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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第52話:五つの論破

 裏帳簿の読み上げが三件目に差しかかったとき、シュヴァルツが動いた。


「――待て」


 低い声だった。


 追い詰められた獣が最後に見せる、あの静かな凶暴さ。


 会場がしん、と凍る。


 シュヴァルツは懐から一通の文書を取り出した。封蝋(ふうろう)はすでに割られている。丁寧に折り畳まれた羊皮紙を、監査団長の権限で記録官に手渡す。


「監査団長シュヴァルツの名において、追加証拠を提出する」


 あ。


 来た。


 ……来ちゃったよ、これ。


 私の体力値は現在三。ミナの肩を借りて、かろうじて椅子に座っている状態だ。視界がときどきぼやける。でも頭だけは回っている。回っていなきゃ困る。


 記録官が文書を広げた。


「領主ミチカ名義の徴発令。日付は本年第三の月、十二日。内容は……領民の穀物備蓄および家畜の強制徴発。署名はミチカ・フォン・ヴァイスフェルト」


 ざわ、と波が広がった。


 領民たちの視線が私に集中する。


 来たぞ。偽造徴発令。


 カイの事前情報どおり、冤罪(えんざい)告発状との二段構え。告発状で横領の疑惑を作り、この徴発令で「領主が民の財産を奪った物証」を突きつける。


 領民の信用値を直撃する、最悪の一手。


「この徴発令は領主ミチカが自領民に対し行った不当な財産収奪の証拠である。横領の告発と合わせ、当領主の統治能力の欠如は明白――」


 シュヴァルツの声は淡々(たんたん)としている。追い詰められているはずなのに、この文書だけは自信がある。そういう顔だ。


 まあ、そうだろう。


 この偽造は精巧だ。ベッカーに書かせたんだから。


 でもね。


 精巧だからこそ、崩し甲斐(かい)がある。


「ユリウス」


 私は小声で呼んだ。


 ユリウスが一歩前に出る。


「代行権限に基づき、異議を申し立てます」


 シュヴァルツの目が細くなった。


「領主本人がそこにいるのだ。本人に弁明させればよかろう」


「出席制限形式に基づき、領主への直接尋問は制限されています。医療証明に署名した王都公印の立会人の名前、お忘れですか?」


 アルブレヒトの署名。第一宰相派勅使が残してくれた、あの医療証明。


 シュヴァルツの唇が微かに引きつった。


「……代行者の異議を認める。だが文書の真正性には影響しない」


「では、真正性を検証しましょう」


 ユリウスが記録官から文書を受け取り、会場全体に見えるよう高く掲げた。


「まず書式。当領の徴発令は領主署名の上に領印を押す形式です。この文書には領印がない。領印なき徴発令は、当領の行政手続き上、無効です」


 一つ。


「次に日付。第三の月十二日。この日、領主ミチカは隣領フリードリヒ(きょう)との外交会談のため終日不在でした。会談記録は公文書として保管済み。同日に領内で徴発令を発行することは物理的に不可能です」


 二つ。


 ざわめきが大きくなる。領民たちの目が変わり始めている。


「そして署名」


 ユリウスが文書を傾け、署名部分を示した。


「当領の公文書におけるミチカ様の署名は、すべて監査標準書式に則り記録官の副署を伴います。この文書に副署はない。……まあ、偽造するなら副署まで用意すべきでしたね。手抜きが過ぎる」


 皮肉の刃がシュヴァルツを切り裂く。


 でも、まだ足りない。


 書式と状況証拠だけじゃ「形式不備の本物」と言い逃れされる可能性がある。


 ここからが本番。


「ミチカ様」


 ユリウスが私を見た。


 わかってる。


 私はミナの手を借りて立ち上がった。足が震える。でも、手は動く。


 文書を目視する。


 羊皮紙の質感、インクの色、繊維の走り方。全部見えた。


 ――インベントリ、起動。


 手を伸ばし、文書に触れる。格納。


 一瞬で羊皮紙が私の手の中に消え、代わりに情報が流れ込んでくる。


 素材情報。産地。加工年月。繊維の組成。


 ……やっぱりね。


「この羊皮紙は王都産です」


 私の声は小さかったけど、静まり返った会場には十分届いた。


「当領で使用する公文書用羊皮紙は、すべて領内の工房で製造しています。繊維の処理法が違う。王都の業者は石灰処理を二回行いますが、うちの工房は一回。インベントリの格納情報で産地が特定できます」


 シュヴァルツの顔色が変わった。


 インベントリによる文書鑑定。


 偽遺言状のときに確立した先例が、ここで再び効いた。


 私は羊皮紙をインベントリから取り出し、記録官に返した。


「公的記録に残してください。この文書は当領の羊皮紙ではなく、王都産の素材で作成されたものです」


 記録官の羽ペンが走る音だけが響いた。


 ユリウスが畳みかける。


「ベッカー殿。証人として確認を求めます」


 ベッカーが席から立ち上がった。痩せた体が震えていたが、声ははっきりしていた。


「……この文書の筆跡は、私のものです」


 会場が揺れた。


「私が書きました。シュヴァルツ殿の指示で、隣領の宿で書かされました。署名の筆跡は、領主ミチカ様の過去の文書を模写したものです。……冤罪告発状も、同じ経緯で作成されました」


 ベッカーの声が途切れた。


 一瞬の沈黙。


「筆跡は一致します」


 ベッカーは続けた。


「冤罪告発状も、この偽造徴発令も、裏帳簿の記帳も、すべて同じ筆跡です。なぜなら、すべて私が書いたからです」


 偽造の全貌が、白日のもとに(さら)された。


 書式の矛盾。日付の不可能性。署名の不備。羊皮紙の産地。筆跡の一致。


 五つの証拠が、一枚の偽造文書を完全に粉砕した。


 ……よし。


 でも、まだ終わりじゃない。


「エルヴィン殿を証人として召喚します」


 ユリウスの声に、会場の空気が変わった。


 エルヴィンは監査団の随員席にいた。顔が青白い。


 灰色証人。


 (うそ)をついているのではなく、偽情報を信じ込まされている人間。


 ステータスオープン。


 エルヴィンの情報が視界に浮かぶ。


 嘘反応:なし。


 確信度:高。


 情報源信頼度:操作済み。


 やっぱりだ。


 この人は嘘をついていない。本気で私が横領したと信じている。シュヴァルツに渡された情報だけを見れば、そう結論づけるのが自然なように組み立てられている。


 精巧な冤罪工作。


 嘘つきを証人にするのではなく、善良な人間に偽情報を信じ込ませて証言させる。


 本人に嘘の自覚がないから、どんな尋問にも揺るがない。


 ……最悪の手口だ。


 エルヴィンが証人台に立った。


「エルヴィン殿。あなたは領主ミチカが領民の財産を横領したと確信していますか」


 ユリウスの問いに、エルヴィンは(うなず)いた。


「確信している。徴発令の写しと、横領の証拠書類を確認した。シュヴァルツ殿から直接――」


 止まった。


 エルヴィンの目が泳いだ。


 今、自分が何を言ったか気づいたのだ。


「シュヴァルツ殿から直接、何を受け取りましたか」


 ユリウスが静かに問う。


「……指示、を」


 エルヴィンの声が震えた。


「指示書を受け取った。証拠書類の確認手順と、監査当日の証言内容について……」


 会場がどよめいた。


 監査団長が証人に指示書を渡していた。


 証言内容を事前に指定していた。


 これはもう、監査じゃない。冤罪の製造工程だ。


 私は椅子から立ち上がった。


 体が重い。視界が揺れる。でも、これだけは私が言わなきゃいけない。


「エルヴィンさん」


 彼が顔を上げた。恐怖と混乱が入り混じった目。


 怒りを、ぶつけるべき場面かもしれない。


 この人は私を追放し、王都で第二宰相派に合流し、冤罪工作の片棒を担いで戻ってきた。


 でも。


 ステータスが示しているのは、操作された人間の姿だ。


「あなたも被害者です」


 私はそう言った。


「あなたは偽の情報を信じ込まされていた。シュヴァルツ殿に利用されていたんです。あなたが見た証拠書類は、すべてベッカーさんに書かせた偽造品でした」


 エルヴィンの目が見開かれた。


「私は、あなたを憎みません。でも真実は知ってください」


 沈黙。


 エルヴィンの唇が震えた。


「……シュヴァルツ殿から渡された指示書は、まだ私の荷物の中に」


 それだけ言って、エルヴィンは崩れるように席に座り込んだ。


 会場の空気が、完全に変わった。


 領民たちのざわめきが、怒りから安堵(あんど)へ、安堵から信頼へと変質していく。


 ステータスで確認する。


 領民信用値――閾値(しきいち)突破。


 数字が跳ね上がっていた。裏帳簿の読み上げで上昇していた信用値が、偽造の粉砕とエルヴィンへの憐憫(れんびん)で一気に閾値を超えた。


 ……勝った。


 シュヴァルツは沈黙していた。


 裏帳簿。偽造徴発令の粉砕。冤罪告発状の崩壊。灰色証人の自壊。すべての切り札が折られ、すべての証拠が敵に向いている。


 もう何も言えないのだ。


 ユリウスが一歩前に出た。


「以上の証拠に基づき、宣言します」


 彼の声は静かだったが、会場の隅まで届いた。


「第二宰相派監査団の監査は、冤罪構築を目的とした不正行為であったことが立証されました。監査団の即時解散を命じます。すべての証拠は封印の上、王都の王璽局へ送付します。写しは当領の公文書館に永久保管とします」


 記録官が最後の一行を書き終えた。


 羽ペンが置かれる音が、やけに大きく響いた。


 終わった。


 第二章の監査編、実質的な決着。


 私たちは勝った。制度で。能力で。そして、人の信頼で。


「ミチカ様……!」


 ミナの声が聞こえた。


 あれ。


 足の感覚がない。


 視界が暗くなる。体が傾く。ミナの腕が私を支えようとして、支えきれなくて、椅子ごと崩れ落ちそうになった。


「ミチカ様!」


 ミナの悲鳴。


 レオンが駆け寄り、私の体を受け止めた。


「ノア!」


「体力値、二」


 ノアの声が遠くから聞こえる。淡々としているのに、微かに震えていた。


「体力値二。即時安静が必要です。これ以上の活動は――」


 聞こえなくなった。


 意識が落ちていく。


 勝ったのに。


 やっと勝ったのに。


 暗闇の中で、最後に聞こえたのはカイの声だった。


「王都から早馬。第二宰相派、動いた」


 短く、低く、端的に。


 カイらしい報告だった。


 意識が沈んでいく。体力値二。もう、指一本動かせない。


 五人の声が、遠い水底のように響いていた。

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