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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第78話:火薬の匂い

 夜明けの空気は、火薬の匂いがした。


 比喩じゃない。本当に、硝石と硫黄の混じった臭気が、会場の地下通気口から()い上がってきていた。


 カイが偵察に出たのは、空が白み始めてちょうど十五分後のことだった。


 左腕の包帯は赤く(にじ)んでいる。ノアが「動くな」と言ったのを無視して、カイは短く一言だけ残した。


「三十分で戻る」


 そしていなくなった。


 残された四人は、ミチカが眠る部屋の隣――臨時の作戦室に集まっていた。


 テーブルの上には、昨夜書き上げたばかりの合議宣誓制の条文。五人の署名が並び、盟主の追認欄だけが空白のままだ。


 レオンが口を開いた。


「治安隊を会場周辺に緊急配置する。第三詰所と第五詰所から十二名を引き抜く」


「足りるのか、それで」


 ユリウスが地図を広げながら問う。


「足りない。だが投降兵の中から志願者を募る。昨日の時点で八名が労役編入を希望している。武器は持たせないが、人の壁にはなる」


「……投降兵を信用するのか」


「信用じゃない。制度で管理する」


 レオンの声に迷いはなかった。


 リオが窓の外を見ながら言った。


「会場変更、するかしないか。先に決めようぜ」


 沈黙が落ちた。


 諸侯会議の会場は、旧王城の大広間だ。そこの地下に火薬が仕掛けられている。カイの偵察結果を待ってからでは遅いかもしれない。


 だが会場を変えれば、既に到着している諸侯への通知が必要になる。混乱が生じる。定足数ぎりぎりの状況で、一人でも来なければ――


「カイの帰りを待つ」


 ノアが静かに言った。


「配置の詳細がわからなければ、変更の判断もできない。それまでにレオンは治安隊を配置、リオは代替会場の候補を選定。ユリウスは西方領主への説得書を書く。並行作業で時間を潰さない」


 四人の視線が交差した。


 誰も反論しなかった。


 合議宣誓制。五人の合意で決める。


 たった十二時間前に署名したばかりの制度が、もう動いている。


―――


 カイが戻ってきたのは、宣言通りきっかり三十分後だった。


 息が荒い。包帯の赤が広がっている。だが手には、走り書きの配置図が握られていた。


「火薬、三箇所」


 テーブルに図面を広げる。


「大広間の真下。北側控室の床下。東の通気口」


 ユリウスが図面を(のぞ)き込み、眉を寄せた。


「三箇所同時に爆破すれば、建物ごと崩れる。……計画的だな」


「もう一つ」


 カイの声がさらに低くなった。


「東の通気口。導火線に火種が置かれていた。すぐ点火できる状態」


 空気が凍った。


 レオンが立ち上がった。


「排除に行く。治安隊第一班と投降兵志願者を連れて――」


「待ってくれ」リオが手を上げた。「排除はいい。でも会場はどうする? 三箇所全部除去できる保証がない。一つでも残ってたら」


「……代替会場を用意する」


 ノアが言った。


 リオが即座に応じた。


「連盟物流拠点の第二倉庫。あそこなら広さは足りる。椅子と机は物流用の作業台を転用すればいい。俺が手配する」


「物流拠点を会場にするのか。諸侯が怒らないか?」


 ユリウスの皮肉にリオが肩をすくめた。


「怒るかもな。でも死ぬよりマシだろ? それに――」


 リオの目が光った。


「連盟の物流がどれだけ機能してるか、諸侯に見せるチャンスでもある」


 商人の発想だ。危機すら商機に変える。


 ユリウスが苦笑した。


「……まあいい。俺は西方領主への説得書を仕上げる。定足数が成立しなければ、会場がどこだろうと意味がない」


 レオンはもう動き出していた。


「カイ、案内しろ。火薬の配置は俺が排除する」


 カイは無言で(うなず)いた。包帯の腕を(かば)いながら、再び地下へ向かう。


 ノアだけが部屋に残った。


 隣の部屋で眠るミチカの容態を確認するために。


―――


 火薬排除は、想定より困難だった。


 大広間の真下と北側控室――この二箇所はレオンの治安隊が迅速に処理した。火薬(そん)を運び出し、導火線を断ち切る。投降兵の志願者たちが重い樽を黙々(もくもく)と搬出する姿を、レオンは厳しい目で監視しながらも、一人一人に短く声をかけた。


「よくやった」


 その一言で、投降兵たちの表情がわずかに変わる。


 制度で管理し、言葉で導く。レオンがミチカから学んだことだ。


 問題は東の通気口だった。


 導火線の先に、人がいた。


 残党の指揮者――灰色の外套(がいとう)(まと)った中年の男が、火種を手に通気口の奥で待ち構えていた。


「近づくな。火をつけるぞ」


 レオンが足を止めた。


 狭い通路。振り回せる武器はない。


 カイが、レオンの横をすり抜けた。


「カイ!」


 影のように低く、速く。


 負傷した左腕を壁に押し当てながら、右手だけで男の手首を(つか)み、火種を(たた)き落とした。


 一瞬の攻防。


 男が抵抗する間もなく、カイは男を地面に組み伏せていた。


 包帯が完全に赤く染まっている。


「……確保」


 それだけ言って、カイは男の懐から何かを引き抜いた。


 革の書簡袋。封蝋(ふうろう)つき。


 カイがそれを開いた瞬間、目が見開かれた。


「これは――」


 レオンが駆け寄る。


 書簡袋の中身は、一通の密約書だった。


 署名は二つ。第二宰相派残党の幹部と――隣国辺境伯の参謀長。


「共謀の原本」


 カイが(つぶや)いた。


 レオンの手が震えた。


 これまでカイが敵陣で確認していた密約書の、原本そのもの。写しではない。本物だ。


 これがあれば、辺境伯との撤退交渉は――


「持ち帰る」


 レオンが密約書を受け取り、カイの肩を支えた。


「歩けるか」


「……問題ない」


 (うそ)だ。カイの足はふらついている。


 だがレオンはそれ以上何も言わず、ただ肩を貸した。


―――


 作戦室に密約書原本が届いた時、ユリウスの手が止まった。


 西方領主への説得書を書いていたペンが、ぴたりと。


「……本物か」


「原本。封蝋も一致する」


 カイが短く答えた。


 ユリウスが密約書を丁寧に広げ、条文を読み上げた。


「『王都の新体制樹立に際し、隣国辺境伯は西方街道の軍事封鎖をもって連盟の諸侯会議を妨害し、見返りとして通商独占権の永続的保障を受けるものとする』――」


 リオが口笛を吹いた。


「通商独占権の永続保障? こんなもん、どうやって履行するつもりだったんだ。残党にそんな権限あるわけないだろ」


「ないさ。だからこそ辺境伯は疑い始めていた。――以前カイが報告した通りだ」


 ユリウスが密約書を慎重に折り畳んだ。


「この原本があれば、辺境伯は手を引く。自分の署名が国家反逆の証拠になるんだからな」


 その時、ノアが隣の部屋から戻ってきた。


 全員の視線が集まる。


「ミチカ様の体力値。四から六に回復」


 ミナが付き添っていたノアの後ろから顔を覗かせた。


「あの、ミチカ様、少しだけ手が動いたんです。指先が、ぎゅっと私の手を……」


 ミナの目が潤んでいた。


「まだ意識は戻っていないが、回復傾向は明確だ」


 ノアの報告に、部屋の空気がわずかに緩んだ。


 だが――緩んでいる暇はない。


 ユリウスが全員を見回した。


「提案する。合議宣誓制第二条に基づき、五人の合議により以下を正式決議する」


 声が変わった。皮肉屋の法務官の声ではない。制度を動かす者の声だ。


「一、諸侯会議の会場を旧王城大広間から連盟物流拠点第二倉庫に変更する。


 二、開催時刻を当初予定から二刻繰り下げる。


 三、会場変更の通知を連盟公使証を持つ伝令により各諸侯へ発行する。


 四、密約書原本を連盟の公的証拠として保全し、辺境伯への撤退交渉の材料とする」


 レオン、リオ、ノア、カイ。


 四人が順に頷いた。


「賛成」


「賛成だ」


「賛成」


「……賛成」


 ユリウスが羊皮紙を引き寄せ、決議文を書き始めた。


 五人の連署。


 盟主の追認欄は、やはり空白のまま。


 だがこの決議は、合議宣誓制の下で完全に有効だ。


 ミチカが作った制度が、ミチカがいなくても動いている。


 リオが決議文に署名しながら、小さく笑った。


「なあ、これってさ」


「何だ」


「俺たち、ちゃんと仕組みで回してるよな」


 誰も答えなかった。


 答える必要がなかった。


―――


 代替会場の準備は、リオの指揮で驚くほど速く進んだ。


 連盟物流拠点の第二倉庫。普段は穀物と布の集積所だが、作業台を並べ替え、連盟旗を掲げれば、即席の会議場になる。


「椅子が足りない」


「樽に板を渡せ。諸侯が座るには不格好だが――」


「不格好で結構。制度が機能してることを見せるのが目的だ」


 リオの判断は速かった。


 レオンの治安隊が会場周辺を固め、カイが捕縛した残党指揮者は別室で拘束されている。


 そして――


 正午を少し過ぎた頃。


 代替会場に、諸侯が集まり始めた。


 最初に入ってきたのは東部の二領主。次に南部の三領主。連盟加盟領の代表者たち。


 そして。


 ユリウスが西方領主への説得書に書いた最後の一文――「この会議に出席しない者は、統一憲章の恩恵を一切受けられない。街道封鎖の解除も、通商権の保障も」――が効いたのか。


 西方領主二名が、護衛を伴って倉庫の入口に姿を現した。


 リオが小声で叫んだ。


「来た……! 定足数成立だ!」


 ユリウスが人数を数え直した。フリードリヒとの同盟、西方二領の合流で、議席は十五に増えていた。定足数は過半の八――出席十四名。


 六名の余裕がある。もう崩れない。


 木製の作業台に羊皮紙が広げられた。統一憲章の草案。何度も書き直され、修正され、五人の議論を経て磨き上げられた条文。


 倉庫の高い天井に、午後の光が差し込んでいた。穀物の匂いと、木材の匂い。豪華な大広間ではない。だがここには、連盟が築いてきた物流と制度の実体がある。


 ユリウスが立ち上がった。


 統一憲章の読み上げ――その第一条を口にしようとした、まさにその瞬間。


 椅子を引く音がした。


 全員の視線が動いた。


 王位継承者が、席から立ち上がっていた。


 幽閉から救出されてなお顔色の悪い青年は、しかしその目だけが異様に澄んでいた。


「――私から、申し上げたいことがある」


 静かな、だが確かな声だった。


 優柔不断さが消えていた。


 ユリウスのペンが止まった。レオンの手が剣の柄に触れかけ、すぐに離れた。リオが息を()んだ。


 諸侯の視線が、一斉に継承者へ集中する。


 倉庫の中が、完全な沈黙に包まれた。


―――


 隣の部屋で――連盟物流拠点の事務室で――ミナはミチカの手を握ったまま、その沈黙の重さを壁越しに感じていた。


 ミチカの体力値は六。まだ目を覚まさない。


 でも、指先が。


 ミチカの指先が、ミナの手をかすかに、確かに握り返していた。


「ミチカ様……」


 ミナは小さく呟いた。


 壁の向こうで、継承者が何を語ろうとしているのか。密約書原本を手にした連盟は、辺境伯をどう動かすのか。そしてミチカは――統一憲章への署名に、間に合うのか。


 答えはまだ、誰も知らない。

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