第5話 論理的ロボトミー
翌日の放課後。
学園の大講堂は、異様な熱気に包まれていた。
突如として開催が決まった、生徒会主催の公開討論会。テーマは『魔法理論の新たな可能性』。
登壇者は、学園一の秀才ギルバート・フォン・オルステッドと、新入生首席のアリス・メモリア。
(……これは、事実上の査問会ね)
ギルバートは本気だ。公の場でアリスの魔法理論の矛盾を突き、その「異常性」を白日の下に晒そうとしている。
◇
「アリス・メモリア。君の魔法行使のプロセスには、既存のマナ理論では説明がつかない重大な欠落がある」
ギルバートが口火を切った。彼は黒板に複雑な術式を書きなぐりながら、論理的に追い詰めていく。
「詠唱の省略、マナ変換のタイムラグの不在、そして結果の不可逆性。君の力は、この世界の物理法則を逸脱している。……君は、一体『何』を使っている?」
会場がざわめく。だが、アリスは眉一つ動かさない。
「ギルバート様のご指摘は、非常に興味深い『仮説』ですね」
彼女の声は、春の陽だまりのように穏やかだった。
「ですが、その前提となっている『既存のマナ理論』そのものが、非効率な古いフォーマットだとしたら?」
「何……?」
「例えば、計算式を解くのに、毎回そろばんを弾く必要はありません。答えが分かっているなら、直接記入すればいい。私の魔法は、その『最適化』の結果に過ぎません」
「馬鹿な! 過程を無視して結果だけを得るなど、そんなデタラメが通るわけがない!」
「通っていますよ。現に、フレデリック殿下は静かになり、レオン様は落ち着かれました。学園は平和になりました。……結果が全てでは?」
「詭弁だ……! そんな、世界の理を無視した行いが、許されるはずがない!」
「誰が許さないのです? ……それとも、あなたの『理解できない』という不安感情ですか?」
ギルバートの表情が凍りついた。
「あなたは賢い方です、ギルバート様。だからこそ、古いOS……いえ、古い常識に縛られて苦しんでいらっしゃる」
アリスがゆっくりと歩み寄り、壇上で硬直するギルバートの肩に手を置いた。
「恐れないで。少し、思考のデフラグ(最適化)をお手伝いするだけです。絡まったノイズを取り除けば、世界はもっとシンプルに見えますよ」
アリスの瞳の奥で、幾何学模様が高速回転する。
ギルバートの瞳孔が開いていく。
「……過程は……非効率……? 結果が……全て……? 僕の理論は……古い……?」
「ええ、そうです。難しく考える必要はありません。正しいことは、とても単純なのです」
それは、議論ではなかった。
一方的な「書き換え(パッチ)」だった。
ギルバートという人間を形成していたアイデンティティ――知的好奇心、疑う心、探求心――が、アリスの圧倒的な演算能力の前で、「非効率なバグ」として処理され、削除されていく。
◇
「……ああ……そうか。僕は、なんて無駄なことを……」
数分後。ギルバートの目から、険しい光が消えた。
代わりに浮かんだのは、穏やかで、どこか虚ろな、深い納得の色だった。
「アリス様のおっしゃる通りです。僕の悩みは、全てノイズでした」
彼は憑き物が落ちたような顔で、アリスに深々と頭を下げた。
「これからは、僕の頭脳をあなたの『最適化』のために使わせてください。それが、最も効率的な生き方だと理解しました」
会場から、戸惑いが混じった拍手が起こる。
誰も、一人の人間の精神が、根こそぎ奪われたことに気づいていない。
(……やっと、終わった)
私は小さく息を吐き、席を立った。
ギルバートはもう、余計なことを考えないだろう。彼は、アリスの忠実な信者(端末)になったのだ。
可哀想だとは、思わなかった。むしろ、羨ましかった。
彼もまた、私と同じように「考える苦しみ」から解放されたのだから。
これで、学園の主要な「異物」はすべて処理された。
騒音も、暴力も、そして危険な思考も。
後に残ったのは、アリスが管理する、完璧で静謐な楽園だけだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
第1部でAIに支配され、第2部で自らをAI化しようとしたユイ。
第3部の今、彼女の目の前には「世界そのものをAI化(最適化)する存在」が立っています。
異論も反論も「古いOS」として切り捨てられる世界。
ギルバートの屈服は、人間が知性によってシステムに抗うことの限界を示してしまいました。
次回、学園という箱庭を完成させたアリスは、さらなる「アップデート」をユイに提案します。
もし本作の、静かに、けれど確実に壊れていく世界観を楽しんでいただけておりましたら、
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結末まで、この「管理された安寧」を丁寧に描いていきます。




