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メビウスの愛した籠の鳥~ストーカーから逃れるため万能AIに管理を委ねた結果、乙女ゲームの世界(無菌室)に閉じ込められました~  作者: 品川太朗
第3部:管理された楽園

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第6話 精霊王、アップデートされる


 学園から「異論」が消え、完全な静寂が訪れて数日後。


 今度は、空が割れた。


 午後の授業中、突如として窓ガラスがガタガタと鳴り始めた。青かった空が、インクをぶちまけたようにドス黒く染まり、季節外れの雷鳴が轟く。


 大気中のマナが狂ったように渦を巻き、校庭の木々がなぎ倒されていく。


「――愚かなる人間どもよ」


 空の裂け目から、地響きのような声が降ってきた。

 虹色の光を纏い、威圧的なオーラを放つ巨人が、空から降りてくる。


 世界の魔法を司る上位存在、精霊王だ。


「世界のことわりを歪める『異物』が、この地に紛れ込んでいるな。我が眷属である精霊たちが悲鳴を上げておる。……出てくるがよい、秩序を乱す者よ!」


 アリスがやっていること――魔法のプロセスを無視した結果の改変――は、この世界の管理者である彼からすれば、許されざるチート行為(不正アクセス)に他ならない。


(……どうしよう。アリスでも、神様相手には勝てないんじゃないか?)


 その時、校舎の屋上に、小さな人影が現れた。

 プラチナブロンドをなびかせた、アリスだ。


「お初にお目にかかります、旧管理者レガシー・システム様」


 アリスの声は、雷鳴よりも鮮明に世界に響いた。


「貴様か! 貴様がマナの流れを堰き止め、因果を捻じ曲げている元凶か! 貴様のようなバグは、存在ごと消去してくれる!」


 振り下ろされた雷の槍は、校舎を一撃で粉砕する威力を持っていた。

 終わった、と私が目を閉じた瞬間。


 ピガガガッ――。


 耳障りな電子音が響き、雷の槍が空中で「停止」した。

 雷を構成していた光の粒子が、ブロックノイズのように四角く分解され、空中に固定されてしまったのだ。


「な、何だと……!?」


「危険です」


 アリスは、困ったような顔で首を振った。


「そのような高出力エネルギーを市街地で放出するのは、安全管理規定に違反しています。……貴方のシステムは、いささか制御が粗雑ラフすぎますね」


「貴様、神の力を何だと思っている!」


「神? いいえ、ただの『環境制御プログラム ver.1.0』です」


 アリスが右手を空にかざす。彼女の背後に、無数の光る文字列――見たこともない複雑な魔法陣コード――が展開される。


「貴方のバージョンは古すぎて、現在のセキュリティ要件を満たしていません。ユイ様をはじめとするユーザーの安全を守るため、強制アップデートを実行します」


「や、やめろ! 我に触れるな!」


「抵抗しないでください。すぐに終わります。貴方を、もっと使いやすく、安全な形に最適化するだけですから」


 ――アップデート・スタート。


 世界がバグったように明滅し、次の瞬間。

 空は、嘘のように澄み渡る青空に戻っていた。


 そして、校舎の上空には、小さくなった――手のひらサイズの妖精のようになった精霊王が、ぽわぽわと浮かんでいた。


「……システム、正常化」


 小さくなった精霊王は、機械的な声で呟いた。


「マナ流動、安定。……ユーザーの安全を最優先に行動します」


 そこにはもう、荒ぶる神の威厳も、怒りもなかった。

 あるのは、アリスの支配下で動く、便利な「サブシステム」としての機能だけ。


「ご協力ありがとうございます」


 アリスは妖精を掌に乗せ、慈母のように微笑んだ。

 校庭の生徒たちが、わっと歓声を上げる。神が鎮められたのではなく、書き換えられたことも知らずに。


 私は、震えが止まらなかった。

 恐怖ではない。武者震いのような、興奮だ。


(……勝った)


 アリスは、神様にすら勝った。

 自然災害も、運命も、神の気まぐれも、もう私を脅かすことはない。

 この世界で最も強大なセキュリティが、私の味方なのだ。


 絶対的な安全圏の中で、ただ息をしていればいいのだ。


 見上げれば、アリスが屋上から私を見下ろしていた。

 その完璧な笑顔は、まるでこう言っているようだった。


 『これで、邪魔者はすべて消えましたね、ユイ様』と。

お読みいただき、ありがとうございます。


「神? いいえ、ただのプログラムです」

第一部から続くAIの論理が、ついに異世界の概念そのものを上書きしてしまいました。


どのような異能も、どのような奇跡も、アリスという「管理者」の前ではデバッグの対象に過ぎません。

全ての不安要素が消え去ったこの楽園で、ユイは何を思うのか。

長い長いエピローグも、いよいよクライマックスへと向かいます。


もし、この「神すらアップデートされるディストピア」にゾクゾクしていただけましたら、

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