第12話 はじめての買い物
エルフの少女が宿に来てから、三日が経った。
最初の日は、食事をするとすぐに眠ってしまった少女も、今ではすっかり顔色が良くなっていた。
朝食を終えた少女は、窓の外を眺めている。
「……今日はいい天気ですね」
「そうですね」
ロイは食器を片付けながら答えた。
少女は少し迷うように口を開く。
「ロイさん」
「はい?」
「……本当に、ここにいてもいいんですか?」
「もちろんですよ」
「でも……」
「身体がまだ本調子じゃないんですから、無理して出ていく必要はありませんよ」
「……ありがとうございます」
少女は小さく頭を下げた。
その足元では、冬が少女の足に身体を擦りつけている。
「冬も、すっかり懐きましたね」
「にゃ」
少女がしゃがみ込み、冬の頭を撫でる。
「……可愛い」
冬は気持ちよさそうに目を細めた。
ロイはその様子を眺めながら、ふと思った。
そういえば、この子のことをまだ何も知らない。
名前すら聞いていない。
そしてもう一つ。
あの日、倒れていた少女を見つけた時から、どこか気になっていた。
「……」
ロイは、そっと【観察眼】を使う。
少女の姿を見つめる。
すると、視界に文字が浮かんだ。
《血筋:王家》
「……」
ロイの動きが止まった。
「王家……?」
思わず小さく呟く。
だが、それ以上の情報は出てこない。
まだ【観察眼】の力が低いせいなのか。
分かるのは、それだけだった。
ロイは少女を見る。
目の前にいるのは、泥だらけで倒れていた一人の少女。
王家の血筋だとしても、本人が何も話していない以上、無理に聞く必要はない。
「……まあ、今はいいか」
ロイはそれ以上考えるのをやめた。
そして、何事もなかったように少女へ声をかける。
「冬、そんなに気に入ったんですね」
「はい。とても可愛いです」
少女は笑った。
ロイは、先ほど見た文字を自分の中だけにしまっておくことにした。
⸻
それから数日。
少女は宿でゆっくりと身体を休めていた。
食事もしっかり取れるようになり、今では朝から元気に動けるほどになっている。
そんなある日の昼前。
ロイは厨房の棚を開けていた。
「……あれ?」
パンが少ない。
野菜も残りわずかだ。
果物も、そろそろ買い足さなければならない。
「そろそろ買い物に行かないとな……」
ロイは宿の中を見る。
今日も何人もの客が来ていた。
温泉目当ての客も多い。
「でも、宿を空けるわけにもいかないしな……」
ロイが困っていると、後ろから声がした。
「買い物……ですか?」
「え?」
振り返る。
そこには少女が立っていた。
「はい。食材が少なくなってきたので」
「でしたら……」
少女は少しだけ考えてから、口を開いた。
「私が行きます」
「え?」
「買い物です」
ロイは少女を見る。
「でも、まだ身体が完全に戻ったばかりですよ?」
「もう大丈夫です」
少女は微笑んだ。
「三日も休ませてもらいましたから」
「いや、それでも……」
「それに」
少女は少し視線を落とした。
「助けてもらってばかりなのは、嫌なんです」
「……」
「私にも、何かできることがあるなら……」
ロイは少し考えた。
確かに、今の彼女なら買い物くらいは大丈夫そうだ。
「……分かりました」
「本当ですか?」
「ただし、無理はしないでくださいね」
「はい」
ロイは買うものを紙に書いていく。
「パンと、野菜。それから果物もお願いします」
「分かりました」
ロイがメモを少女に渡そうとした、その時。
「にゃ」
冬が足元で鳴いた。
「ん?」
ロイが冬を見る。
冬は少女とメモを交互に見ている。
「……ああ」
ロイは何かに気づいたように笑った。
「冬の魚も、だな」
「にゃ!」
冬が嬉しそうに鳴く。
「はいはい。忘れてないよ」
ロイはメモに魚を書き足した。
「冬の分も買ってきてもらえますか?」
「もちろんです」
少女が笑う。
「冬のお魚ですね」
「にゃ」
冬は満足そうに尻尾を揺らした。
「こいつ、自分のことになると分かりやすいんですよ」
「ふふ……可愛いですね」
少女は笑いながらメモを受け取った。
「じゃあ、これだけ渡しておきます」
ロイは必要なお金を少女に渡す。
「足りなかったら無理に買わなくても大丈夫です。分からないものがあったら、お店の人に聞いてください」
「はい」
少女は紙とお金を受け取った。
「……頑張ります」
「そんなに気合いを入れなくても大丈夫ですよ」
「ふふ……そうですね」
⸻
少しして。
少女は買い物籠を手に、宿の入口に立っていた。
ロイも見送りに出ている。
もちろん、冬も一緒だ。
「じゃあ、気をつけて行っておいでね」
「はい」
少女は嬉しそうに頷いた。
そして、冬の前にしゃがみ込む。
「冬も、お留守番お願いしますね」
「にゃ」
冬が少女の手に頭を擦りつける。
「ふふ……」
少女は冬の頭を優しく撫でた。
「それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
少女は歩き出す。
少し進んだところで、一度振り返った。
ロイと冬がまだこちらを見ている。
少女は小さく手を振った。
ロイも手を振り返す。
少女が再び歩き出した、その時だった。
《条件を満たしました》
《スキル【自然魔法】を獲得しました》
「……」
ロイは目を瞬かせる。
「……自然魔法?」
またスキルを獲得した。
けれど、今回はいつもとは少し違う。
少女が宿を出て、買い物へ向かっただけだ。
「……自然魔法、か」
ロイは少女が歩いていった道を見る。
どんな力なのか。
今はまだ分からない。
「帰ってきたら聞いてみるか」
「にゃ」
冬が返事をするように鳴いた。
ロイは冬の頭を撫でる。
「さて、俺たちは宿の仕事だな」
「にゃ」
二人は宿へ戻っていった。
この日、少女が初めて自分から踏み出した一歩が、この宿での新しい日々の始まりになることを。
そして、その小さな一歩が、やがて宿に新しい変化をもたらすことも。
今はまだ、誰も知らなかった。
Xの方に冬のイメージ画を載せましたよかったら見てください!




