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転生したら猫と宿屋を始めることになりました!?  作者: らぐ・ど
第1章 異世界への転生

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第4話 猫が怖い冒険者

 昼下がり。


 ロイは宿の窓際に座り、丸くなって眠っている冬を眺めていた。


「……よく寝てるな」


 冬は身体を丸め、尻尾を顔の近くに置いている。

 小さな寝息を立てながら、気持ちよさそうに眠っていた。


「昨日はあれだけ遊んだからな」


 冬の隣には、昨日作った猫じゃらしが転がっている。

 ロイがそっと冬の頭を撫でる。

 すると冬の耳がぴくっと動いた。


「起きたか?」


「……にゃ」


 冬は目を開けることもなく、小さく鳴いた。


「なんだ、寝言か」


 ロイは笑った。

 そんな穏やかな時間が流れていた。

 そのとき。


「じゃまするぜ!」


 宿の入口から声が聞こえた。


「お客さんか」


 ロイが立ち上がる。

 冬はまだ丸くなったまま眠っていた。

 ロイが入口へ向かい、扉を開ける。


「いらっしゃいませ」


 そこに立っていたのは、背の高い男だった。

 赤髪に無精髭を生やした、荒々しい雰囲気。

 鋭い目つきと数々の傷が、彼の歩んできた過酷な

 冒険を物語っている。

 肩には大きな荷物。

 腰には剣。

 服には泥がつき、見るからに冒険者だった。


「すまん。一晩、部屋を借りられるか?」


「もちろんです」


 男はほっとしたように息を吐いた。


「助かる。ギルドの依頼でこの辺りまで来たんだが、思ったより手間取ってな」


「任務ですか?」


「そうだ。近くの森に出る魔物の討伐できたんだ」


「この辺りにも魔物が出るんですね」


「この辺りにも魔物は出るぜ。最近は特にな」


 男は平然と答えた。


「なるほど……」


 ロイは男の剣を見る。

 使い込まれた剣だった。


「お名前を伺っても?」


「ガイルだ。よろしく頼む」


「ガイルさんですね。こちらへどうぞ」


 ロイが宿の中へ案内しようとした、そのときだった。

 窓際にいた冬が、ゆっくりと顔を上げた。

 ガイルの視線が冬へ向く。


「…………」


 一瞬、ガイルの動きが止まった。


「……っ!?」


 顔色が変わる。


「……っ!? フェ、フェンリルがいるのか!?」


「え?」


 ロイが振り返る。


「フェンリル?」


「そこだ! あの狼みてぇなやつだよ!」


「……ああ」


 ロイは冬を見る。


「冬です」


「冬?」


「うちの猫です」


「…………猫?」


 冬は眠そうに目を開けた。


「にゃあ」


 ガイルはしばらく冬を見つめた。


「いや、待て。本当に猫なのか?」


「はい」


 ガイルは胸に手を当て、大きく息を吐いた。


「はぁ……驚かせるなよ。あんなもんが宿にいたら、剣を抜くところだったぜ」


「そんなに似てました?」


「いや、似てるっていうか……なんつーか、あの雰囲気がな」


「雰囲気……」


 ロイにはよく分からなかった。


「フェンリルって、そんなに怖い魔物なんですか?」


「怖いなんてもんじゃねぇよ。出会ったら最後、命がいくつあっても足りねぇ」


 ガイルが真顔になる。


「もし本物だったら、俺なんか一瞬で食われてる」


「なるほど……」


 ロイは冬を見る。

 冬は何事もなかったように毛づくろいをしている。


「じゃあ、部屋はこちらです」


「お願いします」


 ロイが歩き出す。

 その後ろをガイルがついてくる。

 すると冬が立ち上がった。


「……お、おい。そいつ、こっち来てねぇか?」


 ガイルが固まる。

 冬はガイルの足元へ歩いていく。

 そして、そのまますっと横を通り抜けた。


「……通り過ぎただけ、か」


「ふぅ……脅かすなって」


⸻


 夕方。

 ガイルは一階の食堂で夕食を食べていた。


「いやあ、こいつはうまいな!」


「ありがとうございます」


「依頼帰りに温かい飯が食えるってのはありがてぇ。森じゃ干し肉か固ぇパンくらいしか食えねぇからな」


 ガイルは夢中で料理を食べている。


「大変ですね」


「今回は楽な依頼だったぜ」


「そうなんですか?」


「魔法使いが一人、同行してたんだ」


「魔法使い?」


 ロイが少し身を乗り出す。


「はい。後ろから魔法を撃ってくれるんですよ」


 ガイルは楽しそうに話す。


「後ろから魔法をぶっ放してくれてな。俺たちは前で魔物を引きつけるだけだ」


「へえ……」


「魔物が何匹か出たが、あっという間だったぜ」


「魔法使いがいると戦いが楽になる。遠くから削ってくれるからな」


「魔法って、そんなに便利なんですか?」


「そりゃな!」


 ガイルは笑った。


「俺にも魔法の才がありゃあな。剣振ってばっかりの人生より、よっぽど楽そうだ」


「魔法使いって、誰でもなれるものなんですか?」


「さあ。俺は使えないからな、詳しいことは分からん」


「なるほど」


 ロイは少し考えた。


「……魔法、か」


 ふと、昔のことを思い出す。

 子どもの頃。

 魔法が使えたらな、と何度か思ったことがあった。

 火を出したり。

 空を飛んだり。

 そんなことができたら、きっと楽しいだろうと。


「まあ、今さらだけどな」


「何がだ?」


「いや、昔ちょっと魔法に憧れてたなって」


「へぇ……ロイも昔は魔法に憧れてたのか」


「子どもの頃ですけどね」


「火を出したり、空を飛んだり……まあ、ガキの頃なら誰でも一度は夢見るもんだ」


「……そういや俺も、昔はそんなこと考えてたな」

 二人は笑った。

 そのとき。


「にゃあ」


「っ!」


 ガイルの肩が跳ねた。

 冬が少し離れた場所を歩いただけだった。


「……冬ですよ」


「っ!?」


「……冬、か」


「分かってる。分かってるが……急に足元に来るなよ」


「何もしてませんよ」


「分かってる」


「じゃあ、なんでそんなに警戒するんですか?」


 ガイルは真剣な顔で答えた。


「……猫ってのは、どうにも苦手なんだ」


「フェンリルより?」


「フェンリルも、そりゃ怖いが!」


 ガイルは真剣な顔で答える。


「フェンリルも怖ぇさ。だがな、フェンリルなら気配で分かる。見つけたら逃げりゃいい」


「なるほど」


「猫は……」


 ガイルが冬を見る。


「だが猫は違う」


「気づいたら足元にいるんだよ!」


「……ああいうのが一番怖ぇんだ」


「……それは確かに」


 ロイは少しだけ納得した。


⸻


 夜。

 ガイルは早々に部屋へ戻った。


「今日はもう休ませてもらう。さすがに疲れた」


「おやすみなさい」


「あ〜おやすみ」


 ガイルが部屋の扉を閉める。

 冬はその扉を少し眺めた。

 しかし、ついていこうとはしなかった。

 冬はそのままロイのところへ歩いてくる。


「お?」


 ロイが冬を見る。


「今日は俺と寝るのか?」


「にゃあ」


「そうかそうか」


 ロイは冬を抱き上げた。


「じゃあ、寝るか」


 冬は気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 ロイは冬を抱えたまま、自分の部屋へ向かった。


⸻


 翌朝。

 ガイルは荷物を背負い、宿の入口に立っていた。


「世話になったな」


「こちらこそ。任務、お疲れさまでした」


「ありがとうな」


 ガイルは頭を下げる。


「助かったぜ。いい宿だった」


「またこの辺りに来たら寄らせてもらう」


「いつでもどうぞ」


 ガイルが宿を出る。

 すると、入口の横に冬が座っていた。


「…………」


 ガイルが固まる。


「……お、おう。元気でな」


「にゃあ」


「ひっ……!」


「わ、悪い! 俺はもう行く!」


 ガイルは小さく飛び上がり、そのまま走っていった。


「……最後までか」


 ロイは苦笑した。

 そして、客が帰った後にいつもの表示を待つ。


「…………」


 何も起こらない。


「……あれ?」


 ロイは首を傾げた。

 しばらく待ってみる。

 それでも、何も起こらなかった。


「スキル……手に入らないのか?」


 ロイは遠ざかっていくガイルの背中を見る。

 魔物を倒し、剣を使い、冒険者として任務をこなしていた。

 それでも、何も手に入らない。


「絶対、何か持ってそうだったのにな……」


 ロイは首を傾げた。

 その隣を、冬がすっと通り抜けていく。


「……冬?」


 冬は振り返らない。

 そのまま窓際へ戻り、丸くなって目を閉じた。


「……まあ、いいか」


 ロイは小さく笑った。


 旅人の灯火宿に、また新しい一日が始まった。

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