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転生したら猫と宿屋を始めることになりました!?  作者: らぐ・ど
第1章 異世界への転生

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第10話 噂になった宿

朝。

 旅人の灯火宿の扉を開けると、ロイは大きく伸びをした。


「今日もいい天気だな」


 いつもの朝。

 ……のはずだった。


「……ん?」


 宿の前に、人が立っている。

 一人ではない。

 二人、三人。

 その後ろにも、何人か並んでいた。


「…………」


 ロイはしばらく、その光景を眺めていた。


「……なんだ、これ?」


 すると、一番前にいた男性が声をかけてくる。


「ここが、旅人の灯火宿で合ってますか?」


「は、はい。そうですけど……」


「やっぱり!」


 男性は嬉しそうに笑った。


「昨日の記事を読んで来たんです!」


「記事……?」


 ロイが首を傾げる。


 すると、後ろにいた女性が一枚の紙を取り出した。


「これです!」


 広げられた紙には、昨日リーナが書いた記事が載っていた。

 そこには、旅人の灯火宿に突然現れた温泉のことが書かれている。

 さらに、フルーツ牛乳ポーション。

 そして――。


「看板猫の冬!」


 女性が目を輝かせる。


「この子ですよね!?」


 視線の先には、いつものように宿の中を歩いている冬がいた。


「そうです。こいつが冬です」


「かわいい……!」


 女性がゆっくり近づいていく。

 冬は女性をじっと見つめる。

 そして――

 すっと一歩後ろへ下がった。


「あっ……」


 女性の動きが止まる。


「嫌われちゃった……」


「たぶん、まだ慣れてないだけですよ」


 ロイが苦笑する。

 冬はそのままロイの足元へ戻ってきた。


「にゃ」


「はいはい」


 ロイが冬の頭を軽く撫でる。

 すると、別の客が声を上げた。


「温泉って、本当にあるんですか?」


「はい。裏にありますよ」


「ぜひ入りたいです!」


「フルーツ牛乳ポーションもありますか?」


「ありますけど……」


「飲んでみたい!」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 ロイは慌てて客たちを順番に案内する。

 昨日までの静かな宿が、まるで別の場所になったようだった。


⸻


 昼前。

 温泉から戻ってきた客たちは、休憩スペースでくつろいでいる。


「いやぁ、気持ちよかった!」


「旅の疲れが取れた気がするよ」


「この効能っていうのも面白いな」


 記事を読んで来た客たちは、温泉の看板を見ながら話している。

 ロイはその様子を少し離れたところから眺めていた。


「効能まで記事に載せるとは思わなかったな……」


 昨日までは、温泉があるだけで十分だと思っていた。

 それが今では、温泉そのものが宿の目玉になっている。


「すごいな、リーナさん……」


 そんなことを考えていると、


「すみませーん!」


「はい!」


 呼ばれて、ロイはすぐに駆けていく。


「フルーツ牛乳ポーションをもう一つ!」


「はい、少々お待ちください!」


「俺も!」


「俺もお願いします!」


「……はい!」


 ロイは次々と注文を受けていく。

 気づけば昼食を食べる暇もなかった。


「……腹減った」


 小さく呟いた瞬間、


「にゃあ」


 足元から冬の声がする。


「冬も腹減ったか?」


「にゃ」


「お前はちゃっかりしてるな」


 ロイは笑いながら、冬の分の食事を用意する。

 冬は嬉しそうに食べ始めた。


「……俺も何か食べるか」


 そう思った矢先。


「すみません! 部屋は空いてますか?」


「……」


 ロイはゆっくり振り返る。


「今、確認しますね」


⸻


 午後。


「すみません、今日は満室です」


「そうですか……」


「せっかく来ていただいたのに、申し訳ありません」


 客を見送ったロイは、宿の中へ戻る。

 そして帳簿を確認した。


 一部屋目。


 二部屋目。


 三部屋目。


 四部屋目。


 五部屋目。


 すべて埋まっている。


「……五部屋か」


 改めて考えてみると、この宿の客室は少ない。

 これまでは、それで困ることなんてなかった。

 そもそも、五部屋すべてが埋まること自体、ほとんどなかったのだから。


「まさか、こんなことになるとはな……」


 ロイは苦笑する。

 客が来ないことを心配していた頃が、少し遠く感じた。

 今は逆に、客が来すぎて断らなければならない。


「……なんか、贅沢な悩みだな」


 そう呟くと、冬がロイの足元を通り過ぎていった。


「お前は忙しくないんだな」


「にゃ」


「まあ、お前はいつも通りか」


⸻


 夕方。

 日が沈み始めても、宿にはまだ人の気配が残っていた。

 温泉から戻ってくる客。

 食事を楽しむ客。

 冬を眺めながら話をする客。

 昨日までとは比べものにならないほど、宿は賑わっていた。

 ロイはその光景を眺めながら、ふと思う。


「……宿って、こういうものなのかな」


 人が来て。

 人が笑って。

 また次の旅人がやってくる。

 以前の自分が思い描いていた宿とは、少し違う。


 でも――。


「悪くないな」


 ロイは小さく笑った。


⸻


 夜。


 ようやく客たちが眠りにつき、宿の中に静けさが戻ってきた。

 ロイは椅子に座り、大きく息を吐く。


「……今日は疲れたな」


 朝からずっと動きっぱなしだった。

 けれど、不思議と嫌な疲れではない。

 宿に人がいる。

 笑い声が聞こえる。

 それが、少し嬉しかった。


 「異世界きてよかったな…」


 ロイはふと、部屋の隅に置かれた卵へ目を向ける。


「そういえば、お前もまだ謎のままだったな」


 ロイは卵の前まで歩いていく。


「……観察眼を使ってみるか」


 ロイが卵をじっと見つめる。

 すると、目の前に文字が浮かび上がった。


 《ミッション》


 《卵を羽化させろ》


 《報酬:部屋の増築》


「……これだけじゃ、何も分からんな」


 ロイは首を傾げる。


「羽化させろって言われても、どうすればいいんだか……」


 結局、卵そのものについて分かったことは何もなかった。


「まあ、急いでも仕方ないか」


 ロイは立ち上がった。

 そして、今日一日のことを思い出す。

 五つしかない客室。

 満室になった宿。

 これからも増えていきそうな客。


「それにしても……部屋の増築って、すごいタイミングだな」


 ロイは苦笑する。


「まるで、今必要なものを分かってるみたいだ」


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

 卵の隣では、冬が静かに丸くなっている。


「おやすみ、冬」


 ロイはそう言って、自分の部屋へ戻っていった。

 静まり返った宿の中。


 冬の隣に置かれた卵の表面で、描かれた模様がほんの少しだけ赤く光った。

 すぐに光は消える。

 その変化に、ロイはまだ気づいていなかった。


**第一章 完**

なんとか第1章を締めくくることができました!

少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです!


第二章もおいおい更新していきます!

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