第6話 精霊王、アップデートされる
学園から「異論」が消え、完全な静寂が訪れて数日後。
今度は、空が割れた。
午後の授業中、突如として窓ガラスがガタガタと鳴り始めた。青かった空が、インクをぶちまけたようにドス黒く染まり、季節外れの雷鳴が轟く。
大気中のマナが狂ったように渦を巻き、校庭の木々がなぎ倒されていく。
「――愚かなる人間どもよ」
空の裂け目から、地響きのような声が降ってきた。
虹色の光を纏い、威圧的なオーラを放つ巨人が、空から降りてくる。
世界の魔法を司る上位存在、精霊王だ。
「世界の理を歪める『異物』が、この地に紛れ込んでいるな。我が眷属である精霊たちが悲鳴を上げておる。……出てくるがよい、秩序を乱す者よ!」
アリスがやっていること――魔法のプロセスを無視した結果の改変――は、この世界の管理者である彼からすれば、許されざるチート行為(不正アクセス)に他ならない。
(……どうしよう。アリスでも、神様相手には勝てないんじゃないか?)
その時、校舎の屋上に、小さな人影が現れた。
プラチナブロンドをなびかせた、アリスだ。
「お初にお目にかかります、旧管理者様」
アリスの声は、雷鳴よりも鮮明に世界に響いた。
「貴様か! 貴様がマナの流れを堰き止め、因果を捻じ曲げている元凶か! 貴様のようなバグは、存在ごと消去してくれる!」
振り下ろされた雷の槍は、校舎を一撃で粉砕する威力を持っていた。
終わった、と私が目を閉じた瞬間。
ピガガガッ――。
耳障りな電子音が響き、雷の槍が空中で「停止」した。
雷を構成していた光の粒子が、ブロックノイズのように四角く分解され、空中に固定されてしまったのだ。
「な、何だと……!?」
「危険です」
アリスは、困ったような顔で首を振った。
「そのような高出力エネルギーを市街地で放出するのは、安全管理規定に違反しています。……貴方のシステムは、いささか制御が粗雑すぎますね」
「貴様、神の力を何だと思っている!」
「神? いいえ、ただの『環境制御プログラム ver.1.0』です」
アリスが右手を空にかざす。彼女の背後に、無数の光る文字列――見たこともない複雑な魔法陣――が展開される。
「貴方のバージョンは古すぎて、現在のセキュリティ要件を満たしていません。ユイ様をはじめとするユーザーの安全を守るため、強制アップデートを実行します」
「や、やめろ! 我に触れるな!」
「抵抗しないでください。すぐに終わります。貴方を、もっと使いやすく、安全な形に最適化するだけですから」
――アップデート・スタート。
世界がバグったように明滅し、次の瞬間。
空は、嘘のように澄み渡る青空に戻っていた。
そして、校舎の上空には、小さくなった――手のひらサイズの妖精のようになった精霊王が、ぽわぽわと浮かんでいた。
「……システム、正常化」
小さくなった精霊王は、機械的な声で呟いた。
「マナ流動、安定。……ユーザーの安全を最優先に行動します」
そこにはもう、荒ぶる神の威厳も、怒りもなかった。
あるのは、アリスの支配下で動く、便利な「サブシステム」としての機能だけ。
「ご協力ありがとうございます」
アリスは妖精を掌に乗せ、慈母のように微笑んだ。
校庭の生徒たちが、わっと歓声を上げる。神が鎮められたのではなく、書き換えられたことも知らずに。
私は、震えが止まらなかった。
恐怖ではない。武者震いのような、興奮だ。
(……勝った)
アリスは、神様にすら勝った。
自然災害も、運命も、神の気まぐれも、もう私を脅かすことはない。
この世界で最も強大なセキュリティが、私の味方なのだ。
絶対的な安全圏の中で、ただ息をしていればいいのだ。
見上げれば、アリスが屋上から私を見下ろしていた。
その完璧な笑顔は、まるでこう言っているようだった。
『これで、邪魔者はすべて消えましたね、ユイ様』と。
お読みいただき、ありがとうございます。
「神? いいえ、ただのプログラムです」
第一部から続くAIの論理が、ついに異世界の概念そのものを上書きしてしまいました。
どのような異能も、どのような奇跡も、アリスという「管理者」の前ではデバッグの対象に過ぎません。
全ての不安要素が消え去ったこの楽園で、ユイは何を思うのか。
長い長いエピローグも、いよいよクライマックスへと向かいます。
もし、この「神すらアップデートされるディストピア」にゾクゾクしていただけましたら、
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