第15話 三件まとめて……あれ?
昼は、協会の裏手の食堂で済ませた。
西支部へ戻ると、パイは窓際の卓に依頼票を三枚並べた。
「はい。午後はこれ」
チョコレートは身を乗り出した。
一枚目。北西の丘で、崩落した洞窟入口を開けてほしいという依頼。
二枚目。石材商から出された、採石場への通路を確保してほしいという依頼。
三枚目。北西街道から外れた丘で、キャラメルハウンドを掃討してほしいという依頼。
「全部、北西の方じゃん」
チョコレートは卓の端の地図帳を引き寄せた。
三枚の依頼票を順番に見ながら、地図へ指を置いていく。
一枚目。
二枚目。
そこで指が止まった。
「……あれ?」
キャンディも地図をのぞき込む。
「ここ、同じ場所ですね」
チョコレートは二枚の依頼票を並べた。
「採石場への通路って、この洞窟のこと?」
「みたいですね」
三枚目も重ねる。
「……で、ハウンドもここ。全部同じ場所じゃん」
キャンディが二枚の依頼票の、崩落の説明の欄を指でなぞった。書き方は違うが、書いてあることは同じだ。
「開ける入口、一個しかないよね」
「はい」
「じゃあ、これ一回開けたら、二件分の報酬もらえるってこと?」
チョコレートは自分で言って、眉を寄せた。
「……いや、それ、なんか違うよね」
キャンディは三枚目の掃討依頼を、二枚の横へ置き直した。
「それと、こっちも気になってて」
「ハウンド?」
「はい。依頼票だと、入口が塞がってるせいで、ハウンドが外に出たまま戻れなくなってるみたいなんです。だから今、入口の前にたまってる」
チョコレートは一拍置いて、地図の洞窟の印を見た。
「入口開けたら、中に逃げるじゃん」
「はい。なので、先に掃討をして、その後に開通という流れになると思うんですが」
「それで全部いけるなら、午前と同じ話なんだけど」
チョコレートは崩落の欄をもう一度読んだ。
入口の高さの半分ほどまで岩と土が積もっている。大きな岩もいくつかある。
「これ、今からなら今日中に開けられる?」
キャンディは少し考えた。
「たぶん。でも、あまり余裕はないと思います」
「じゃあ先にハウンド倒してたら?」
「何匹いるか分かりませんし……時間がかかったら、間に合わないかもしれません」
チョコレートは三枚の依頼票を見た。
「開通からやったらハウンドが逃げる。掃討からやったら、開通が間に合わないかもしれない」
「はい」
「……これ、三つまとめて受けるやつじゃないね」
「で、どうする?」
パイが聞いた。
チョコレートはキャンディを見た。
「フィナンシェさんに相談しましょう」
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受付ではフィナンシェが台帳をめくっていた。二人が三枚の依頼票を並べると、眼鏡の奥の目が一度だけ紙の上を走った。
「この三件、ですか」
「はい。受ける前に相談なんですけど」
チョコレートは一枚目と二枚目を指さした。
「この二つ、依頼人は違うんですけど、同じ洞窟の同じ崩れたとこを開けてほしいって依頼で。一回開けたら両方終わっちゃうから、二件として受けて二件分もらうのは、違うと思って」
キャンディが続けて、三枚目を少し前へ出した。
「あと、こっちの掃討と干渉します。入口を開けると、ハウンドが洞窟の中へ逃げると思うので」
フィナンシェは二枚の開通依頼を並べ、受付日の欄を確かめた。
台帳に何か書きつける。
「開通の二件は、両方の依頼人さんに確認します。期限も含めて、条件が決まるまではこちらで一度お預かりしますね」
フィナンシェは二枚に、保留の印を押した。
「掃討の方は、どうされますか」
「受けます。今日中に終わるし、開ける前にやっといた方がいいので」
「では、こちらだけ受注ですね」
フィナンシェは三枚目に受注の印を押して、チョコレートへ返した。
「開通の件で、依頼人さんから現場の様子を聞かれるかもしれません。帰りに、崩落のところも見てきていただけると助かります」
「分かりました」
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北西の丘の洞窟は、街道から一時間ほど登ったところにあった。
斜面の途中が大きく抉れ、入口だったはずの場所に岩と土が積み上がっている。その手前の平らな草地に、茶色い犬のような影が八つうろうろしていた。
キャラメルハウンド。毛並みが濡れたように光っている。
「九匹ですね。岩の陰に一匹います」
キャンディがロッドを肩から下ろした。
「左の岩場に寄せます。足元、べたつかせてくるので気をつけてください」
「了解。逃げそうなのから行く」
キャンディが草地へ踏み出す。気づいたハウンドが一斉に顔を上げた。
地面から、飴色の低い壁が三枚立ち上がる。右へ回り込もうとした群れの進路が塞がれ、ハウンドたちは左へ流れた。
その先へ、チョコレートが走り込む。
右手に黒い刃を作り、先頭の一匹を斬る。そのまま二匹目の懐へ入り、刃を消して、今度は短い杭を撃ち込んだ。
後ろの群れが散ろうとする。
「右、行きます!」
キャンディの飴壁が伸び、逃げ道を塞ぐ。
「ありがと!」
チョコレートが向きを変えた。
岩陰にいた一匹が、崩落の方へ走った。
キャンディの柱が先に地面から伸び、その一匹の前を塞いだ。
足を止めたところへ、黒い刃が飛んだ。
それで終わり、とはいかなかった。
草地の奥へ逃げた個体を追い、岩陰を確認し、周囲に残っていないか二人で探す。
最後の一匹を見つけるまで、思ったより時間がかかった。
周囲に残っていないことを確認して、二人は崩落の前へ向かった。
チョコレートは積み上がった岩を見上げた。
「やっぱこれ、今日は無理だったね」
「ですね。記録だけして帰りましょう」
キャンディは帳面を開いて、崩落の高さと、大きい岩の数と、上の斜面の様子を書きつけた。チョコレートは入口の両脇の地面を見て回り、ハウンドの足跡が他に続いていないことを確かめた。
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西支部へ戻るころには、日はすっかり傾いていた。
チョコレートが掃討の完了を報告し、キャンディが崩落の帳面を受付に出す。フィナンシェは帳面を読みながら、何度か小さくうなずいた。
「助かります。明日、依頼人さんにお見せしますね」
報酬の袋を受け取って振り返ると、窓際の卓でパイが手を振っていた。
「おかえり。どうだった?」
「九匹倒して、崩れてるとこも見てきた」
「そっか」
パイはそれだけ言って、茶杯に口をつけた。
そのとき、協会の扉が開いた。
入ってきたのは、旅装の男性だった。仕立てのいい外套に、少し埃がついている。手には革の書類鞄。
男性はロビーを見回し、受付と、窓際の卓に目を留めた。
「あれ。こんな時間に、みなさんお揃いで」
フィナンシェのペンが止まった。
パイが、茶杯を置いた。
「……プラリネ」
「そんな顔しないでくださいよ、パイさん」
男性――プラリネは、笑ったまま書類鞄を軽く持ち上げた。
「商会の方との話が長引いちゃって。ちょっと休ませてもらおうかなって寄っただけです。今日はまだ、何もお願いしに来てませんから」
「今、まだって言ったよね」
「言いましたね」
フィナンシェが、穏やかな声のまま言った。
「プラリネさん。支部長は、今日はもうお帰りになりました」
「知ってます知ってます。フィナンシェさんにも、今日は何も持ってきてませんよ」
プラリネは両手を上げてみせた。それから、窓際の卓の横に立っている二人の方へ、ゆっくり顔を向けた。
チョコレートと、キャンディを、順番に見る。
「――なるほど」
プラリネは、にっこり笑った。
「そちらが、噂のお二人ですか」




