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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第31話:五つの制度

 勝った翌朝って、なんでこんなに静かなんだろう。


 広場にはまだ昨日の審査会の名残がある。


 証言台に使った木箱、記録係が座った長椅子、領民たちが署名した台帳を置いていた仮設の机。


 朝靄(あさもや)が低く漂って、木箱の角に結露が光っている。


 片付けは今日の午前中に終わるはずだけど、こうして見ると、なんだか戦場跡みたいだ。



 ……いや、実際に戦場だったか。


 広場の隅では、マティアス司祭が二人の侍祭を指揮して祈祷(きとう)台の撤去を進めていた。


 昨日の審査会に祈祷者として立ち会ってくれた穏健派の聖職者だ。


 こちらに気づいて軽く会釈をくれたが、その顔にはどこか疲労の色がある――いや、疲労だけじゃない。


 何かに追い立てられているような、切迫した影がある。


 審査会の結果を、教会側の立場でも処理しなければならないのだろう。


 大変だな、と思いながら会釈を返した。



「ステータスオープン」


 小声で(つぶや)いて、広場を見渡す。


 領民全体の信用値、七十二。閾値(しきいち)の七十を超えた状態を維持している。


 よし。


 ……と思ったんだけど。


「ストレス値、四十七?」


 平時の基準が三十前後。飢饉(ききん)直前の最悪期でも五十五だった。四十七は、昨日の審査会前より十二ポイントも上がっている。つまり――勝ったのに、領民の不安は飢饉一歩手前の水準に迫りつつある。


 信用値が高いのにストレスも高い。


 ステータスの二つの軸は、測っているものが違う。


 信用値は統治者への評価――私という領主がどれだけ信頼されているか。


 ストレス値は生活環境への不安――明日の食糧は足りるのか、次に何が起こるのか、という暮らしそのものへの恐怖だ。


 領主を信じていても、暮らしの先が見えなければ人は(おび)える。



 前世の――断片的にしか残っていない記憶が、似たような感覚を微かに知っている。上に立つ人間を信じることと、自分の足元が安定していることは、別の話だ。輪郭のない記憶だけど、その感触だけは確かに残っている。


 数字は(うそ)をつかない。


 勝っただけじゃ駄目なのだ。勝った後に何を建てるか。それが見えないと、人は安心できない。


「……制度整備、急がないと」


 こめかみに鈍い痛みが走った。昨夜はほとんど寝ていない。羊皮紙に向かって制度の骨子を書き殴っていたら、気がつけば窓の外が白んでいた。


 私は(かかと)を返して執務室に向かった。


―――


「緊急幹部会議を開きます」


 朝食を取る暇もなく――というかミナが「せめてパンだけでも!」と追いかけてきたので(かじ)りながら――私は執務室に全員を招集した。


 レオン、リオ、ノア、ユリウス、カイ。


 五人が長机を囲んでいる。


 執務室は東向きの窓から朝日が差し込んで、昨夜のうちに私が広げっぱなしにした羊皮紙の束を白く照らしていた。


 インク(つぼ)がまだ蓋を開けたままで、乾いた鉄の匂いが微かに漂っている。


 ミナがお茶を配りながら、そのインク壺の蓋をそっと閉めてくれた。


 ありがとうミナ、君は天使か。



 ミナはそのまま机の端に座り、白紙の羊皮紙とペンを取り出した。


「あの、会議の内容、私が記録しますね。前回の審査会のとき、ユリウス様が『議事録がない組織は三日で約束を忘れる』っておっしゃってたので……」


 ユリウスが一瞬だけ目を見開いて、それから皮肉とも感心ともつかない息を漏らした。


「……人の台詞を覚えてるのは美徳だが、そうやって武器にされると怖いな」


「武器じゃないです! 記録です!」


 ミナの反論に、リオが小さく吹き出した。場の空気が一段軽くなる。――ありがたい。


「エルヴィンは追放しました。御用商会は解体宣言済み。でも、仕組みが空っぽです」


 私は机に走り書きの羊皮紙を広げた。昨夜のうちに書いておいたものだ。視界の端がわずかにちらついて、私は椅子の背に体重を預けた。大丈夫。頭はまだ動く。


「権力を倒すのは派手で気持ちいい。でも、その後の空白を埋めなきゃ、三日で元通りになります。――五つの制度を、今日中に起草します」


 全員の視線が集まる。カイだけは壁際の椅子に浅く腰掛けたまま、視線を伏せていた。


「一つ目。治安隊の正式編成」


 私はレオンを見た。窓からの朝日が彼の横顔を照らして、こめかみの古い傷跡を浮かび上がらせている。


「レオン。あなたが署名所三箇所に人員を配置して巡回した即興の警備体制、覚えてますね」


「はい。……あれは応急措置に過ぎませんでしたが」


「応急措置が機能したなら、それを制度にするだけです。詰所を三箇所に常設。交代制は八時間三交代。巡回ルートは領内を四区画に分割して、各区画に最低二名を配置。――レオン、治安隊長を命じます」


 レオンが椅子の背から背筋を離し、まっすぐに座り直した。喉仏が一度、上下した。何かを言いかけて、飲み込んだのだ。右手が膝の上で拳を握り、一拍の沈黙のあと――


「……拝命、します」


 声がわずかに(かす)れた。でもその掠れの中に、震えるような決意が(にじ)んでいた。


「二つ目。代替物流ギルドの規約制定」


 リオに視線を移す。彼は椅子を後ろに傾けて、もう半分笑っていた。


「リオ。御用商会の解体で、領内の物流が完全に止まります。あなたが領外業者と結んだ独立製粉契約、あれを雛形(ひながた)にして、ギルド規約を起草してください」


「おっと。俺がギルド長ってこと?」


「ギルド長代行。正式な選挙は三ヶ月後に行います。規約に盛り込む必須条項は三つ。相場の公開義務、加盟条件の明文化、紛争時の仲裁手続き」


 リオの椅子の前脚が床に戻って、こつん、と音がした。笑みが消えて、商人の顔になっている。


「相場公開か。……正直に言うぜ、ミチカ。商人にとって相場情報は飯の種だ。全面公開は加盟希望者が激減する。――公開範囲を基本品目に限定して、専門品目は届出制にできないか? それなら加盟のハードルが下がる」


 打算ではある。でも、実務を知っている人間の打算だ。


「基本品目の定義は?」


「穀物、塩、油、布。生活必需品に限る。それ以外は届出制で、仲裁手続きの対象にはする。これなら闇値の横行は防げるし、商人も食っていける」


「――採用します。その線で規約を起草してください」


 リオが口笛を吹いた。


「話が早い領主は好きだよ。やる」


「三つ目から五つ目。上水管理、監査書式の標準化、情報収集班の設置」


 ここで私は走り書きの羊皮紙を机の中央に押し出した。三つの制度の骨子を一枚にまとめたものだ。


「上水管理はノア。


 煮沸と砂濾過(ろか)の応急処置を恒常制度にします。


 水源の定期検査、浄水設備の維持管理、水質基準の設定。


 監査書式はユリウス。


 提出書式、記録様式、証拠の保全手順を統一。


 情報収集班はカイ。


 ――詳細はこの紙に書いてあります。


 質問があれば今のうちに」


 ノアが羊皮紙を手元に引き寄せ、静かに目を通した。それから顔を上げて――表情は変わらないが、わずかに眉根が寄った。


「一つ確認する。水質検査の要員をどこから確保する」


「治安隊と兼任では?」


「兼任は勧めない。煮沸後の濁度判定と臭気検査には訓練がいる。最低でも二週間。――今いる人員で、訓練期間を確保できるか」


 現実的な問題だ。制度を作るのは紙の上でできるが、動かすのは人間だ。


「レオン。治安隊の人員から、検査要員の訓練に二名を回す余裕はありますか」


 レオンが少し考え込んだ。


「……四区画の巡回を維持するなら、余剰は出ません。ただ、最初の二週間だけ夜間巡回を二区画に縮小すれば、二名は捻出できます」


「夜間治安の低下は?」


「審査会直後で領民の協力意識が高い今なら、二週間は持ちます。それ以上は保証できませんが」


「ノア、二週間で訓練は終わりますか」


「基礎判定なら足りる。精密検査は追って拡充する」


「では、その線で。レオン、夜間縮小は二週間限定で許可します。ノア、訓練計画を骨子に含めてください」


 ノアが小さく(うなず)いた。


「水質基準は、煮沸後の濁度と臭気を基本指標にする。検査頻度は週二回。雨季は毎日に引き上げる」


「了解です」


 ノアの言葉は必要最低限だけど、その最低限に無駄がない。前世の――輪郭のない、でも確かに身体のどこかに染みついた記憶が、こういう人間と働いた感触を覚えている。ありがたい、と素直に思った。


「はいはい、監査標準化ね」


 ユリウスが肘をついたまま、羊皮紙を指先でくるりと回した。


「審査会であれだけ書式の不備を突いたんだ、次は『書式そのものを統一しろ』って来ると思ってたよ。――で、これ、期限が今日中?」


「骨子だけです。完成稿は三日以内に」


「骨子『だけ』ね。……骨子だけで羊皮紙何枚になるか、わかってる?」


「ユリウスなら三枚で収まるでしょう」


「……買い被りすぎだ」


 そう言いながら、もう頭の中で構成を組み始めている顔だった。口元の皮肉な笑みが消えて、目だけが鋭くなっている。こいつは文句を言っている間にもう仕事を始めるタイプなのだ。


 ノアが口を開いた。


「一点。上水管理と監査標準化は管轄が重なる。水質検査の記録書式は誰が決める」


 ユリウスが即座に反応した。


「記録書式は監査標準の管轄だろう。検査内容はそっちが決めて、書式はこっちが統一する。逆にされると整合性が取れない」


「検査項目が決まらなければ書式は作れない。順序が逆だ」


「だから同時並行でやるんだよ。項目の素案をまず出してくれれば、書式の枠はこっちで――」


「素案は今日中に出す」


「……話が早いな。助かる」


 二人のやり取りは短かったが、制度が紙の上の理想論ではなく、実務として()み合い始めた瞬間だった。ミナのペンが羊皮紙の上を走り続けている。


 そして、カイ。


 壁際の椅子から動かないまま、羊皮紙に目を落としている。その指先が、紙の端をわずかに震わせていた。


「カイ」


 名前を呼ぶと、ようやく顔を上げた。元密偵。つい先日まで本家側の人間だった少年。投降して名を名乗り、審査会では証人として立った。


 カイの忠誠値を確認する。微量の正数。まだ低い。でも、ゼロじゃない。未定義だった数字が、確かに動いている。


「情報収集班の班長。受けてくれますか」


 沈黙。


 カイは視線を落とした。窓からの光が届かない壁際で、その表情は影に沈んでいる。唇が微かに動いた――何か言いかけて、やめた。それからもう一度、絞り出すように。


「……まだ、信用されるべきじゃない」


「この五つの制度は、全部同じ思想で作っています」


 私はカイだけでなく、机を囲む全員を見渡した。


「個人の善意に依存しない。報告があり、検証があり、記録が残る。誰かが間違えても、仕組みが修正する。――カイ、あなたを情報班長にするのは、あなた個人を信じているからじゃない。あなたが出す報告を、この仕組みの中で検証できるからです」


 カイの指が、羊皮紙の端から離れた。震えが止まっていた。


「……了解」


 短い。でもその二文字に、罪悪感と、それを超えようとする意志が詰まっていた。――少なくとも、私のステータスにはそう映った。


「以上、五制度。治安隊、物流ギルド、上水管理、監査標準、情報収集班。今日中に骨子を起草して、明日の朝までに私に提出してください」


「ミチカ様」


 ミナがペンを置いて、まっすぐに私を見た。


「顔色、すごく悪いです。昨夜ほとんど寝てないですよね」


「……実務です」


「実務だから倒れていいわけじゃないです。――お茶、()れ直しますね。濃いめに」


 反論できなかった。こめかみの鈍痛が、さっきより強くなっている。


―――


 各自が起草作業に取りかかろうとした、その時だった。


 執務室の扉が控えめに(たた)かれた。


「――失礼します」


 入ってきたのはマティアス司祭だった。朝、広場で片付けを指揮していたはずの彼が、ここにいる。しかも、祭服の裾に朝露の染みを残したまま――着替える間も惜しんで来たということだ。


 その手に、分厚い写本が抱えられていた。


 その顔色が、広場で見たときよりさらに悪い。


「ミチカ殿。――実は昨夜のうちから、お伝えせねばならないことがありました」


 マティアスは机の前に立ち、一度深く息を吸った。


「カイ殿が投降された際、本家の未発送書簡を預けてくださいました。内容を一読した時点で、これは一刻を争うと判断し――夜通し教会法典と照合しておりました」


 写本の(ぺーじ)の間から、何本もの紙片が挟まれているのが見えた。朱線が引かれた箇所に、マティアスの手書きの注釈が添えられている。一晩の作業の跡だ。


「この書簡は、本家名義で教会管区本部の強硬派――ヒルデブラント主教に宛てたものです。内容は三点」


 マティアスが書簡を机に置く。封蝋(ふうろう)が割られたその紙面を、ユリウスが素早く目で追った。マティアスの手が微かに震えている。聖職者が、自分の組織の暗部を領主に開示する。その重さを、この人は理解している。


「第一に、私の罷免要請。第二に、この自治領における教会権限の本家への委譲要請。そして第三に――」


 マティアスの声が低くなった。


「――自治領宣言そのものが、教会法に違反する異端的行為であるとの告発です」


 室内の空気が変わった。リオの椅子が微かに(きし)み、レオンの拳が膝の上で白くなった。


「異端……?」


 ミナが小さく声を漏らした。ペンを持つ手が止まっている。


「この書簡自体は未発送です。


 しかし問題は、本家が管区本部に別途早馬を送った事実が確認されていることです。


 書簡の詳細な内容は届いていなくとも、『辺境で異端的な自治が行われている』という情報だけは、既に強硬派の耳に入っている可能性が極めて高い」


 マティアスが続けた。


「ヒルデブラント主教は、以前から穏健派を排除して管区の権限を一元化しようとしていた人物です。この情報を得れば、独自に査察使を派遣してくるでしょう。――教会の査察使は、王国法の管轄外です。世俗の審査会の裁定では止められません」


 私は奥歯を噛んだ。


 制度を五つ起草した。治安も物流も衛生も監査も情報も、全部仕組みで守ろうとした。


 でも、その仕組みが通用するのは王国法の範囲内だけだ。


 教会法は、別の世界のルールで動いている。


「つまり、エルヴィンを追放しても、教会経由で攻撃されたら今の制度じゃ守れないと」


「その通りです。教会法における査察使の権限は、領主の統治権に優越します。査察使が『異端』と認定すれば、自治領宣言そのものが無効化される可能性があります」


 重い沈黙が落ちた。


「……確認してくる」


 カイが立ち上がった。壁際の椅子を音もなく離れ、扉に向かう。


「カイ?」


「投降前に残した連絡網がある。領境の監視(しょう)に、元部下が一人。教会の動きを見張らせていた」


 扉が閉まった。


 残された私たちの間に、マティアスの報告の重さが沈殿していく。ユリウスが封蝋の割れた書簡を手に取り、文面を精読し始めた。レオンが立ち上がりかけて、私の視線を受けて座り直した。まだだ、という合図。


 数分後。


 扉が開いた。カイが戻ってきた。その手に、封を切った伝令書を握っている。


「報告」


 カイが淡々(たんたん)と告げた。


「領境の監視哨からの伝令が、今朝方に門番預かりで届いていた。宛名が俺の元部下の偽名だったため、正規の報告には上がっていなかった。――内容は以下の通り」


 伝令書を机に置く。


「教会管区本部の紋章旗を掲げた一団を確認。規模は騎馬六騎、従者十二名。速度から推定して――」


「到着まで、三日」


 三日。


 たった三日で、教会の査察使がこの領地に来る。


 王国法じゃない。教会法という、まったく別の土俵で。


 こめかみの鈍痛がまた強くなった。視界の隅がわずかに暗い。椅子の肘掛けを握る指先に力を込めて、意識を引き戻す。


「……制度で迎え撃ちます」


 私は立ち上がった。――立ち上がった瞬間、一瞬だけ視界が揺れた。机の端に手をついて、何でもない顔を作る。


「今起草している五つの制度は、この領地が『仕組みで統治されている』ことの証明です。異端なんかじゃない。民のための合理的な制度運営だと、書面で示す。――三日あれば、骨子は仕上がる」


「ミチカ殿」


 ユリウスが書簡を机に置いて、指を組んだ。その目にいつもの皮肉な光があったが、その奥に、滅多に見せない真剣さが(のぞ)いていた。


「一つだけ、忠告しておく。――いや、忠告というより、まあ、善意の嫌味だと思ってくれ」


 彼は薄く笑った。笑ったまま、刃のような声で言った。


「教会法は、王国法の外にある。世俗の制度がどれだけ整っていても、教会の査察使はそれを『見ない』権利を持っている。彼らが見るのは、教会法上の正当性――つまり、この領地が神の秩序に反していないかどうか、だ」


 ユリウスが書簡を指先で叩いた。


「君が今日やったことは正しい。制度を五つ、半日で起草する領主なんて、そうそういない。――だからこそ言うが、正しさというのは厄介なものでね。正しさの座標系が違う相手には、こちらの正しさは異国語と同じだ。相手は聞き取る気すらない」


 一拍、間を置いて。


「王国法と教会法。二つの法体系が重なる場所で戦うことになる。今までの審査会とは、まったく別の戦場だよ。――君の得意な『実務』が通じない戦場というのは、なかなか趣があるだろう?」


 皮肉だ。でも、これがユリウスなりの全力の警告だということは、もう知っている。


 わかっている。


 わかっているけど、退くわけにはいかない。


 私はマティアスを見た。


「司祭。教会法について、私に教えてください。三日で学べることを全部」


 マティアスが深く頷いた。


「微力ながら、お力添えいたします。――まず、査察使の権限を規定する教会法典第七章から始めましょう」


「今すぐお願いします」


 マティアスが抱えてきた教会法典の写しを開いた。夜通しの作業

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