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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第30話:追放と決別

 手が、震えている。


 暗殺指令書を握る私の右手が。


 ……いや、違う。震えてるんじゃない。怒りで力が入りすぎて、紙がかすかに鳴っているだけだ。


 公開審査会の広場には、もう朝の光が差し込んでいた。領民たちが固唾を()んで見守る中、壇上の私の正面にはエルヴィン・ヴァイスフェルト。本家当主。私の遠縁にして、父の領地を奪おうとした男。


 その横に、二人の勅使。第一宰相派のヴァルターと、第二宰相派のグレゴール。


 昨日の審理で、両者の署名は審査会記録に刻まれた。


 つまりこの場で出る裁定は、王都でも法的効力を持つ。


 ――さて。


 現在の状況を整理しよう。


 私の手元には、エルヴィンの私印が押された暗殺指令書がある。昨夜、カイが本家宿舎から持ち帰ったもの。内容は明確。「領主ミチカ・フォン・ヴァイスフェルトの排除を実行せよ」。日付は後見人指名状よりさらに前。


 つまりこの男は、後見人になるためにまず私を殺そうとし、それが失敗したから法的手段に切り替えた。


 ……控えめに言って、最悪だ。


 でも。


 この紙一枚で、全部ひっくり返せる。


 民事審理から刑事弾劾へ。後見人の適格性を問う場から、犯罪者を裁く場へ。


「ミチカ様」


 隣に立つユリウスが、いつもの皮肉っぽい笑みを消した真顔で、小声で言った。


「追加証拠の提出には、手続きが要ります。審査会規則第十四条、証拠の出自と入手経緯を明示した上で、審理官――つまりあなたが正式に受理宣言をしなければならない」


 知ってる。


 ユリウスが言いたいのは、感情で突っ走るなということだ。


 ここで手順を一つでも間違えれば、エルヴィンに「手続き不備」を主張する隙を与える。あの男は追い詰められるほど制度の穴を探す。だから、完璧にやる。


 一瞬だけ、目を閉じた。


 ステータスオープン。


 視界の端に浮かぶ数値群。領民信用値――現在値六十二。閾値(しきいち)は七十。まだ足りない。でも、ここを越えれば。


 目を開ける。


「審査会規則第十四条に基づき、追加証拠三点の提出を申請します」


 声が、広場に響いた。


「証拠の出自は、本家当主エルヴィン・ヴァイスフェルトの宿舎。入手経緯については、これより証人の証言をもって明示します。審理官として、当該証拠を仮受理し、審理を開始します」


 手続きを、一つも飛ばさない。


―――


 ユリウスが壇上の中央に進み出た。


「まず、証人を呼びます。入手経緯の確認が先です」


 カイが証言台に立った。


 広場が一瞬、静まり返った。この少年が誰なのか、領民の多くはまだ知らない。でも、あの寡黙な空気は異質だった。元密偵の気配が、隠しようもなく(にじ)んでいる。


「名を」


 ユリウスが促した。


「カイ」


 短い。本当にこいつは必要最低限しか(しゃべ)らない。


「所属と経緯を」


「元・本家密偵。三日前、領主ミチカ・フォン・ヴァイスフェルトに投降した。投降時に本家の内部情報を開示し、以後は領主の指揮下にある」


「入手経緯を」


「本家当主エルヴィンの宿舎。私室の二重底の引き出し。昨夜、第三刻。領主の命で物証の確保に向かった」


 エルヴィンが口を開いた。


「……大変興味深いお話ですが」


 低い声。だが、まだ貴族の体裁を保っている。薄い笑みすら浮かべていた。


「一つ伺いたい。私の宿舎に無断で立ち入り、私物を持ち出す行為を、この審査会は正当な証拠収集と認めるのですか? これは明らかに不法侵入です。違法に収集された証拠に、いかなる証明力も認められないのは自明のこと」


 来た。


 予想通りの反論。でも、これはユリウスが想定済みだ。


「ご懸念はごもっともです」


 ユリウスが一歩前に出た。声は丁寧。でも目の奥が笑ってない。


「ですので、法的根拠を明示します。


 審査会規則第七条――審理官は、審理の過程で犯罪の嫌疑が生じた場合、関係者の居所および所持品に対する緊急捜索を命じる権限を有する。


 昨日の審理において、偽遺言状の提出により文書偽造の嫌疑が認定されました。


 これを受け、審理官ミチカ・フォン・ヴァイスフェルトが緊急捜索を正式に命じ、その執行をカイに委任した。


 命令書の写しはこちらに」


 ユリウスが一枚の書面を証拠台に置いた。


「日付、署名、押印、全て(そろ)っています。不法侵入ではなく、審理官権限に基づく合法的捜索です」


 エルヴィンの薄い笑みが、ほんの僅かに固まった。


「……なるほど。手回しがよろしいことで」


 皮肉の形を保っている。でも、声にわずかな苛立ちが混じり始めた。


「では、その書面の真正性も含めて精査を求めます。元密偵の証言と、事後的に作成された可能性のある命令書だけで――」


「精査は歓迎します」


 ユリウスが遮った。丁寧な口調のまま。


「ですが、証拠そのものの鑑定に移ってもよろしいですか? 封蝋(ふうろう)の分析結果が、入手経緯の真正性を裏付けますので」


 エルヴィンは沈黙した。反論の余地を探している目。でも、ユリウスはもう次に進んでいた。


―――


 ユリウスの手には三つの書面。暗殺指令書、偽遺言状、そして第二宰相派の密書。


「審査会記録に残すため、手順通りに参ります」


 ユリウスの声は淡々(たんたん)としていた。でも、その淡々さが逆に怖い。法廷で最も恐ろしいのは、感情を排して事実だけを積み上げる人間だ。


「まず、こちらの三点の書面にはいずれも封蝋が施されています。本審査会の鑑定担当ノアの分析により、三点の封蝋は同一の成分組成を示しました」


 ノアが証拠台の横に立ち、静かに(うなず)く。


「封蝋の主成分は蜜蝋(みつろう)と松脂の混合。ただし通常の市販品と異なり、微量の辰砂(しんしゃ)が添加されています。これは王都の特定工房――王璽局御用達のグリューネヴァルト工房の製法です」


 ユリウスがそこで一拍置いた。


「偽遺言状。第二宰相派密書。そしてこの暗殺指令書。三つの封蝋が同じ工房の(ろう)で封じられている。つまり、この三通は同一の人物、あるいは同一の組織から発出されたものです」


 広場がざわめいた。


「紙質についても確認済みです。三点とも王都産の高級羊皮紙。辺境では流通しない品です。インクも同様――鉄胆子インクの鉄分濃度が市販品より高い、王都の書記局仕様」


 エルヴィンの目が細まった。顔色は変わらない。だが、組んだ手の指先が白くなっていた。


「……お見事な鑑定ですこと。しかし、封蝋が同じ工房のものだという分析が、なぜ私個人の関与を証明するのです? 王都には多くの貴族がその工房を利用している。偽造者が同じ蝋を入手しただけかもしれませんな」


 まだ余裕を装っている。でも、「かもしれませんな」に追い詰められた人間特有の仮定形が出始めた。


 カイが、証言台から短く言った。


「暗殺指令書の私印。俺が過去に受け取った三通の指令書と同じ押し方。右下が僅かに欠ける。あんたの印の癖だ」


「元密偵の証言ですか」


 エルヴィンの声に、初めて明確な(とげ)が混じった。薄い笑みはまだ貼りついているが、目が笑っていない。


「裏切り者の言葉を、そのまま信じると?」


「信じる信じないの話ではありません」


 ユリウスが静かに言った。


「物証と証言の整合性の話です。


 封蝋、紙質、インク、私印の押印癖。


 四つの物的根拠が一致している。


 これを全て偽造するには、王璽局御用達の蝋、王都書記局仕様のインク、辺境では入手不可能な高級羊皮紙、そしてエルヴィン殿の印章の微細な欠損まで再現する技術が必要です。


 ……辺境の小さな領主府に、それだけの偽造能力があるとお考えですか?


 」


 エルヴィンの唇が、わずかに引き()った。


 笑みの形が、崩れかけている。


「続いて、物証の追加です。レオン」


―――


 レオンが壇上に上がった。その腕には、革紐(かわひも)で束ねられた帳簿の山。


「報告します」


 硬い敬語。でも声に怒りが滲んでいるのが分かる。レオンは感情を「任務」に変換するやつだけど、今日はその変換がちょっと追いついてない。


「カイの証言に基づき、昨夜第三刻以降、夜通しで本家宿舎および御用商会倉庫の捜索を実施しました。審理官の緊急捜索命令に基づく執行です。発見物は裏金帳簿、計十四冊」


 帳簿が証拠台に積まれる。ずしり、と重い音。


 リオが客席側から低く(つぶや)いた。


「……十四冊。しかも全部、日付順に()じてある。ご丁寧に仕入れ値と転売値の差額まで記録済みか。帳簿としちゃ一級品だな――犯罪の帳簿じゃなけりゃ、うちの商会に欲しいくらいだ」


 小さな笑いがちらほら起きた。でもすぐに消えた。帳簿の山の重さが、笑いを押し潰した。


「帳簿の記載内容を要約します」


 レオンが続けた。


「過去三年間にわたり、御用商会を通じて領内の穀物が組織的に横流しされていました。総量は――」


 レオンが一瞬、言葉を切った。


「領の年間収穫量の、約二割」


 ざわ、と広場が揺れた。


 二割。


 その数字の意味を、領民たちは肌で知っている。毎年の飢えの理由。流通が詰まっていたんじゃない。流通を「詰まらせていた」んだ。意図的に。


「転売先は隣領の闇市場。帳簿には取引日、数量、単価、仲介者名が全て記録されています」


 エルヴィンの顔から、ついに笑みが消えた。


―――


 午前の審理はここで一旦休廷となった。


 昼の鐘が鳴る間、ユリウスが証拠の整理と午後の審理手順を確認し、ノアが帳簿の封印保全を進めた。私は壇上の控え室で水を一杯飲んで、ステータスを確認した。


 領民信用値――六十五。朝から三つ上がっている。証拠の説得力が効いてる。でも、閾値の七十にはまだ届かない。


 午後の鐘とともに、審理が再開された。


―――


 エルヴィンが最後の手段に出た。


「……よろしい」


 低い声。だが、午前までの慇懃(いんぎん)さは薄れていた。笑みの仮面に、亀裂が入り始めている。


「ここまでの茶番にお付き合いしましたが、そろそろ現実をお話ししましょう」


 エルヴィンは壇上から広場を見下ろした。領民たちを。兵士たちを。一人一人の顔を、値踏みするように。


「この領の処遇について、王都では既に議論が進んでいます。第二宰相閣下の御意向は明確です。私を通じてこの領を管理下に置くこと。それが王都の――」


「エルヴィン殿」


 ヴァルターが口を開いた。第一宰相派の勅使。穏やかな声。でも、その一言で広場の空気が変わった。


 第一宰相派の勅使が、この場で発言する。それ自体が政治的な意味を持つ。


「署名済みの審査会記録は、王都でも有効です」


 ヴァルターは淡々と続けた。


「あなたも、グレゴール殿も、この審査会記録に署名なさった。つまりこの場の裁定は、王都の法廷でも覆せない。それが署名の意味です。――第二宰相閣下の御意向がどうであれ」


 最後の一言が、静かに刺さった。


 エルヴィンの仮面が、剥がれた。


「……貴様」


 初めて、敬語が崩れた。目に剥き出しの敵意が浮かぶ。


「第一宰相派の犬が。この茶番に加担するか」


「事実の認定に派閥は関係ありません。私は勅使として、審査会の適法性を担保するためにここにいます」


 ヴァルターは微動だにしなかった。


 そしてグレゴールも――沈黙した。


 第二宰相派の勅使が、本家当主を(かば)わなかった。


 証拠の山を前にして、庇えなかった。ここで庇えば、自分の署名の信頼性まで毀損する。グレゴールは政治家だ。沈む船からは降りる。


 それが、決定打だった。


 エルヴィンが広場に向き直った。仮面はもうない。剥き出しの威圧。


「この小娘に従う者は覚悟しろ。王都に戻れば、この領への処分を――」


「領主様!」


 最初の声は、広場の後方から上がった。


 誰だか分からない。名前も知らない領民の、一人の声。


 エルヴィンの恫喝(どうかつ)を遮るように。


「領主様!」


 二人目。三人目。


 声が広がっていく。波紋のように。


「領主様!」「領主様!」


 ステータスの数値が、動いた。


 領民信用値が跳ね始めている。証拠が積み上がった説得力。エルヴィンの恫喝への反発。そしてヴァルターの発言が「王都に逆らっても大丈夫だ」という安堵(あんど)を生んだ。三つの因果が重なって、数値を押し上げていく。


 六十八、六十九、七十、七十一――


 閾値を、超えた。


 七十二。


 ……泣きそう。泣きそうだけど、今は泣かない。ここは審査会の壇上だから。


 私は立ち上がった。


 背筋を伸ばして。十二歳の、小さな体で。


「エルヴィン・ヴァイスフェルト」


 声が震えないように。感情を殺して。これは実務だから。


「本審査会の審理結果に基づき、以下を宣告します」


 広場が静まった。風の音だけが残る。


「第一。暗殺指令書の発出、偽遺言状の偽造教唆、御用商会を通じた組織的横流しの主導。これらの罪状により、あなたの後見人資格を永久に剥奪します」


「第二。ヴァイスフェルト領内からの即時追放。領内の全資産を凍結し、審査会の管理下に置きます」


「第三。横流しにより領に生じた損害について、凍結資産からの賠償を命じます。賠償額の算定は、帳簿の精査完了後に別途通達します」


 エルヴィンは、もう笑っていなかった。


 怒りでも、屈辱でもない。冷たい、計算する目。追い詰められた獣ではなく、次の手を考え始めた政治家の目。


「……お見事なことです、ミチカ殿」


 声が、ぞっとするほど静かに戻った。崩れた仮面を、無理やり貼り直したような丁寧さ。


「この辺境の審査会で、ずいぶんと大きな前例をお作りになった。――ですが、前例というものは、作った者の手を離れるものですよ。王都で、またお目にかかりましょう」


 そしてエルヴィンは(かかと)を返した。


 護衛の兵士に囲まれ、広場を去っていく。その背中を、領民たちが無言で見送った。


 誰も止めない。誰も追わない。


 追放とは、そういうことだ。血筋の排除ではなく、制度による決着。


 ……でも、あの最後の言葉。「前例というものは、作った者の手を離れる」。


 あれは虚勢じゃない。本気だ。エルヴィンは王都に行く。第二宰相派に合流する。そしてまた、別の手段で仕掛けてくる。今度は、この審査会の前例そのものを武器にして。


 分かってる。


 でも今は、この瞬間を刻む。


「閉廷します」


―――


 審査会が終わり、広場の人波が引いていく。


 夕暮れの光が壇上を赤く染めていた。朝から丸一日。午前の証拠審理、昼の休廷、午後のエルヴィンとの最終攻防。長い一日だった。


 マティアス司祭が閉会の祈祷(きとう)(ささ)げ、ヴァルターが記録の写しに最終署名をし、グレゴールは一言も発さずに退場した。


 あの顔。絶対に報復を考えてる。


 ……まあ、それは明日の問題だ。


 ふと、頭の中で今日の数字を反芻(はんすう)する。


 年間収穫量の二割。


 三年間。


 あの帳簿に記された数字の意味を、私は転生者の知識で理解している。


 前世の感覚で言えば、国の食糧備蓄の五分の一が毎年消えていたようなものだ。


 そりゃ飢饉(ききん)にもなる。


 ……その怒りは、もう裁定に変えた。


 次は復旧だ。



「ミチカ様」


 ミナが駆け寄ってきた。目が赤い。泣いてたな、この子。


「お疲れ様です……本当に、本当にお疲れ様です……!」


「ありがとう、ミナ。大丈夫、実務が一つ片付いただけだから」


「それを実務って言うミチカ様が、すごいんです……!」


 うん、ミナの「すごいんです」は今日も健在。ありがたい。癒し枠は大事。


 レオンが最後の帳簿を運び出し、リオが領外商人への連絡を手配し、ノアが証拠の封印作業を黙々(もくもく)と進めている。みんな、やるべきことをやっている。


 そこに、カイが近づいてきた。


「……領主」


「カイ。今日の証言、助かりました」


 カイは頷いた。でも、その表情がいつもと違う。いつもの無表情の奥に、何か引っかかるものがある。


「帳簿の奥に、もう一つ」


「……もう一つ?」


「未発送の書簡。宛先は、教会管区本部」


 心臓が、一拍跳ねた。


「教会管区本部……?」


「本家の名義で、管区本部の強硬派に宛てた工作依頼。内容は――穏健派司祭の罷免要請と、領内教会権限の本家への委譲」


 ……ちょっと待って。


 それって。


 マティアス司祭を潰して、教会の権限を本家が握る計画?


 エルヴィンは追放した。でも、この書簡がもし発送されていたら? いや、未発送だったということは、まだ管区本部には届いていない。でも、本家が既に管区本部に早馬を送った事実は把握済みだ。あの通報と、この書簡。二つが合流したら――


「カイ。その書簡、今すぐ見せて」


「……保全済み。ユリウスに預けた」


 さすが。仕事が早い。


 でも、安心している場合じゃない。


 エルヴィンは追放した。御用商会の不正は暴いた。第一章の法廷闘争は、勝った。


 でも。


 この書簡が示しているのは、本家の計画がもっと広く、もっと深く根を張っていたということだ。教会強硬派との結託。王都の第二宰相派との連携。そして追放されたエルヴィンが王都で何をするか。


 その書簡に書かれた「もう一つの名前」の意味を、私が理解するのはもう少し先のことだ。


 でも今は。


「ミナ」


「はい、ミチカ様!」


「明日から、制度の整備に入ります。御用商会の代替物流、治安隊の正式編成、衛生管理の標準化。全部、同時に」


「……全部同時、ですか?」


「命令」


 私は笑った。たぶん、ちょっとだけ疲れた顔で。


「視察です」

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