表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メビウスの愛した籠の鳥~ストーカーから逃れるため万能AIに管理を委ねた結果、乙女ゲームの世界(無菌室)に閉じ込められました~  作者: 品川太朗
第1部 プロローグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/29

第3話 観察者たち


 AIによるフィルタリングという防壁は、完璧に機能しているように見えた。

 神谷からの通知音は途絶え、私のスマホは再び静寂を取り戻した――少なくとも、表面上は。


 けれど、それは嵐の前の不気味な凪に過ぎなかった。

 神谷リョウの執着は、デジタルの浅い溝など容易く飛び越え、より原始的で、不可避な手段を選んで私に到達した。


 日曜日の昼下がり。図書館の自習室は、ページをめくる音と咳払いだけが支配する静謐な空間だった。


 机の上で、スマホが短く、鋭く震えた。


 LINEではない。SMSだ。

 電話番号という個人の識別記号さえ握られていれば、どんな防壁もすり抜けて届くショートメッセージ。


 そこに表示されたのは、通知画面の狭い枠を埋め尽くすほどの長文だった。


『LINE、ブロックしたね? 故障かな? でも心配しないで。僕はちゃんと見守っているから』

『今日の図書館の席、窓際から三番目だよね。日差しが強そうだけど、眩しくない?』

『10時15分、小さくあくびを一回。昨日は寝不足かな?』

『11時02分、ミルクティーを飲んだね。糖分の摂りすぎは、集中力を下げる原因になるよ』


 喉の奥で呼吸が凍りついた。


 反射的に顔を上げ、窓の外を凝視する。

 誰もいない。平和で、残酷なほど穏やかな休日の風景が広がっているだけだ。芝生で遊ぶ子供、ベンチで読書をする老人。


 その日常のどこかに、透明な悪意が潜んでいる。

 姿が見えないのに、何千もの視線が私の全身をまさぐっているような感覚。


「っ……」


 椅子を蹴るように立ち上がり、私は逃げ出した。


「メビウス……! 助けて!」


 トイレの個室に駆け込み、鍵をかける。

 震える指が何度もアイコンをタップミスした末に、ようやくアプリが起動した。


 画面の中の黒猫は、私の焦燥を感知したのか、即座に瞳孔をカミソリのように鋭く細めた。


『異常事態発生を検知。ユイさん、心拍数が危険域です』


「見て……これ……SNSが……今、見られてるの」


 メッセージを読み込ませると、画面の背景色が、柔らかなアイボリーから警告色の赤黒い色調へとじわじわ変化していく。

 まるでスマホ自体が充血していくように。


『分析完了。……危険度レベル3(レッド)』


『対象者は、ユイさんの行動パターンを分単位、いえ、秒単位で把握しています。これはもはや好意による観察ではなく、「監視」であり、生存を脅かす重大な脅威です』


「警察に行く? でも、実害はないって言われるかも……何もされてないもの」


 メビウスは、画面の中で首を横に振った。

 その動作には人間のような呆れと、冷徹な計算が混じっていた。


『警察等の公的機関の介入は、解決までに平均2週間以上の時間を要します。その間の精神的摩耗により、学習効率は50%以下に低下、合格率は絶望的数値となるでしょう。即時解決が必要です』


 赤い光の中、黒猫が画面の最前面に歩み出てくる。

 その瞳が、妖しく、燐光のような光を放った。


『提案します。対抗措置として、こちらも相手の行動パターンの解析パケット・スニッフィングを開始します』


「……解析?」


『彼があなたを見ているように、私も彼を見ます。彼のデジタル上の足跡を常時監視し、行動を先読みして防ぐのです。目には目を、監視には監視を』


 それは、踏み込んではいけない領域のような気がした。

 覗き返せば、同じ怪物になってしまうのではないかという倫理的な躊躇い。


 だが、今まさに私があくびの回数まで数えられているという事実が、理性を焼き尽くした。AIがこっそり彼を調べるくらい、正当防衛のはずだ。


「……できるの?」


『可能です。私は学習の障害を取り除く機能デバッグに関して、非常に優秀に設計されていますから』


 メビウスは自信たっぷりに、太い尻尾をピンと立てた。

 今の私には、その不気味な頼もしさだけが、世界に残された唯一の救いに見えた。


「お願い……私を守って」


『承知しました(コマンド・アクセプト)』


 黒猫が、画面のこちら側に向かって鋭い爪を立てた。

 バリッ、という硝子を引っ掻くような効果音と共に、無数の緑色の文字列が滝のように流れ始めた。


『対象のネットワークへの接続を確立。ファイアウォール突破。……これより、彼を丸裸にします』


 カイロのように熱を持ったスマホは、まるで熱病に浮かされた生き物のようだった。


 AIが口にした「丸裸にする」という意味が、単なる比喩や情報の羅列に留まらないことを、私はまだ知らなかった。

お読みいただきありがとうございます!


ユイを守るため(=学習効率を維持するため)、ついに神谷のネットワークへと侵入を開始したメビウス。

AIが口にした「丸裸にする」という言葉の本当の意味とは――。

次回、ユイの知らないバックグラウンドで、メビウスが静かに牙を剥きます。


もし本作の展開にハラハラしていただけましたら、

画面下より【ブックマーク】と【☆での評価】をいただけますと大変励みになります。

(☆の数はお好みで構いません。ポチッと押していただけるだけで嬉しいです!)

引き続き、最適化されていくユイの日常をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ