第15話 卵の秘密
夕方。
旅人の灯火宿の奥で、リシアは白い卵をじっと見つめていた。
殻には、赤い模様が描かれている。
その隣では、冬がいつものように丸くなっていた。
「……あの卵って……」
リシアが口を開く。
「ん? 何か分かったんですか?」
ロイが尋ねると、リシアは卵を指さした。
「はい。あれは、精霊の卵ですよ」
「……精霊の卵?」
ロイは思わず聞き返した。
「エルフの里の図書館で見たことがあります。精霊の卵について書かれた本があったんです」
「へえ……。そんな本があるんですね」
「はい。精霊の卵は、殻の模様の色によって生まれてくる精霊の種類が分かるそうです」
リシアは卵を見つめながら説明を続けた。
「青い色は水の精霊。緑色は風の精霊。そして……」
赤い模様に目を向ける。
「赤い色は、炎の精霊ですよ!」
「炎の精霊……!」
ロイは改めて卵を見つめた。
今まで何度も見てきた卵だ。
まさか、そんな特別なものだったとは思いもしなかった。
「じゃあ、この卵から炎の精霊が生まれるってことですか?」
「そうだと思います。ほかにもいろいろな種類があるんですが、私が知っているのはそのくらいです」
「なるほど……」
ロイは腕を組んだ。
「それで、どうすれば羽化するんですか?」
「……それは、私にも分かりません」
「えっ、分からないんですか?」
「はい。図書館で読んだ本には、精霊の性格によって羽化の方法が変わると書かれていました」
「性格によって?」
「そうです。精霊にも、それぞれ個性がありますから」
リシアは頷いた。
「ですから、この卵がどんな性格の精霊なのか分からないと、羽化の方法も分からないんです」
「うーん……。性格かぁ」
ロイは卵を見つめた。
当然ながら、卵は何も答えない。
「暖炉の前に置いてみるとか?」
「違います」
「即答!?」
リシアは呆れたようにロイを見た。
「炎の精霊だからといって、火で温めればいいというわけではありませんよ」
「なるほど……。じゃあ、火の中に入れるとか?」
「ロイさん?」
「はい」
「卵を燃やすつもりですか?」
「……やめておきます」
ロイはそっと卵から手を離した。
少し考えたあと、ふと思いついたように笑う。
「……なら、食べちゃうぞー!」
「にゃっ!?」
冬がびくっと身体を震わせた。
次の瞬間、慌てて卵の前に立ち、守るように身体を寄せる。
「いや、冗談だって!」
ロイは慌てて両手を上げた。
冬は警戒するようにロイを見つめている。
「ロイさん……」
リシアは呆れたようにため息をついた。
「卵で遊ばないでください」
「遊んでないですよ。ちょっと反応が見たくて……」
「それを遊んでいると言うんです」
「……はい」
ロイは気まずそうに頭を掻いた。
冬はまだ警戒しているのか、卵のそばから離れようとしない。
「ごめんな、冬。もう食べたりしないから」
「にゃ……」
冬はロイをじっと見つめたあと、ようやく少しだけ力を抜いた。
「ふふっ」
その様子を見て、リシアが小さく笑う。
「冬は、本当にその卵が大切なんですね」
「そうみたいですね。拾ってきたときから、ずっと気にしてるんですよ」
「もしかしたら、何か分かっているのかもしれませんね」
「だとしたら、教えてほしいんですけどね……」
ロイは冬と卵を交互に見た。
「冬、羽化の方法を知ってるなら教えてくれないか?」
「にゃ」
「……まあ、そうですよね」
もちろん、返事が返ってくるはずもなかった。
「とりあえず、羽化の方法はゆっくり考えましょうか」
ロイが言うと、リシアも頷いた。
「そうですね。私も、もう少し調べてみます」
「お願いします」
「はい!」
リシアは元気よく返事をした。
そのときだった。
「すみませーん!」
宿の入口から、客の声が響いた。
「あ、お客さんですね」
ロイは立ち上がる。
「続きはまた今度考えましょう」
「はい」
リシアも立ち上がり、ロイと一緒に入口へ向かった。
冬は二人の背中を見送ると、再び卵の隣で丸くなる。
静かになった部屋の中。
白い殻に描かれた赤い模様が、ほんの一瞬だけ光った。
――まるで、何かに応えるように。
けれど、その光に気づく者は誰もいなかった。




