第11話 研究してます。用途は不明です。
それから十日が経った。
朝の宿の部屋で、チョコレートは両手を胸の前に出した。
黒い板が一枚、空中に浮かぶ。
四辺は揃っている。四つの角も、きっちり直角だ。
十数える。崩れない。二十数える。まだ崩れない。
端をつまむつもりで、一辺だけ持ち上げてみる。
持ち上げたところから、板全体がぐにゃりと波打った。反対の角が垂れ、真ん中がへこみ、あっという間に四角でも何でもない形になった。
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請負人協会に着くと、キャンディはもう入口の前にいた。
「チョコレートさん」
「なに?」
キャンディは少しだけ胸を張った。
「今朝、折れましたよ」
「えっ、もうできたの? 先越されたなあ。私、折ろうとすると崩れちゃうんだよね」
チョコレートが扉を開ける。
「おはようございます」
「お二人ともおはようございます」
フィナンシェは二人の顔を見ると、一枚の依頼票を出した。
「《王立研究院・収蔵品整理補助》です。保管庫にある発掘品の整理を手伝います」
「運ぶだけですか」
「運ぶだけです。一点、かなり重くて欠けやすいものがあるそうです。台車が入らない階段があるので、人の手で運んでほしいと」
キャンディが依頼票の下の方を読んだ。
「研究員の方が立ち会うんですね」
「はい。研究員の指示に従ってください。それから」
フィナンシェは眼鏡の奥で、ほんの少しだけ目を細めた。
「発掘品には触れていいと言われたところ以外、触らないでください」
「触るとどうなりますか?」
「弁償の話になります」
「絶対触りません」
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王立研究院は、王都の北東寄りにあった。石造りの大きな建物がいくつも並び、そのうちの一つが正面棟らしい。
受付で名乗ってしばらく待つと、奥から女性が一人出てきた。
深い赤色の髪を後ろで一つにまとめていて、まとめた先がいくつか飛び出している。茶色の上着の袖口には、インクの染みがあった。目の下が少し青い。
「請負人協会の方ですね。お待ちしてました。王立研究院 古代文明研究部 主任研究員の《ジャム》です」
ジャムは二人と順番に握手をした。手が温かかった。
「朝早くからすみません。私たちだけで運ぶと、誰かが腰を痛めるか、品物が欠けるか、たぶん両方なんです」
「両方は困りますね」
キャンディが言うと、ジャムは笑った。
「困ります。本当に」
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地下の保管庫へ入る。
棚には木箱が並び、札が貼られている。札には番号と、見慣れない記号が書かれていた。
運ぶ品は、部屋の奥の台の上に置かれていた。
一抱えほどの、灰色の塊だった。石のように見えるが、石にしては表面がなめらかすぎる。片側には、細い溝が何本も規則正しく走っていた。縁の一部が欠けて、中にもっと細い溝が詰まっているのが見える。
「持っていいのは、下の平らなところだけです。溝の側と、欠けているところには触らないでください」
「了解です」
チョコレートは台の横にしゃがんで、塊の下に手を差し込んだ。
持ち上げる。
「……重っ」
思っていたより二回りは重かった。持てないほどではない。ただ、これを抱えてあの階段を上がるのは、確かに一人ではきつい。
「これを一階の保管庫へ運んでいただきたいです」
「分かりました。私、前を持ちます。キャンディ、後ろお願い」
「はい」
二人で持ち上げ、狭い階段をゆっくり上がっていく。
ジャムは少し離れたところから、その様子を見ていた。
「これ、何に使うんですか?」
チョコレートは聞いた。
ジャムは少しだけ考えて、それからあっさり答えた。
「分かりません」
「え」
「何かの装置の部品だろう、というところまでは分かってます。あとは、分かりません」
「研究してるのに?」
「分からないから研究するんですよ」
ジャムは溝の並んだ面を見た。
「この溝、全部幅が同じなんです。深さも。今の職人さんに同じものを頼んでも、ここまでは揃いません。何のためにここまで揃える必要があったのか、それが知りたくて」
声が少しだけ速くなっていた。
チョコレートは溝を見た。細くて、まっすぐで、どこまでも同じ幅だった。
階段を上り廊下へ出ると、白い上着の研究員がジャムを見つけた。
「主任、昨日の破片、結果出ました」
「あとで見ます。机に置いといてください」
「分かりました」
研究員はそのまま走っていった。
チョコレートはジャムを見る。
「主任って、偉いんですか?」
「ちょっとだけです」
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一階の保管庫は窓のない部屋だった。
指定の台に塊を下ろす。
ジャムは膝をついて、欠けた縁を覗き込んだ。長いこと見て、それから顔を上げた。
チョコレートは両手を振った。腕が少しじんじんしていた。
部屋の隅に、布をかけられた大きなものがあった。台の上に、塊と似た灰色の部品がいくつも組み合わされているのが、布の端から見える。
「あれも運ぶんですか」
「あれは運びません」
ジャムは布の方を見た。
「私の研究してる装置です。今日運んでいただいたものも、たぶんあれの仲間です」
「動くんですか?」
「理論上は」
「……動かさないんですか?」
「許可が出ませんから」
ジャムは笑って言った。怒っている感じはしなかった。
「動かしていいかどうかを決めるのは、別の人なんです」
「そうなんですね」
動くかもしれないけど、動かしちゃいけないもの。動いているところを見てみたい気はした。
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その後、いくつか箱を運んだ。
棚の前で、チョコレートは一つの木箱を持ち上げる。
「これ、上に重ねていいですか?」
ジャムが振り返った。
「それはだめです。隣の棚にお願いします」
「はい」
チョコレートは言われた場所へ箱を置いた。
隣でキャンディが次の箱を持ち上げた。
「これは重ねても大丈夫ですか?」
「そっちは重ねてください」
「分かりました」
整理が終わると、ジャムは依頼票の完了欄にさらさらとサインをして、キャンディへ返した。
「本当に助かりました。お二人、仕事が丁寧ですね」
「ありがとうございます」
キャンディが頭を下げる。
「またお願いするとき、協会にお二人の名前を出してもいいですか?」
「はい、ぜひ!」
ジャムはそこで少し考えた。
「……そうだ。お二人が本登録になったら、お願いしたい仕事があります」




