第3話 剣は通じない
騒音公害(フレデリック王子)が去り、私の学園生活には静寂が戻ってきた。
……はずだった。
「ユイ! 貴様、フレデリック殿下に何をした!」
中庭のベンチで『物流の歴史』を読んでいた私の前に、巨大な影が差した。
レオン・ヴァーミリオン。騎士団長の息子であり、将来の近衛騎士候補。
彼は肩を怒らせ、今にも噛み付かんばかりの形相で私を睨み下ろしていた。
状況証拠も確認せず、感情だけで突っ走る。前世で一番関わりたくなかった「話の通じないタイプ」だ。
「逃げるのか! 待て!」
ジャリッ。
金属が擦れる、不吉な音が響いた。
振り返った私の目の前に、銀色の刃がきらりと光った。
レオンが、腰の剣を抜いていた。
切っ先が、私の喉元数センチのところで震えている。
「吐け! さもなくば、騎士の名において貴様を拘束する!」
死。その一文字が脳裏をよぎる。
恐怖で足がすくむ。心臓が早鐘を打つ。
――誰か。誰か、この「危険物」をどうにかして。
「――校内での刃物の携帯および使用は、重大な違反行為です」
音もなく。風すら起こさず。
アリスが、私と切っ先の間に立っていた。
「どけ、平民! 怪我をするぞ!」
レオンが剣を振り上げ、アリスの肩口めがけて振り下ろした。
ガィィンッ!!
硬質な音が響いた。
けれど、それは金属と肉体がぶつかる音ではなかった。
レオンの剣は、アリスの肌の数センチ手前で、見えない壁に阻まれて停止していた。
「な……ッ!?」
「運動エネルギー係数、ゼロ。……物理攻撃は無効です」
アリスは静かに告げると、右手を軽く挙げた。
「対象の危険度を認定。制御モードへ移行します」
パチン。
アリスが指を鳴らした瞬間、レオンの体がビクリと跳ねた。
そして、まるで糸が切れた操り人形のように剣を取り落とし――直立不動の姿勢で、ピタリと固まった。
「あ……が……?」
目玉だけがギョロギョロと動き、脂汗が流れている。
でも、指一本動かせない。ただ、「気をつけ」の姿勢のまま、彫像のように硬直しているのだ。
「レオン様。興奮状態にある筋肉を、強制的にリラックスさせていただきました」
アリスは、まるで迷子の子供を諭すような優しさで言った。
「人体にとって、直立姿勢こそが最も骨格に負担をかけない『最適解』です。その状態で頭を冷やしてくださいね」
人間の意志を無視して、肉体の制御権を奪う魔法。
けれど、私の感想は違った。
(……助かった)
剣を振り回す野蛮人が、動かない置物になった。これほど安全なことはない。
「ユイ様、お怪我はありませんか?」
「ええ、ありがとうアリス。……あの、彼は大丈夫なの?」
「はい。呼吸も脈拍も正常です。ただ、他者に危害を加える機能・・を一時的にロックしただけですので」
ロックした。
その機械的な響きに、私は妙な納得感を覚えた。
◇
翌日から、レオンは「学園の警備委員」に任命された。
校門の前に立ち、微動だにせず、不審者が来た時だけ動く。
その目はどこか虚ろだが、規律を守る姿は模範的だと、先生たちの評価は高い。
私は校門を通るたび、直立不動の彼に一礼する。
彼はもう、私に剣を向けることも、大声を出すこともない。
かつての「熱血漢」は、アリスによって完璧な「警備システム(監視カメラ)」へとアップデートされたのだ。
ああ、なんて平和なんだろう。
暴力という不確定要素が消え、学園はまた一つ、安全な楽園へと近づいた。
お読みいただき、ありがとうございます。
「対象の危険度を認定。制御モードへ移行します」
アリスが振るう力は、もはや魔法というよりも「管理者権限(管理者特権)」そのものです。
そして、自由な意志を奪われた人間を見て「安全で素晴らしい」と感じるユイ。
彼女が第一部で拒絶したはずのメビウスによる管理が、今、彼女自身の手によって『理想の楽園』として迎え入れられています。
次回、最後の攻略対象である「天才・ギルバート」が登場。
計算を武器とする彼は、この完璧なシステムにどのような演算を挑むのか。
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