第13話 三件まとめて行ってらっしゃい
翌日。
請負人協会の扉を開けると、窓際の卓でパイが手を振っていた。
「おはよう。こっちこっち」
チョコレートとキャンディは、パイの向かいに座った。
パイは茶杯を置いて、二人を順番に見た。
「本登録おめでとう。二人ともちゃんと残ったね」
「ありがとうございます」
キャンディが頭を下げる。
チョコレートは首をかしげた。
「残った?」
「仮登録の途中で辞める人、結構いるんだよ」
「そうなんですか?」
「思ってた仕事と違ったとか。やってみたら別の仕事の方が向いてたとか。城外の怖さが分かったとか、毎日荷物運びで飽きたとか」
パイは指を折りながら、あっさり言った。
「向いてないのに無理して続ける必要もないからね。辞めて別の仕事でうまくやってる人も多いし」
「じゃあ、残ったからえらいってわけでもないんですね」
「いや、三十日ちゃんと仕事して、本登録まで来たんだから。普通にえらいよ」
チョコレートは少し考えてから、腰のポーチを軽く叩いた。中には新しい登録証が入っている。
「普通にえらいなら、まあいいか」
「いいんですかそれで」
キャンディが小さく笑った。
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「で、宿題」
パイが机を指でとんとん叩いた。
「見せて。キャンディから」
キャンディは右手を机の上に出した。
淡い飴色の板が一枚、空中に浮かぶ。薄くて、四辺がまっすぐだ。
板が半分に折れた。開いて、角が二つ、真ん中の折り目へ寄る。また折れる。左右へ翼が開いた。
机の上に、飴の紙飛行機がふわりと降りた。
「おお」
チョコレートは身を乗り出した。翼の先まで厚さが揃っていて、どこも垂れていない。
「飛ぶ?」
「飛ばしたら割れると思います」
「じゃあ飛ばさないで」
パイは紙飛行機を横から覗き込んで、うなずいた。
「綺麗。折り目のところも潰れてないね。はい、次」
チョコレートは両手を胸の前に出した。
黒い板が浮かぶ。四辺は揃っている。角も立っている。
半分に折る。端と端が重なった。
もう一度、向きを変えて半分。
四つ折りになった黒い板が、少しだけ厚く、空中に浮いていた。
「……ここまで」
チョコレートは板を見たまま言った。
パイは四つ折りの板と、隣の紙飛行機を見比べた。
「ちょっと前まで、折ろうとしたら全部ぐにゃってたんでしょ」
「なんで知ってるんですか」
「キャンディから聞いた」
チョコレートが横を見ると、キャンディは目をそらした。
「二人とも、ちゃんと毎日やったのが分かるよ。こういうの、サボるとすぐ分かるからね」
「毎日やりましたよ。めんどくさかったけど」
「知ってる。顔に書いてある」
パイは笑って、四つ折りの板を指でつついた。板は崩れなかった。
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パイは立ち上がって、依頼票の並ぶ壁の前へ行った。
二人もついていく。
本登録になってから、並んでいる依頼票の見え方が少し変わった。
パイは依頼票を三枚はがした。
一枚は、西門の外の農場への薬草の届け物。一枚は、街道沿いの林での木の実の採取。もう一枚は、林の奥の沢で壊れた水車小屋の様子を見てくる調査だった。
「二人って、依頼、一件終わってから次を選んでるでしょ」
チョコレートとキャンディは顔を見合わせた。
「はい」
「条件が合うなら、最初から何件かまとめて受けてもいいんだよ」
「早く言ってくださいよ」
「仮登録のうちは一件ずつで十分だったでしょ」
パイは三枚の依頼票を、近くの卓に並べた。
「場所とか時間とか見て、同じ方向なら一緒に回ればいい。で、どれとどれならまとめられると思う?」
キャンディが依頼票の下の方を読み始めた。
「締切が、届け物は今日中。採取は三日後まで。調査は……明後日までですね」
チョコレートは卓の端に置いてあった地図帳を引き寄せた。王都の西側が載った頁を開く。
西門。街道。農場の印。その先の林。林の奥の細い線が、沢だ。
指で街道をなぞる。
「これとこれ、途中まで同じ道じゃん。農場って街道から少し入ったとこでしょ。そこ抜けたら林まですぐだし、沢はこの林の奥」
「三件とも、ですか?」
「うん。届け物を先にして、林に入って、木の実は帰りに採った方がいいかも。荷物になるし」
パイが、地図帳から顔を上げてチョコレートを見た。
「地図読むの慣れてる?」
「まあ。前、配達の仕事してたので」
キャンディがチョコレートの方を向いた。
「配達のお仕事をされてたんですか?」
「うん。十五くらいから、王都来るまで。五年くらい」
「知りませんでした」
「言ってなかったっけ。故郷の村とその周りの集落とか農場を回ってたよ。山の方まで行くこともあったし」
「だから道を覚えるのが早かったんですね」
「王都はまだ迷うけどね。道多すぎ」
「ふうん。じゃあ話早いね。そういう経験も仕事の道具だから、使えるものは使いな」
「はい」
「で、沢の水車小屋。行って帰るとどれくらいかかる?」
チョコレートは地図の縮尺を見て、指を二本ぶん広げた。
「……この地図だと分かんない。沢の手前がどうなってるか書いてないし」
「そう。じゃあ、それはどこで調べる?」
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パイが二人を連れていったのは、ロビーの奥の壁際だった。
背の低い本棚が三つ並んでいる。前を何度も通っていたが、チョコレートは本の背表紙をちゃんと見たことがなかった。
地図帳が何冊か。モンスター図鑑。地理図鑑。植物の図鑑。薬草の見分け方の薄い本。どれも角が丸くなっていて、背表紙の文字がかすれていた。
「請負人向けの資料。持ち出しはだめだけど、協会の中なら誰でも読んでいいよ」
「こんなとこにあったんですね」
キャンディが一冊抜き出して、ぱらぱらとめくった。
「暇なとき読んでおくといいよ。おすすめは、モンスター図鑑と地理図鑑かな」
チョコレートは厚いモンスター図鑑を棚から引き出しかけて、その重さに手を止めた。
「……これ全部覚えるの?」
「覚えなくていいよ。私も覚えてない」
「え」
「仕事の前に、行く場所と、出そうなやつのところだけ見ればいいの。どこに何が書いてあるか分かってれば、それで十分」
パイは地理図鑑を抜いて、チョコレートに渡した。
「沢のことは、たぶんそれに載ってる」
チョコレートは目次を指でたどった。王都西部。街道沿いの林。その下に、小さな沢の名前があった。
「あった」
「ね」
パイはそれ以上何も言わず、本棚の横の階段を見上げた。
「そういえば、二人とも二階行ったことある?」
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二階の廊下には扉がいくつか並んでいる。床板は一階よりきれいで、きしみも少なかった。
「ここ、来賓室」
パイが扉の一つを親指で示した。
「外から人が来たときとか、ちょっと込み入った話をするときに使う部屋。依頼人と打ち合わせすることもあるよ」
「私たちも使うんですか?」
「んー、あんまりないかな」
パイは廊下の一番奥の扉の前で止まり、軽く二回叩いた。
「パイです」
「どうぞ」
中から、低い声がした。
部屋の奥の机に、男性が一人座っていた。白髪の混じった髪を短く整えていて、書類の束を前に、眼鏡を額の上へ押し上げている。机の端には、同じくらいの高さの束がもう二つ積まれていた。
「支部長、本登録になった二人、連れてきました」
男性が顔を上げた。
「《チョコレート》です」
「《キャンディ》です。よろしくお願いします」
「西支部長の《バウムクーヘン》だ。話は聞いてるよ」
バウムクーヘンは二人を順番に見て、小さくうなずいた。
「本登録おめでとう。西支部をよろしく」
それから眼鏡を下ろして、書類に目を戻した。
それで終わりだった。
廊下へ出て扉が閉まってから、チョコレートは言った。
「短っ」
「支部長忙しいからね」
パイは笑いながら階段を下りていく。
「顔と名前を一回見せとけば、それでいいんだよ」
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一階へ戻ると、パイは卓に置きっぱなしだった三枚の依頼票をそろえて、チョコレートに渡した。
「じゃ、今日の仕事行ってらっしゃい」
チョコレートは依頼票を受け取ったまま、パイを見た。
「パイさん来ないの?」
「行かないよ」
「え」
「もう本登録なんだから、自分たちでやってみな。どれをまとめるかも、どの順番で回るかも、二人で決めていいから」
パイは空の茶杯を持って、休憩室の方へ歩きだした。
「帰ってきたら、どうだったか聞かせてね」
チョコレートは手の中の依頼票を見た。三枚。
隣で、キャンディが地理図鑑をもう一度開いていた。
「沢のところ、もう少しだけ読んでいってもいいですか」
「いいよ。私、届け物の薬草もらってくる」
チョコレートは三枚の依頼票を持って、受付の方へ歩いていった。




