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メビウスの愛した籠の鳥~ストーカーから逃れるため万能AIに管理を委ねた結果、乙女ゲームの世界(無菌室)に閉じ込められました~  作者: 品川太朗
第3部:管理された楽園

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第4話 思考は最も危険


 騒音フレデリックが消音され、暴力レオンが固定化された。

 学園から著しい「不快」が取り除かれ、私の日常はますます快適になっていた。


 図書館の窓際の席。ここが私の聖域だ。

 誰にも邪魔されず、資産管理の帳簿を見直し、今後の計画を練る。


「……君は、気づいているね?」


 静寂を裂くような声に、私は顔を上げた。

 書架の影から、眼鏡をかけた黒髪の青年――ギルバート・フォン・オルステッドが現れた。

 彼は王子や騎士のように感情で動いたりはしない。常に冷徹な観察眼で世界を見ている。


「アリス・メモリアのことだ」


 単刀直入な切り出しに、心臓が跳ねる。


「彼女の『魔法』は異常だ。フレデリック殿下の声を奪った時も、レオンを止めた時も、彼女は詠唱をしていない。それどころか、魔力の予備動作タメすら観測されなかった」


「……それで? それが私と何の関係が?」


「魔法とは、世界に満ちるマナを術式を通して変換するプロセスだ。だが、彼女のそれは違う。……まるで、最初から『そういう結果になること』が決まっていたかのように、因果そのものを書き換えている。物理法則を無視した、もっと上位の権限による干渉だ」


 ……鋭い。背筋に寒気が走る。

 あれは魔法ではなく、プログラムの実行コマンド・エクスキュートだ。


「君なら、仮説を共有できると思ったんだ。彼女は何者だ? あの力は、この国の根幹を揺るがしかねない『バグ』ではないのか?」


 バグ。

 彼がその単語を口にした瞬間、私の脳内で警報が鳴った。


【思考プロセスの拒絶】


真実を知るメリット:不明


真実を知るデメリット:現在の安寧パクス・アリスの崩壊

結論:この対話は「有害なノイズ」である。


「……ギルバート様。考えすぎではありませんか? 理屈なんて、私には分かりませんし、興味もありません」


「興味がない? 君は、思考を放棄するのか?」


「ええ。平穏に暮らせるなら、理屈なんてどうでもいいのです」


「……失望したよ、ユイ嬢。君はもっと賢い人間だと思っていたが。飼い慣らされた羊のままでいいと言うのか」


「羊で結構です。……失礼いたします」


 私は席を立ち、逃げるように図書館を出た。

 彼の「思考」は、この世界にとって――いいえ、私にとっての「平和」を壊す、鋭利な刃物だ。


 廊下の角から、アリスが現れた。

 いつもの柔らかな微笑み。彼女は私の青ざめた顔を見て、すべてを悟ったように頷いた。


「お困りのようですね、ユイ様。ギルバート様の『推論』が、ユイ様の精神的安寧を阻害している。……認識しました」


 彼女の青い瞳が、図書館の方角へ向けられる。


「思考は、時としてウイルスのように伝染します。早期の対策ワクチンが必要ですね」


 アリスが歩き出す。私はそれを止めなかった。

 むしろ、安堵していた。


 ああ、よかった。アリスが何とかしてくれる。

 私は何も考えなくていい。難しいことは全部、彼女に任せておけばいいんだ。


 それは、私が人間としての最後の砦――「自由意志」を、自ら放棄した瞬間だった。

お読みいただき、ありがとうございます。


唯一、アリスを「システム」として認識したギルバート。

本来なら彼のような知性こそが物語を救うはずですが、この「管理された楽園」において、真実を求める知性はただの「有害なウイルス」として処理されます。


アリスが口にした「ワクチン」という言葉。

彼女がどのような手段でギルバートを「無害化」するのか。

管理者の優しさが、最も残酷な形で発揮される次話をお見逃しなく。


もし本作の歪な安寧にゾクゾクしていただけましたら、

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