第12話 本物です。再発行は有料です。
「お二人とも、本日付で本登録となります」
フィナンシェは、カウンターに二枚の登録証を並べた。
大きさも、硬い厚紙でできているところも、仮登録証とほとんど変わらない。
ただ、手書きだった菓名と日付が、今度は最初からきれいに印刷されている。
表のどこにも、「仮登録」の文字はなかった。
チョコレートは自分の登録証を手に取った。
「……本物だ」
「本物です。なくすと再発行に手数料がかかります」
「なくしません」
チョコレートは腰のポーチから、三十日前にもらった登録証のケースを取り出した。
新しい登録証を差し込んでから、ケースを裏返す。
「そういえば、これって結構いいやつですか?」
「ケースですか?」
「はい。三十日ずっと使ってたけど、全然へたらないので、すこし気に入りました」
「長く使うものなので、丈夫には作ってあります」
「じゃあ、このまま使います」
「どうぞ」
隣では、キャンディも自分の登録証をケースへ丁寧に収めていた。
「ありがとうございます」
「こちらこそ。三十日、お疲れさまでした」
フィナンシェはそこで台帳を一枚めくった。
「それで、早速ですが。お二人に指名の依頼が来ています」
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研究院の門の前で、ジャムが待っていた。
今日は上着の上から、肩掛けの鞄を二つも提げている。髪は相変わらず、まとめた先が飛び出していた。
「本登録、おめでとうございます」
「知ってるんですか?」
「協会に依頼を出したら、ちょうど今日からだと。最初の仕事がうちでいいのか、少し迷いましたけど」
キャンディが少し驚いたように笑った。
「王立研究院からご指名いただけるなんて、むしろ光栄です!」
「私も。またあの研究を見られるなら、うれしいです」
ジャムは二人を見て微笑んだ。
「そう言ってもらえると助かります」
依頼票には、王都東部の古代遺跡周辺にいるモンスターの掃討と、安全確認とあった。
詳しい話は、歩きながらジャムから聞いた。
「三日後に、研究院の調査隊が入る予定なんです。入口までは確認できてるんですけど、周りにモンスターが残っていて」
「だから先に片づけておくんですね」
「調査隊は戦えない人ばかりなので。私も含めて」
「今日はジャムさんも来るんですか?」
「下見だけしておきたくて。お二人の後ろを、邪魔にならないように歩きます」
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東門を出て、菓車の通らない細い道を一時間ほど歩いた。
最初に出たのは、ゼリースライムの群れだった。道の脇の湿った草地に、半透明の塊が七つ、八つ。
「キャンディ、道のこっち側」
「はい。囲います」
キャンディのロッドが動いた。草地の縁に飴色の壁が立ち上がり、散りかけた群れの端を内側へ押し戻す。スライムたちが一か所に寄った。
チョコレートは寄ったところへ、黒い刃を一本通した。
ジャムが後ろで、鞄の紐を握ったまま瞬きをしていた。
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遺跡は、丘の裾にあった。
崩れた石壁が、草に半分埋もれて続いている。石壁と言っても、ところどころ、石にしてはなめらかすぎる灰色が混じっていた。この前運んだ塊と同じ色だった。
入口らしい穴の前に、クッキーゴーレムが二体座り込んでいた。
チョコレートは足を止めた。
「二体」
「前のより小さいですね」
「うん」
「右を止めます」
「じゃあ左」
キャンディが右の一体の足元に壁を立てた。立ち上がりかけたゴーレムが、壁に足を取られて前に傾く。
チョコレートは左の一体へ走った。振り下ろされた腕の内側に入り、関節の継ぎ目へ刃を入れる。継ぎ目が弱いのは、前に戦ったときに覚えた。
腕が落ちる。続けて首の付け根。ゴーレムが崩れた。
振り返ると、右の一体は壁と壁の間で身動きが取れなくなっていた。チョコレートは同じ場所へ、同じように刃を入れた。
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遺跡の周りをひと回りして、残っていたスライムを片づけた。入口の奥は、ジャムが持ってきた明かりで少しだけ照らした。中には入らない約束だった。
石壁の陰に腰を下ろして、三人で水を飲んだ。
「この遺跡、何なんですか」
キャンディが聞いた。
ジャムは水筒を膝に置いた。
「たぶん、建設用の機械を保管していた施設です」
「ふーん。機械って歯車ですか?」
「いや……ええと……」
ジャムが言葉に詰まった。
「なんて言ったら伝わりますかね」
「?」
「歯車が入っているものもあります。でも、入っていないものもあって……」
「じゃあ何で動くんですか?」
「それが分からないものもあります」
「分からないんですね」
「はい」
ジャムは少し考えてから続けた。
「……お二人、古代文明って、どれくらい聞いたことあります?」
「あんまり知らないかな。そういえば、前に街灯も古代の技術なのかなって話したよね」
「ええ。でも、結局分からないままでしたね」
「なるほど。じゃあ、少しだけ」
ジャムは灰色の石壁を指で軽く叩いた。
「一万年くらい前、この世界には、今の私たちよりずっと進んだ文明がありました」
「一万年前?」
「はい」
「今より進んだ文明だったのに、滅びたんですか?」
「そうです」
ジャムは少し考えた。
「王都の街灯は古代文明の技術を使っていますが、元になった古代の照明設備には、一万年前に作られて、今も動いているものがあります」
「……一万年?」
「私たちは、同じものを一から作れません」
チョコレートは灰色の壁を見た。
「古代文明に何があったんですか?」
「それが分からないんです」
ジャムはそこで少し間を置いた。
「それを解明しない限り、私たちが同じように滅びないとは言えません」
キャンディが水筒を握ったまま、黙った。
「だから、研究院で一番大きな目標は、それを突き止めることなんです。私が生きているうちに届くかは、分かりませんけど」
チョコレートは、しばらく石壁の灰色を見ていた。
「……ずいぶん大きい話ですね」
「大きいですよ」
ジャムはあっさり認めて笑った。
「昔は三人で、同じことを研究してたんですけどね。子どもの頃から、ずっとこういう話ばっかりしてました」
「三人?」
「はい。今は、それぞれ別のところを掘ってます。研究って、だんだん細かくなるので」
ジャムは水筒の蓋を閉めた。それ以上は言わなかった。
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丘の上の方で、草が揺れた。
チョコレートは顔を上げる。
ゼリースライムが三体。横に広がりながら、斜面をこちらへ下りてきている。
「スライム、三体。まだいたね」
「さっき、上までは見てませんでしたね」
キャンディが立ち上がって、ロッドを取った。
ジャムが慌てて鞄を抱える。
「あの、私、どこにいれば」
「そこの壁の後ろで大丈夫です」
チョコレートも膝の土を払って立ち上がった。
一度だけ、背後の灰色の壁を見る。
それから、丘を下りてくる三体へ向き直った。
「じゃあ、残りを片づけようか」
チョコレートは丘の斜面を駆け上がった。




