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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第50話:代理人の戦い

 ――暗い。


 あ、これ、やばいやつだ。


 体力値七で踏ん張ってた私の意識が、ベッカーの名前を聞いた瞬間にぷつんと切れた。


 まるでスマホの充電が1%から0%に落ちるみたいに。あの無慈悲な画面暗転。前世でも何度か経験したけど、こっちの世界だと比喩じゃなくてガチで命に関わるからほんと勘弁してほしい。


 最後に聞こえたのは、ミナの声だった。


「ミチカ様ッ!!」


―――


 ミナの悲鳴が広場を切り裂いた。


 台車付き椅子から崩れ落ちかけたミチカの小さな体を、レオンが間一髪で受け止める。蒼白(そうはく)を通り越して紙のような顔色。呼吸は浅く、速い。


「ノア!」


 レオンの鋭い声に、ノアは既に動いていた。外套(がいとう)の裏から薬(のう)を引き出し、ミチカの手首に指を当てる。


「脈拍、百二十超。意識なし。ただちに搬送する」


「待て」


 冷たい声が割って入った。


 監査団長シュヴァルツが立ち上がり、禿()げ上がった額に浮いた汗を拭いもせず、広場を見渡す。その口元には、隠しきれない笑みがあった。


「領主が意識を失った。これは統治放棄に該当する。王国法第三十一条に基づき、本監査は領主不在による統治放棄と認定し――」


 来た。


 これだ。これがシュヴァルツの本命。


 不在弾劾計画。


 ミチカが病身で出席したから一度は潰れたその計画が、意識喪失という最悪の形で復活した。


 広場にざわめきが走る。領民たちの不安が波紋のように広がっていく。


「――よって、当領の統治権は即時停止とし――」


「お待ちください」


 静かな、けれど広場の隅まで届く声。


 ユリウスだった。


 椅子から立ち上がりもせず、足を組んだまま。手には一通の羊皮紙。


「監査団長殿。お言葉を遮って申し訳ないが、そのご高説には法的根拠が不足しています」


「何だと」


「領主ミチカの署名入り代行委任状です。本日付、王都公印を持つ第一宰相派勅使アルブレヒト殿の立会い署名付き」


 ユリウスが羊皮紙を広げ、シュヴァルツに向けて掲げた。


「領主が健康上の理由で職務遂行が困難な場合、事前に指名された代行者が全権を行使できる。これは先ほど承認された出席制限付き公開監査の延長線上にある制度的担保です」


 シュヴァルツの目が細まった。


「……代行委任状だと? そのような書式は王国法に規定がない」


「ええ、規定がない。つまり禁止もされていない」


 ユリウスの唇が薄く弧を描く。


「王国法に明文の禁止規定がない行為は、慣習法上の先例によって有効性が判断されます。そして本委任状には、王都公印を持つ勅使の署名がある。……アルブレヒト殿」


 広場の端で腕を組んでいた第一宰相派勅使アルブレヒトが、ゆっくりと(うなず)いた。初老の痩せた男。表情は読めないが、その頷きは明確だった。


「私の署名に相違ない。医療証明に署名した時点で、代行委任状の法的整合性も確認済みだ」


 シュヴァルツの顔が赤く染まった。


「しかし! 領主不在の監査など前例がない! 代行者による応答は正式な監査記録として認められ――」


「認められます」


 ユリウスが遮った。今度は立ち上がって。


「アルブレヒト殿の署名付き医療証明は、領主の健康状態が監査出席に堪えないことを公的に証明しています。


 尋問延期条項の適用条件を満たしている以上、領主尋問は延期。


 ただし監査自体は代行者の応答をもって続行可能。


 これは延期条項の趣旨――『監査の公正な遂行を確保する』――に合致する解釈です」


 法的ロジックの三段論法。完璧。


 ……いや、私いま意識ないんだけど。なんでこんな詳しく分かるかって?


 後でミナが全部教えてくれたからです。ミナの実況中継能力、ほんとに異常。たぶん前世ならスポーツ解説者になれた。


「監査団長殿」


 アルブレヒトが一歩前に出た。


「第一宰相派の勅使として申し上げる。代行委任状と医療証明の法的整合性に瑕疵(かし)はない。ここで監査を打ち切れば、打ち切った側の手続き違反となる。……それでもよろしいか?」


 沈黙。


 シュヴァルツは歯を食いしばり、それから吐き捨てるように言った。


「……続行する」


―――


 ベッカーの尋問が始まった。


 領主不在。代行者ユリウスが応答席に座る。


 これが、代行体制の究極の試験だった。


 ミチカがいない。ステータスオープンが使えない。(うそ)反応の検知ができない。


 でも、制度はそのために作ったのだ。


「では、証人ベッカー。あなたが作成したとされる帳簿について証言を求めます」


 シュヴァルツがベッカーに向き直った。


 ベッカーは五十がらみの痩せた男だった。元御用商会の経理人。頬はこけ、目の下に深い(くま)。手が震えている。


「……は、はい」


「あなたは領主ミチカの指示により、領の穀物備蓄を私的に横流しした事実を帳簿に記録しましたか?」


 誘導尋問。露骨すぎる。


 ベッカーが唾を飲み込んだ。その目が一瞬、シュヴァルツの背後にいる護衛――暗殺経験者の男――に向けられた。


「……記録、しました」


 ざわ、と広場が揺れた。


「嘘だ!」と叫ぶ領民の声。「ミチカ様がそんなことするわけない!」


 だが証人の証言は重い。ミチカのステータスがなければ、嘘を即座に暴く手段がない。


 ユリウスが静かに手を挙げた。


「証人に質問する権利を行使します」


「代行者に尋問権はない」


「監査規定第十七条、出席制限付き公開監査における代行者の権限は、領主の応答権と同等と定められています。先ほどご自身が続行を承認された形式ですが?」


 シュヴァルツが黙った。自分で認めた形式に自分で縛られている。


「では、ベッカー殿。一つだけ確認させてください」


 ユリウスの声は穏やかだった。


「あなたのご家族は、今どちらにおられますか?」


 ベッカーの顔から血の気が引いた。


「な……」


「妻のマルタ、長女エリーゼ、長男ハンス。三人とも、王都のグラーフ通り三番地の借家から二週間前に姿を消しています」


 広場が静まり返った。


 ユリウスの隣から、影のように一人の少年が進み出た。


 カイだった。


「報告。シュヴァルツの護衛三名のうち一名、左側面の男。腰の短剣に暗器の仕込みあり。先刻、証人席方向に移動しかけた。……制圧済み」


 淡々(たんたん)と。必要最低限の言葉で。


 広場の端で、治安隊員二人がシュヴァルツの護衛の一人を押さえつけているのが見えた。


 カイが続けた。


「さらに報告」


 懐から封書を取り出す。


「王都の情報源から入手。第二宰相派の管理下にある借家の記録。グラーフ通り三番地。借主名義は第二宰相派の下級官吏。現在、女性一名と子供二名が外出禁止で拘束中」


 封書がユリウスの手に渡る。ユリウスが中身を確認し、アルブレヒトに見せた。


 アルブレヒトの表情が、初めて動いた。眉間に深い(しわ)


「……これは、確かに第二宰相派の管轄区域の物件記録だ」


 ユリウスがベッカーに向き直った。


「ベッカー殿。あなたの家族は第二宰相派に人質として拘束されている。違いますか」


 ベッカーの目から涙が(あふ)れた。


 (せき)を切ったように。止められないように。


「……すみません、すみません……」


「あなたの証言は脅迫下の強制証言です。家族の安全と引き換えに、偽りの証言を命じられた。そうですね」


「はい……はい……! 私は、私は嘘を……領主様は何も、何もしていない……!」


 広場がどよめいた。今度は怒りではない。同情と、そしてシュヴァルツへの怒り。


「監査団長殿」


 ユリウスの声が、氷のように冷たく広場に響いた。


「脅迫下の強制証言に基づく冤罪(えんざい)告発。これが貴殿の言う『書式では防げない手段』ですか。……残念ながら、制度で防げましたね」


 シュヴァルツの顔が土色に変わった。


―――


 ミチカが運び込まれた仮設天幕の中。


 ノアが額の汗を拭いながら、薬湯をミチカの唇に含ませていた。ミナが隣でミチカの手を握り続けている。離さない。絶対に。


「体力値は?」


 レオンが天幕の入口で尋ねた。中には入らない。警護の位置を崩さない。


「……三」


 ノアの声は平坦(へいたん)だった。けれど、薬嚢を握る手の力が強い。


「三……」


 レオンが息を()んだ。


「意識が戻る保証はない。だが、これ以上は下がらないよう安定させた」


 ミナがミチカの手を両手で包んだ。冷たい。こんなに小さい手で、こんなに重いものを背負って。


「ミチカ様……」


 小さな声。祈るような声。


 その時。


 ミチカの(まぶた)が、かすかに震えた。


「……み、な」


 薄く目が開いた。焦点の合わない瞳。けれど確かに、ミナの顔を見ている。


「ミチカ様!!」


 ミナの目から涙が零れた。


 ノアが即座にステータスを確認する。体力値三。意識レベルは最低限。だが、生きている。


「……監査、は」


「大丈夫です。ユリウスさんが全部やってます。制度が動いてます」


 ミナが必死に笑顔を作った。涙でぐちゃぐちゃだけど。


 ミチカの唇が微かに動いた。


「……そう。なら、いい」


 たった五文字。


 でもその五文字に、どれだけの信頼が詰まっているか。


 自分がいなくても、制度が動く。仲間が動く。属人じゃない。仕組みが、人を守る。


 ――これだ。


 これが、私がずっと作りたかったもの。


―――


 広場では、ベッカーが嗚咽(おえつ)を堪えながら口を開いていた。


「……本当のことを、話します」


 ユリウスが静かに頷いた。


「裏帳簿があるんです。本物の。御用商会の横流しの全記録。私が書いたものです」


「どこにある?」


「それは――」


 その瞬間、天幕からレオンが走り出てきた。その手には、カイから渡されたばかりの伝令紙。


「ユリウス!」


 レオンの声が鋭い。


「カイからの緊急報告。シュヴァルツの護衛、三名中の残り一名――左奥に配置されていた男が、いない」


 ユリウスの目が細まった。


「……いつから?」


「ベッカーの証言が崩れた直後。混乱に紛れて消えた」


 シュヴァルツの顔を見た。汗が噴き出している。だがその目は――焦りではなく、計算をしている目だった。


 消えた護衛。暗殺者の技能を持つ男。


 その男が向かう先は一つしかない。


 ベッカーが証言しようとしている、裏帳簿の在処。


「ベッカー殿」


 ユリウスの声が急いた。初めて、こいつの声に焦りが混じった。


「裏帳簿はどこだ」


 ベッカーが口を開きかけた、その時――


 天幕の中で、ミチカが薄い意識の中で(つぶや)いた。


「……カイに、追わせて」


 ミナが振り返る。ノアが目を見開く。


 体力値三。意識は朦朧(もうろう)。それでも、領主の判断は止まらない。


 レオンが頷いた。


「カイ! 追跡だ!」


 カイの姿は、もう広場になかった。


 レオンの声が届く前に、影は動いていた。


 ――裏帳簿の確保。


 時間との戦いが、始まった。

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