表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/83

第67話:犠牲の制度化

『一人、犠牲が要る』


 カイの走り書きが、卓の上で蝋燭(ろうそく)の光に揺れている。


 深夜。代行権限者の四人――レオン、リオ、ノア、ユリウス――と、盟主の傍を離れられないミナ。五人の誰も、席を立てなかった。


「――俺が行きます」


 沈黙を破ったのはレオンだった。椅子を引き、立ち上がる。


(おとり)でも陽動でも何でも。俺が犠牲になれば済む話なら」


「座れ」


 ユリウスの声は平坦(へいたん)だった。


「犠牲の意味を取り違えている。カイが書いたのは『犠牲が要る』であって『死者が要る』じゃない」


 レオンが拳を握る。感情が出そうになって、言葉を飲み込んだ。


 ユリウスは走り書きを指先でなぞった。


「カイの文は常に最短だ。余計な言葉は一文字もない。だが逆に言えば、必要な情報が足りない。――犠牲とは何を指すのか。誰が負うのか。その情報がまだ来ていない」


「第四報を待てってこと?」リオが腕を組む。「でもさ、出発期限は明後日だよ。悠長に――」


「急いで判断を誤れば、その方がよほど致命的だ」


 ノアが静かに口を挟んだ。


「カイの報告パターンを見ると、第一報で事実、第二報で期限、第三報で条件。ならば第四報は手段のはずだ。来る」


 全員が黙った。


 ノアの観察眼は、こういう時に光る。


 蝋燭が一本、燃え尽きた。


―――


 第四報が届いたのは、夜明けまであと二刻ほどの頃だった。


 伝書ではない。連盟物流網の急使が、息を切らせて走り込んできた。カイが王都の中継拠点に預けた封書。二重封蝋(ふうろう)


 ユリウスが封蝋を割りながら(つぶや)いた。


「伝書ではなく封書か。――情報量が多いか、暗号化が必要だったか。おそらく両方だな」


 中身は、カイらしい体言止めの羅列だった。だが確かに、伝書の短冊には収まらない分量と、連盟独自の暗号符が併用されていた。


 ユリウスが復号し、読み上げる。


『犠牲=ヴェルナー。近衛副長の身分放棄。囮拠点二箇所に陽動。第二宰相邸の警備が動く。地下への突入路、開く。代償――王都での全地位、全安全、喪失。不可逆』


 読み上げ終わると、部屋の空気が変わった。


「……ヴェルナーさんが」


 ミナが小さく呟いた。彼女は本来この軍議に参加する立場ではない。だがミチカの傍を離れられない以上、この部屋にいるしかなかった。


「元近衛副長。王位継承者の側近。それが身分を捨てて囮をやる」リオが指を組み直す。「……重いな」


 重い、どころではなかった。


 近衛副長という地位は、王都における最高級の安全保障だ。王城への出入り。情報へのアクセス。身の安全。それら全てを一瞬で失う。


 しかも囮拠点に陽動をかけるということは、第二宰相派に顔を(さら)すということだ。


 不可逆。


 カイがわざわざその二文字を添えた意味を、全員が理解した。


「成功しても、ヴェルナーは王都に戻れない」


 レオンが低く言った。


「戻れないどころか、命の保証もない。第二宰相派に顔が割れた元近衛副長だぞ。暗殺対象の筆頭になる」


 ユリウスが冷静に補足した。そして、わずかに目を細める。


「善意で地位を捨てる人間ほど、制度屋を困らせるものはない。――英雄的自己犠牲か。詩人には受けるだろうが、制度で拾わなければただの美談で終わる」


 沈黙。


 ノアが卓上の地図に視線を落とす。


「だが、この陽動がなければ邸地下への突入路は開かない。カイの報告にある囮拠点二箇所――ここと、ここだ」


 地図上の二点を指す。第二宰相派が設置した偽の幽閉拠点。ヴェルナーがそこに陽動をかければ、邸の警備が分散する。その隙に本命の地下へ。


 作戦としては合理的だった。


 合理的だからこそ、重い。


「他人の犠牲を前提にした作戦を、俺たちが承認していいのか」


 レオンの声には、怒りではなく苦さがあった。


「ヴェルナーが自分で決めたことだとしても。俺たちがそれを『使う』んだ。――盟主がいない状態で」


 その一言が、全員の胸に刺さった。


 ミチカなら、どうするか。


―――


 沈黙が長く続いた。


 蝋燭をもう一本灯したのはリオだった。暗い部屋では良い判断ができない、というのが商人の信条らしい。


 だが新しい炎が揺れても、言葉は出なかった。


 レオンは拳を膝の上に置いたまま、地図を(にら)んでいる。ユリウスはペンを持ったが、羊皮紙の上で止まっている。ノアは脈を測るように自分の手首に指を当てていた――無意識の癖だ。思考が行き詰まった時に出る。


 リオが息を吐いた。


「……なあ」


 誰に向けたともつかない声だった。それから視線がミナに向いた。


「ミナは? ミチカの傍にずっといたろ。――あいつなら、こういう時どうする?」


 ミナが顔を上げた。自分に話を振られるとは思っていなかったのだろう、一瞬(ひる)んだ。軍議の席で発言する立場ではないと、自分が一番わかっている。


 だが――四人の顔を見た。答えが出ない四つの顔を。


 ミナは唇を結び直した。


「……ミチカ様なら」


 声は小さかった。でも、芯があった。


「犠牲を受け入れた上で……その人の居場所を作る制度を、先に用意すると思います」


 全員の視線が集中する。ミナの指先が微かに震えていたが、続けた。


「カイさんを受け入れた時――ミチカ様が恩赦の条項を書いていらしたのを、私、隣で見ていました。罰ではなく役割を与える、と何度も書き直して。ヴェルナーさんが全てを失うなら……失った後の居場所を、先に作っておくのが、ミチカ様のやり方です」


 リオが目を見開いた。


「――居場所を、制度で作る?」


「……感傷で制度は書けん」


 ユリウスが呟いた。低い声だった。だが次の瞬間、目に光が宿った。制度の穴を見つけた時の、あの鋭い光。


「だが制度で感傷を拾うことはできる。――ミナ、いい着眼だ」


 ユリウスが立ち上がった。


「投降兵処遇の先例がある」


 全員がはっとした。


 グレゴールの私兵三百を迎撃した時、投降した兵士たちに恩赦と労役編入を制度的に処理した。あの前例だ。


「投降兵処遇は『敵対行為を行った者が、身分を喪失した上で、制度的手続きを経て連盟の構成員として再編入される』仕組みだ。


 ヴェルナーの場合、敵対者ではなく協力者だが――制度の骨格は同じだ。


 身分を失った者に、新たな身分と役割を制度的に付与する。


 その枠組みを援用する」


 ユリウスは既に羊皮紙を引き寄せていた。


「ヴェルナーの陽動は、連盟の救援作戦に対する協力行為だ。その結果として王都での地位を失うなら――作戦成功後の復権を、救援密約の付帯条項として事前に保障する」


 ペンが走り、最初の一行を書き終えたところでユリウスは顔を上げた。


「まず第一。作戦成功後、ヴェルナーに連盟公使としての身分を付与する。連盟公使証は既に制度として存在している。投降兵処遇が『敵対者の再編入』なら、これは『協力者の再編入』だ。身分喪失から制度的復帰への道筋は同じ構造で書ける」


「公使か」リオが唇の端を持ち上げた。「身分放棄の穴を、別の身分で即座に塞ぐわけだ。……商人的に言えば、損失の即時補填だね」


「第二」ユリウスはペンを走らせながら続ける。「復権までの期間、連盟領内での居住権と安全保障を提供する」


 ノアが静かに(うなず)いた。


「暗殺対象になる以上、物理的な安全圏の確保は不可欠だ。連盟領内であれば、衛生面の管理も我々(われわれ)が担保できる」


「そして第三」ユリウスがペンを止め、全員を見回した。「王都の政変が収束した後、功労者として正式な復権手続きを連盟が支援する。――これは出口戦略だ。永久に庇護(ひご)下に置くのではなく、復帰の道筋を制度として明示する」


 レオンが息を吐いた。さっきまでの苦さが、少しだけ薄れている。


「……犠牲を、制度で償還するってわけか」


「そうだ。犠牲を美談で終わらせない。制度で担保する」


 ユリウスの声に、珍しく感情がにじんだ。一拍置いて、いつもの皮肉が戻る。


「――それがミチカの統治だろう。あの盟主殿が目を覚ました時に『勝手に美談にするな、制度にしろ』と怒鳴られる未来が見える。怒られるのは御免だ」


 ノアがわずかに口元を緩めた。


「合理的だ。そしてこの付帯条項は、将来の統一憲章において功労者処遇制度の原型になり得る」


「先のことはいい」レオンが言った。でもその声には、さっきまでの苦さが消えていた。「今、ヴェルナーに届けられるか。それだけだ」


「カイの中継拠点経由なら、明朝までに届く」


 ユリウスが書き終えた条項を卓に置いた。


 五人の視線が、その羊皮紙に集まる。


 代行委任状に基づく、盟主不在での決定。


 他人の犠牲の上に作戦を組む重さ。


 それを制度で償還するという、ミチカならやるであろう答え。


「――署名する」


 レオンが最初にペンを取った。代行権限者として。


 リオが続く。商人の手は、こういう時だけ妙に丁寧な字を書く。


 ノアが三番目。静かに、過不足のない署名。


 ユリウスが四番目に署名し、ペンを置いた。


「カイは王都潜入中だ。代行権限者ではあるが、署名の場にいない以上、現地の四名で成立させる。――手続き上、問題はない」


 ユリウスはそう確認してから、ミナを見た。


「ミナ。代行権限者の署名は四名で成立する。だが立会人の証印が要る。――この決定がミチカの傍にいた者の目の前で行われたという記録だ。書けるか」


 ミナは一瞬だけ目を伏せた。それから顔を上げ、少し震える手でペンを取った。


 署名欄の末尾、四名の名前の下に――『立会人』と添えて、名前を書いた。


―――


 夜明けが近い。


 東の空が、まだ暗い紫に染まり始めたばかりの時刻。


 四人は出発の最終確認を行った。ミナは隣室のミチカの傍へ戻っている。


「補給路はリオの計画通り。連盟物流網の中継拠点三箇所を経由して王都へ。所要日数は最短で――」


「三日。ぎりぎりだね」リオが地図を畳む。その手つきは軽いが、畳み終えた地図を懐に入れる動作だけ、やけに慎重だった。「でも、殿下の猶予五日以内って情報が正しければ、間に合う。――間に合わせる」


「治安隊の護送編成は完了している。投降兵のうち志願した十二名を補助戦力に組み込んだ。残りの二百八十八名は連盟領内の労役編入先に分散配置済みだ。領内防衛は治安隊の残留組と各拠点の民兵で維持する」


 レオンが報告する。声は硬い。でも迷いはない。


「ヴェルナーへの付帯条項は急使に託した。明朝、王都の中継拠点に届く」


 ユリウスが確認した。


「医療物資と衛生キットは荷駄に積載済み。ミチカの容態記録は写しを二部作成した。一部は携行、一部はミナに預ける」


 ノアが述べる。いつもの淡々(たんたん)とした口調だが、「容態記録」と言った時だけ、わずかに間が空いた。記録を書いた時の、あの長い夜を思い出したのかもしれない。


 全ての準備が整った。


 あとは――出発するだけ。


「ミナ」


 レオンが振り向いた。


「ミチカ様を、頼む」


 ミナは頷いた。泣きそうな顔だったが、泣かなかった。


「はい。――お任せください」


 その声は小さかったが、確かだった。


 ミチカの傍に残るのはミナだけ。代行権限者五人のうち四人が王都へ発ち、一人は既に王都で動いている。盟主の枕元には、侍女が一人。


 それが今の、最善だった。


―――


 出発直前。


 レオンは隊列の先頭に立つ前に、一度だけミチカの部屋を振り返った。


 窓は閉じている。薄い朝の光が、硝子越しにかすかに室内を照らしているはずだ。


 その向こうに、体力値二のまま眠り続ける盟主がいる。


 ――盟主。


 レオンは心の中で呼びかけた。


 俺たちは行きます。あなたの代行委任状を持って。あなたが作った制度を武器にして。あなたが受け入れた人たちと一緒に。


 だから――


 窓の硝子越しに、何かが動いた気がした。


 レオンの足が止まった。


 目を凝らす。距離がある。朝靄(あさもや)が薄くかかっている。人影が揺れたような――光の加減か。わからない。


 だがそう思った矢先、館の扉が開いてミナが駆け出してきた。


「レオンさん! 今、ミチカ様が――」


 ミナの目が大きく見開かれている。


「唇が、動いて……声は出ていなかったんですけど、口の形が――『命令』って……!」


 レオンの背筋に電流が走った。


 覚醒か。


 ノアが足早に戻り、ミチカの手首に指を当てた。数秒。


「……体力値は二のまま。変動なし。意識レベルに変化は見られない」


 覚醒ではない。


「ただし――脈拍にわずかな変動がある。深い昏睡(こんすい)中の不随意運動の可能性が高い」


 ノアはそこで一度言葉を切った。指はまだミチカの手首に当てられている。


「――だが、あの盟主殿だ。完全には否定しない」


「ミチカ様……」


 ミナがベッドの脇に膝をつく。ミチカの顔は穏やかだ。呼吸は浅いが安定している。唇はもう動いていない。


 レオンはミナを見た。


 ミナはレオンを見た。


 言葉は要らなかった。


「――行ってきます」


 レオンは(かかと)を返した。


 隊列が動き出す。リオが先頭の荷駄を確認し、ノアが最後尾の衛生班に指示を出し、ユリウスが付帯条項の写しを懐に確かめた。


 朝日が、東の稜線(りょうせん)を越えた。


 ミナはミチカの手を握ったまま、窓の外を見つめていた。


 四人の背中が、朝靄の中に消えていく。


「ミチカ様」


 ミナは小さく呼んだ。


「みんな、行きました。ミチカ様が作った制度を持って。ミチカ様が救った人たちと一緒に」


 返事はない。


 体力値は二。


 覚醒予測は最短であと一日――もしかしたら、もっとかかるかもしれない。


 ミナはミチカの手を、両手で包んだ。


「私はここにいます。ずっと」


 窓の外で、馬蹄(ばてい)の音が遠ざかっていく。


 ――命令。


 あの唇の動きが覚醒の前兆だったのか、ただの不随意運動だったのか。


 誰にもわからない。


 でもレオンは信じることにした。


 あれは命令だ。


 行け、という命令だ。


 そしてミナは信じることにした。


 あれは約束だ。


 必ず目を覚ます、という約束だ。


 王都では今頃、ヴェルナーが陽動の準備を始めているはずだ。


 カイからの第五報が届くのは、おそらく今日中。


『邸の警備が動いた、今しかない』――その一行が届いた時、全てが動き出す。


 部隊は王都へ向かった。


 盟主は眠り続けている。


 侍女は、その手を離さない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ