第6話 調合のスキル
精霊の森から宿へ戻った頃には、空はすっかり夕暮れに染まっていた。
「今日は本当にありがとうございました」
宿の前で、ルイが頭を下げる。
「いえ。無事に薬草を採ることができてよかったです」
ルイが大事そうに抱えている袋には、精霊の森で採った薬草が入っている。
「これだけあれば、しばらくポーションを作れます」
「そんなに貴重な薬草なんですね」
「はい。精霊の森にしか生えていないんです」
「なるほど」
ロイは頷いた。
その横では、冬が卵の匂いを嗅いでいる。
「冬は、その卵が気になるみたいですね」
「森で見つけたときから、ずっとそばにいますね」
「もしかしたら、何か分かっているのかもしれません」
「そうかもしれませんね」
ロイは卵を見つめる。
「それにしても、本当に何の卵なんでしょうね」
「私にも分かりません」
「しばらく様子を見るしかなさそうですね」
「そうですね」
その夜。
ルイが客室へ向かうと、冬も後をついていった。
「冬、一緒に寝ますか?」
「にゃあ」
ルイがベッドに腰掛ける。
冬がその隣へ飛び乗った。
「ふふ。では、おやすみなさい」
「にゃ」
廊下から見ていたロイは、小さく笑った。
「すっかり仲良くなりましたね」
「冬って、温かくて気持ちいいんですよ」
「冬は寝る場所には結構こだわりますから」
「じゃあ、今日は私が選ばれたんですね」
「そういうことですね」
ロイは笑った。
「それでは、ごゆっくりお休みください」
「おやすみなさい、ロイさん」
「おやすみなさい」
ロイは自分の部屋へ戻った。
翌朝。
宿の入口には、旅支度を終えたルイが立っていた。
「ロイさん、お世話になりました」
「こちらこそ、泊まっていただいてありがとうございました」
「薬草も無事に採れましたし、これから戻ってポーションを作ろうと思います」
「そうですか。では、お気をつけてお帰りください」
「はい」
冬も玄関までやってきていた。
「冬も見送りしてくれるんですね」
「にゃあ」
ルイがしゃがみ込み、冬の頭を撫でる。
「また会えるといいですね」
「にゃ」
冬が目を細める。
ルイは立ち上がると、ロイに頭を下げた。
「それでは、失礼します」
「はい。またこちらの近くへ来られたときは、ぜひ泊まっていってください」
「ありがとうございます」
ルイが歩き出す。
ロイと冬は、その背中を見送った。
そして。
『スキル《調合》を獲得しました』
「……え?」
ロイの足が止まった。
「調合……?」
突然頭の中に響いた声。
間違いない。
スキルを獲得したときに聞こえる、あの声だった。
ロイは遠ざかっていくルイを見る。
「ルイさん!」
「はい?」
ルイが振り返る。
「少し待ってください!」
ロイは急いで駆け寄った。
「どうされました?」
「先ほど、スキルを獲得したんです」
「スキルを?」
「はい。《調合》というスキルです」
ルイが目を丸くする。
「ロイさんが……?」
「私も驚いています」
「それでしたら……」
ルイは少し考えた。
「せっかくですし、実際に試してみませんか?」
「よろしいんですか?」
「もちろんです。私も気になります」
二人は再び宿へ戻った。
ルイが机の上に薬草を並べる。
「まず、この薬草を細かくします」
「こうでしょうか?」
ロイが薬草を手に取る。
不思議だった。
初めて触るはずなのに、どうすればいいのかが自然と分かる。
「……なんとなく分かります」
「スキルの影響でしょうか」
「おそらく」
ロイは薬草を細かくし、別の材料を加えていく。
「次はこれを混ぜます」
「はい」
ルイの説明を聞きながら、ロイは作業を続ける。
やがて、容器の中に淡い色の液体ができあがった。
「完成です」
「これがポーションですか」
「はい」
ロイは容器を持ち上げる。
甘い香りがする。
「飲んでも大丈夫でしょうか?」
「ちゃんとできていますから、大丈夫ですよ」
「では……」
ロイは恐る恐る口をつける。
「……」
少しだけ目を見開いた。
もう一口飲む。
「……う、うまい」
「え?」
ルイが驚いた顔をする。
「これ、うまいです」
「ポーションを飲んで、おいしいと言う人は初めて見ました」
「本当においしいですよ」
ロイはもう一度味を確かめる。
「なんというか……フルーツ牛乳みたいな味がします」
「フルーツ……牛乳?」
「あ……いえ。こちらの話です」
「変わった名前ですね」
「名前ではないのですが……」
ルイは不思議そうにしながらも、ロイからポーションを受け取った。
「私も飲んでみてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
ルイが少しだけ口をつける。
「……!」
目を見開く。
「おいしい……」
「やっぱり、おいしいですよね」
「はい」
ルイはもう一口飲む。
「こんなポーション、初めて飲みました」
「普通のポーションとは違うんですか?」
「全然違います」
ルイはポーションを見つめる。
「普通のポーションは、もっと薬草の味が強かったり、苦かったりするんです」
「そうなんですか」
「でも、これは甘くて飲みやすいのに、ちゃんとポーションとしての効果があります」
ルイは驚いたようにロイを見る。
「ロイさん、本当に初めて調合したんですよね?」
「はい。スキルを獲得したのも、ついさっきです」
「それで、このポーション……」
ルイはしばらく黙って液体を見つめる。
「すごいです」
「そんなにですか?」
「はい。私も調合を続けてきましたが、こんな味のポーションは作ったことがありません」
「そうなんですね」
ロイは少し照れくさそうに笑った。
「スキルのおかげですよ」
「それでも、すごいと思います」
ルイが微笑む。
「このポーション、大切にしてくださいね」
「分かりました」
ロイはポーションを眺める。
「……しかし、本当においしいですね」
「ふふ。私ももう一度飲みたいくらいです」
二人は完成したポーションを見ながら笑った。
しばらくして、ルイは改めて荷物を背負った。
「では、今度こそ失礼します」
「はい。お気をつけてお帰りください」
「色々とありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
ルイが宿を出る。
冬も玄関までついてきた。
「冬。また会いましょうね」
「にゃあ」
ルイが手を振る。
やがて、その姿は街の向こうへ消えていった。
ロイはしばらくその方向を眺めていた。
「……行ってしまいましたね」
「にゃ」
ロイは冬を抱き上げる。
「また来てくれるといいですね」
「にゃあ」
宿の中へ戻る。
廊下の隅には、森から持ち帰った卵が置かれていた。
冬はロイの腕から降りると、卵のそばへ向かう。
「そういえば、お前は結局何なんでしょうね」
ロイが卵を覗き込む。
当然、返事はない。
冬だけが卵の隣に座り、じっと見つめている。
卵は何も変わらない。
ただ静かに、そこにあるだけだった。




