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女も子供も家督不可? 追放先の自治領を立て直したら、いつの間にか天下を取っていました  作者:


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第28話:夜明けの審理

 未明の広場に松明が灯る。


 まだ空は暗い。星が見える。吐く息が白い。


 こんな時間に人が集まるなんて、普通はありえない。でも今日は普通じゃない。今日は――公開審査会の日だ。


「ミチカ様、東側の詰所、配置完了しました」


 レオンの声が闇を切る。硬い。張り詰めている。


「南側も。西は……あと二名」


「急がせて。開廷は日の出と同時」


「了解」


 レオンが駆けていく背中を見送りながら、私は広場の中央に据えられた長卓を確認する。


 証拠書類の束。提出書式に沿って番号を振った証拠目録。ユリウスが三日かけて整えた、あの完璧な書類たち。


 ステータスオープン。


 脳内に情報パネルが展開する。広場周辺の人員配置図、物資の残量数値、各拠点の警備状態。レオンの治安隊十二名の配置座標。本家側の到着予測時刻。全て数字と図表で、一望できる。


 これが私の武器。剣でも魔法でもない。情報と制度。それだけで戦う。


「飲料水、全箇所の検査完了。異常なし」


 ノアが静かに横に立っていた。いつの間に。この人ほんとに気配がない。


「煮沸済みの水瓶を審査席と傍聴席の双方に。本家側にも同じものを」


「すでに配置済み。毒を盛られたと言わせない」


「完璧」


 ノアが小さく(うなず)いて離れていく。水源汚染の一件以来、彼は飲料水の安全確保に関しては一切の妥協をしなくなった。王都の特定薬種商からしか手に入らない希少な薬品で汚染を仕掛けてきた連中だ。同じ手は二度と通さない。


「ミチカ様」


 広場の外周から、リオが早足で戻ってきた。商人らしい笑みはいつもより薄い。表情が引き締まっている。


「街道沿い、見てきた。領民の流れ、かなり多い。百は軽く超える。隣村からも来てるね。こりゃ露店でも出したいくらいだ――冗談。それと、本家の馬車列、もう南の丘を越えてる。随行者の数、こっちの見積もりより多いよ」


「何名」


「目視で十二。うち武装してるのが――」


「四名。短剣」


 カイだった。広場の端の柱の影から、低い声が落ちる。


「未明から外周を回った。正門から入る八名のほかに、裏手に四名。武装は短剣のみ。弓はなし」


「裏手の四名は監視を継続。動いたら報告。それだけでいい」


「了解」


 カイの姿が柱の影に溶けた。


 リオが小さく口笛を吹く。「相変わらず便利だね、あの子。夜目が利くってレベルじゃないでしょ。――じゃ、俺は外周の群衆整理に戻るよ。何かあったら派手に合図して」


「頼んだ」


 リオが(かかと)を返す。軽い足取りだが、目だけが鋭い。あいつは場の空気が悪くなるほど冷静になるタイプだ。今日は頼りになる。


 広場の北端――祈祷(きとう)者席に、マティアス司祭が静かに腰を下ろした。


 白い法衣。祈祷書を膝に載せ、目を閉じている。


 祈祷者。証人ではない。宗教的立会人という形式。教会法上、祈祷者は審査会の内容に干渉せず、ただ神の目として臨席する。だから管区本部も(とが)められない――少なくとも、処分命令が届くまでは。


 管区本部の早馬が到着するのは、早くても明日の朝。勅使の到着予定は今日の昼過ぎ。


 つまり、猶予は六時間。日の出から正午までに全ての証拠を提示し、領民の前で結論を出す。それが今日の全て。


 ――ただし、勅使が予定通りに来るとは限らない。管区本部の早馬も同じだ。あちらも前倒しで来る可能性はある。六時間は最大の見積もり。実際はもっと短いかもしれない。


 急ぐ理由は十分にある。


「……ミチカ様」


 振り向くと、ミナがいた。両手で湯気の立つ杯を差し出している。


「温かいお茶です。飲んでください」


「ありがとう。でも今は――」


「飲んでください」


 珍しく、強い声だった。


 私はミナの目を見た。不安と、それを押し殺す決意。この子はいつも遠巻きに私を見守っていた。でも今日は、一歩前に出ている。


「……いただきます」


 温かい。体の芯まで染みる。


 ……あと六時間。これで持つ。


 杯をミナに返した。ミナが小さく微笑んで、下がっていく。


―――


 日の出。


 東の空が白み始めた瞬間、広場は人で埋まっていた。


 領民たちが押し寄せている。百人は超えている。子供を抱えた母親、(つえ)をついた老人、畑仕事の手を止めてきた農夫たち。全員が、自分たちの未来を見届けに来た。


 ――ただし、その目は一様ではなかった。期待を込めた視線もあれば、値踏みするような冷たい目もある。「あの子供に何ができる」。口には出さなくても、そう思っている顔がいくつも見えた。年端もいかない少女が審査会を主催する。不安に思うのは当然だ。


 だからこそ、結果で示すしかない。


 そして――本家当主が到着した。


 随行者八名。書記官二名。筆跡鑑定官一名。


 堂々(どうどう)とした足取り。慇懃(いんぎん)な微笑。まるで勝ちを確信しているかのような余裕。


「では」


 私は立ち上がった。


「自治領公開審査会、開廷します」


 声が広場に響く。領民がざわめき、そして静まる。


「本審査会は、自治領暫定統治権に基づき、領内で発生した不正行為および権限濫用について公開の場で審理するものです。祈祷者としてマティアス司祭に臨席いただいております。――ユリウス」


 ユリウスが長卓の前に進み出た。書類の束を手に、眼鏡の奥の目が冷たく光る。一瞬だけ広場を見渡し――それから、声を改めた。


「自治領暫定統治権第七条に基づき、本審査会の法務代理人を務めます、ユリウスです。――では、証拠の提示に入ります」


 公式の場にふさわしい、抑制された声。だが次の瞬間、口の端がわずかに上がった。


「長い朝になりますよ。どうぞ、お覚悟を」


 皮肉が戻る。これがこいつの本領だ。


「まず第一号証。御用商会による穀物横流しの数量証拠」


 紙がめくられる音。


「領内倉庫の公式記録では、昨年度の備蓄量は四百二十袋。しかし実際の在庫を検数したところ、三百三十八袋。差分八十二袋。年間収穫量の約二割が消えています」


 ざわ、と領民が揺れた。


「裏帳簿の写しと照合すると、消えた穀物は隣領の転売業者に流れていました。御用商会の帳簿係が記録した取引日時、相手方の受領印、金額――全て一致します」


 ユリウスが書類を掲げる。


 本家当主が微かに首を傾げた。余裕のある仕草。


「穀物の備蓄差異など、(ねずみ)害や運搬時の損耗でいくらでも生じましょう。帳簿の記載が一致するとおっしゃるが、その裏帳簿なるものの出所は? 押収経緯が不明な文書を証拠と呼ぶのは、(いささ)か性急ではありませんかな」


「押収経緯は証拠目録の付記に記載しております。御用商会の元帳簿係本人の証言と併せて、閲覧は自由です。――もっとも、鼠が受領印を押し、金額を記録するとは存じませんでしたが」


 ユリウスが淡々(たんたん)と返す。傍聴席から、小さな笑いが漏れた。


「第二号証。放火指示書」


 配給所への放火。あの夜の炎を、領民は忘れていない。


「放火実行犯から押収した所持品に、御用商会の管理印が押された指示書がありました。『第三配給所の在庫を処分せよ』――在庫の処分、ね。随分と物騒な処分方法だ」


 皮肉が効いている。ユリウスの独壇場だ。


 本家当主は指示書の写しに目を落とし、薄く笑った。


「管理印が押されているだけで、誰が書いた指示かは不明。御用商会の印章を盗用した者の仕業かもしれぬ。現に、印章の管理は杜撰(ずさん)であったと聞いておりますが」


「杜撰であったことをお認めになる。それ自体が管理責任の問題ですが――次の証拠と併せてご判断いただきましょう」


 ユリウスは反論を受け流し、三号証に進んだ。


「第三号証。水源汚染に使用された薬品の特定結果」


 ノアが作成した分析報告書。


「配給所の水源から検出された物質は、王都の特定薬種商三軒のみが取り扱う希少薬品です。入手経路は極めて限定される。そして御用商会の購入記録に、同薬品の買い付けが残っていました」


 本家当主は沈黙した――が、ほんの一拍だけだった。


「薬品の購入と水源への投入が同一人物の所業とは限りますまい。御用商会は領内の衛生管理のために多くの薬品を購入しておる。それを以て犯行と断じるのは――」


「衛生管理のために?」ユリウスが眼鏡越しに視線を向けた。「この薬品は経口摂取で嘔吐(おうと)と下痢を引き起こす毒性物質です。衛生管理に使用する薬品ではありません。――続けましょう」


 本家当主の微笑がわずかに薄くなった。だが崩れはしない。この男は、一つ一つの反論で勝つ必要はないと分かっている。審査会全体の印象を操作できればいい。そういう戦い方をする相手だ。


「第四号証」


 ユリウスの声のトーンが、わずかに変わった。皮肉が引き、代わりに冷たい精密さが前に出る。


「偽遺言状と第二宰相派密書の封蝋(ふうろう)成分分析」


 ユリウスが二枚の報告書を並べて掲げた。


「この分析は当領の薬学士ノアが実施したものです。手法を説明します」


 ノアが静かに一歩前へ出た。


「薬学士として薬品の純度を検査する際、加熱による溶融と冷却後の残滓(ざんし)観察を日常的に行います。


 今回はその手法を封蝋に応用しました。


 ――二通の封蝋をそれぞれ削り取り、同条件で加熱。


 (ろう)が溶け始める温度帯、完全に液化する温度帯を炎の色と蝋の状態変化から判定し、冷却後の残滓に含まれる粒子の色味と粒度を比較する。


 蝋の原料となる蜂巣の産地、精製法、混合される顔料の配合によって、これらには明確な差異が出ます」


 ユリウスが引き取った。


蝋燭(ろうそく)職人ごとに精製の癖が異なります。特に顔料の粒度――つまり色粉の粗さは、職人の石臼と(ふるい)の目に依存する。同じ地方の職人でも、道具が違えば結果は変わる。逆に言えば、粒度まで一致するなら――同一の工房、同一の道具で作られた蝋です」


「そして」ユリウスが続けた。「偽遺言状の封蝋と第二宰相派密書の封蝋は、溶融温度帯、残滓の色味、顔料の粒度――三項目全てが一致しました。両者の封蝋は同一の工房で製造されたものです」


 広場が凍った。


 偽遺言状。先代領主――私の父の名を(かた)った、あの偽物。それと王都の派閥の密書が、同じ蝋で封じられていた。


 つまり、偽造の依頼主は――


「異議を申し立てる」


 本家当主が立ち上がった。今度は穏やかさの中に、明確な圧があった。


「そのような分析結果を証拠と認めるわけにはまいりませんな。一介の薬学士の手遊びで封蝋の出自が断定できるとは、些か乱暴ではありませんか。蝋の溶ける温度が似通うなど、同じ地方の蝋燭職人から仕入れれば当然起こりうること」


「粒度の一致についてはいかがです?」ユリウスが即座に返した。「先ほどノアが説明した通り、顔料の粒度は職人の道具に依存する。同じ地方というだけでは一致しません」


 本家当主は一瞬沈黙し――しかし、すぐに微笑を取り戻した。


「ふむ。仮にそうだとしても、同じ工房から蝋を購入した者が複数いるだけの話ではありませんか。封蝋の一致は、文書の作成者が同一であることの証明にはなりませんぞ」


 巧い。論点をずらしてきた。封蝋の成分一致と文書作成者の同一性は、確かに直結しない。


 ユリウスは動じなかった。


「ええ、おっしゃる通り。封蝋の一致だけでは断定できません。――ですから、次の証拠に移りましょう」


 ユリウスが書類を一枚取り出した。


「第五号証。後見人指名状について」


「そもそも――」


 本家当主が自らの書記官に目配せした。書記官が恭しく羊皮紙を差し出す。遮るように、先手を打ってきた。


「これは先代領主の真正なる遺言状です。王都の筆跡鑑定官が署名をもって真正と認めたもの。この遺言状に基づき、後見人の指名は正当に行われました」


 筆跡鑑定官が立ち上がり、一礼する。


「私が鑑定いたしました。筆跡は先代領主のものに相違ございません」


 来た。予想通り。


「ユリウス」


「ええ。――では、後見人指名状について一点確認させていただきましょう」


 ユリウスの声は落ち着いていた。皮肉ではない。事実を並べる者の、静かな確信。


「本家当主殿。あなたが提出された後見人指名状の日付は、王暦三百十二年、霜月の七日。――これで間違いありませんね?」


「その通りだ」


「では」


 ユリウスが別の書類を掲げた。


「ミチカ殿に対する追放令の発布日は、王暦三百十二年、霜月の十四日です」


 間。


「つまり――後見人指名状は、追放令の七日前に作成されています」


 広場が静まり返った。


「おかしいですね」


 ユリウスの声に、刃が混じる。


「追放令が出される前に、なぜ後見人を指名する必要があるのです? 領主が健在で、領地にいる状態で――なぜ後見人が必要なのです?」


 本家当主の頬が、わずかに強張った。だが――この男は、この程度では崩れない。


「先代は晩年、体調を崩されておった。それは領内の者であれば誰でも知っておること。万が一に備え、後見人を指名するのは当然の措置。むしろ責任ある領主として――」


「なるほど。万が一に備えた、と」


 ユリウスが頷いた。穏やかに。


「では、もう一つ確認を。――先代領主の死亡日は、王暦三百十二年、霜月の三日です」


 広場の空気が、変わった。


「霜月の三日に亡くなった方が、霜月の七日に後見人指名状を作成した」


 ユリウスが書類を掲げたまま、本家当主を見据えた。


「体調不良への備えではありません。先代は指名状の日付の四日前に、既に亡くなっている。死者が文書に署名することは――さすがに、慣例にはございませんね?」


 どよめきが広場を揺らした。


 本家当主の微笑が、凍りついた。


「それは――日付の記載に誤りがあったのやもしれぬ。書記官の転記の際に――」


「日付の誤記ですか」ユリウスは眼鏡を押し上げた。「筆跡鑑定官殿が真正と認めた文書の日付が、誤記。つまりこの文書は――鑑定に耐えうる精度で先代の筆跡を再現しながら、日付だけは間違えた、と。随分と器用で、随分と間抜けな偽造ですね」


 本家当主の口が開き、閉じた。


 書記官が何か耳打ちしようとしたが、本家当主は手で制した。表情を取り繕う。だが――旧貴族の頂点たるこの男の、その取り繕い方そのものが、領民の目には映っていた。


 時系列の矛盾。後見人指名状の日付が先代の死亡日より後。筆跡鑑定が「真正」と認めた文書が、死者の署名を持つ。これが意味することはただ一つ――文書そのものが偽造であり、追放は後見人を就任させるための計画的排除だった。


 最初から仕組まれていた。父が死に、私が追い出されることが――全部。


「これは――」


 本家当主が口を開きかけた、その時。


 広場の入口で、馬蹄(ばてい)の音が響いた。


 全員が振り向く。


 土埃(つちぼこり)を上げて駆け込んできたのは、王都の紋章を掲げた騎馬の一団だった。


 先触れの使者が馬を止め、声を張り上げる。


「王都より勅使が参られる! 本審査会の一時中断を要求する!」


 ――先触れが未明に来るということは、本隊の到着は昼過ぎどころか午前中。予定より半日は早い。


 管区本部の早馬も同じだ。あちらも前倒しで来るかもしれない。六時間の猶予が、半分以下に縮んだ可能性がある。


「ミチカ様……」レオンの手が剣の柄にかかった。「どうされますか」


 先触れの使者が馬上からこちらを見下ろした。一瞬、その目が私の顔――いや、私の背丈を測るように動いた。


「……審査会の主催者は、どなたか」


 声に、明らかな戸惑いがあった。子供が仕切っているとは聞いていなかったのだろう。


「私です」


 使者の眉がわずかに上がる。視線が本家当主の方へ流れた。大人の、権威ある人間を探すように。


「勅使到着に先立ち、審理の一時中断を――」


「法的根拠を伺います」


 私の声が、使者の言葉を遮った。


 使者が面食らった顔をする。


「勅使の中断命令権は、王直轄領における行政審理に対してのみ適用されます。本領は自治領暫定統治権の下にあり、王直轄領ではない。――勅使殿に本審査会を中断させる法的権限はありません」


 使者が絶句した。


「ただし」


 私は一呼吸置いた。


「勅使殿の臨席そのものを拒む権限は、私にもない。王都の使者を門前で追い返すのは、自治領の権限を越えます。――ですから」


 声を広場全体に届ける。


「中断は認めません。勅使殿には、本審査会の証人としてお迎えいたします」


 勅使証人形式。公開審査会に王都の権威を証人として組み込む。中断ではなく、参加。拒否ではなく、取り込み。


「祈祷者としてマティアス司祭に臨席いただいているように、王都の勅使殿にも証人としてご臨席いただく。これは審査会の正当性をさらに高めるものです」


 先触れの使者は言葉を失った。さっきまで子供と侮っていた目が、今は別の色を帯びている。


 しかし――問題はそこじゃなかった。


 広場の入口から、二つの旗が見えた。


 二つ。


 一つは金地に(わし)の紋章。もう一つは銀地に獅子(しし)の紋章。


 二隊の勅使が、同時に広場に入ってきた。


 先頭の騎士が名乗る。


「第一宰相府より派遣、勅使ヴァルター(きょう)


 続いて、もう一方。


「第二宰相府より派遣、勅使グレゴール卿」


 二隊。


 第一宰相派と第二宰相派。王都で覇権を争う二つの派閥が、同時にこの辺境の審査会に勅使を送り込んできた。


 ……想定外だ。


 ユリウスが小声で(つぶや)く。


「……これは、読めなかった」


 珍しく、皮肉が消えている。


 レオンの手が剣の柄にかかる。ノアの目が細まる。マティアス司祭が祈祷書を握り締める。


 私は本家当主を見た。


 二つ目の旗が見えた瞬間――あの男の右手が震えた。ほんの一瞬。すぐに背中に回して隠したが、私は見逃さなかった。


 呼吸は深い。意図的に整えている。だが目が違う。第一宰相派の旗を見たときは、微かに顎が上がった。迎える側の仕草。しかし第二宰相派の旗を見たとき――瞳孔がわずかに揺れた。


 この男、片方は自分が呼んだ。


 だがもう片方は違う。第二宰相派の旗を見た瞬間の、あの右手の震え。あれは想定外の来客に対する反応だ。彼が呼んだのは一方だけ。もう一方は、勝手に来た。


 王都の権力闘争が、この小さな法廷に流れ込んできた。


 三つ巴(みつどもえ)


 ミチカ対本家。そこに王都の二大派閥が割り込んだ。


 ゲーム盤がひっくり返った――いや、ゲーム盤そのものが大きくなった。


 私は二人の勅使を見据えた。

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