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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第62話:兵糧攻め

 沈黙が、重い。


 作戦室の蝋燭(ろうそく)が三本。うち一本はもう芯が短くて、ちらちらと影を揺らしている。


 ユリウスが腕を組んだまま壁に背を預けている。レオンは立ったまま、剣の柄に手を置いている。リオだけが椅子に座っているが、いつもの軽口が出ない。ノアは窓際で、外の闇を見ている。


 四人。


 たった四人の統治者。


 相手は三百。


 明朝到達。


 ……誰も、口を開けない。


 あの夜、私の体力値は一だった。


 ベッドの上で意識を失っていた私に、この場面を見ることはできない。


 だから――これは後から聞いた話を、私なりに(つな)ぎ合わせて再構成したものだ。


 ミナが見たこと。


 レオンが報告してくれたこと。


 ユリウスが、珍しく自分の言葉で語ってくれたこと。


 リオが照れ隠しに笑いながら話してくれたこと。


 ノアが、短い言葉の端々(はしばし)(にじ)ませてくれたこと。



 四人がどうしたか。


 私がいない場所で、何が起きたか。


 正確な再現ではないと思う。でも、あの夜のことを書き残すなら、こう書くしかない。


 ――これは四人の物語だ。


―――


 最初に沈黙を破ったのは、リオだった。


「ひとつ、確認していい?」


 低い声。いつもの商人モードの、あの飄々(ひょうひょう)とした調子ではない。


「保管庫。焼かれたよね」


 レオンが顎を引く。


「……ああ。人命優先で撤退しました。自分の判断です」


「責めてない。聞きたいのはそこじゃない」


 リオが指を一本立てた。


「焼かれたのは――(おとり)だ」


 ユリウスの眉がぴくりと動く。


「帳簿の本物は秘匿拠点に分散移送済み。先遣隊が焼いたのは、俺がわざと残しておいた囮の写し。……で、ここからが大事なんだけど」


 リオが全員の顔を見回す。


「敵は、あれを本物だと思って焼いた」


 一拍の間。


 ノアが振り返った。


「……目的は達成済みと誤認している」


「そう。敵の作戦目標は証拠隠滅だった。先遣隊は保管庫を焼いた。任務完了。――って報告が、もう本隊に上がってるはずだ」


 レオンの目が鋭くなる。


「本隊が来る理由が――」


「半分消えてる」


 リオが指を鳴らした。


「帳簿は焼けた。物流拠点も潰した。なのにまだ三百で来るのか? 来るなら目的は別にある。だけど兵站(へいたん)の計算は『帳簿を焼く短期作戦』で組んでるはずなんだよね」


 ユリウスが壁から背を離した。


「……なるほど。補給計画が合わない、か」


「私兵三百。王命なし。正規の兵站支援なし。現地調達に頼るしかないけど――」


 リオが地図を引き寄せる。指が街道を辿(たど)った。


「南の穀倉地帯からの補給路は連盟物流網の管轄。東の河川ルートは先遣隊が使ったけど、あそこは片道の急流で荷駄が上れない。西は――見てのとおり、ヴァルト山脈の険路だ。荷馬車が通れる道は一本もない」


 指が北を指す。


「そして北はフリードリヒ領――味方だ。先遣隊侵入の時点で、国境の山道の封鎖を依頼してある。大部隊が通れる道は元々(もともと)ないが、小規模な荷駄が抜ける間道が二本あった。今はどちらもフリードリヒ側が塞いでくれている」


 ノアが静かに口を開く。


「四方の補給路が全て封じられている。三百の兵が携行できる食糧は、強行軍で三日分。現地調達が断たれれば――」


「三日で枯渇する」


 リオが断言した。


 レオンが腕を組み直した。


「……現地の略奪は。住民から食糧を奪う可能性を考慮すべきです」


「考えてある」


 リオの声に、商人の冷徹さが混じった。


「連盟の備蓄管理制度――覚えてるだろ。各戸の余剰食糧は共同備蓄倉庫に集約して、手元には三日分だけ残す仕組みだ。ミチカが飢饉(ききん)対策で作った制度だけど、こういう局面でも効く。三百人の胃袋を満たすには、各戸の備蓄を全部かき集めても足りない」


 ユリウスが鼻を鳴らした。


「そもそも、王命なき私兵が住民から食糧を強制徴発すれば、それ自体が反乱行為の追加証拠になる。……やってくれるなら、むしろ法的にはありがたいくらいだ」


「戦わなくていい」


 リオが言い切った。


「補給を断てば、三日で動けなくなる」


―――


 ユリウスが地図の上に法令集を広げた。


「法的な整理をしておこう。――王命なき私兵の武力行使は、王国法第三章十七条により反乱と認定できる。グレゴールが第二宰相の名代だろうが関係ない。王璽局の発行した動員令がない以上、あれは私的な武装集団だ」


「反乱認定を出せるのは」と、レオン。


「本来は王都の法務院だが――」


 ユリウスの口元が、わずかに(ゆが)む。皮肉屋の笑みだ。


「自治領宣言と連盟規約の防衛条項に基づけば、連盟の合議体が領域内の武装侵入に対して『反乱相当の武力行使』と認定し、防衛行動をとる法的根拠がある。……ミチカが起草した規約、こういう時のために書いてあるんだよ」


 レオンが(うなず)く。


「であれば、我々(われわれ)の防衛行動は合法ということですね」


「合法。そして相手は違法。――この非対称性を、戦場ではなく補給線で使う」


 ユリウスがレオンを見た。


「レオン。防衛線の配置を変えられるか」


「……どのように変更されますか」


「正面で受けるな。補給路を封鎖しろ」


 レオンの表情が変わった。武人の直感が、何かを(つか)んだ顔だ。


「街道の三箇所に盾壁を置きます。先遣隊で使った袋小路の応用です。通さなければいい。――ただ」


 レオンの声が低くなる。


「人が足りません。三箇所の封鎖線を維持するには、最低でも百二十は要る。今、動ける兵は治安隊と民兵合わせて七十三名です」


 五十名近く足りない。


 リオが頭を()いた。


「連盟加盟領に援軍を要請する……って言いたいけど、今から早馬を出しても間に合わない。明朝だぞ」


 ――だが、とリオは続けた。


「一つだけ、手は打ってある」


 三人の視線がリオに集まった。


「フリードリヒ領の徴税兵――覚えてるだろ、国境で食料を渡した連中。あいつらとは、あの後も非公式に情報を遣り取りしてた」


 リオが腕を組む。


「第二宰相派の動きが怪しくなった時点で、最初の一報を入れてある。

『連盟領域に対する軍事的圧力の兆候あり、相互防衛条項の発動を視野に入れている』――ってな。


 あの時点ではまだ情報共有だ。


 フリードリヒ側も即座に動いたわけじゃないだろうが、少なくとも心構えはできていたはずだ」


 ユリウスの目が細くなった。


「……それで、先遣隊が来た時に第二報を入れたのか」


「ああ。先遣隊が領内に侵入した時点で、徴税兵経由の第二段階――『侵入確認、防衛条項発動の可能性が高い、動員の準備を推奨する』と伝えた。正式な援軍要請じゃない。ただの情報更新だ。……建前上はな」


 リオが肩をすくめた。


「フリードリヒが実際に動くかどうかは賭けだった。あの腰抜け領主が兵を出す度胸があるとは、正直思ってなかった。だが――事前に二度の警告を入れてある。動員の準備期間は、少なくとも与えてある」


 再び、沈黙。


 蝋燭がまた一本、消えかけた。


 ――その時だった。


―――


 扉を(たた)く音。


 レオンが即座に剣に手をかける。ノアが扉に近づき、低い声で確認した。


「誰だ」


「伝令。南街道の哨戒(しょうかい)所からです」


 ノアが扉を開ける。息を切らした若い治安隊員が、泥だらけの軍靴のまま駆け込んできた。


「報告します! フリードリヒ領の民兵、およそ百名が南街道の中継地に到着しています!」


 四人が、同時に固まった。


「……来たのか」とリオ。声が(かす)れていた。


「フリードリヒ領主の代官が指揮を執っています。北の直通路は大部隊が通れないため、東に迂回(うかい)して南街道から入ったとのことです。第一報を受けた時点で動員を開始していたため、行軍が間に合ったと――これを」


 伝令が、一通の書簡を差し出した。


 ユリウスが受け取り、封蝋(ふうろう)を確認する。


「……フリードリヒの領主印だ」


 開封。


 中身を読むユリウスの目が、みるみる見開かれた。


「連盟加盟契約、第七条――相互防衛条項。加盟領の一が武力による侵害を受けた場合、他の加盟領は可能な範囲で防衛支援を行う義務を負う」


 リオが立ち上がった。


「書面にはこうある。『連盟加盟契約に基づき、隣領民兵百名を防衛支援として派遣する。指揮権は連盟合議体に委ねる』」


 沈黙。


 だが、さっきまでの重い沈黙とは違う。


「……あの飢饉隠蔽の腰抜け領主が」とユリウスが(つぶや)く。「まさか、自分から書面を出すとは」


 リオが書簡をもう一度(のぞ)き込んだ。


「徴税兵だ。あいつらがフリードリヒに進言したんだろう。『連盟は本物だ、動くなら今だ』って。――俺が()いた種は、情報だけだった。判断したのはあいつらだ」


 あの時の種が、芽を出した。


 リオが食料を渡し、情報を受け取り、信頼を少しずつ積み上げた――あの非公式な関係が、今、正式な軍事支援として返ってきた。


 レオンが深く息を吸った。


「百名。合わせて百七十三。――三箇所の封鎖線を維持できます」


「受けるか」とノアが、四人に問うた。


 静かな声だった。だが、その一言に四人の統治者としての覚悟が凝縮されている。


 連盟の相互防衛条項。書面上は存在していた。だが、実際に発動されたことは一度もない。これを受諾すれば――連盟は紙の上の約束から、血の通った同盟に変わる。


「合議で決める」


 ユリウスが言った。


「賛成です」


 レオンが即答した。


「賛成。――ていうか、俺が一番驚いてるんだけど」とリオ。


「賛成」


 ノアが頷いた。


「全会一致。フリードリヒ領の防衛支援を受諾する。――連盟相互防衛条項、初の発動だ」


 ユリウスがペンを取り、受諾の返書を書き始める。その手が、わずかに震えていた。


 皮肉屋の法務官が、震えている。


 ――後でユリウスは、こう言った。


「あいつが作った仕組みが、あいつがいなくても動いていた。……あの返書を書いている時、初めてそう思った」


 珍しく、皮肉のない声だった。


―――


 作戦が固まった。


 レオンが封鎖線の配置を決め、リオが連盟物流網の遮断ポイントを指定し、ユリウスが反乱認定の法的文書を起草する。ノアは――


「少し外します」


 ノアが作戦室を出た。


 向かった先は、病室だ。


 薄暗い部屋の中で、ミナがミチカの手を握ったまま、椅子に座っていた。眠っていない。目の下に(くま)がある。


「ノアさん……」


「確認だけさせてくれ」


 ノアがミチカの手首を取り、脈を診る。指先に伝わる拍動を数え、次に(まぶた)をそっと持ち上げて瞳孔の反応を確かめた。呼吸の深さ、肌の色、唇の乾き――一つ一つを、無言で確認していく。


 薬師としての手つきだった。淡々(たんたん)と、しかし指先だけは丁寧に。


「……脈が安定してきている。昨夜より明らかに強い」


 ノアが静かに言った。


 ステータスオープンはミチカ本人にしか使えない。だからノアは、薬師の経験則で判断するしかない。脈の強さ、呼吸の深さ、瞳孔が光に反応する速度――それらを総合して、ノアは言った。


「体力値は――おそらく二まで戻っている。薬師の見立てだが、この回復の仕方は体力値一から二に転じた時の兆候と一致する。ゼロに向かっていた身体が、反転した」


「……ミナ」


「はい」


「一晩中、ここにいたのか」


 ミナが小さく頷いた。


「容態に変化はあったか」


「さっき……ほんの少しだけ。瞼の下で、目が動いたんです。夢を見ているみたいに」


 体力値二相当。意識はまだ戻らない。だがゼロに向かっていた数字が、反転した。


 ノアは何も言わず、毛布を直し、枕元の水差しを替えた。


「ミナ、少し休め」


「いえ、ここにいます」


 ノアは一瞬だけ目を伏せた。


 ミナが一晩中眠らずにミチカの傍にいて、瞼の下の微かな動きにまで気づいてくれていた。薬師が定期巡回で拾えるものではない。ずっと見ていなければ、わからない変化だ。


「……助かった」


 小さな声だった。ミナには聞こえたかどうか、わからない。


―――


 作戦室に戻ると、空気が変わっていた。


 カイからの第二報。


 ユリウスが書簡を持ったまま、立ち尽くしている。リオの顔から血の気が引いている。レオンだけが、剣の柄を握り締めて前を見ていた。


「……何があった」


 ノアが問う。


 ユリウスが、書簡を広げた。


「カイからの暗号伝文だ。――カイが王都に潜入する前に、片道の伝書(はと)経路を仕込んである。鳩は訓練された巣に戻る。カイの手元から此方(こちら)へは送れるが、此方からカイへは返せない」


 ノアが頷く。先を促した。


「二点ある。――第一、私兵本隊三百の指揮官はグレゴール本人。第二宰相の右腕が、自ら辺境に来る」


 部屋の温度が下がった気がした。


「第二――」


 ユリウスの声が、低く、硬くなった。


「王都にて、第二宰相派が王位継承者の幽閉を画策中。カイの協力者からの緊急報告」


 全員が、息を()んだ。


 グレゴールが来る。


 第二宰相派の軍事部門の頂点が、三百の私兵を率いて、自ら来る。


 ――そして王都では、王位継承者が囚われようとしている。


 沈黙の中で、最初に動いたのはユリウスだった。


 だが、その声にはいつもの皮肉がなかった。法務官としての、剥き出しの危機感だけがあった。


「……王位継承者の幽閉が成立すれば、第二宰相派は錦の御旗を手にする。王位継承者の名で『反乱鎮圧令』を出させることもできる。そうなれば、我々の防衛行動は『正当な鎮圧への抵抗』に書き換えられる。――法的な非対称性が、逆転する」


 ユリウスが拳を地図に叩きつけた。


「俺が積み上げてきた法的根拠が、全部ひっくり返るんだ。合法と違法の境界線を、あいつらは王位継承者ごと塗り替えようとしている」


 レオンの拳が白くなった。


「……それは、我々だけの問題ではありません。王国の法秩序そのものが――」


「ああ。崩れる。第二宰相派が王位継承者を握れば、どんな私兵の暴虐も『勅命』の二文字で正当化される。辺境だけじゃない、王国全土の話だ」


 リオが唇を()んだ。


「……カイの協力者に伝文を返せるか。王都の穏健派に情報を流せれば、幽閉の動きを牽制(けんせい)できる」


「鳩は一方通行だ。此方からは送れない」ユリウスが首を振る。「だが――次の定時連絡は三日後だ。カイが定時で鳩を飛ばしてくる。その時に巣に残した指示書で、王都側への警告を出せる」


「三日」とノアが言った。


「三日だ」とユリウスが繰り返した。


 リオが最初に声を上げた。


「……グレゴール本人が来るなら」


 全員がリオを見た。


「捕まえれば、終わる。第二宰相派の私兵は指揮官を失えば瓦解する。辺境で頭を押さえれば、王都の幽閉計画にも時間的猶予が生まれる――」


「だが」とユリウスが遮った。


「グレゴールを捕縛しても、それだけでは第二宰相派は倒れない。奴らを法的に壊滅させるには、インベントリの中の決定的証拠が要る。帳簿王都写しの所在、封蝋の一致、暗殺指令書――全部、ミチカのインベントリに入っている」


「そしてインベントリは」とノアが静かに言った。


「ミチカが意識を取り戻さなければ、使えない」


 体力値二相当。


 目が動いた。


 でも、まだ目覚めない。


 レオンが、剣の柄から手を離した。


「整理します」


 全員がレオンを見た。硬い声だが、揺れていない。


「戦場の時間制限――明朝、グレゴールが来る。封鎖線で補給を断ち、三日で行動不能に追い込む。これはレオンが指揮を執ります」


 自分を三人称で呼ぶ癖。任務に切り替えた証だ。


「法の時間制限――三日以内に、反乱認定の法的文書を完成させ、カイへの定時連絡で王都に警告を出す。これはユリウス殿の領分です」


 ユリウスが頷く。


「物流の時間制限――三日間、一粒の麦も一滴の水もグレゴールに渡さない。連盟物流網の完全遮断。これはリオの仕事です」


 リオが地図を叩いた。「任せろ」


「そして――」


 レオンが、病室の方角を見た。


「病室の時間制限。ミチカ殿が意識を取り戻し、インベントリから決定的証拠を取り出す。これだけは、我々にはどうすることもできない」


 二つではない。四つの砂時計が、同時に落ち始めていた。


 ノアが振り返り、病室の方を見た。


「三日。――それだけあれば」


 誰も「大丈夫だ」とは言わなかった。


 代わりに、四人は頷き合った。


 夜明け前の闇の中で、蝋燭の最後の一本が、まだ燃えていた。

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