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転生したら猫と宿屋を始めることになりました!?  作者: らぐ・ど
第1章 異世界への転生

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第8話 ミッション達成???

 ロイは、目の前に浮かんだ文字をじっと見つめていた。


《ミッションを達成しました!》


「……ミッション?」


 ロイが呟く。

 すると、続けて文字が浮かび上がった。


《宿泊者数が5人に到達しました》


《報酬:温泉》


「……温泉?」


 ロイは目を丸くした。

 この辺りは、温泉で有名だ。

 温泉を目当てに訪れる旅人も多い。

 だから、宿に温泉ができるならかなりありがたい。


「でも……」


 ロイは少し考える。


「5人?」


 これまで、この宿には何人もの客が泊まっている。

 ロイは指を折りながら数えていく。


「一人……二人……三人……」


 最後まで数え終える。


「……6人いるよな?」


 確かに、今まで泊まった客は6人いる。

 それなのに、表示されたのは5人。


「なんでだ?」


 ロイが首を傾げる。

 しかし、メッセージは何も答えてくれない。

 その代わり、新しい文字が浮かび上がった。


《報酬を解放します》


「え?」


 次の瞬間。


 ――ドゴォォン!


「うわっ!」


 宿全体が大きく揺れた。

 ロイは思わず身をかがめる。


「な、なんだ!?」


 冬も驚いたように耳を立てた。

 ロイは慌てて外へ飛び出した。

 すると、宿の裏手から白い湯気が立ち上っている。


「……まさか」


 急いで裏へ回る。

 そこには、今までなかった木造の建物があった。

 中から白い湯気が流れている。


「……温泉?」


 ロイは恐る恐る中へ入った。

 そこには、綺麗に整えられた湯船があった。

 湯船からは、こんこんとお湯が湧き出ている。


「本当に温泉だ……」


 ロイは湯に手を入れる。


「……温かい」


 その時、湯船の横にある木製の看板が目に入った。


「ん?」


 近づいて見る。

 そこには、懐かしい文字列が並んでいた。


「……効能?」


 看板には、こう書かれている。


 ――疲労回復

 ――肩こり・腰痛

 ――冷え性

 ――旅の疲れを癒す


「……これまで、この世界で見たことないな」


 ロイは看板をじっと見つめる。

 ロイにとっては馴染みのある言葉だった。

 けれど、この世界では温泉にこうした効能を書いた看板を置く文化はない。

 そんなことを考えていると。


「おーい! ロイー!」


 外から大きな声が聞こえた。


「……この声」


 ロイが振り返る。

 入口から入ってきたのは、ガルドだった。


「さっきすげぇ音したけど、どしたんだー?」


「ガルド?」


「なんだこれ?」


 ガルドは温泉を見つけると、目を丸くする。


「……温泉?」


「ああ」


「お前の宿に?」


「さっきできた」


「さっき?」


「うん」


 ガルドは湯船へ近づく。

 お湯に手を入れた。


「……本物だな」


「だろ?」


 そして、ガルドは湯船の横にある看板へ目を向けた。


「ん?」


「どうした?」


「これ、なんて書いてあるんだ?」


「ああ。温泉の効能だよ」


「……効能?」


 ガルドが首を傾げる。


「なんだ、それ?」


「え?」


 ロイは少し驚いた。


「効能って知らないのか?」


「聞いたことねぇな」


「そっか」


 ロイは看板を指差す。


「簡単に言えば、この温泉に入ることで身体にどんな効果があるかってこと」


「へぇ……」


 ガルドは看板を眺める。


「疲労回復……肩こり……腰痛……」


 そして首を傾げた。


「こんなの温泉に書くのか?」


「俺の知ってる温泉なら、こういうのが書いてあることもある」


「俺は見たことねぇぞ」


「この辺りの温泉にも?」


「ああ」


 ガルドは腕を組む。


「温泉なら何ヶ所も入ったことあるけど、こんな看板は初めてだ」


「……やっぱりそうか」


 ロイは看板を見る。

 謎のメッセージによって突然現れた温泉。

 そして、そこに最初から用意されていた効能の看板。


「変なの」


「でも、せっかくだ」


 ロイが湯船を眺める。


「入ってみようぜ」


「今から?」


「今だからだろ」


「……まあ、いいか」


 ガルドは笑いながら頷いた。


⸻


 しばらくして。


 ロイとガルドは、湯船に浸かっていた。


「はぁ……」


 ロイの口から、自然と声が漏れる。


「気持ちいいな……」


「だろ?」


 ガルドも肩まで湯に浸かり、大きく息を吐いた。


「こりゃいいな。旅の疲れが抜けてく感じがする」


「本当に気持ちいい」


「この辺りが温泉で有名なのも分かるな」


「ああ」


 二人はしばらく黙って湯に浸かる。

 白い湯気が、ゆっくりと辺りに広がっていく。


「……なあ、ロイ」


「ん?」


「あの看板に書いてあった『効能』ってやつ」


「うん」


「本当にこんな効果あるのか?」


「さあ……」


 ロイは少し考える。


「まだ入ったばっかりだから分からないな」


「それもそうか」


 ガルドは笑いながら、もう一度肩まで湯に沈んだ。


「でも、疲れが取れてる感じはするぞ」


「俺も」


「じゃあ、看板に書いてあることも本当かもしれねぇな」


「かもな」


 二人で笑う。


⸻


 少し離れたところでは、冬が温泉を眺めながら丸くなっていた。

 湯気が気になるのか、ときどき鼻をひくひくさせている。


「冬は入らないんだな」


 ロイが声をかける。

 冬は湯船をじっと見つめたあと、尻尾を一度だけ揺らした。


「猫だからな」


 ガルドが笑う。


「だな」


 ロイも笑った。

 突然現れた温泉。

 この世界では見たことのない「効能」という看板。

 そして、なぜか一人少ない宿泊者数。

 分からないことは、まだ多い。

 けれど今は。


 そんなことを考えるよりも、この温泉の心地よさを楽しみたかった。

 白い湯気が、静かに空へ昇っていく。

 その湯気を眺めながら、ロイはふと思った。


「……このミッションってさ」


「ん?」


 ガルドが振り向く。


「もしかしたら……神様が見てたりするのかな」


「神様?ミッション?」


「ああ」


 ロイは、目の前に浮かんでいた文字を思い出す。

 条件を満たすと現れるメッセージ。

 そして、それに応じて与えられる報酬。


「俺が宿で何をしてるのか、ずっと見てて……」


 ロイは少しだけ空を見上げる。


「頑張ったら、こうやってご褒美をくれてるとか」


「ははっ。神様が宿の経営を見てるってか?」


「……そう考えると、ちょっと変だよな」


 二人で笑う。

 けれど、ロイは笑いながらも心の奥で考えていた。

 もし、本当に誰かが見ているのだとしたら。

 自分がこの世界に来たことにも、何か意味があるのだろうか。


「……俺、なんでこの世界に来たんだろうな」


 ぽつりと呟く。


「……急にどうした?」


「いや……」


 ロイは湯気の向こうを見つめる。

 冬と出会って。

 宿を始めて。

 客を迎えて。

 気づけば、この世界で生きることにも慣れていた。

 だからこそ、今まで考えなかった。


「転生した理由……まだ何も分からないんだよな」


 ロイは小さく息を吐く。


「……いつか分かるのかな」


 その時。

 冬がゆっくりと顔を上げた。

 ロイは気づかない。

 ただ静かに、湯気の向こうの空を見つめていた。


 旅人の灯火宿に、新しい名物が生まれた。


 そしてロイは初めて、自分がこの世界に来た理由について考え始めた。

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