表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/64

第42話:救援契約

 回復薬の瓶が、あと三本。


 深夜の寝台で指先に瓶を転がしながら、私は壁の向こうから聞こえた報告を反芻(はんすう)していた。


 第二宰相派の密使が、第一宰相派勅使の宿駅に先回りしていた。つまり寝返りの可能性がある。


 ……最悪のパターンだ。


 医療証明書がなければ尋問延期は使えない。延期が使えなければ、体力値12の私が法務官の前に引きずり出される。そうなったら――


「ミチカ様」


 暗がりの中、ノアの声が落ちてきた。


 低くて静かで、だけど有無を言わせない響き。


「回復薬を一本使って意識を保っている現在の状態で、体力値は14。回復上限が下がっています。三本すべて使い切っても最大で19までしか戻りません」


 19。


 健康な成人の平均が80前後。


「尋問に耐えられる時間は?」


「最長で二刻。それを超えると意識が保てなくなります。最悪の場合――」


「死ぬ、と」


「……はい」


 淡々(たんたん)と言ってくれるのが、ノアのいいところだ。


 変に取り繕われるより、数字で殴ってくれたほうがいい。こっちも数字で殴り返せるから。


 現在の状況を整理しよう。


 監査まで残り二日。領主尋問権は法的強制。延期するには王都公印持ちの第三者が発行する医療証明書が必要。その第三者候補は、領内に滞在中の第一宰相派勅使アルブレヒトただ一人。


 でもそのアルブレヒトに、第二宰相派が先に接触済み。


 詰んでる?


 いやいや、まだだ。


 カイの報告は「密使接触の痕跡」であって、「寝返り完了」じゃない。痕跡があるだけなら、まだ交渉の余地はある。


 問題は――アルブレヒトの本心が読めないこと。


 ステータスオープンの射程外。


 これが痛い。遠距離から(うそ)反応を確認できないなら、直接会うしかない。


 直接会うしかない、のだけど。


 体力値14の私が宿駅まで歩けるかというと、正直かなり怪しい。


「ノア」


「はい」


「二刻じゃなくて――宿駅まで行って、交渉して、帰ってくるだけの時間は?」


 沈黙。


 数秒後、ノアが答えた。


「片道の移動に馬車を使い、交渉を四半刻以内に収めるなら……可能です。ただし、帰路で意識を失う確率が六割を超えます」


 六割。


 サイコロで言えば4以上が出たらアウト。


 ……上等じゃないか。


「もう一つ。回復薬の残り三本のうち、二本目は移動前に使います。三本目は?」


 ノアが一拍置いた。


「……温存してください。監査当日、尋問の場に立つなら――最後の一本がなければ、意識を保てません」


 つまり、今日の外出には二本目の回復薬一本で(しの)げ、と。


 明後日の監査に三本目を残す。そのために今日は六割の意識喪失リスクを負う。


 合理的だ。嫌になるくらい。


「わかった。――レオン」


 廊下の気配が動いた。


 扉の外で控えていたレオンが、静かに入ってきた。


「はい」


「私が戻るまで、館の守備指揮を任せます。来客があっても中には入れないで」


「……了解しました」


 一瞬、何か言いかけた口が閉じた。


 レオンの目が、暗がりの中でも分かるくらい真っ直ぐに私を見ていた。守りたい、と言いたいのだろう。でもこの人は、それを「任務」に変換できる人だ。


「ミチカ様。――ご無事で」


「命令じゃなくて?」


「……お願い、です」


 短く、硬く。


 感情を飲み込んだ声だった。


「行ってきます」


―――


 翌朝。


 ユリウスとリオが、夜明け前に宿駅へ向かった。


 私は一刻遅れで出発する。先に二人が場を作り、私が後から合流して射程内からステータスオープンをかける――それが作戦だ。


 出発前、館の玄関でレオンが直立していた。


「行ってらっしゃいませ」


 敬礼。崩れない姿勢。


 ミナが私の腕を取り、馬車の踏み台に手を添えてくれた。


「ミチカ様、ゆっくりで大丈夫ですから……」


 ゆっくりじゃなきゃ無理だった。


 踏み台に足をかけた瞬間、膝が笑った。たかが三段の階段が、山を登るみたいに遠い。ミナの手と、馬車の枠を両方(つか)んで、ようやく座席に体を引き上げた。


 息が切れる。


 座っただけで額に汗が浮く。


「ノア、二本目」


 差し出された回復薬の瓶を、震える指で受け取る。蓋を歯で()んで開けた。指先に力が入らなくて、蓋くらい自分で開けたいのに。


 苦い。


 一本目より苦い。体が弱っているせいで味覚まで過敏になっている。喉を焼くような刺激が食道を落ちて、数秒後――体の芯がほんの少しだけ温まった。


 ステータスを確認する。体力値16。14から2だけ上がった。


「回復量が落ちています。一本目は5上がりましたが、二本目は2です」


 ノアの声に感情はない。数字の報告。それでいい。


「十分。行って」


 馬車が動き出した。


 石畳の振動が、座席越しに骨まで響く。体力値16は、揺れに耐えるだけで削られていく数字だった。目を閉じて、ミナの肩に頭を預けた。


「ミチカ様……寝ていてください。着いたら起こしますから」


「寝ない。寝たら起きられない気がする」


 冗談じゃなく、本気で。


 街道の(わだち)を拾うたびに体が跳ね、そのたびに視界の端が白く明滅した。ミナが私の手を両手で包んで、ずっと温めていてくれた。


 宿駅に着いた時、体力値は14に戻っていた。


 移動で2削られた。回復薬の効果と消耗が、きれいに相殺された形だ。


 残り一本。これは明後日まで使えない。


―――


 宿駅は街道沿いの小さな宿場で、勅使一行が借り上げた二階建ての石造りの館だった。


 馬車を降りると、朝靄(あさもや)がまだ残っていた。石壁に染みた湿気が冷たく、呼吸をするたびに肺の奥がひやりとする。正面の扉は開け放たれていて、中から蝋燭(ろうそく)の脂が焼ける匂いが漂ってきた。


 ミナの肩を借りて中に入ると、廊下は薄暗かった。壁に掛けられた燭台(しょくだい)が等間隔に並んでいるが、半分は火が落ちている。窓が少ない造りで、朝の光がほとんど届かない。


 案内された控えの間は、応接間の隣だった。


「領主様はこちらでお待ちを。勅使殿は隣室でお客様と――」


 従者の声を聞き流しながら、私は壁に背を預けた。


 石壁が冷たい。冷たいのが、むしろありがたかった。熱っぽい体に、石の冷気が()みる。


 壁一枚隔てた向こうから、声が聞こえた。


 ユリウスとリオは、既に通されていた。


「まあ座りたまえ。お茶くらいは出そう」


 低く落ち着いた声。アルブレヒトだ。


 壁越しに聞く声は、くぐもって少し遠い。でも石造りの宿駅は意外と音を通す。会話の内容は、ほぼ聞き取れた。


 ユリウスが単刀直入に切り込む声が聞こえた。


「昨夜、第二宰相派の密使がこの宿駅を訪れた痕跡があります。……否定はなさいませんね?」


 茶杯を置く音。陶器が木の卓に当たる硬い音。


「痕跡、ね。君たちの情報網は辺境にしては優秀だ。――ああ、否定はしないよ。来たのは事実だ」


 否定しなかった。


「寝返ったんですか」


 リオの声。軽い口調。でも声の底に、いつもの笑いがない。


「寝返る? 私が? ――いいや。両方から声がかかった、というだけの話だ」


「両方から」


「第二宰相派は、監査に協力すれば帰京後の昇進を約束すると言った。悪くない条件だ。だが――」


 間。


 椅子が(きし)む音。姿勢を変えたのだろう。


「私は、より高い値をつける側と組む」


 商人じゃないか、この人。


 ……いや、政治家か。政治家は全員商人みたいなものだ。ROIで動く。


 ユリウスの声。


「……つまり、まだどちらにも応じていない、と?」


「その通り。医療証明書の発行は可能だ。王都公印もある。だが――対価なしに動く理由がない」


「条件は?」


 沈黙が、壁越しでも重かった。


「将来、王都の――ある方が助けを求めた時に、この領が応じること。それだけだ」


―――


 ある方。


 壁に背を預けたまま、私はその言葉を噛み砕いた。


 王位継承者だ。


 第一宰相派が推す継承候補。王都の権力闘争で、いつか追い詰められるかもしれない人物。


 アルブレヒトの真の目的は、最初から医療証明書なんかじゃない。


 辺境に恩を売り、将来の味方を確保すること。


 ――恩の貸し付け。


 これが第一宰相派の思惑の正体か。


 壁の向こうで、リオが息を詰めた気配がした。


「なかなかの大物釣りですね、勅使殿。辺境の小領に将来の借りを仕込むとは」


「小領? 三年前は確かにそうだった。だが今は違う。自治領宣言、公開審査会、代替物流網、五制度の同時起草――この領は、仕組みで動いている。仕組みで動く領は、人が死んでも止まらない。それは――投資に値する」


 背筋が冷えた。


「人が死んでも止まらない」――褒めているようで、恐ろしい言葉だ。それはつまり、私が死んでも利用価値がある、という意味だ。


「密約でいい。文書にする必要はない。口約束で――」


 ここだ。


 私はミナの肩を借りて立ち上がり、隣の応接間の扉を開けた。


「お断りします」


―――


 応接間は、控えの間よりさらに薄暗かった。


 窓は一つだけ。分厚い布の帳が半分引かれていて、朝の光が細く斜めに差し込んでいる。その光の筋の中を、(ほこり)が静かに舞っていた。


 部屋の奥に長卓が一つ。蝋燭が三本立てられているが、一本はもう芯が短くなって、(ろう)が卓の上に垂れている。茶の匂い――安い薬草茶の、少し青臭い匂いが空気に混じっていた。


 アルブレヒトは卓の奥に座っていた。五十がらみの痩せた文官。第一宰相派の勅使にしては地味で、派手な装飾も護衛の数も控えめ。灰色の上着は仕立てはいいが使い込まれていて、むしろ目立たないことを意図しているような(たたず)まいだった。


 その目が、私を見て開かれた。


「これは――領主殿自ら? この体調で?」


「視察です」


 嘘だけど。


 いや、ある意味では本当だ。あなたを視察しに来た。


 ミナが泣きそうな声で私を支えている。


「ミチカ様、お身体……!」


 ごめんね、もうちょっとだけ。


 ――ステータスオープン。


 射程内。


 今度は、表示された。


 アルブレヒト・ライトナー。五十二歳。第一宰相府付き勅使。忠誠傾向――第一宰相派に対して高。現領主に対して微。


 数値にすれば、第一宰相派への忠誠が圧倒的に高く、私に対してはほんの微量。だが正の値だ。敵意はない。


 そして。


 嘘反応――なし。


 さっきの条件は、本心だ。


「ある方が助けを求めた時に応じる」――これは嘘じゃない。本当にそれだけが条件。


 でも。


「口約束で」の部分が問題だ。


 口約束は、相手の都合でいくらでも解釈を変えられる。「応じる」の範囲が無限に広がる。兵を出せ、金を出せ、領地を差し出せ――恩の貸し付けは、返済条件が曖昧なほど債権者に有利になる。


 これは借金と同じだ。


 金利が書いてない借用書にサインするバカはいない。


「アルブレヒト殿」


 私はミナの肩から手を離し、一歩前に出た。


 足が震えた。でも声は震えさせない。


「条件を受けます。ただし、修正があります」


「修正?」


「個人の恩ではなく、制度として応じます。救援契約として文書にしてください」


 アルブレヒトの口元から笑みが消えた。


「……文書に?」


「はい。契約内容は――王都のある方が正式に救援を要請した場合、当領は制度の範囲内で応じる。ただし、応じる範囲は物資・人員・制度支援に限定し、軍事行動は含まない。契約期間は十年。更新には双方の合意を要する」


 軍事を入れたら終わりだ。この領に正規の兵力はない。ないものを約束すれば、「軍を整えろ」と要求される口実になる。そうなれば自治領じゃなく属国だ。


 十年――継承候補が即位するか、失脚するか。どちらにしても決着がつく期間。無期限の恩は借金と同じだが、期限付きの契約なら対等だ。


 私は息を整えた。


「恩じゃなくて、契約です。恩は曖昧ですが、契約は明確です。あなたが『ある方』のために本当に助けを求めるなら、曖昧な口約束より、制度に裏打ちされた契約書のほうが確実でしょう?」


 アルブレヒトが、じっと私を見た。


 ステータスの数値が動いた。忠誠傾向――現領主に対して、微から小へ。上昇。


 嘘反応――なし。


 私の言葉も、本心だと判定されている。


「……驚いた」


 アルブレヒトが、ゆっくりと言った。


「辺境の、しかも未成年の領主に、恩を制度に変換されるとは思わなかった」


「未成年だからですよ。個人の信用がないから、制度で補うしかないんです」


 自虐じゃない。事実だ。


 血筋でも年齢でも権威でも勝てないなら、仕組みで勝つ。それが私のやり方だ。


 アルブレヒトは数秒沈黙した後、ふっと笑った。


「いいだろう。文書にしよう」


 ユリウスが即座に羊皮紙を広げた。――用意がいい。さすが。


「……視察、ね」


 ユリウスが小声で(つぶや)いた。うるさい。


 契約書の文面をユリウスが口述し、アルブレヒトが確認し、二箇所の修正を経て――署名。


 王都公印が、救援契約書と医療証明書の二通に押された。


 ぽん、と赤い印が紙に落ちた瞬間、私は心の中でガッツポーズした。


 キター!!!


 医療証明書、確保。これで尋問延期が使える。


 そして救援契約――これは、参加型統一の雛形(ひながた)が領外の権力者との間で初めて適用された瞬間だ。


 恩を制度に変えた。個人の貸し借りを、契約という形に鋳直した。


―――


 帰路の馬車の中で、私は案の定、意識が朦朧(もうろう)としていた。


 体力値11。行く前より下がってる。回復薬の効果が切れたのだろう。ノアの予測通りだ。


 ミナが私の頭を膝に乗せて、ずっと髪を()でていた。


「ミチカ様、お疲れさまでした……。すごかったです……」


「実務です……」


「実務で泣きそうになる人、初めて見ました……」


 泣いてない。目が潤んだのは体力値のせいだ。断じて。


 ――と、馬車が不意に速度を落とした。


 御者が手綱を引いている。街道の脇に、見慣れた影が立っていた。


 カイだ。


 馬車が止まると、カイは(ほろ)の隙間から顔だけを(のぞ)かせた。息が乱れていない。走ってきたはずなのに。


「報告」


「どうぞ」


「監査団の荷駄。法務官の私物とは別の封印箱。昨夜、確認した」


 ユリウスが身を乗り出した。


「封印箱の中身を? どうやって」


封蝋(ふうろう)の型取り。書記官の控え写しを確認」


 カイらしい。封印を壊さず、中身を推定する方法を取ったのだ。書記官が控えを持っているなら、そちらを押さえればいい。


「中身は」


「告発状。領主に対する横領の冤罪(えんざい)。書式は王都法務府の正規様式。日付は――監査団が出発する前に作成済み」


 馬車の中が、凍りついた。


 横領の告発状。


 正規書式。


 作成済み。


 つまり――監査なんか最初から茶番だ。調べる前から結論が決まっている。書式で防げる攻撃じゃない。証拠を積み上げて潔白を証明しても、「告発状がある」という事実だけで裁判に持ち込める。


 エルヴィンの捨て台詞が(よみがえ)った。「書式では防げない手段がある」――これか。


「……ユリウス」


「聞こえてる。冤罪の告発状か。……厄介だな。法務府の正規書式なら、手続き上は受理せざるを得ない」


 リオが珍しく真顔だった。


「書式じゃ防げない。証拠でも防げない。じゃあどうする?」


 私は、ミナの膝の上で目を開けた。


 幌の隙間から、白い空が見えた。


 体力値11。回復薬、残り一本。監査まで二日。


 でも――方法はある。


「公開の場で、嘘を暴く」


 告発状の内容が嘘なら、告発者の嘘反応を公の場で検知すればいい。ステータスオープンで。射程内に引きずり込んで、全員の前で数値を(さら)す。


「書式で防げないなら、書式の外で戦う。嘘は制度じゃ隠せない」


 ユリウスが長い溜息(ためいき)をついた。


「……それをやるには、監査の場に立たなきゃならない。体力が持つのか」


「持たせる」


「根拠は」


「根性」


「……最悪の根拠だな」


 ミナが、私の手をぎゅっと握った。


 小さくて、温かい手。


 ……ふと、気になってステータスを開いた。


 ストレス値が表示される。91から――89へ。


 微減。


 たった2。でも、ずっと上がり続けていた数字が、初めて下がった。


 ミナの手の温度のせいかもしれない。馬車の揺れが穏やかだからかもしれない。理由は分からない。でも――


 ほんの少しだけ、息がしやすくなった。


 ……監査まで、あと二日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ