアマさんに聞いた方がいいですね」

「会えますか?」

「今日はいますよ。たしか今、生態研究部に」


ジャムが廊下の奥を見る。


「案内します」

「いいんですか?」

「ふふ。行っちゃいましょう」


---


ジャムについて廊下を歩き、別棟へ渡った。


「スアマさん、いますか?」


ジャムが開いた部屋の奥で、白髪の女性が顔を上げた。


小柄だった。


髪はきれいにまとめられている。背筋も伸びていて、着ているものも上品だ。


ただし、肌はよく日に焼けていた。


机の脇には泥のついた長靴が置かれている。


「まあ、ジャムさん。どうされましたの?」

「お客さんです。東の竜のことで」


スアマの視線が、すぐにチョコレートへ移った。


「斜面林の個体ですわね」

「知ってるんですか?」

「噂くらいは」


チョコレートは抱えていた記録を机に置いた。


「東支部で借りてきました」

「あら、現地の記録ですの?」


スアマの目が少し見開かれた。


「それは見たいですわ」


さっきより声が弾んだ。


スアマは最初の数枚を速くめくる。


「……なるほど」


指が、東側に並んだ印を辿る。


「やっぱり、まだいますのね」

「そうみたいです」

「わたくし、てっきりもう抜けたと思っていましたわ」


チョコレートが顔を上げる。


「この種類は、広い範囲を移動しながら暮らしますの。一か所にこれほど長く留まることは珍しいですわ」


スアマは記録をもう一枚めくった。


「西から東へ来たこと自体は、特におかしくありません。でも、そのあとが変ですの」


スアマは楽しそうに笑った。


「噂だけ聞いて、東支部が場所を見失ったのかしらと思っていましたの」


ジャムが横で小さく笑う。


「東支部の方、かなり細かく記録を取ってますね」

「ええ。とても良い資料ですわ」


スアマの指が、あるページで止まった。


「片眼を失ったのは、ここですわね?」

「はい、私が潰しました」

「それから移動範囲が狭くなった、と」

「そう見えますか?」

「見えますわ。でも、まだ理由までは分かりませんの」


スアマは地図を見た。


「眼が原因なのか。それとも、別の理由でここに留まっているのか」


ジャムが記録を覗き込む。


「古い記録でも、負傷した竜の行動変化ってあまり残ってないですよね」

「ほとんどありませんわね」


スアマが答えた。


「倒した記録は多いのに、生きたままその後を追った記録は少ないんですの」


スアマはしばらく地図を眺めていた。


「足跡だけでも、歩き方が変わっているかもしれませんわ。食べた跡を見れば、狩り方にも何か出ているかもしれません」

「この記録じゃ分からない?」

「ここまで残っているだけでも十分興味深いですわ。でも、わたくしが見たいものとは少し違いますの」

「じゃあ、現地ですか?」

「ええ。できれば」


スアマの顔が明るくなった。


ジャムが笑う。


「嬉しそうですね」

「竜を見られるかもしれませんのよ?」


スアマは当然のように言った。


「今夜、眠れなくなったらどうしましょう」

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