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転生したら猫と宿屋を始めることになりました!?  作者: らぐ・ど
第1章 異世界への転生

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第9話 元気いっぱいな記者

 朝。

 ロイは宿の掃除をしていた。

 昨日、宿の裏に突然現れた温泉。

 今朝もそこから白い湯気が立ち上っている。


「……今日から、これをどう使っていくかな」


 そんなことを考えていると。


「すみませーん!」


 宿の扉が開いた。


「はい、いらっしゃいませ」


 ロイが振り返る。

 そこに立っていたのは、二十代前半ほどの女性だった。

 肩まで伸びた茶色い髪に、丸い眼鏡。

 肩から少し大きめの鞄を掛け、胸元には小さなノートを抱えている。


「こんにちは」


「こんにちは。お泊まりですか?」


「はい。……あ、でも」


 女性は少し迷ったように眼鏡を指で直した。


「昨日、大きな音がしたって聞いて」


「ああ……」


 ロイは少し嫌な予感がした。


「もしかして、それを聞いて来たんですか?」


「そうなんです」


 女性は笑った。


「私、珍しい出来事を探して旅をしてるんです」


「なるほど」


「こういう宿って、いろんな人が来るじゃないですか」


「そうですね」


「だから、面白い話がないかなって」


 女性はノートを軽く持ち上げた。


「それで、昨日の音が気になって」


「なるほど……」


 ロイは苦笑する。


「ちなみに、お名前を聞いても?」


「あっ、失礼しました!」


 女性は少し慌てて頭を下げた。


「リーナです。記者をしています」


「記者さんでしたか」


「はい」


 リーナはにこっと笑った。


「ロイさんですよね?」


「はい。どうして名前を?」


「宿の名前から調べてきました」


「……行動が早いですね」


「仕事ですから!」


 リーナは胸を張る。

 その様子を見ていた冬が、ロイの足元からひょこっと顔を出した。


「あら?」


 リーナの目が冬に向く。


「猫ちゃん?」


「そうです。冬っていいます」


「冬ちゃん?」


 リーナがしゃがみ込む。


「こんにちは」


 冬は少し離れたところから、リーナをじっと見つめる。


「……警戒されてます?」


「最初はだいたいそんな感じですね」


「そっか」


 リーナは無理に近づこうとはせず、その場にしゃがんだまま微笑む。


「じゃあ、仲良くなるのは後にしましょう」


 冬はしばらくリーナを見つめたあと、ゆっくりとロイの足元へ戻っていった。


「ふふっ」


 リーナが笑う。


「可愛いですね」


「そうでしょう」


「ロイさん、かなり可愛がってますね」


「まあ、一緒に暮らしてますから」


 ロイは冬の頭を軽く撫でる。


「……それで」


 リーナが立ち上がる。


「昨日の大きな音なんですけど」


「やっぱりそこに戻りますか」


「もちろんです!」


 リーナは眼鏡を直しながら、目を輝かせた。


「何があったんですか?」


「それが……」


 ロイは少し困ったように頭を掻く。


「温泉ができまして」


「……温泉?」


「はい」


 リーナの目が大きく見開かれる。


「昨日、突然?」


「昨日、突然です」


「……それ、詳しく聞かせてください!」


 ロイは思わず苦笑した。


「やっぱり記者さんですね」


⸻


 ロイはリーナを宿の裏へ案内した。

 そこには、昨日突然現れた温泉がある。

 白い湯気がゆっくりと空へ昇っていた。


「……本当に温泉だ」


 リーナは目を輝かせる。


「昨日まで、ここには何もなかったんですよね?」


「はい」


「それが突然?」


「突然です」


「原因は?」


「分かりません」


「誰かが作った可能性は?」


「それも分かりません」


 リーナは次々と質問しながら、ノートへ書き込んでいく。


「すごい……」


「何がです?」


「こういう話、なかなか出会えないんですよ」


 リーナは嬉しそうに眼鏡を直した。


「これは記事になります!」


「やっぱり記事にするんですね」


「もちろんです!」


 リーナは温泉の横にある看板へ目を向けた。


「……あれは?」


「ああ、それは温泉の効能です」


「効能?」


「温泉に入ることで、身体にどんな効果があるかってことです」


 リーナは看板をじっと見る。


 ――疲労回復

 ――肩こり・腰痛

 ――冷え性

 ――旅の疲れを癒す


「……こんな看板、初めて見ました」


「この辺りでは、そういう看板はないんですか?」


「ええ。温泉はいろいろ見てきましたけど、こんなのは初めてです」


 リーナはさらにノートへ書き込む。


「ますます気になりますね」


「入ってみます?」


「ぜひ!」


 返事だけは異様に早かった。


⸻


 しばらくして。

 温泉から出てきたリーナは、すっかり満足そうな顔をしていた。


「気持ちよかったぁ……」


「どうでした?」


「最高です!」


 リーナは大きく伸びをする。


「本当に疲れが取れた気がします」


「看板の通りですね」


「ですね!」


 ロイは冷蔵庫から瓶を一本取り出した。


「じゃあ、これもどうぞ」


「これは?」


「フルーツ牛乳です」


「フルーツ……牛乳?」


 リーナが瓶を見つめる。


「はい」


「……ポーション?」


「一応、ポーションです」


「ポーションなんですか!?」


 リーナは驚きながらも、一口飲んだ。


「……!」


 目を見開く。


「美味しい!」


「よかった」


「温泉の後にこれ……最高じゃないですか!」


 リーナは瓶を両手で持ったまま、嬉しそうに笑った。


「これも記事に書いていいですか?」


「そんなに?」


「もちろんです!」


 リーナはまたノートを取り出した。


「温泉に、効能の看板。それに、この不思議なポーション……」


「不思議って」


「だって、他では見たことないんですから!」


 ロイは苦笑した。


「まあ、好きに書いてください」


「ありがとうございます!」


⸻


 その日の夜。

 リーナは用意された部屋で、今日の出来事を思い返していた。


「今日はいい取材ができたなぁ」


 机の上には、びっしりと書き込まれたノート。

 その横には、空になったフルーツ牛乳の瓶が置かれている。

 ベッドに入ると、しばらくして冬が部屋へ入ってきた。


「冬?」


 冬はそのままベッドの横まで歩いてくる。


「一緒に寝るの?」


 冬は小さく鳴いた。


「ふふっ。じゃあ、おいで」


 リーナが布団を少し持ち上げる。

 冬はその中へ入り、リーナの足元で丸くなった。


「おやすみ、冬」


 冬は小さく尻尾を動かした。


 やがて、部屋は静かな寝息に包まれた。


⸻


 翌朝。

 リーナは荷物をまとめ、宿を出る準備をしていた。


「ロイさん、本当にありがとうございました!」


「こちらこそ。泊まっていただいてありがとうございました」


「温泉、とっても気持ちよかったです!」


「それならよかったです」


「記事、頑張って書きますね!」


「はい。お気をつけて」


 リーナが宿の外へ出る。

 すると、冬もその後ろをついていった。


「あら?」


 冬はリーナの足元まで行くと、ちょこんと座る。


「見送りに来てくれたんですか?」


 リーナはしゃがみ込み、冬の頭を撫でる。


「ふふっ。可愛いですね」


 冬は気持ちよさそうに目を細めた。


「じゃあね、冬」


 リーナが立ち上がる。


「ロイさんも、お元気で!」


「はい。また近くに来たら寄ってください」


「もちろんです!」


 リーナは手を振りながら、街の中へ歩いていく。

 冬はその場に座ったまま、リーナの姿が見えなくなるまで見送っていた。


 やがて。

 リーナの姿が完全に見えなくなる。

 ロイも宿へ戻ろうとした、その時だった。


《スキル【聞き上手】を獲得しました》


「……聞き上手?」


 ロイは首を傾げる。


「なんだ、このスキル……」


 しばらく画面を眺めていると、突然文字が切り替わった。


《新しいミッションが追加されました》


「……え?」


 続いて、新しい文字が表示される。


《ミッション》

《卵を羽化させろ》


《報酬:部屋の増築》


「卵を……羽化?」


 ロイは宿の中へ視線を向ける。

 そこには、冬がいつも寄り添っている大きな卵があった。


「……あの卵のことか?」


 ロイは卵を見つめる。

 今まで何度も見てきたが、変化らしい変化はない。


「羽化させろって言われてもな……」


 卵に近づき、そっと手を伸ばす。


「どうすればいいんだ?」


 もちろん、卵から答えが返ってくることはない。

 冬だけが、いつものように卵の隣で丸くなっていた。


「……まあ、考えても仕方ないか」


 ロイは卵を見ながら、小さく笑った。


「とりあえず、見守るしかないな」


 新たなミッション。

 そして、未だ何も分からない卵。

 ロイはその二つを頭の片隅に置きながら、宿へ戻っていった。


⸻


 その頃。

 リーナは街の宿で、今日の出来事を記事にまとめていた。

 紙の上には、大きくこう書かれている。


**『昨日の轟音の正体!? 旅人の灯火宿に突然現れた温泉』**


 リーナはペンを走らせる。

 突然現れた温泉。

 そこに書かれた、珍しい効能の看板。

 そして、風呂上がりに出された謎のポーション。

 さらに、記事の最後には宿のもう一つの魅力について書かれていた。


**『そして、この宿にはもう一つの魅力がある。』**


**『宿の中を歩き回る、一匹の可愛らしい看板猫だ。』**


**『名前は――冬。』**


 リーナは冬の様子を思い出し、微笑む。


「これも書いておかないとね」


 ペンを走らせ、最後の一文を書き終える。


「よし!」


 リーナは満足そうに記事を眺めた。

 そして、その記事は翌日。

 街へと広がっていった。

 温泉の宿。

 不思議なポーション。

 そして、可愛い看板猫。

 その噂は、少しずつ街の外へも広がっていく。


 ――この小さな記事が。


 まさか後に、あんな事件を引き起こすことになるとは。


 この時のリーナも、ロイも。

 まだ知る由もなかった。

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